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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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もぐりに行きたい岩塩坑

このPCめは、またもけしからん反抗の気配が見えるので、ル〇ーシュと命名しようかと思い始めました。まぁそんなことやったら、いよいよ反逆が活発化しそうなのですが。

年末年始はブラジル的なところに見聞を広めに行ってくるので、更新はできないだろうと思いますが、きっと生きていると思います。きっと。多分。





「お嬢さまは、ますます魔女らしくお育ちですね」

「アルビノアでは『魔女』とは『賢い女』という意味よね? まさか、大陸的な差別用語として、私をそう形容しているのではないわよね?」

「もちろん、褒め言葉でございますよ……おのれ小娘」


 私の持ってきたコンケーブ・カットの指示書を見て、ターナーは白目をむき、そしてそんなことを言いました。まぁ許してあげますよ。


 この男は、賭博が絡むとうっかり過熱する欠点はありますが、色石のカッティング技術においては、アルビノア屈指の腕の持ち主です。技術だけなら、あの伝統あるカークランド商会が雇いたいと思うレベル。

 ただし! 本人の性質に問題が!!

 賭博狂いが、王侯貴族御用達の商会で仕事をするなんて、ブランドイメージを損なうこと甚だしいですからね。


 警察からの話により、アルビノア三大商会は、ターナーの確保を諦めました。個人情報保護法などないので、前科は業界の周知の事実となったわけです。恨まれる覚えは十分ですが、自業自得ですよ。ふん。


 ターナーの工房は、逃亡防止の意味も込めて、屋敷のすぐ近くに手配させました。私ではなく、おじいさまと、お兄さまが。

 いずれ加熱黄変水晶が恒常的に作れるようになったら、耐久性などを彼の腕をもって研究するのですよ。


「お前がこのカットを、無色透明水晶で成功させるには、半年以上かかる……に5ポンド賭けましょう。五か月でできたら6ポンド、四か月でできたら7ポンド、三か月でできたら8ポンド、二か月でできたら9ポンド……30日以内にできたら10ポンド、負けてあげるわ」


 ちなみに1ポンドあったら、多少の贅沢をしても、ひと月は食事に困りません。大酒飲みならば、あっという間に消えてしまうでしょうが、ターナーは、手先がぶれては仕事にならないからと、酒は飲まないのです。

 その分、賭博に突っ込んでいるから、まったく節約とは無縁ですが。


「乗りましたよ……我が技術のほど、お見せしましょう!」

「期待しないで待っているわ。うふふ」


 にやにや笑ってやれば、見てろよ小娘、と実に分かりやすい反応。

 賭博狂いは、賭けで釣る。それが、人間心理の定石ですよ。

 さっきからポツポツ小娘よばわりされていますが、その程度にいちいち苛立ちなどはしません。前科者に礼儀を期待してはいけないのですよ。


 なお、この賭け金は、おじいさまが私に支給してくれている「お小遣い」から出しています。お小遣いといっても、私の稼いだお金ですが。

 私は、スタンフォード商会におろしたデザイン画に対し、ヴィッカー氏のチェックの元、妥当な額の報酬を得ています。で、そこから月々3ポンドを積み立てています。

 半年経てば、積立金は18ポンドに膨らむという、簡単な算数です。


 万が一、30日以内にコンケーブ・カットを成功させられると、約三カ月をかけて積み立ててきたお金が、持っていかれるわけです。


 しかし、あのカットは屈折率の低い宝石を、より効率的に煌めかせる画期的なもののはずです。そして、今まで煌めきを諦めてきた「家系の石」の皆さまに、輝かしいジュエリーをお届けすることによって、スタンフォード商会への注文は増加し、私の収入も結果的に増える! はず!!


 つまりこれは、賭博ではなく、それなりに堅実な投資です。

 投資といったら、投資なのです!

 ……ほ、ほら。成功報酬っていう言葉も、この世にはありますし?




「というわけで、半年もあれば、新しいカットが生まれると思います」

「貴女も、相当に意地が悪くていらっしゃる」


 うふふふ、と客間でお話をする相手は、ユージーンです。

 宝飾品の専門学校で学ぶ彼は、仕事という名目で学校を公認欠席できます。

私の陰謀に加担するのは、ユージーンの生存戦略でもあるのです。何せ彼は、デザイン性が最大のセールスポイントである、スタンフォード商会の未来の幹部でありながら、本人も認めるほどにデザインが苦手なのです。


 シスコンなお兄さまが知ったら、悔しさで憤死しかねませんが、その分は私デザインのメンズ・ジュエリーでご機嫌をとります。

 製作者のことは気にしない方向で、お願いします。最重要機密!


 お気に入りのカメリア・アッサミカに、ミルクとお砂糖。美味しい。

 ユージーンとのお茶会は、ちょっと見た目もかわいいお菓子が用意されるので、私はそこも楽しみにしています。

 常日頃は「小腹が満たされたら問題ありませんよね」みたいに、分厚いショートブレッドだけで終わることも珍しくないのです。いえ、バターの味が濃厚で、もちろん毎日食べても飽きが来ない程度には、私はあれが大好きですけれども。


 でも別の味の選択肢があるなら、それも欲しいと思う程度には、私は食い意地が張っているのです。せっかくアレルギーがないのですから、味わえるものは全て味わい尽くしたいものです。アルビノア料理も、フランキア料理も、そしてもちろん、オルハン料理も! 

 あと、ロンバルディアはパスタの本場だそうですし、エスターライヒはチョコレート菓子の本場だそうです。


 ……リチャード様が物騒なことをおっしゃっていたのは、ひとまず横に置いておいて、アデル様がおすすめして下さった秘伝のチョコレート菓子のお店に、私は絶対に行くのですよ! ザルツブルクへの療養旅行のついでに!

 きっと、今目の前にある、チョコレートをかけたミニケーキよりも美味しい、複雑精妙な味の芸術に出会えることでしょう。ふふふ。


「アリエラ様は、本当においしそうにお菓子を召し上がりますね」

「はい! 美味しいお菓子というのは、精髄なのです! 料理人コックと、彼女に英知を伝えた先達の重ねた歴史と、材料となるバターや小麦粉や砂糖を生み出した人々の労苦と、生産を導いたアグラ=アルスヴァリをはじめとする多くの方々の研究と、そして生産を支える地理と、その地理的条件を生み出した、世界の神秘と摂理とを体感する、最高の瞬間なのです!!」


 このどれか一つでもなくなれば、私は美味しいお菓子に出会えないのです。ああ、これを奇跡とよばずして、何を奇跡とよぶのでしょう。

 あっ、生産品をやりとりする流通システムにかかわる運輸業者や、経済を支えてくれる商人の方々にも、感謝をしなければ。そしてそれらのインフラを整備・維持している、政府の仕事にも感謝を。

 ああ、こんなに美味しいものを味わい、毎日お風呂に入れて、さらに勉強に専念できるなんて、まさに幸福以外の何物でもありません。

 アルビノアは、地震の多発地帯でもある火山国だというのに。


 乳製品といえば畜産業、砂糖といえば甜菜糖ですから農業です。この国の産業分布とか、そういうのも学びたいですねえ……地図ないのでしょうか……あっ、国家機密か。ですよね。

 ならば地道に各地に実地調査を実行するしかありませんね。

 いえ、純粋に、地形と地質と地理との融合を、この目で見たいだけです。


 でもそのためには、まず、この呼吸器疾患の改善をせねばなりません。

 効くかどうか確定はありませんが、アデル様がご提示くださった、ザルツブルクの塩坑での療養案は、かなり魅力的です。


 しかし問題は……エスターライヒまでいったいどうやって移動するのか。

 飛行機がないのですよ! まだ文明水準19世紀ですから!!


「……また何か難しいことを考えていらっしゃる?」

「私の呼吸器疾患のことです。先だって、フォースター侯爵夫妻から、スタンフォード商会に、ジュエリーの依頼があったでしょう?」

「ええ。アリエラ様がデザインされたとか」

「あれ実は、賄賂なの」

「えっ?」




 私はユージーンに、フォースター家には、ユリゼン大陸遠征のために開発された、日光を遮る独自の装備が伝わっていることを教えました。彼は私の日光に弱い体質のことも知っているので、すぐに理解しました。


「なるほど、外出できるようになるために、フォースター侯爵夫妻のご機嫌とりが必要で、そのためにジュエリーをデザインされた、と」

「そう。それで、遮光装備は手に入れられたし、アデル様からは呼吸器疾患を治すために、ご実家のエックハルト家の領地であるザルツブルクの塩坑で、療養をしてはどうかと、とてもありがたいご提案をいただいたの」

「万事素晴らしい状況じゃありませんか」

「で、大都市部を通らずに、ザルツブルクに行く方法って、ある?」


 私の質問に、ユージーンは、目を見開き、うーんと唸りながら腕を組み、そして最後には、諦めたように天井を仰ぎました。


「……ありませんね」

「つまり結局私は、まだ空気のきれいなところしか動けないわけ」

「いや、でも、岩塩の坑道に入ると、呼吸器疾患が改善するんです、よね?」


 それは21世紀地球の医学でも、明確には解明されていなかったのです。なので、うんともすんとも申せません。そういう傾向があったというだけで。


「そういう研究が、ヴァルト語の論文で出ているみたい。今、おじいさまを通じて、主治医のスノードン伯爵や、ノヴァ=アルスメディカのファーガス様のお父上である、アーガイル子爵様に、関連研究を教えていただけるように、お願いをしているところ」


 ふむ、とユージーンは、何か思いついたようです。


「アリエラ様、ただの塩坑でよいのなら、アルビノア領内にありますよ」

「えっ? そこへの交通手段は、何を使うのかしら?」


 蒸気船は、石炭を燃やす煙が出ます。常日頃このクライルエンの屋敷で用いられているような、上質のコークスなんて、まず使いません。ということは、間違いなく煙で私が大変なことになりますよ。

 いえ、現時点で、どのくらい蒸気機関が発達しているのか、私は全然知らないのですけれども。

 でも地球では、ワットの蒸気機関の改良が18世紀半ばで、スティーヴンソンが蒸気機関車を1830年には完全に実用化……あれ? だいたい現在進行形? そうだ。多分、今まさに「交通革命」の最中のはず。

 ということは、蒸気船はすでに周航している可能性大ですが……


高地地方ハイランド低地地方ロウランドの中間地域である、チェシャー地域にあります。いくつか大都市圏もありますが、馬車と帆船を組み合わせれば、かなり呼吸器への負担を軽減できるかと」


 ……前近代万歳! 蒸気船なんてなくても、問題なかったのです!

 私は、俄然、目を輝かせて、ユージーンの話を確認します。


「チェシャーの領主はチェスター子爵家……イグナ=アルステクナね。やっぱり鉱工業は、アルステクナ家と強いつながりがあるのねえ」

「だいたいの鉱山地域は、アルステクナ一門に吸収されていますからね」

「吸収?」


 はて? アルス家系の学術貴族というのは、優生学的な発想で、ある程度は血統を重視しているはずでしたが、アルステクナは違うのでしょうか?


「嫁と入り婿でお家を乗っ取られているのですよ。まぁ強大なアルステクナ一門の構成員となれば、影響力は増しますし、それに最先端の技術を優先的に導入することができるので、だいたい喜んで傘下に入りますが」


 ああ、そういうことですか。どうりで鉱山のほとんどを、アルステクナ一門が独占できているわけです。それでコンツェルンを形成したのですね。

 まぁ、そんなのはアルステラの私の知ったことではありません。


 いざ外出許可! いざチェシャー!!





ようやく登場したバークスの研磨職人。ファースト・ネームは散々迷って、ケルト系で「石」を意味するクレイグに決定。リスキーな挑戦が大好きな彼にとって、うっかり割ったら大損に至る宝石研磨は、ある意味とっても天職なのだった。


チェシャーはイギリスの岩塩産地ですが、地理的条件が日本かアイスランドっぽいのに、なんで岩塩坑があるんだよ、と言われたら……地学的整合性頑張ります……

だって! この飛行機のない時代に! 幼女を安全にイギリス的地域から、オーストリア的地域まで、可及的速やかに移動させる手段が思いつかなかったんですよ!!


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