この幼女、外道につき
だから明るい話じゃないよ、って言ったじゃござんせんか。
大陸の地理講座を受けていると、部屋がノックされました。
「カーマーゼン子爵令嬢、アリエラ様。旦那様がお呼びです」
「はい?」
濡れ布巾で手を拭いて、奥さま方に礼をしてから、呼びに来てくれた使用人の後についていきます。
社交で勝負する軍功貴族家の使用人は、さすがに制服もピシッ、背筋もピシッ。どこにも隙がありませんね。いえ、我が家の使用人が隙だらけだという意味ではなく、こう、こちらは親しみやすさも削げたぐらいに隙がない、という意味で。
「旦那様、アリエラ様をお連れしました」
入室を許可する声が聞こえ、おそるおそる中に入ります。
精一杯に、丁寧に頭を下げて、挨拶します。
「お初にお目にかかります。第41代カーマーゼン子爵、エドワード・マーヴィン・アルステラが娘、アリエラ・ウェンディ・アルステラでございます。この度は祖父と共にの来訪をお許しいただき、感謝に堪えません」
会ったこともない父親の名前で自己紹介をするのも、最早今更ですね。
深々と下げていた頭を、ゆっくりと上げると、イケメンなおじさま……もとい壮年の美丈夫が二人、こちらをご覧になっています。
「ご丁寧な挨拶をどうも。この屋敷の主、第26代エクセター伯爵、ウォルター・ガヴァン・ベッラ=カエラフォルカ。エレンの父だ。そしてこちらが……」
「第12代ドーヴァー侯爵、リチャード・フォースターだ」
軍功貴族には、美男美女しかいないのか。いや、公での役割からして、美形の遺伝子ばかり残しているのか。ああ、なるほど。
ウォルター様は、薄茶色の髪を後ろに流して撫でつけた、薄い青色の目がきらきら輝く、茶目っ気のありそうなおじさまです。
リチャード様は、それよりは濃い茶色の髪の毛……後ろに撫でつけていますが、癖が強いのでピョンピョン撥ねています……に、ハシバミ色の目をした、いかめしい印象のおじさまです。ライオンみたい?
「リチャードに、遮光装備を譲ってほしい、と頼んでいるそうだね」
「あ、はい……あの、太陽光に弱いものですから」
「アデルに、エスターライヒに療養に来ないか、と言われたようだな」
「はい、あの……喘息があるものですから」
健康を地で行く軍功貴族に、己の病弱を白状するのは、なかなかの苦行。
私だって、好きでこんな体に生まれたわけじゃないのですよ!
いえ、あの、前世に比べれば、ずっと元気ですが。
「エレンはたいそう君を気に入っているから、協力するのは吝かではない」
「だが、我が友ウォルターの頼みでも、先祖が並々ならぬ苦労の果てに開発した遮光装備を、そうそう簡単に譲るわけにはいかない」
「というわけで、君に試験を課すことにした」
テストなら、どんと来いですよ!
私だって、学術貴族なのですからね!
「これが試験の課題だ」
ばさり、とウォルター様により、テーブルの上にかけられていた布が取り払われました。何かあるという感じに盛りあがっていましたが……なるほど。
標高差をつけた立体地図!
「我が方の軍が兵力4000。敵の兵力が7000。布陣はこうだ」
ブロック1つにつき1000人なのでしょうね。青いブロックを4つ、赤いブロックを7つ、リチャード様が配置されます。
「さて、君はこのような状況で、どう出るかな?」
ウォルター様が、ニヤニヤと私をご覧になります。
参謀の適性は皆無だと、エレンお姉さまは仰ったでしょうに……これは嫌がらせですか? 嫌がらせですね?
でも、だからって、大人しく白旗は上げませんよ!
「質問をよろしいでしょうか?」
「うむ」
どう出るか、なんて曖昧な問いでは、答えが出せません。
疑問点を徹底的に解消しないと、反撃も何もできませんからね。
「非常に多くの質問があります。まず、勝利条件は何でしょうか? 敵兵力7000の殲滅ですか? それとも降伏ですか? また、降伏を引き出したとしても、我が方の損害はどこまでが許容の範囲ですか? 一兵であろうと失うことは許されないのでしょうか?」
私の問いに、リチャード様もウォルター様も、真ん丸に目を見開かれました。あ、アゴ外れちゃいますよ。
「それから、気象条件について。気温は学術単位で何度ですか? 湿度は何パーセントですか? 北半球ですか? 季節はいつで、日照時間はどのぐらいですか? 平均風速と風向は分かりますか? 降水量および降雨の特徴についても、お聞かせ下さい。土壌の性質は? そして、この条件下で駐屯してから、どのぐらいの期間が経過した兵が中心ですか? 敵味方、ともにお教え願います。兵糧の蓄えは、どのぐらいの期間を想定していますか? 兵站ルートの確保は?」
矢継ぎ早に質問を重ねます。
リチャード様は、ポカンと目をしばたたかせておいでですが、ウォルター様は、クックック、と笑い始められました。
「ハッハッハ! こいつは傑作だ。なかなか本格的じゃないか」
「一日の短期決戦を想定して返答するのかと……」
「自分で勝手に前提を作るわけには参りませんので!」
頭を抱えたリチャード様に、けろっと追撃。
ウォルター様は、ヒィヒィとお腹を抱えて笑っておいでです。
「まず、勝利条件についてだが、4000の兵で7000の兵を殲滅せよ、という無茶を言うつもりはない」
「一つ、質問をよろしいでしょうか?」
「なんだね?」
何となく、この地形から推して、殲滅も可能な気もするのですよね。
「ドーヴァー侯爵は、戦争に人道は存在すると考えられますか?」
「どういうことかね?」
我ながら変な質問ですが、すでに大陸教会から異端扱いされているアルビノアに、悪評なんてどれほどのものかと思いますし。
どうせ皆殺しが条件だったのならば、アッサリ終わらせる方が、アルビノア側の被害が少なくて済むでしょうし。
きわめて非人道的な方法なのですけれども、これ所詮テストでしょう?
「悪辣な方法ではありますが、うまくすれば被害を最小に抑えて、敵兵を文字通り殲滅する方法があるかなと思ったのです。悪辣な方法ですが」
大事なことなので二度言います。
「殲滅? 4000の兵で7000の敵をか?」
「実働部隊なら、400もあれば事足りるかもしれません。悪辣な方法ですが」
大事なことなので三度言います。
「戦争とは血が流れるものだ。人道というのは、極限の状況下においては、守ることは難しい」
「つまり、つべこべ言わずにその殲滅方法とやらを教えろ、という意味だろう、リック?」
ウォルター様が、ニヤニヤ笑ってリチャード様を肘でつつきます。なるほど、お二人は悪友なのですね。
「はあ……ただ、気温・湿度・風向・風速など、諸々の気象条件を知る必要があります。下手をすると、味方も全滅しかねません。それほどに、危険きわまりなく、また悪辣な外道の戦法です」
とても大事なことなので、四度言いました。
「何をする気なのかね?」
「条件も知らずに、軽々に言うのは憚られます」
「いいから、焦らさずに言わんか」
リチャード様って、ひょっとして割と短気なのでしょうか?
怒らせてはいけませんね。遮光装備を手に入れるのが目的なのですから。
「二酸化炭素を使用すればどうか、と愚考しました」
自分で口にしておいて何ですけれども、本当に悪辣な戦法です。
しかし、リチャード様にもウォルター様にも、通じなかった様子。
「二酸化炭素?」
「端的に言うならば、我々が吐く息の成分です」
「息の成分?」
事実とは言え、まぁ、変な言い回しですよね。解説します。
「我々が呼吸している空気は、様々の元素が混在した気体です。その中でも、酸素という気体が我々の活力源です。我々は空気中より酸素を吸入し、二酸化炭素を排出します。酸素の濃度が一定量を下回ると、人間は即死します。そして、二酸化炭素量が非常に多くなると、人間は中毒死するのです」
なんと! と、お二方は身を乗り出して、私の話を聞かれます。
毒ガスについての答弁というのが、本当に間違っているとしか言えないのですが、まぁテストですし?
「この窪地の湖……これが火口湖であり、そして3時間以上の凪の時間が見込めるというのならば、崖崩れ一つで敵兵の殲滅も可能かと」
「待って……それはどういうことかな?」
ウォルター様が、ハイと手を挙げて、質問されました。
「山の上の窪地に水がたまり、湖を形成するのは、非常に自然なことです。ただその窪地の形成理由……標高と地形から推して、これには火口湖の可能性があると、私は見ました。つまり、火山の噴火口です」
「それと、崖崩れと、敵兵に二酸化炭素と、何の関係が?」
「あくまでもこの通りの地理的条件が揃っていれば、という、途方もない仮定の話をしているのですが……」
「いいから話しなさい」
ちぇー、細かい地理的条件もサッパリ分からないまま、妄言を並べ立てるのって、学術貴族としてどうかと思うのですけれど。
それ以前に、人としてどうなの、という話をしていますけれどね。
まぁこれ、ただのテストですし。詳しい用兵とか、私、さっぱり分かりませんし。そしてもって、なんとしてでも侯爵を「おおっ!」って言わせないと、遮光装備は譲ってもらえそうにありませんし!
戦術論が分からないから、化学知識でごり押しするのです。
「火口湖にはいくつかの特性があります。硫化ガスや二酸化炭素などの、火山性有毒ガスが、水底に溶解しているというのも、その一つです。これらのガスは、底の方に、水圧の力で無理やり溶けています……伯爵、侯爵、炭酸水はもちろんご存知ですね?」
「当然だ」
何を当たり前のことを、という顔で、リチャード様ににらまれます。
うん、私は幼女ですがそこそこ太々しいので、動じませんよ。
「炭酸水を撹拌すると、どうなります?」
「ガスが溢れ出て……そうか!」
「なるほど……貴様、なかなかやるではないか」
褒められている気が全くしませんが。
「もしも、この窪地の湖が火口湖で、そして、もしもこの湖の底に大量の火山性有毒ガスが溶解していて、そしてもしも、この湖の近辺の低地に、敵兵を布陣、もしくは追い込むことができるのであれば……」
私は、立体地図上のいくつかの地点を指さします。
「火山灰質の土壌ならば、衝撃に対して脆いでしょう。溶岩なら話は別ですが……これらの地点を爆破して、土を湖に落とすと、ちょうど炭酸水を撹拌したような状態になり、湖から有毒ガスが溢れ出します。そしてこれは空気より重いため、低地にたまっていきます。すると、そこにいるものは皆、死んでしまうというわけです」
ね、簡単でしょう?
ちなみにこれ、現実に1986年に、カメルーンのニオス湖で起きた災害を参考にしたものです。20km圏内の居住者約1800人と、家畜3500頭が窒息死。緊急避難した約4000人の住民にも、呼吸障害やまひなどの被害を出しました。
「なんと効率的で、被害の少ない方法か……リック、これは革命的だ」
「今まで、様々な用兵術を聞いてきたが……こんな作戦は初耳だな」
こんな悪逆な作戦を、ホイホイ思いつく人間がいてたまるものですか。
あと、言っておいて何ですが、二酸化炭素飽和状態にある火山湖なんて、そうそうあるものじゃありませんよ。ニオス湖の他は、同じくカメルーンのマヌーン湖と、ルワンダのキブ湖ぐらいなものです。
というわけで、これは私の発想の奇抜さをアピールするだけのネタ。実現可能性は限りなくゼロ!
「しかし、地理的条件をまったく拝聴しておりませんので、すべては机上の空論でございますれば……詳細な情報を、是非とも拝聴したく……」
二酸化炭素濃度が30%を超えると、ほぼ即死します。
ちなみに、農協的なところでリンゴなんかを保管している低酸素倉庫も、酸素なさ過ぎてやっぱり迂闊に近づくと即死します。
2020.Sep.15. 炭酸水を「サイダー」というのは日本語固有の言い方だったので訂正。




