閃亜鉛鉱の陰謀
明けましておめでとうございます。
今年もブラ〇モリしようと頑張る幼女を応援下されば幸いです。
ファーガス様が新元素をお探しであること、そして、産業用に元素を取り除いた後の屑に着目していらっしゃることは、おじいさまも周知のこと。
「そこで、私も及ばずながら、地理と地学の家系の者ですから、友人として情報を伝えられればと思ったのです……最新版の周期表には、アルミニウムの同族に『エカアルミニウム』という予想元素が掲載されているのです」
私はペンを借りて、周期表を描きます。バナジウムではなく、エリスロニウムなのです。未発見の元素もあるのです。そこらは慎重に。
「周期表によれば、このあたりは縦の『族』で、化学的特性が似通っているとのことです。とすると、アルミニウムを含有する鉱石に、それは含まれているかもしれないと思ったのです。特質が似ているということは、同じ場所に堆積・生成される傾向があるかもしれません」
「なるほど」
「そして、ファーガス様は現在、鉱石を砕いて、元素を探す作業をしておいでなのですが、塵肺をご心配されたマイア様が、特製の防塵マスクを用意して下さったそうなのです。で、エカアルミニウム発見の手がかり、あるいはそれにつながる可能性のある情報を提示する、ということの見返りに、そのマスクを融通していただければなぁ、と思ったのですが」
正直に下心を白状すると、お前は……と言わんばかりの目を向けられてしまいました。いや、だって、防塵マスクって大切ですよね?
遮光装備の確保で、私は学んだのです。そして、今回のチェスター子爵への手土産案の件で、さらに確信を深めたのです。
何かが欲しいと思うのならば、やっぱり見返りを渡さないといけません。
学術貴族は、主権者たる庶民たちと国家に対する奉仕者です。であるから、研究成果は国と国民とに還元しなければなりません。
しかし、タダで研究が進むわけではないのです。だから、貴族同士、とくに学術貴族同士で何か価値あるものをやり取りする場合には、しっかりと対価を提示するのが、礼儀というものなのでしょう。でしょう?
「友情とは甘えることではない。お前はそれを、よく分かっているようだ」
おじいさまは、優しく微笑まれ……それから、しかし、と、とても残念そうな面持ちで、私の目を覗きこまれました。
「アルミニウムの精錬方法は、まだ実用化されていない。少なくとも工業的生産に耐えうるような生産方法の情報はない。金属アルミニウム製品は存在するが、それはフランキアの高級品だ」
アッ、溶融塩電解法は、まだ開発されていないのですか。
いや……でも、そもそもあの方法は大量の電気を必要としますが、この時代にはまだ、どう考えても、実用的な発電機というものが存在しませんよね。
詰んだ。詰みました。
アルミニウムの精錬技術がないも同然なら、当然、アルミニウムを精錬した後の屑なんてものが出るわけはありません。
ああっ、このままではファーガス様が放射能の研究に進んでしまいます。
うう、他にガリウムが入っている鉱物……閃亜鉛鉱……ってことは、スファレライト……でもあれが宝石というか、カットストーンとして楽しまれるようになったのは、地球の時間でもかなり最近……
いや、亜鉛鉱山という形で、閃亜鉛鉱を探せば!
閃亜鉛鉱は、方鉛鉱、黄鉄鉱、黄銅鉱などと同時に産することが多いのですが、特に方鉛鉱と一緒に出ます。ということは、亜鉛と鉛の鉱山が狙い目。
そんなもの国内に都合よくあるのか、という話ですが、これらの鉱物は熱水鉱床や、スカルン鉱床に産するのです。そう! 我がアルビノアは火山国!!
ある! きっと、いや絶対に、ある!!
……そうです、この情報をファーガス様に流して、イグナ=アルステクナ一門を釣り、業績を手に入れられると唆せば、きっと防塵マスクを一つや二つは融通しようという気になられる程度には、ご満足いただけるはず。
よし! これで装備を拡充しますよ!
鉛鉱山が稼働していないわけはありません。古代から使用されてきた金属に決まっています。かなり地球の歴史に近いのですから。
そして同時に亜鉛が採掘されていないなんて、きっとないのです。だってアルビノアでは、すでに産業革命水準にまで、技術が発達しているのですから。
ならば、きっと亜鉛は生産されているし、閃亜鉛鉱の屑は捨てられているはずですし、ならばその屑の中から、ガリウムを発見できるはず!
亜鉛は第4周期元素の12族、鉛は第6周期元素の14族、そしてガリウムは、第4周期元素の13族……うーん、どう誘導すれば良いでしょうね。
いや、簡単に考えれば良いのでしょう。
つまり元素周期表において、ガリウムは亜鉛の隣にあるのです。
ここは多少のあほの子のフリをして、「空白になっている周辺の元素を調べれば、似た性質のものが見つかるのでは?」とか、単細胞な見解を述べるのが、6歳児として無難な選択肢では……よし、それで!
アルミニウムが含有されている鉱物というのが、もっとも理屈をこねやすかったのですけれども、亜鉛だって何とかなる。うん。
「アリエラ?」
アッ、うっかり思考の世界に沈没しておりました。
「申し訳ありません、おじいさま。ファーガス様にマスクを融通していただく対価として、どの鉱物を提示すれば良いだろうかと、考えておりました」
「何か思いついたかな?」
「閃亜鉛鉱はどうだろうかと」
「理由は?」
「周期表において、金属元素は、隣り合うものの性質が似通うことが多いようなのです。エカアルミニウムの隣にある金属元素は、亜鉛です。ですから、亜鉛の鉱石の中に、エカアルミニウムが含有されている可能性は低くない、と推測いたしました」
隣り合う元素で性質が似通うのは、遷移元素なのですが。
遷移元素と典型元素の区分は、まだない……はず、あっても構いませんが。だって私は、修行途中の6歳幼女ですから。失敗はするものです。
んっ?! 失敗……?
「……まさかおじいさま、亜鉛も工業利用されていない、などということが、あるのでしょうか?」
「いや、亜鉛は工業利用されているし、鉱山はアルビノア本土内にある。イグナ=アルステクナ一門を経由して、ファーガス君に閃亜鉛鉱の、亜鉛を取り出した後の屑石を融通してもらうことは可能だろう」
しばし考え、うむ、とおじいさまは頷かれました。
「だが、実験用の石を確保する渡り程度を、自分自身でつけられないようでは、今後、学術貴族として生きていくのは難しい。だから、お前はその考えを、彼に伝えてあげるにとどめなさい。後は、彼自身がなんとかするだろう」
「わかりました!」
そうです。私たちは、学術貴族として生きていかねばならないのです。ならば確かに、その程度のことはできなければなりません!
「でも、閃亜鉛鉱のサンプルをいくつかお届けするぐらいは、お許しいただけると嬉しいのですけれど……」
「産地と産出の傾向についての情報ぐらいは、開示しても良いだろう」
「ありがとうございます!」
おじいさまと博物室に移動しました。
国内の岩石や鉱物のサンプルを示され、この地質はどうなっている、どのような石が採れる傾向にある、とご説明をいただきます。
工業的採掘に耐えうるかは別にして、ただサンプルが採れる程度で良いのであれば、閃亜鉛鉱は案外あちこちで出るのですね。
「国外のものならば、このヒスパニアのものが、良い光沢だ」
「おおおっ!」
感動するに決まっております。だって、これはあの「スファレライト」なのですよ? ダイアモンドを超える輝きを放つ、あの石ですよ!
今は全然、光りも輝きもしていませんけれども。てかっと樹脂状の光沢があるだけで、茶色いただの石ですけれども。
「……何をそんなに喜ぶことがあるのだ?」
ハッ! この世界ではスファレライトは、まだジェムストーンではないのでした……むしろ、こんなに軟らかい石を磨くという発想自体が、ないのかもしれません……でも勿体ないですよ。磨けば光るとは、まさにこの石!
しかし、何故この石が輝くと知っているのだ、だなんて聞かれると、うっかり困ってしまう程度の頭の幼女です。
「いえ、ターナーを煽るのに、とても楽しそうな石だなぁと」
「あの賭博狂いを?」
おじいさまも、あの男をそう認識していらっしゃるのですね。
否定はしませんが、同時に彼は、腕利きの色石研磨職人なのですよ!
「はい。たしか閃亜鉛鉱は、かなり屈折率の高い石でしたよね? もちろん硬度は4に満たないようなものですけれども、ターナーの腕ならば磨けるのではないかと思うのです。実用ではなくとも、輝きを楽しむ観賞用としては、十分に美しいものになる可能性は、あると思うのです!」
「ジュエリーは実用品だと思っていたが」
学術貴族も、一応は「貴族」なのだなぁ、というご回答です。いや、逆に、学術貴族だからこそ、でしょうか。
たしかに、正式の場で最低限の身なりを整える程度、以上のジュエリーは、ほぼ誂えないのが学術貴族でしたね。なるほど、実用品でしかありません。
「貴族にとっては必需品ですが、庶民にとっては奢侈品です。珍しい石のパリュールなど、富裕な庶民層にとっては、見せびらかす格好の『置物』になると思うのです。宝石とは、美しさを愛でるものでもあるのですから」
「ふむ」
これが美しく輝く、か……と、おじいさまはヒスパニアの閃亜鉛鉱を、じっくり見つめられました。
ええ、多分。並みのカッターには研磨できないでしょうが。
「誰もダイアを研磨しなかった時代、ダイアはただの硬い石でした。しかし、研磨技術の発達によって、あの石はもっとも輝かしい宝石になったのです。同様に、今まで誰も磨かなかった石、誰も磨こうとも思わなかった石に、新たな可能性が秘められているのではないかと、私は思うのです」
そして、新しい宝石として発表するときには、私が命名者になるのです!
……まぁ、この石はスファレライトと名づけるつもりですけれどね。でないと私の頭がこんがらがる。
由来は古代ギリシア語……もとい、エリニカ語で「欺く」ですが、ダイアモンドのごとくギラギラ輝くのに、全然硬くないという意味で、そういう命名でも許されるでしょう。きっと。多分。
「というわけで、私はターナーの腕前に期待するのです」
「ふむ。まあ職人というやつは、常に限界ギリギリの困難な課題を与えて、技術水準の向上をさせねばならんしな……劈開が明瞭で、硬度の低い石に、複雑なカットを施せというのは、なかなか良い方法だと思うぞ」
ふふふ。おじいさまの同意も得ましたので、諦めてスファレライトを輝かしくカットするのですよ、クレイグ・ターナー!
「では、この産地と、この産地と、この産地について……それぞれを領地とされる貴族の方々についての情報も添えて、お手紙を書きます」
「……今更だが、すべてアルステクナ一門領内だな」
「たしかに、鉱工業に関して、完全に独占状態ですね……」
経済学的に問題のある状況のような気はします。つまり独占資本主義的な。でも、アルビノアに独占禁止法はないはずなので、それでも合法なのです。
「ちなみにアルスヴァリ一門だと、山林部はフェルマ=アルスヴァリ、沿岸部はマリナ=アルスヴァリ、平野部はアグラ=アルスヴァリ、都市部がリブラ=アルスヴァリ……という傾向がある」
「あれ? アルスヴァリ一門は、五家系あるのでは?」
今、四つしか仰いませんでしたよね?
「セノラ=アルスヴァリには、そういう傾向はない。あの家系こそまさに『様々の技』だ。興味が向いたら何でもやる」
閃亜鉛鉱の命名はドイツですが、まぁヴァルト語圏ということで。
スファレライトは「ジュエリー作って下さい!」と言われて、石留め職人さんが死ぬほど嫌そうな顔をする石の一つです。輝く石は硬い傾向がありますが、こいつはひどい例外。




