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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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玄武岩と安山岩と

ようやくアルビノアの地質祭りです! いやっほう!

書いている人は楽しい。書いている人だけが楽しい(多分)






 おはようございます。良い朝ですね! まだ真っ暗ですけど!

 今日も太陽が出るまでは、おじいさまと地質と地理のお勉強、太陽が出たらジュエリーデザイン、太陽が沈んだら、一般教養と最先端科学のお勉強です。

 勉強嫌いが転生していたら発狂死しそうな環境ですが、私は全力で幸せです。

 今朝のお風呂は薔薇なのですよ! 良い香りで、さらに気分最高です。


 ところで、私は素晴らしいアイデアを思いついたのです!

 まとまったデータにアクセスできないのなら、得られたデータを繋ぎ合わせていけば良いのです!

 おじいさまから与えられる、クライルエン、そしてカーマーゼン子爵領の地理的条件の情報……図書室の文献を繋ぎ合せていけば、いかに二百年前のものとはいえ、博物室のタペストリー地図でも、かなりの精度になるはず!


 今まで思いつかなかった私は、自力で新しい大地を開拓するという気概が足りていませんでした。そう! すでにまとまった情報へのアクセスだなんて、誰にでもできることではありませんか!

 私は、地質と地理の家系、地図作製技術で名高き、アルステラ家の娘!


 きっと八百年前の我が家の祖、メネス様だって、得られる情報を繋ぎ合わせ、誰も作ったことのなかった地図を作り上げたのです。

 その誇り高き学術貴族の系譜に並ぶ私が、与えられた地理的情報の総合・検討もできないだなんて、そんなのはいけませんよね!


 というわけで、おじいさまの講義をまとめたノートを、先日から図書室の参考文献と首っ引きで、さらに深めております。

 そろそろシムス地域の地図が完成しますよ!

 方位とか距離とか、お手製の方眼紙に、ピンを打ちながら作りました。たしか江戸時代に、伊能忠敬のチームが日本地図を作る時に、方眼紙を作って、そして計測したポイントに針を打っていたはず。


 測量術は基礎すら習っていないのに、なんという挑戦者魂という話ですが、地球上のどこでもない土地の地図を、自分が描いているという現実に、もうニヤニヤ笑いが止まりませんでした。

 あの無菌室では、これらはただの妄想だったわけですが、今、これは妄想ではなくて、現実なのです。


 クライルエンの河岸段丘! 段丘崖!! そして扇状地!!!

 水はけのよい扇央部での農業生産に、湧水に富む扇端部の地理的条件を、大いに生かした地元の産業。地理こそが産業を生み、産業が歴史を作る!


 ああ、この世の喜び……どうしてもっと早く気づかなかったのでしょうか。そうしたら、もっともっと、地図作りを楽しめたのに。

 ……いいえ、今からだって十分に楽しいのです。過去を悔やむ暇があったら、未来を期待しつつ、何よりも現在を謳歌しなければなりません。

 私はもはや無菌室の超絶病弱少女ではなく、ちょっと呼吸器疾患で日光が苦手なだけの元気な幼女! そしてマスクを手に入れて、さらに活動範囲を広げるのです!!


「お嬢さま、このところは、毎日朝からご機嫌ですね」

「新しい学問的アプローチを思いついたのよ! これで私の研究はさらに深まるわ! お兄さまに『さすが私の妹だ』と褒めていただくのよ!」

「……まだ足りないと仰るので?」

「褒め言葉は、いくらだって、欲しいわ!」


 ウェンディの時は一人っ子だったのです。看護師さんたちのおかげで、お兄さんお姉さんという存在には親しみがありましたけれど、血のつながった「私だけのお兄さま」なんて存在は、それはもう特別ですよ!


 あっ、別にエレンお姉さまを、蔑ろにしているわけではないのですよ。ただ、お姉さまから、地理の業績で褒められるというのが、全くイメージできないのです。だってお姉さまは、体育会系の軍功貴族ですもの……

 いえ、体育会系差別ではありません。向き不向きの話です。


 デザートのリンゴをしゃくしゃくと食べて、食後のお着替え。

 計算するに、もうそろそろ冬至です。日照時間の短さときたら、もう言葉もありません。日本って、実に中緯度にあったのですねぇ。




 博物室で、おじいさまから一対一の講義。

 この国の地理・地質・宝石学に関わる、すべての人々が、血涙を流してうらやましがること間違いなしの、最高の環境でお勉強です。

 私、おじいさまの孫娘ですので。


 いずれ、おじいさまの「くもり(クラウディ)」、お母さまの「(ストーミィ)」、アルバート様の「(スノーウィ)」みたいに、私も「風の日(ウィンディ)」というあだ名をもらうのです。


「あの、唐突ですが、おじいさま」

「なんだ?」

「おじいさまの門下生は、お天気のあだ名がありますよね? アルバート様や、お母さまのように」

「そうだな。優秀な者だけだが」


 ナンデスッテ? 成績優秀者限定だったのですか?!

 これはなんとしても、「ウィンディ」の称号を得なければ!


「『晴れ(サニー)』と『(レイニー)』は、いらっしゃるという話は伺っているのですが、どこのどなたかは存じ上げないな、と……」

「『(レイニー)』は、まぁその時に知る方が面白いだろうが……そうだな、『晴れ(サニー)』は教えた方が良いだろう」


 ふふふ、と、おじいさまは自信たっぷりに、笑みを浮かべられます。

 なんだか悪い予感がします。具体的にどうとは言えませんが。


「『晴れ(サニー)』はエドワードだ。つまりお前の父親だな」


 ……悪い予感が的中した気がします。つまり、おじいさまの壊滅的なネーミングセンスが、いつもの方向に輝いたような。


「それはつまり、おじいさまにとっては『息子サン』だから、『晴れ(サニー)』ということでしょうか?」

「そのとおりだ!」


 アッ、やはり、おじいさまのネーミングセンスは安直でした。

 やはり新宝石の命名を、おじいさまに任せてはいけません。私の決意はさらに深まりました。断固、私が命名しますよ。


「では、シムス地理の総復習に入る。まず、アルビノア王国における本地域の位置について」

「シムスはアルビノア王国本島の南東部に位置する半島です。その中核をなすカンブリア山系は、多くの川の水源地でもあります。このクライルエンを流れるセヴァン川の他、ロンディニウムへ通じるテームズ川も、その支流のいくつかが、カンブリア山系を水源地としています」


「カンブリア山系と、その地質について説明しなさい」

「シムス地域の中核をなす山岳地帯です。最高峰はグウィネッド山で、標高は学術単位で約1500メトラス、生活単位で約1650ヤードというのが、最新の計測値です。地質の多くは玄武岩バサルト質ですが、北部では安山岩マルマタイト質の地域が現れます。グウィネッド山は安山岩質地域に位置します。

 全体の傾向として、玄武岩質の地域は比較的平坦で、険しい山は安山岩質の地域に集中しています。また一部地域には花崗岩グラニテの大規模な貫入が見られ、少量ながら宝石質の鉱物が採取可能です」


 英語の「安山岩」は「andesite」すなわち「アンデスの石」ですが、こちらの世界にアンデス山脈があるかは知らない6歳児です。

 で、どういう由来かは分かりませんが、とにかく、安山岩は、アルビノア語では「marmatite」なのです。


 玄武岩が同じ「basalt」なのは、由来が古代ギリシア語だからでしょうね。つまり、こちらの世界でいうエリニカ語。諸説ありますが「試金石」を意味する「basanos」が語源でしょう。多分。

 もう一つの有名な説は聖書ですけれど、多分こっちの世界には聖書がありませんし。いえ、大陸にはあるのかもしれませんが。


 花崗岩は、地球と同じ連想ゲームでしょう。

 地球では、まずフランス語の「granit」に遡り、その由来がイタリア語の「granito」で、これは動詞「granire」すなわち「粒状にする」が由来。で、それはラテン語で「穀物」を意味する「granum」が起源、と。

 こちらの世界だと、ラティーナ語→(ロンバルド語→)フランクス語→アルビノア語、という展開になるのでしょう。

 やはり、あの粒粒した見た目が命名の由来ですよ、きっと。




「グウィネッド山について、さらに詳細を述べなさい」

「火山です。最近の大規模な噴火の記録は、王国暦685年のもので、多くの火山灰・火山礫などを噴出しました。また粘性の高い溶岩流が確認されました。この噴火による溶岩や火山砕屑物テフラによる、大規模な標高の変化は、確認されていません。

 噴煙および降灰による農業被害は、アルビノアの東部地域、および大陸が中心です。シムス地域の農業被害が少なかった理由としては、当時はまだ牧畜業が中心であったことと、偏西風の影響が考えられます。

 また、グウィネッド山は現在も活動中の活火山であり、数年に一度、少量の降灰を伴う小規模な噴火を起こしています」


 多分、日本でいうなら、浅間山とか桜島が、もっとも似た火山です。浅間山の標高は約2500メートル、桜島の標高は1117メートルなので、グウィネッド山の約1500メートルは、その中間ぐらいでしょうか。

 とはいえ、桜島は海の中から突き出ているので、海抜の高さなんてまったくアテになりませんが。


 メトラ(複数形メトラス)は、メートルとほぼ一緒です。

 技術的な問題で、完全に同一ということはできませんが、惑星の大きさを基準に作られているのですから、だいたい同じで問題ないでしょう。語源はエリニカ語の「測るもの」です。


 さて、アルビノアは、おそらく大西洋的な海洋プレートと、大陸プレートとの、収束型境界に位置しています。つまり、海水を含んで重い海洋プレートが、比重の軽い大陸プレートの下に沈み込んでいく所です。

 アルビノアと日本の地理的条件は結構似ているのですが、海底堆積物が付加体として大陸プレートに蓄積されていく過程で、なんかはぎとられる地層の量が、アルビノアの方が少なかったということでしょうかね。


 玄武岩の地層は、古い海底の隆起にともなうものかなと思っていましたが、というかチェシャーの岩塩坑のことを考えるに、少なくとも幾分かは隆起した地層があるはずなのですが。

 つまり、隆起した陸ができる → その内側に海水が溜めこまれる → 水分が蒸発して塩の層を形成する、というステップはどこかにあるはず。

 坑道が掘れるほどの塩が堆積するには、結構な量の海水が必要なはずです。何故なら、海水における塩分濃度は約3%しかないのですから。


 でも、海底堆積物の付加体が塩の層を形成するなんて、ないない。

 そんなことになるためには、海水が飽和食塩水みたいな状態になる必要がありますが、少なくとも全球レベルでは、私は一瞬だってそんな設定をした覚えがありません。この世界が完璧に私のシミュレーション通りなら、ですけれど。

 あ、でも薄い岩塩層でも、キロメートル単位で圧縮を受ければ、そこそこ分厚いものにはなるのですよね。ううむ。


 あああ、枕状溶岩の存在を確認したい! そうしたら遠い昔に、そこが海底だったと結論付けられるのに!

 せめて、玄武岩質地域の柱状節理の確認けんぶつぐらいは……うっうっ。外出したい。フィールドワークがしたい。


 それにしても、シムス全域が付加体であるのなら、古い地層の下に新しい地層が潜り込んだりして、地層累乗の法則が適用しづらい構造になっているということですよね。まさに層序学の宿敵。

 堆積学を応用し、後は示準化石とかを使っての年代同定でしょうか。


 ……ん? そういえば、化石とか古生物学って、この世界ではどうなっているのでしょう? 恐竜もアンモナイトも、それどころか、カンブリア爆発のモンスターたちも、もちろん設定はしましたが。


 地球では、化石自体は古代ギリシアの時代から知られたものでした。アリストテレス大先生は、大地のパワーで石の中に生まれた物とか定義したので、それが古代の生物であるという理解はなかなか進まなかったようですが。あとは、ノアの大洪水の前に生きていたけれども滅びた生物だとか何とか。


 古代生物だという見解が、生物学的見地から出てくるのが、たしか19世紀初頭でしたっけ……あっ、ということは、もしかしてこの世界って、進化論大バトル真っ盛り?


 ……触らぬ神にたたりなし。ただでさえ大陸部では魔女扱いされかねない要素が満載なのです。化石の話は口をつぐみましょう。


 さて、口頭試験の続きですよ!





ようじょは しんかろん から にげる けついをした!


息子はsonで晴れはsunnyで、母音の発音が違うって? おじいさまのセンスです!

安山岩は「『アン』デスの『山』の岩」だから「安山岩」なのですが、アンデス山脈の存在を確定していないこちらの世界では、さすがに「andesite」は使えず。

しかし「マルマタイト」と書かれても何やそれなので、漢字表記は安山岩で参ります。


ちょろちょろ出ていた「学術単位」などについて、ついに言及。

学術単位はメートル法(MKS単位系)、生活単位はヤード・ポンド法だとご理解下さい。日常はヤード・ポンド法ですが、研究はメートル法で行うってわけです。

気圧も地球とほぼ同じなので、温度も学術単位は同じです。1気圧の時、水が氷る温度が0度、水が沸騰する温度が100度と、水の相転移を基本とする温度。


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