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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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アルバート様の恋

ブクマが100件を超えました。そんなバカな……

可愛いはずの幼女が毒ガスの話を持ち出してくるような、そして将来は、紛争に巻き込まれて、火山が噴火して、地震と津波が発生する、ハートフルボッコストーリーになるはずなのに……(なのにハッピーエンドって何やねん、というツッコミ)


いったい読者の方々は、このお話に何を期待しておいでなのだろうか……ご期待にはろくすっぽお応えしない方向にばかり展開する悪寒しかしない! 自信がある!!






 3日ほど高熱にうなされ、寝具がべしゃべしゃになるほど汗をかきまくって、ようやく熱は下がりました。

 でも頭はふらふらするし、ただでさえない体力が、絞った雑巾をさらに絞るぐらいに絞りつくされた感じで、まだ当分起き上がれそうにありません。

 あと、夜間単独外出禁止令と、見張りの増加が決定しました。

 もうやりませんから! もう二度とやりませんから!!


「まったく。大丈夫だと思ったら、すぐにこれですか」


 返す言葉もございませんので、喉をいたわるためにも、ひたすら神妙な顔をして黙っておきます。

 スノードンから、伯爵ご自身のお出ましですよ。主治医アルバート様!

 呆れた顔で、発熱後4日目の私を診察されます。


風邪を引いた(コート・ア・コールド)とはよく言ったものですよ。この寒い(コールド)中を出歩けば、これが当然です」


 面目次第もございませんので、ひたすら黙って神妙な顔をしておきます。


「危険な感染症はいくつもある中、風邪だけで済んだのはまぁ、不幸中の幸いといったところでしょうが」


 おっと、うっかりしておりましたよ。

 それは間違いありません。


 ワクチン後進国とも揶揄された日本でさえ、乳幼児のスケジュールは予防接種が目白押しだったのです。

 そもそも予防接種で発症して死ぬのでは、と思われたウェンディの場合は、不活化ワクチンを少々打っただけですが。

 無菌室隔離は、それも理由だったのでしょうね……常在菌でも日和見感染がこんにちはしてくれやがる無力な肉体に、生ワクチンは危険物。多分。


 そんなワクチンの歴史といえば、開始点はやはりジェンナーの牛痘接種。天然痘対策としては、人痘法が洋の東西を問わず用いられたものですが、より安全性の高い免疫獲得方法と言う意味では、あれが最初でしょう。

 最初の接種実験が1796年だったはずなので、文明水準19世紀ぐらいと推定される現在、牛痘による天然痘対策は広まっている可能性もありますけど。


 しかし、幼すぎて覚えていないだけかもしれませんが、私は予防接種を受けた記憶がないので、用心の上にも用心するに越したことはありません。


 細菌の発見は1674年。微生物の歴史ではおなじみ、顕微鏡の発明者レーウェンフック先生です。しかし、ウィルスの観察には電子顕微鏡が必要で、その実現は1935年の話。

 偏光顕微鏡はあれど、電子顕微鏡など望むべくもないこの世界で、ウィルスという概念は、多分まだありません。


 しかも細菌の働きについても、1860年のパスツール先生、1876年のコッホ先生の発表で認知度が上がるまでは「なんか小さい生き物がいる」程度の認識であったと推測され……

 私の体は前世よりは頑丈になっておりますが、人類の医学水準が低下した結果、差し引きがあまりないことになっているおそれが!


 しかし、病を恐れて引きこもっていては、見知らぬ大地を調査するという私の野望は達成されません。

 大丈夫。常在菌が日和見感染するほど病弱、ではないですから!


「ちなみにヴィッカー夫人、食事には何を?」

「この三日ほどは燕麦粥オートミールを中心に、すりおろしたリンゴなどを召し上がっています。生姜シロップや薬草飴なども舐めておいでですが」

「……栄養学ダイエテティクスまでくると、そろそろ私も専門外ですね」


 そういえば、主治医というだけで気にかけていませんでしたが、アルバート様も学術貴族なのですから、論文を物するほどの専門分野がおありのはず。

 家名は「薬草の(ハルバ)アルスメディカ」ですが、薬草学がご専門ならば、おじいさまの地学ゼミには入らないはずです。


「つかぬことをうかがいますが……アルバート様のご専門って?」




 喉をいたわりながらの、かすれた声での質問でしたが、聞き取れたようです。


「風土病ですよ」

「風土病?」

「特定の地域のみに見られる病気です。ヒンディアの熱病や、ユリゼンの一部に見られる奇病などの対策と、気候や地理的条件との検討が専門ですね」


 ああ……それで、おじいさまの地理の教室に!

 ウェンディの記憶を得て約1年。ようやく主治医の専門が判明。


「サーマスにも見知らぬ病気があるでしょう……交通網の発達は、伝染病の急激な拡大をもたらします。なので、検疫も私の守備範囲ですよ」


 21世紀基準で考えるなら、相当に幅広いとは思いますが。

 しかし、疑問が。


「何故私などの主治医を? フィールドに出られたい、のでは?」

「教授にはお世話になったから……ええ、分かりましたよ。まぁ簡潔に言うなら、爵位を継いでしまったからです。そして後継ぎと目されるような男児もいない……というか、そもそも私は未婚者なのですが」


 エッ?! いくらアルビノアの貴族が、養子でも爵位を継承できるのだとしても、さすがにこのお年で未婚??

 そして、お父さまがサーマス大陸の調査に行かれた理由が、さらに分かりましたよ。なるほど、お兄さまがある程度育ったから、アルス家系の血統的なものは残せたと判断したということですか。


「私はハルバ=アルスメディカ家の問題児でしてね……大学はもちろん、家業だから医学部に進みましたが、ある程度論文をまとめたところで、休学しまして。そしてアルステラ教授の教室に入ったのですよ。昔から、見たことのない文化、見たことのない景色に、とても強い興味があったものですから」


 本分は宝石学とは言え、地質学も地理学も、ある程度までなら民俗学も、おじいさまにとっては守備範囲の内側のはず。

 なるほど、専門とすべき事項を放ったらかして趣味に走った、と思われたのならば、問題児扱いというのは理解できます。

 そして、自分の興味と家業を融合させた結果が、風土病研究、と。


「ファーガスを気にかけるのには、そういう意味もあるのですよ。私は血も内臓も悲惨な病状も、わりと平気で見られますが、家業より興味のある分野があった、という点では、ファーガスと共通していますからね」


 ファーガス様が医者に向いていないのは、少なくとも、生体組織を観察しなければならないようなタイプの医者には向いていないのは、明白な事実。

 いや、実際、この時代の医療水準で、ファーガス様に向いている分野があるのでしょうか。放射線科でもあれば多少はマシかもしれませんけれども、あるわけありませんよね……製薬……は、動物実験も厳しそうですね。


「ああ……こんな話をしたら、フィールドに出たくなってしまいましたよ」


 すみません、と小さく頭を下げて示します。喉は大事に。


「アルス家系の当主というのは、まったく、不便なものですね。さっさと後継者をつくれと言われ、後継者ができたら、先代として恥ずかしくない業績を挙げろ、と叩き出されるのですから。ああもう、一生結婚したくない」


 そんなことをしたら、ハルバ=アルスメディカ家が途絶えてしまうではありませんか……いえ、アルスメディカは数が多いですから、一門から養子をもらってくれば問題ないのでしょうけれども。

 そしてそれを言うなら、ファーガス様のノヴァ=アルスメディカ家だって、かなり差し迫っているかもしれません……


「マイアが、ノヴァ=アルスメディカに嫁いだ時点で、私の人生からは愛も恋も消えたのですよ……」


 ……んっ?

 マイアという名前は初耳ですが、ノヴァ=アルスメディカに嫁いだ、ということは、それはつまりひょっとして……


「ファーガス、様の、お母さま?」

「ええ。アルス称号こそ失っていますが、この200年ほどは業績も順調に出している、アルスメディカ一門の家です。マグナ=アルスメディカ家での集会で知り合って、そこから親しくしていたのですけれど……」


 恋に破れてしまわれた、ということですか。

 アルバート様が、ファーガス様を気にかけられるのは、恋した女性の息子だから、というのもあるのでしょうね。きっと。




「さて、話を戻しますが、おそらくマイアに相談することになります」


 こてり、と首を傾げます。マイア・ノヴァ=アルスメディカ様に相談?

 アルバート様は、私のおでこを人差し指で、たしなめるように突っつきながら、ええそうですよ、マイアです、と繰り返されました。


「論文などの研究業績がほとんどないので、一門でも非常に評価が低いのですが、マイアは栄養学に造詣が深いのです」


 推定文明水準19世紀に、栄養学に造詣の深いお方、ですって?

 なんです、気になるじゃありませんか。ビタミンも見つかってないのに。

 いえ、ビタミンが見つかっていないというのは、私の推測ですが。


「彼女の実力を理解しているのは、私とマーカスぐらいなものでしょう。息子のファーガスすら、分かっていないと思います。まぁ目立ちにくい業績ではありますので、致し方ない部分もありますが……かかった病気を治せば、それが医学の力であるというのは明白ですが、病気にかからないようにするのは、とても証明が難しいことですからね」


 ああ、ものすごく納得しました。

 予防医学は、対策をしたグループ、しなかったグループなどで、対照実験を行ったりしないといけません。

 臨床一例で「治した!」という実績ができる治療とは、違うのです。


「目立つことを好まないマイアの性格にとっては、あれは適した研究なのでしょう。けれども、その低い評価のせいで、ファーガスは『母の分まで業績を挙げなければ』と、自分で自分を追い詰めている節があります」


 うーん、ますます深くなる、ファーガス様の闇。

 やはり単純にアルスメディカ一門の英才教育が恐ろしい、とかではなく、十分以上に聡い子どもを、追い詰めるような環境に放り込んだ結果の産物ですか、あの年齢不相応に老成して、政治的な姿は。


「マイアもファーガスのそういう姿に思うところはあるようですが、とにかく、表に出ることを非常に嫌いますからねぇ……」


 これは、研究予算の争奪戦とか、全然参加してなさそうですね。

 日常の栄養とかがご専門なら、少なくとも、実験設備のための大規模な投資が必要とか、そういうことはないので、問題はなさそうですから。多分。


「引っ込み思案ですから、手紙で助言をもらっておきますね」


 私から手紙を出すことはできないのでしょうか、という思いを込めて、私は自分自身の顔を指差して、首を傾げてみます。


「無理でしょう。マイアは非常に人見知りですから。同じ『発病の予防』に着目していたから、マーカスとは話ができたようなものですよ」


 えっ、でも、マーカス様も、ノヴァ=アルスメディカ……アルスメディカ一門ですよね? あれ? 同じ一門の出身者というだけでは、近しい関係になれないということ? でもさっき、アルバート様は、マグナ=アルスメディカ家での集会で知り合った……と。うん?


 私はアルバート様の手をつかんで、手のひらに字を書いて質問しました。


〈先生とマイア様は?〉


「いえ、彼女の家系は、アルス称号は失っていますが、ハルバ=アルスメディカ系なのですよ。そして年も近いので、まず声をかけたのが私だったのです。そして、興味の方向性が近いというので、マーカスと彼女を引き会わせたのですが……」


 そうしたら、彼女はそちらと結婚してしまった、と。

 アルバート様の独身願望は、案外とロマンティックな感傷からきているのかもしれません。


「私はいつまでもマイアにとって、兄のような存在でしかないのですよ」


 なるほど。それでファーガス様が「アルバート伯父さま」と。


「私にとっても、ファーガスは甥のような存在ですが……やはり、マイアに対する特別な感情は、なかなか変わらないものですねぇ。マーカスとの結婚を祝福したのも、確かに本心だったのですが」


 恋心って複雑なのですね。





遺伝的要因もやいのやいの言われる可能性があるアルビノアにおいては、子供の名誉の獲得は、親の名誉回復にも通じるのです。ディストピアルビノア。


自分が功績をあげることで母の「無能」という汚名をすすごうと考え、研修も兼ねているマグナ=アルスメディカの集会に参加したものの、色々の標本その他を見たことで、かえって血を見るのがダメになり、結果、自分で自分をさらに追い込んでしまった、賢すぎる子どもの悲劇。


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