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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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シムス地理の総復習

またこれからしばらく間が開く気がします。スンマセン。年度末かつ新年の三か月間って、いろいろとスケジュール押し込み押し込みで、超忙しいですよね!





「次、シムス半島の河川、および水上交通について」

「主要河川はエイヴォン川および、セヴァン川です。また、トロシー川、ワイ川、モノウ川も、水上交通の発達に貢献しています。

 エイヴォン川の河口部にある大都市は、カーディフとニューポートで、二つを合わせて大港湾都市圏を形成しています。なお、カーディフは公爵領。ニューポートは旧公爵領でしたが、『ウェルスフォルカの悪夢』の後からは、マリナ=アルスヴァリ家の領地です」


 アルビノアにおいては、公爵家とは王家のスペア。己の国を築こうとしたクローヴィス・ウェルスフォルカ卿は、王家に連なる家系を根絶やしにして回ったので、騒乱終結後も回収できなかった土地があったようです。

 学術貴族は一家系たりとも王家に逆らわなかったのですし、そこらも鑑みて、マリナ=アルスヴァリ家に与えられたのでしょう。


「この他、カンブリア山地を水源とするあまたの河川、およびそれらをつなぐ運河の掘削が行われ、シムス地域は水運業において、王国で最も発達した地域の一つになっています。王国最長の運河であるバーミンガム運河は、バーミンガムからチェスターを経て、リヴァプールに至ります。もっとも、リヴァプールはシムス半島の外側に位置しますが」


 イギリス地理と混ざりそうでしたが、これはアルビノア地理、これは別世界のなんか名前が似ているだけの別物、と言い聞かせて、覚えました。

 イギリス最長の河川はセヴァーン川だし、エイヴォン川はその支流だし、そもそもイギリスだと、チェスターとリヴァプールはつながっていません。

 これは別世界のなんだか似た名前の別物。別物!


 シムス地域の大都市は、人口1位がカーディフ、2位がスウォンジー、3位がニューポート、4位がグロスター、5位がスノードン。アルバート様かその先代かは存じませんが、領地経営はやり手でらっしゃるようです。格付けは古い時代に従って伯爵領のままですけれども。


 ちなみにチェスター子爵領から、海に沿って南下すると、上級貴族領地だけでいうと、軍功貴族のカーディガン侯爵領を経由して、スノードン伯爵領に至ります。そこから我がカーマーゼン子爵領、スウォンジー侯爵領、カーディフ公爵領です。スウォンジー侯爵領とカーディフ公爵領の間に、少しだけ、エクセター伯爵領が入ります。つまり、エレンお姉さまのご実家。


 1位のカーディフと3位のニューポートは、エイヴォン川の西岸と東岸。西がカーディフ、東がニューポート。河口部が約20マイル、つまり30キロメートルぐらいある大河川で、もはや狭隘な湾と、どこが区切りかさえあやしいですが、いわば対岸の姉妹都市、というか双子都市ですね。

 双子都市は河川の両岸に形成されるのが基本で、ハンガリーの首都であるブダペシュトなどが典型例。ドナウ川を挟んで、西がブダ、東がペシュト。合併したので、ブダペシュト。なんて分かりやすい。


 とはいうものの、カーディフの人口が近郊を含めて約10万人で、お向かいのニューポートが約8万人。

 王都ロンディニウムが、近郊を含めてですが、約50万人の人口を誇ることを考えますと、まぁ鼻で笑われる程度の都市規模ではあります。


 火山灰質の貧困な土壌とはいえ、やはり大河川のデルタ地帯。養える人口は、山がちなシムス地域よりも、遥かに多いということでしょう。ロンディニウム近郊は、平野部が抜きん出て広い。そりゃ大都市にもなります。

 なお、シムス地域は人口が分散されているので、ロンディニウム一強の王国東南部アングリア地域とは違い、人口3万人以上の「都市」の数自体は多いのですよ。ふふん。


「次、シムスの主要産業について」

「山岳部は牧畜業が主体です。河川中流域になると、農業従事者が増え、下流域は工業従事者の割合が上がります。特にカーディフ=ニューポートの都市圏には、シムスでも指折りの大工場が集中し、工業地域を形成しています。また、スウォンジーは石炭産地に近いため、製鉄業が発達しています」




 イコール、発作が起きるので、私は近づけないゾーンです。

 シムス半島って、南部地域に人口が集中しすぎじゃないでしょうか。北部の都市で上位5位に食い込んでいるのって、スノードンだけですよね。それも中北部です。リヴァプールに吸われているのかもしれませんが。


「では、何故そのような産業構成に至ったのか、推論して見解を述べよ」


 おやっ。ただの暗記ではありませんね。


「概観するに、シムス南部は重化学工業が発展し、北部は軽工業の比重が高い傾向があります。チェスターやカーディガンは、繊維産業が中心です。これは安山岩質で標高の高い山が増え、農地に適さない地域の割合が高くなることと、相関関係にあるのではないか、と愚考します。

 もちろん、玄武岩質の土地も農業に適しているわけではありませんが、北部よりは南部の方が日照量も多いようですし、多少なりとも温暖です。このような地理的条件から、南部の方が、農業が発展したと思われます」


 おじいさまは、私を見定めるように、目つきを鋭くされました。

 ああ、ものすごく試験されている感じ……


 ちなみに玄武岩も風化してテラローシャになれば、農業に適した肥沃な大地になるのですが。地球の代表例だとブラジル高原やインドのデカン高原……そう、洪水玄武岩です。これが風化して土壌になるレベルの時間が必要なわけで、アルビノアの地質ではあり得ません。

 言わずとも良い脱線ですので、推論を述べ続けます。


「遠隔地交易が未発達であった時代には、地域の農業生産の多寡は、その養える人口の上限に直結します。したがって、より農業が発展していた南部地域の方が、より多くの人口を抱えることになったと思われます。

 そこに、北部よりも豊富な河川とその支流が、水上交通網を形成したことが加わり、より多くの都市が形成されたと推測されます。

 都市は多くの雇用を生みます。アルビノアでは工業化、および農業技術の発展に伴い、離農者が数多く発生しました。彼らの多くは都市部に吸収されました。王国の海外進出に伴う港湾労働、および工場労働者として、です。

 その結果、シムス地域の南部への人口流入が、さらに加速して、現在のような南北格差が生じたのではないでしょうか?」


 一気に語って、喉が渇きました。お茶はないので、口を閉じて休憩。


「では何故、北部では繊維工業が行われているのかね?」

「シムス北部の牧畜業は、食品生産と同時に、毛織物の原料供給でもあります。これらの事情から、そもそも繊維産業の従事者は少なくなかったと考えられます。また、リヴァプールは貿易の重要拠点都市であり、綿花の輸入も行っています。これらのことから、繊維産業が強いのではないでしょうか?」


「シムス地域で人口第4位の、グロスターについて概説しなさい」

「人口上位5都市で、唯一の内陸都市ですが、エイヴォン川を通じ、水上交通の利便性を享受しています。地名は古語の『輝く川の上の砦』に由来し、古代ラティーナの時代に築かれた砦が、今も遺構として残ります。

 王国東南部アングリア地域とシムス地域の境界に位置し、古来より街道の要衝でもありました。そのことから、軍事拠点として重視され、現在も王国屈指の陸軍士官学校を有しています。

 地形は盆地ですが、砦の遺構が残るのは、辺縁部の台地です。これは軍略上の理由によると推測されます。盆地部分は、現在は多くが市街となっていますが、果樹園などが多少残っています。また、現在では商業都市の側面がさらに強まっていますが、古くは果樹生産および毛織物産業が中心でした」


「グロスターの現在の領主は?」

「グロスター侯爵家は、軍功貴族のランドルフ家ですが、アルステクナ一門との繋がりが……あっ、鉱工業! そうです、この地域は花崗岩の貫入が見られ、ガラス材の原料としての珪砂の産地でもあるのです。その代わりに、土壌の保水力は高くありません。果樹栽培が行われた背景には、その地質も関与しています。酒造を起源とするヴィナ=アルステクナと、古くから繋がりを持つのみならず、ガラス製造を担うクリスタ=イグナ=アルステクナとも関わりが深いのは、そのような地理的な条件に由来するものと見られます」


 ひどい見落としをしてしまいました。ああ……

 今後の試問で盛り返します!


「シムス半島における主要な鉱山について」

「金属資源は、鉛・亜鉛・錫、少量ながら銅も産出されます。また、各所に泥炭地が潜み、石炭の採掘も盛んです。花崗岩質の地域を中心に、ガラス向けの珪砂が採取される他、巨晶花崗岩ペグマタイト中に宝石質鉱物が見られることがあり、アースクが宝飾品加工業の拠点となっています」




 おじいさまのご専門に話を寄せると、にやり、と微笑まれました。

 アースクは、内陸部の小さな町ですが、住民のほとんどが宝飾品加工業に従事しており、スタンフォード商会と、それからカークランド商会が、職人養成学校を併設した工房を構えています。


 三大商会のうち、クレイトン商会のみは、アースクに工房を持ちません。自前の流通ルートを持ち、鉱山から加工まで一手に掌握しているので、輸送コストなどの観点から、鉱山に近い地域に簡易の工房があるのです。

 もちろん上質の品になれば、輸送コストに見合うだけの利益を期待できるので、そういうのはまた上級の職人たちの手によって加工されるのですが。


 最上級の品はカークランド。押しも押されもせぬハイ・ブランドですが、日常に近い社交だと、結構クレイトンも食い込んでいます。

 クレイトンとスタンフォードの棲み分けは、やはりデザインその他、想定された使用状況の違いに由来するのでしょう。スタンフォードは、なんというか、良くも悪くも型にはまらない、異色の存在ですので。


「それでは、アリエラ・ウェンディ・マグナ=アルステラ」

「はい!」


 フルネームを呼ばれるということは、アルステラ一門としての課題、を課せられるということです。

 ぴしり、と背筋を伸ばし、おじいさまのお言葉を待ちます。


「お前の知識を総動員して『シムスの地図』を、描きなさい」


 ……はい?


「図法の正確性は問わない。複数枚に渡っても構わないし、一枚に収めても構わない。お前の理解した『シムス』を描きなさい」

「山地、河川、領主の配置のみならず、地質や産業、歴史なども?」

「『知識を総動員しろ』と、わしは言った」


 あっ、やばい。これはやばい。

 とんでもない難題が出されてしまいました!

 覚えている知識を全部詰め込んで地図を描いたら、とんでもなく煩雑になってしまいます。それだけのことを教えられています。


 求められているのは、知識の整序。

 つまり、単純な「理解」「認識レベル」だけの試験ではありません。

 どの情報を地図に掲載し、どの情報を地図から省くか。それを判断する能力と、その判断基準はどこにあるのか、という説明能力。

 単純な「作図」を超えた、総合的な能力の試験です。


「お前ならば、すでに、おおざっぱな地図を作っているのではないか?」

「……はい」


 おじいさまは、何もかもお見通しでした。

 いや、誂えたかのようにアルステラ家の気質にぴったり一致して生まれてきたのですから、その性質に従うならば、これだけの情報を与えられて、自主的な地図作成に踏み出さない方がおかしいのでしょうが。


「『アルステラ』の娘たるに相応しい地図を、期待する」

「はいっ!」


 学術貴族式の「頭脳で貢献する」敬礼をします。

 ただちょっと、気になることが。


「いつまでに仕上げればよろしいのでしょうか?」

「わしに見せるに値するものができた、と思ったら、持ってきなさい」


 アッ。なんということでしょう。ハードルの高さが青天井です。


 ……いえ、やってみせますよ。

 つまり、測量チームに参加できなくとも、情報編纂能力が合格基準に達したならば、アルステラ家の一員と見なす価値がある、ということでしょう?

 地図は測量だけではない、と、示してみせるのです!






こうして、正式に「アルステラ」の一員になるための、学術貴族世界のデビュー挑戦権をかけた試験が始まった! え? 誕生会は? あれは本来は生存宣言です。レポートは自主的に作り始めたもので、別にあすこで発表はしなくても良かったのだ。

7歳の年こそブラ〇モリしたい。11月生まれだから、まだ当分6歳児ですが。


なお、アルビノアの暦における冬至は12月23日~24日です。誕生会から2か月も経っていないのに、すでに総復習レベルまで地理の知識を叩き込んでいるおじいさまは、かなりスパルタ。それについていけているアリエラは、控えめに言って化け物。

……同年代の友人が、異常に早熟なファーガス様だけなので、完全に無自覚ですが。いや、ロイ・ヴィッカー君とは文通もしていませんので。


Sep.09, 2023. 玄武岩土壌について省略しすぎた点を追記。

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