やりたいこと、やるべきこと
お久しぶりです! まだ連続更新というわけには行きませんが、とりあえず。
今年こそブラ〇モリしたい幼女とさせたい作者。チェシャー岩塩坑への療養はどっちだ?! なお、地学的整合性はどうにか取れそうな気配がしてきたので、温泉の配置を頑張る所存。
地図。たった一音節の単語。
けれどもそれこそ、我がアルステラ家の精髄たる技の結晶。
すなわち「大地の技術」。
おじいさまからの課題の後、私はいつものジュエリーデザインに身に入らず、終始ふわふわした気分で、お絵かきをしていました。
地図というのは、縮尺を揃えて、東西南北を合わせただけのものではありません。もちろん、それもまた重要な要素ではありますが、見たときに必要な情報が得られる、視覚ツールなのです。
おじいさまが私に教え込まれたのは、シムス地域のあらゆる地理情報。
それら全ての知識を動員して、地図を作れという課題。
標高と高低差……まず思い浮かぶ赤色立体地図は、どう考えても無理ですね。あれは正確な測量が必要です。しかも、航空レーザーを使用するレベルの測量が。私が自由に出歩けない体である以前に、技術的に作製が不可能です。
しかもあれだと、地形は正確にわかるけれど、産業の情報が入りません。
地形図に地図記号……いえ、私はこの世界の地図記号を十分には知りません。きっと適正には描けません。
……そしておそらく、それはおじいさまの意図の故だと思うのです。
今回の課題で、ようやく、私にもおじいさまの企みが分かりました。
地理と地図の家系に生まれながら、あの博物室の二百年前のタペストリ以外、ほとんど地図に触れさせられずにきた理由。
答えを知っていては、それを写しただけのものしか描かない。
だからおじいさまは、国家機密だとおっしゃって、私から地図情報を徹底的に遠ざけられたのではないでしょうか。
誰かの考えた成果を写したものではない、たしかに間違いなく「アリエラ」が考え出した、唯一無二の「地図」をお求めなのです。きっと。
私の頭の中には、ウェンディの知識が入っています。そういう意味では、私は存在からしてズルをしています。しかし、あまりに発達した科学の世界に育ったその知識は、アルビノアではまったく使えないものも少なくありません。
無菌室から出たこともなく、フィールドワークは未経験。コンピューターネットワークで情報を集めるなど、夢のまた夢の前近代。
「……むふふふ」
どうしましょう。わくわくします。
偉大な先駆者たちが歩んだ道を、今、私も歩んでいるのです。
すっかり覚えてしまうほど読み込んだ地球の地理ではなく、この異世界の地理を、一端とはいえ、私のこの手でまとめあげる。
胸が高鳴らないわけがありませんよ!
ジュエリーデザインを放ったらかして、作りかけていた地図を並べます。おじいさまに教わった、ありとあらゆる知識を、それぞれにまとめたもの。
これをそのまま清書して提出するのでは、あまりにも平凡。
地球の先達の真似でもなく、私が考えた私オリジナル地図を作るのです!
きっと間違いありません。これが「燃え」ですね!!
興奮冷めやらず、体が元気であれば走り回りたいぐらいですが、残念ながら私は呼吸器の弱い幼女なので、肺に負担がかからないよう、床をゴロゴロ転がって喜びを爆発させます。
地図が描ける! 思うさま情報を詰めた、私の考えた最高の地図が!!
……これで嬉しくないなんて、アルステラではありませんよね!
ひとしきり転げ回った後、すっと素知らぬ顔で、椅子に座りなおします。内心はまだまだ興奮で、大歓喜狂乱状態なのですけれども。
学術貴族は研究が本分とはいえ、一応、外国から見れば「貴族」であり、国家のお飾りであるのです。変なふるまいは慎まねばなりません。そのぐらいは、私だってわきまえているのです。いるのですよ!
だめです。やっぱり嬉し過ぎてにやけてしまいます。
そんなだらしのない顔をした私に、衝撃の雷を走らせる、ノックの音。
そして、入室を告げる、ばあやの声。
「……お嬢さま?」
「なな、な……何でもないわ!」
「何かあったのですか?」
「何もないわよ!!」
胡乱な眼をしたばあやに、頭のてっぺんから爪先まで観察されます。
ふぅ、と呆れたような溜息をひとつ。そして、無言でぱたぱたと、服についたホコリらしきものを払われました。地味に精神に刺さります。
「掃き残しがあったようですね」
「へ?」
「お嬢さまのお部屋は、ラベンダーをブレンドした、特別なストローイング・ハーブを使って掃除をしているのですよ」
床にまき散らすハーブのことで、殺菌作用の強いものを使うとのこと。あっ、どうりでこの部屋の床は、良い香りがすると思いましたよ。
メドウスイート、ラベンダー、マジョラム、タイム、ミント、ローズマリーなどが、この用途で用いられることが多いそうです。
つまりどういうことか、と言いますと。
私が、地図が描ける喜びのあまり、床を転がり回ったことなど、ばあやはお見通し、というわけです。取り繕った意味、なかった!
「アルステラ家は、嬉しいことがあると床を転げ回る血筋なのですか?」
「……待って、私以外にもいるの?」
「カーマーゼンの息子から、お嬢さまデザインのジュエリーを入手したアラン様が、喜びのあまり部屋中を転げ回ったとの報告がありました」
さすがは私のお兄さまですね! やることがそっくり!!
そして、溢れ出す残念なイケメンの香り……
お兄さま、成長したらきっと間違いなく好青年になると思うのですけれど、現在進行形のシスコンをさらにこじらせたりしたら、色々なものを、さらに台無しになさるのでは?
どんなに色々と残念でも、向学心を持って努力なされている限り、アリエラはお兄さまを尊敬申し上げますけどね!
「ところでお嬢さま」
「はい?」
「お嬢さま宛の郵便物が届いていますので、持って参りました」
これはまた、どっさりと……スタンフォード商会の依頼書。えー、アデル様が追加注文? ブラック・スター・コランダムで? 石は確保してあるから、後日ユージーンに現物を持参させるので予定を、と……また星の図鑑を読み直した方が良いですね、ウワァ仕事が増えました……
そしてお姉さまとエクセター伯爵家から、ジュエリーデザインの予約制受付サロンをやってみないかというご提案……というか、思いついたのだけれど、という内容のお手紙。
おおお、軍功貴族にツテが増える希少な機会……悪くありませんね。
「貴女の送ってくれたデザイン画が、本物のジュエリーになって届く日を、とても楽しみに待っています」
お姉さま、マーガレット様……エクセター伯爵家は、お手紙でさえもイケメンなのですね。ご期待には是非お応えしたい。お姉さまですもの!
そして最後にどんと鎮座ましますは、お兄さまからの郵便物……
二人の郵便物は届く日が重なることが多いのです。学校の休日がほぼ同じである故だと思うのですけれど、お兄さまのシスコンの意地をたまに感じます。
そして、今回は小包付きの、分厚いお手紙……
「私の親愛なる妹へ……素敵なブローチを有り難う。懐中時計の飾り鎖も、とても使いやすい。同じ鎖に、コンパスをつないだ。常に一緒に持ち歩くことで、地理の家系の誇りを日々深めている。私は私のすべき仕事を全うしていきたい。私の妹もそうであることを、心から願っている。」
手紙から出てきたのは、アリエラと名前が刻まれた、二色鏡。
お兄さま、ちゃんと覚えていて下さったのですね!
分厚い小包の中身は、油紙で包まれた実地調査のスケッチに、チョコレート。
それと、私の病弱なことを知った学友たちが、屋敷の中にいても楽しめるようにくれたという、小さな道具。
単眼式の望遠鏡とか、パズルとか。
「他にも、押し葉と押し花の標本帳や、星の観測記録や色々の実験結果を送りたがった連中がいたが、それはいずれ一緒に話ができるほどお前が元気になった時の、お楽しみにしよう。」
はらりと落ちた追伸を見て、やはりこれは何としても元気にならねば、と、さらに決意を深めました。
何よりも、アルステラの一員と正式に認められるための、地図を完成させる。そして出歩いても発作を起こさない体になるために、チェシャーの岩塩坑での療養許可をもぎ取る。
療養許可をもぎ取るためのプランは、おじいさまが練ってくださいましたし、糸口になる論文は、アルスメディカの方々が探してくださっています。
ならば私がするべきは……仕事を持ち越すことなく、快適に岩塩坑に引きこもるために、ジュエリーデザインを片付けてしまうことですね。
わぁ、なんということでしょう。元に戻ってきました。
結局私は、ジュエリーデザインの仕事から逃れられないのですね。
ええ。私は、血税で養われつつ、研究に没頭できるなどという、超特権階級として生きていきたいのです。何もせずに、そんな恵まれた存在になれるわけがありませんよね。さぁ、働きましょう!
スタンフォード商会に下ろすデザイン画については、制作期間を鑑みて、すでに夏向けを求められています。
冬とは正反対の、長い長い日照時間。大敵は汗と紫外線。
お肌に優しい素材となると、やはり真珠でしょうか……真珠自体は汗にも紫外線にも強いとは言えない素材ですけれども。
しかし、真珠の養殖技術は未だ確立されていない、このアルビノア。天然真珠では決まったサイズだの何だのを要求することは難しいでしょう。
真珠の養殖方法? 理論としては知っていますよ。
外套膜はどこの部分か、真珠核はどこに挿入するのか、どういう環境にアコヤ貝の筏を設置するのが良いのか。なんなら、シミ珠をどう漂白するかまで、ばっちり存じ上げております。
けれど、筏の構造なんて知りませんし、アコヤ貝の捕獲方法も知りませんし、程良いサイズまで貝を育てる方法も知りません。
そういうわけで、この世界で、真珠養殖を成功させるという野望は、私にはさらさらないのでした。
それに海に行ったら、紫外線が海面に反射して、幼女の両面焼きになってしまうではありませんか。
でも、モチーフとして海はおいしい。夏=海の図式が、アルビノアで定着しているのかどうか、というところから問題ですが。
真珠母貝という道もありますが、螺鈿細工って、まずこの国に技術者はいるのでしょうか。つまり私が想像する日本の漆工芸レベルの仕事ができる人。多分いませんよね。
漆黒の地に輝く貝の虹色……綺麗なのですけどもねぇ。
でも、黒い漆塗りはまず無理としても……でもこの国の地理的条件なら、ジェットは余裕で確保できるはず。
ジェットの表面に金属線を入れ、全体を研磨して光沢を出させて……分散度の高いギラギラした宝石をセットして、黒地とのコントラストを強調。ありかも。
まぁそれが夏向けジュエリーかと問われれば、黙って「家系の石」ではない青い石のラインナップ確認に戻るしかありませんが。
一体タンザナイトは、本当に、どこで掘れるのでしょうね?
話が全然進まないのを心苦しく思う程度の感覚はありますが、チート制限令を自分に課しているので、世界を革命する何とかカントカはなく、アコヤ貝の養殖真珠技術も実験を重ねれば改良できるレベルまで知識があるというのに、生かす気は皆無の幼女。
……マリナ=アルスヴァリ家に知り合いができたら、一瞬で実用化される気はします。
そんで、後世の歴史書では「宝石業界の堕天使」とか言われて、加熱処理と養殖真珠技術を考案して、庶民の手に宝飾の喜びを届けたと同時に、真のジュエリーを堕落させたとか言われるのですね。
この幼女は、後に戦場でもやっちゃいかん類の活躍をする予定ですが、そもそも人目につかない行動しかしないから、そっちの業績は闇の闇の闇に葬られるんだろうなと思っています。
表立って活躍するのは、ヘラン島大噴火以後か……?




