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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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デザイン画プレゼンテーション

終戦記念日ですね。






 ベッラ=カエラフォルカ家の晩餐は、久々にガッチリの正餐。つまりはフルコース。そして社交が武器の軍功貴族家だけあって、もちろん正装。

 女性は肩を出したドレスですが、私は幼女なので準正装でお許しを。


 とりあえず一言でまとめると、味が濃いのでパンが進みました。後半は半分ほど残さざるを得なかった感じですね。勿体ない……勿体ないのですけれども、もう入らないのです。あー辛い。

 食後はミントティー。すぅっとして胃もたれが落ち着きます。


 さて、今回の訪問のために、私がこなした課題の発表です。

 まずはおじいさまより、一言。


「この度は我が孫娘の訪問を快諾いただき、誠に感謝いたします。エクセター伯爵家での会見になる旨を伝えておりませんでしたので、まずはドーヴァー侯爵夫妻に、孫娘よりの手土産を披露いたします」


 ウォルター様、マーガレット様、ご希望をいただければ、すぐにもラフデザイン画程度なら起こせますので、何とぞそのドーヴァー侯爵夫妻に対する「いいなぁ」「うらやましいなぁ」視線は……ご用意しますから!


「えー、私アリエラは、ドーヴァー侯爵家の歴史書と、ご夫妻の肖像画などを参考に、ブラック・スター・コランダムを用いて、夜空をイメージしたジュエリーをデザインいたしました」


 手持ちトランクを開けて、リチャード様とアデル様に、ブラック・スター・コランダムのデザイン画をお見せします。


「……本当に貴様が描いたのか?」

「勿論ですよ、侯爵閣下! 何ならこの後、エクセター伯爵夫妻のジュエリーのデザイン画を描き起こすところを、見て下さって構いませんよ」


 6歳児の絵だからラクガキレベルだろう、と思われていたのだとしたら、心外ですね。少なくとも今の私は、子爵令嬢という肩書だけで、スタンフォード商会にデザイン画を卸している存在ではありませんよ。


「まるで本職のようだ」

「エレンの話だと、ずっと昔から描いていらっしゃるそうよ」

「なるほど、実際に描きなれているのだね」


 アデル様とマーガレット様が、ひそひそ話を交わされます。


「先には、スタンフォード商会にデザイン画を提供する契約を成立させました。祖父の欲目を差し引いても、アリエラのデザインはアルビノア宝飾業界で、良い評価を得ております」

「ふーん……吾輩は、宝石の良し悪しは分からんが、良いものであると教授が仰るからには、きっとそうなのだろう」

「コランダムは鑑別済。石の品質は保証できます。あとは仕上げる職人の腕によるでしょうな」


 リチャード様、あんまり宝石に興味はお持ちではないのですか。

 いや、でもよく考えなくても、フォースター家の「家系の石」は黒曜石オブシディアンで、火山国アルビノアでは、かなりありふれたものです。

 王家に与えられたものでなければ、たしかに、宝石といわれるよりは、そこらの石ころと大差ないものではありますよね。


「この石は、星の光が出るのだね」

「はい、侯爵夫人。星彩効果アステリズムといいまして、規則正しく内包物が整列している時にだけ、現れるものです」


 本当は配列アレンジメントが正しいのですが、整列フォームの方が、軍人には受けが良いかなと、言い回しをいじります。


「侯爵閣下のジュエリーには『勇士座』を、侯爵夫人のジュエリーには『戦旗座』を、それぞれ組み込んでいます。中石を主星に見立てて、着用すると星座の形ができるようにデザインしてあります」


 平置きで綺麗であることも、軽視はしませんが、ジュエリーの本領は、着用された時の立体的造形美にあります。

 高さや重量バランスによる垂れ下りを考慮し、特にアデル様のネックレスは、慎重に計算しつつも、大胆な非対称アシンメトリの配置。




「左右対称ではないことについて、説明をいただけるか?」


 アデル様の問いかけに、はいと頷いて、私はプレゼン用に用意しておいた、天文の図面を引っ張り出します。


「中央の石が、『戦旗座』の主星であるシェラタン。こちらが二番目に明るい星のサダクビア。反対側が、三番目に明るいムリフェイン。そしてほぼ同じ明るさで輝くメタラー。この四つの星が、戦旗座を構成する主要な星です。実際の星座の配置を参考にして、最も明るいシェラタンを中石の位置にした場合に、違和感なく星座の形を再現できるよう、工夫しました」


「ほほう! たしかに、言われてなぞってみると、戦旗座だ」

「恐れ入ります、侯爵閣下。閣下のジュエリーに採用しました勇士座は、もちろん閣下の軍人としての勇猛さを讃えるためのものでもありますが、侯爵夫人の星座に戦旗座を採用しました理由とともに、閣下ならばお分かりかと存じます」


 地球の星座でいうところの、北斗七星、あるいはカシオペア座。星座から導き出される線を延長していくと、北極星に辿りつけることから、羅針盤のなかった時代には、北極星を見つける手がかりとして参照されました。

 こちらの北天では、勇士座と戦旗座がそれに該当します。


 実戦経験も積んでいらっしゃるリチャード様ならば、コンパスなしで真北を判断する方法の一つとして、戦旗座のことも当然ご存じでしょう。

 意図するところが伝わったのか、はっはっは、と高く笑いが響きました。


「なるほど、アデルもまた、道標となるのだな」


「はい。アルビノアとエスターライヒ。異なる国に生まれたお二人の出会いを、二つの星座より繋がる、北極星ポラリスになぞらえました。それは人生という航海の道標であり、未来を導くものだと考えたのです」


 北斗七星とカシオペアのごとく、勇士座と戦旗座も、北極星を挟んでほぼ反対に位置する星座です。勇士座が北天の低い位置にある時には戦旗座が、戦旗座が低い空にある時には勇士座が、北極星を割り出す導になります。

 それに、補い合い、支え合う、夫婦の姿を重ねました。


「良いぞ。言われねば分からぬが、知ればなお楽しい。面白い!」

「とても良い。私も気に入った!」


 よっしゃ! 課題成功完了ミッション・コンプリート!!

 どうぞどうぞ、と、デザイン画をお渡しし、アデル様の前には、さらに宝石箱を差し出します。

 いえ、完成品ではありません。文字通り、宝石の箱です。


「これが、使用予定の、ブラック・スター・コランダムです。1等星には、珍しい12条スターを用意しています」


 ペンライトでもあれば、もっとくっきり見えるのでしょうけれど、部屋の明かりでも十分スターが見えるって、考えればとんでもないですね。

 6条スターの石をまず手にとって示します。


「通常、スター・コランダムは、このように三方向から六芒の星になるのですが、稀にこの星が二重に重なり、光線が12本出るものがあります」

「本当だ……」


 アデル様はうっとりと、12条の光線に見入ります。


「ブラック・スター・コランダムは、目の覚めるような鮮やかな色で魅せる宝石ではありません。しかし、星の鋭利な光彩と、柔らかな地の色との調和は、落ち着いた穏やかさを見せてくれます。そしてデザインに込めた物語は、お二人の出会いを思い出させてくれることでしょう」


 ぱち、ぱちと、拍手の音が響きます。

 見回すと、エクセター伯爵夫妻が、にこやかに手を叩いておられました。


「実に興味深いプレゼンテーションでしたよ」

「ええ。色鮮やかな石ではなくとも、すぐれたデザインによって、至上の物語を紡げるというのは、とても素晴らしいお話だわ」


 にこにこ笑いながら、マーガレット様は「で?」と言葉を続けられました。


「私たちのジュエリーのデザインも、今すぐ考えて下さるのよね?」




 フォースター夫妻は、即座に私のデザインを、スタンフォード商会に発注。首周りのサイズなどを計測し、細かい数値を書き添えておきます。

 模型モックアップから作るのでしょうねぇ。侯爵夫妻のご注文ですもの。

 そしてもって、エクセター伯爵夫妻からの発注も入りそうです!


 はうぅ。ダイアモンドの在庫は、さすがに少ないのですよ。


 地球において、ダイアモンドは基本的に漂砂鉱床、すなわち二次鉱床から産出するものでした。1871年に、南アフリカのキンバリーで、大規模な一時鉱床が発見されるまでは。


 鉱床発見後、キンバリーは未曽有のダイアモンド・ラッシュに沸き、一獲千金を夢見る人々のエネルギーで、「ビッグホール」とよばれる大穴を、地上に開けてしまうほどでした。

 佐渡島で、金鉱脈のある山を掘りすぎて二つに割った件といい、人間の欲望には、底なしの恐ろしさを感じますよね。鉱業は人類のカルマなのかしら。


「もっと石を大きくできないのかしら?」

「そんなに大きなダイアモンドの在庫はございません……」

「妄想でいいから! 妄想でいいから絵で描いて!」


 画版を首からつって、何枚も何枚も、主にマーガレット様のおねだりに応える形で、ひたすらに絵を描きます。

 児童労働禁止なんて、この時代にはないのです。


「……『クロード・ダイアモンド』なら、大きなのもあるのでは?」

「ジルコンだって十分に希少な石なのですよ」


 ウォルター様、勘違いをなさらないでくださいまし。ジルコンは十分に珍しくて美しい宝石なのです。

 ただ、ダイアモンドの方が高値なので、ややこしい名前をつけて、消費者をだまくらかしてやろうという、こすい輩がいるだけです。

 スピネルはスピネルとして十分に美しいのであり、コランダムの偽物ではないのと同様に、ジルコンはジルコンとして美しいのですよ!


「アデルへのデザインにあった、無色透明の石は何だったのかしら?」

「ホワイト・トパーズです。黄色ではないトパーズならば、別にリテラ=チェンバレン家の『家系の石』には当たりませんので」

「水晶だと問題があるかしら?」

「クリスタ=イグナ=アルステクナ家の『家系の石』ですね」


 ガラス加工業の家系です。つまり、ルブラン法だかソルベ―法だかは分かりませんが、ソーダ灰の大量生産方式を確立し、同時にソーダガラスの大量生産を実現した家系。その握っている利権は巨大です。


「はあ……あまり希少な石が『家系の石』でも、苦労するわねぇ」

「こればっかりは、人の力の及ばないことですので」

「しかも、カエラフォルカ一門が、みんなダイアモンドなんですもの。ますます在庫が足りなくなってしまうわ」

「致し方ありませんよ。大いなる方の廻り合わせに期待するしか」


 この世界でも、キンバーライトの大鉱床が見つかるまでは、慢性的なダイアモンド不足は続くでしょう。何せ、戴冠式のジュエリーは、他のジュエリーから外したダイアモンドをはめて作り、式が終わったらまた別に使い回して……というぐらい、数が足りていなかったのです。


 おじいさまの宝石コレクションが、いかに異常な量か、よく分かります。量も質も、下手をすると、カークランド・クレイトン・スタンフォードの三大商会の在庫にも、匹敵するかもしれません。

 本当に、宝石学の学習において、私はものすごく恵まれています。


 フォースター夫妻が部屋を辞されても、私は新たにお茶とお菓子まで用意されて、夕食までひたすら描き続けるはめになりました。

 とりあえず、リチャード様は、私がデザイン画を描いたということをしっかり納得して下さいました。ふふん!


 結論として、小さめのダイアモンドを繊細な細工で生かしたデザインが一つ、決まりました。あと、家系の石とは無関係の、楽しむためのジュエリーを、思いつくだけ描いて寄こせと言われました。


 本日の感想は「『家系の石』って、色々と楽しみたい人にとっては、不便なシステムでもあるんだなぁ」です。

 やはり新宝石を発見しなければ……制限がものすごい……


 しかし、あのタンザナイトについて、バークス商会の関係者は、産地は分からないと言うのですよ。やはりずさんな管理は大問題ですね。





星の名前は、アラビア語ベースのものを優先的にチョイス。

天文学はアラビア的なところで爆発的に発展した、という設定はそのうち本編で。


シェラタン:「信号」。本来は牡羊座β星。

サダクビア:「秘密の幸運の星」。本来は水瓶座γ星。

ムリフェイン:「星に誓う」。本来は大犬座γ星。

メタラー:「三角形の頂点」。本来は三角座α星。


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