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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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開戦、コランダム!

戦いとは、色別鑑定のことです。どこまでが青で、どこからが紫で……





 おじいさまは、手持ちサイズの拡大鏡を一つ、前払いにと下さいました。

 5歳児の手には大きいのですが、念願の拡大鏡……ふっふっふ。


 できるものならば、外の土をじっくり観察したいところですが。

 季節が許してくれないのですよ、ね。

 アルビノア王国は、現在、冬のさなかです。一面の雪景色!


 19世紀ぐらいの文化水準とは思えないほど、お屋敷の暖房効果は発達しているのですけどね。

 ……断熱材に、アスベストを使っていないことを祈ります。


 呼吸器の弱い私は、冬の戸外を出歩くのは禁止。

 夏になったら、きっときっと、館じゅうの土を観察するんです!

 石英と長石と雲母の比率を考察するんです!!


 お茶の後、私はちょっとお昼寝。5歳児ですからね。

 そしてお昼寝を終えると、おじいさまのお部屋によばれました。


「まずは、色彩テストだ。これを、白から黒へ、順番に並べなさい」


 白と、たくさんの灰色と、そして黒の紙札を渡されます。

 いちばん左に白を、いちばん右に黒をおいて、白っぽい灰色、黒っぽい灰色などを、あっちでもない、こっちでもない、と並べ替えます。


「次は、これを、赤から青に、順番に並べなさい」


 赤、赤紫、紫、青紫、青の札を、同じように並べました。

 その次には、黄色から緑。

 たくさんの色を、私はせっせと順番に並べました。


 それにしても、こんなに豊富な色彩が実現できているのですか。

 テストの内容はさておいて、この色のバリエーションにびっくりです。


「できました!」


 宣言すると、おじいさまは札を、ぱたぱたと裏返していかれます。

 なんと、札の裏側には、番号が書いてあったのです。


「……少し間違えているな」

「うっ……」

「だが、これは札の方が色褪せている。作り直さねばならんな。よしよし。この色ならばこの並びで問題ない。よくできた」


 よし! テストクリアです!!


「それでは、お前に、わしの『コランダム』を見せてやろう」


 おじいさまは、執事の方を軽く振り返ります。かしこまりました、と礼をして、彼は棚にかかった鍵を外し、大きな引き出しを抜き取ります。

 それが、私の目の前に、どかっと置かれました。


「この中にあるのを、色別に分類する」

「……これ、全部ですか?」


 小さな枠が木で作られ、その内側の綿の上に鎮座します、赤、青、紅、紫の、色とりどりのコランダム……1、2、3、たくさーん!


「あと3つある」



 ギャアアア!!

 うっ、これは……これは、たしかに、おじいさまだって助手が欲しくなるというものですね……なんという量……


「あの、おじいさまは、お弟子さんを取ってらっしゃったりは……」


 おそるおそる尋ねた私に、ふん、とおじいさまは鼻を鳴らします。


「鑑定の弟子ならおる。だが、石の価値を、金銭的価値だと思っている輩は、わしはどうにも信頼できんのだ。これを見せるほどにはな」


 宝石は商品でもありますが……

 しかし、おじいさまの言い分も、何となく分かります。

 せっかく収集した大切な石を、お金目当てで盗まれたら、腹が立ちます。


「アリエラは信頼されているのですね」

「お前がわしから石を盗む必要はないからな。いずれわしが死ねば、これは全部お前のものになるのだから」

「やだ! おじいさま、死んだらいやです!!」



 一度死んだ人間として、人の寿命には限りがあると知ってはいても、いやだと断固として言いますよ!!


 私の言葉に、おじいさまは一瞬、驚いたように目を見開き、それから、少し嬉しそうな、でも寂しそうな顔で、そっと微笑まれました。


「命には終わりがある。わしのこの肉体は、やがて朽ちる」

「でもいやです!」

「わしだって、好んで死にたいとは思わない。お前にはまだまだこれから学問を教えねばならんし、もっとお前の姿を見ていたい」


 うー。でも、想像するだけでも、とても悲しいのです。

 涙が出てきてしまいます。


 あの体で18年も生きられて、幸せだったと思いますけれど。

 でも、ウェンディが死んだことを、きっと両親は悲しんだでしょう。

 こんな、いえ、もっともっと悲しい思いをさせて、ごめんなさい……


「泣くな、アリエラ。わしの肉体は朽ちても、石は朽ちない。この石は、わしとお前の、永遠の思い出になるのだ」


 おじいさまは、困ったような顔で、私の頭をぽんぽんと叩いています。


「悪かった。悪かった」

「ううっ。おじいさま……もっと石のこと教えて下さい……」

「お前は本当に、アルステラ家の娘だな」


 おじいさまは、私の体を抱えあげたまま、書き物机の方に向かわれました。

 そして、私の視界の外で、ごそごそと何かをいじる気配がしました。


「ごらん、アリエラ」


 きらきらと輝く宝石が、ベルベットの箱に飾られています。

 涙に濡れた目でもはっきり見える、複屈折の二重線。高い分散率。


「これはな、わしのダイアモンドだ」

「ダイアモンドじゃ、ないよ?」


 ダイアモンドは単屈折です。テーブル面の向こう、カットの稜線が、二重に見えるということは、ダイアモンドではあり得ません。

 おじいさまは、とても満足そうにうなずいて、私の頬に、短いおひげの生えた頬を、すりすりとくっつけました。


「そのとおりだ。よく分かったな、アリエラ。これは『クロード・ダイアモンド』……ダイアモンドではない鉱物だと、わしが論文でまとめた石だ」


 これは多分、ジルコンでしょう。

 ジルコンはジルコンで、とても魅力的な鉱物です。

 ダイアモンドの代用品として用いられることも少なくなかったですが、それはスピネルをルビーの代用品にするぐらい、石に失礼だと思うのですよ。


「お前はこれを、ダイアモンドの偽物だと思うか?」

「この石は、この石として、本物だもん!」


 おっと、感情が高ぶって、お嬢様言葉が……

 しかし、おじいさまは大変満足そうに、すりすりをされました。

 おじいさま、くすぐったいです……


「そのとおりだ。だが、わしは『クロード・ダイアモンド』の名前も、実は嫌いではない。宝石商の連中が、わしの名前で箔をつけて売ろうとした結果ではあるが、お前はこの石を見るたびに、わしの研究成果を思い出せるだろう」


 うー、と口を尖らせます。

 おじいさま、また、ご自分が亡くなられた後の話をしてらっしゃる!


「石と一緒にある限り、わしはお前とずっと一緒だ」

「……はい」

「だから、泣くな、アリエラ」


 おじいさまのせいで泣いているんです、と、私はまだまだ小さな足で、ぽこぽことおじいさまのお腹を蹴りました。

 おじいさまは、そんな私の頭を、楽しそうに笑いながら撫でていました。



「……さて、アリエラ」

「はい」

「鑑定をするぞ」

「……はい」


 大いに脱線しましたが、これから、ルビーとサファイアの仕分けです。


 おじいさまの作られる基準では、真っ赤なものが最上級のルビー、真っ青なものが最上級のサファイアで、それ以外の色合いは、全て「カラー・コランダム」に分類されます。


「まずは、サファイアとよべる『青の石』と、ルビーとよべる『赤の石』を選別する。それが終わったら、カラー・グレーディングだ」


 500個のコランダムの分類……


「……何日かかるんでしょう?」

「さぁてな? わしにも、見当がつかん」


 おじいさま、それは……それはなんという……ああ、素敵……

 どんと来いです!!


「あ、あと、おじいさま。疑問なのですが」

「ん?」


「紫色のコランダムは、どう分類したら良いんでしょう?」


「ひとまずは、赤-青の分類に入れて、そこから、カラー・グレーディングの時にまた考えるが……」

「が?」

「紫色のコランダムには、お前の名を付けようかと思っている」


 ……?!


「お前の名前をつけたコランダムと、『クロード・ダイアモンド』で、お前のジュエリーを作るぞ!」


 おじいさま、目がキラッキラ輝いてらっしゃいます……

 でも、すっごく、楽しみ!!





値段のつり上げを目的とした「フォールス・ネーム」は、基本的に「……」なものですが、こうやって鑑別の論文をまとめた祖父を偲ぶって意味なら、ロマンティックかもなぁ、と思うのです。


ジルコンの名前の由来は、ペルシャ語で黄金を指す「ザルグン(zargun)」だとか、アラビア語のオレンジ色を意味する「ザルクン(zarquin)」 だとか言われているので、近代個人名由来ではないので……このまま行こうかなぁ……


「クローダイト」という鉱物は、今のところは地球上にないようなので、それを命名しても良いんですが、まぁここはわかりやすさ優先かな……

ていうか、アリエラが、自分の発見した新鉱物に「クローダイト」って名付けた方が燃えますね。よし、そうだ。それで行こう。


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