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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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この幼女、外道につき

だから明るい話じゃないよ、って言ったじゃござんせんか。





 大陸の地理講座を受けていると、部屋がノックされました。


「カーマーゼン子爵令嬢、アリエラ様。旦那様がお呼びです」

「はい?」


 濡れ布巾で手を拭いて、奥さま方に礼をしてから、呼びに来てくれた使用人の後についていきます。

 社交で勝負する軍功貴族家の使用人は、さすがに制服もピシッ、背筋もピシッ。どこにも隙がありませんね。いえ、我が家の使用人が隙だらけだという意味ではなく、こう、こちらは親しみやすさも削げたぐらいに隙がない、という意味で。


「旦那様、アリエラ様をお連れしました」


 入室を許可する声が聞こえ、おそるおそる中に入ります。

 精一杯に、丁寧に頭を下げて、挨拶します。


「お初にお目にかかります。第41代カーマーゼン子爵、エドワード・マーヴィン・アルステラが娘、アリエラ・ウェンディ・アルステラでございます。この度は祖父と共にの来訪をお許しいただき、感謝に堪えません」


 会ったこともない父親の名前で自己紹介をするのも、最早今更ですね。

 深々と下げていた頭を、ゆっくりと上げると、イケメンなおじさま……もとい壮年の美丈夫が二人、こちらをご覧になっています。


「ご丁寧な挨拶をどうも。この屋敷の主、第26代エクセター伯爵、ウォルター・ガヴァン・ベッラ=カエラフォルカ。エレンの父だ。そしてこちらが……」

「第12代ドーヴァー侯爵、リチャード・フォースターだ」


 軍功貴族には、美男美女しかいないのか。いや、公での役割からして、美形の遺伝子ばかり残しているのか。ああ、なるほど。

 ウォルター様は、薄茶色の髪を後ろに流して撫でつけた、薄い青色の目がきらきら輝く、茶目っ気のありそうなおじさまです。

 リチャード様は、それよりは濃い茶色の髪の毛……後ろに撫でつけていますが、癖が強いのでピョンピョン撥ねています……に、ハシバミ色の目をした、いかめしい印象のおじさまです。ライオンみたい?


「リチャードに、遮光装備を譲ってほしい、と頼んでいるそうだね」

「あ、はい……あの、太陽光に弱いものですから」

「アデルに、エスターライヒに療養に来ないか、と言われたようだな」

「はい、あの……喘息があるものですから」


 健康を地で行く軍功貴族に、己の病弱を白状するのは、なかなかの苦行。

 私だって、好きでこんな体に生まれたわけじゃないのですよ!

 いえ、あの、前世に比べれば、ずっと元気ですが。


「エレンはたいそう君を気に入っているから、協力するのは吝かではない」

「だが、我が友ウォルターの頼みでも、先祖が並々ならぬ苦労の果てに開発した遮光装備を、そうそう簡単に譲るわけにはいかない」

「というわけで、君に試験を課すことにした」


 テストなら、どんと来いですよ!

 私だって、学術貴族なのですからね!


「これが試験の課題だ」


 ばさり、とウォルター様により、テーブルの上にかけられていた布が取り払われました。何かあるという感じに盛りあがっていましたが……なるほど。

 標高差をつけた立体地図!


「我が方の軍が兵力4000。敵の兵力が7000。布陣はこうだ」


 ブロック1つにつき1000人なのでしょうね。青いブロックを4つ、赤いブロックを7つ、リチャード様が配置されます。


「さて、君はこのような状況で、どう出るかな?」


 ウォルター様が、ニヤニヤと私をご覧になります。

 参謀の適性は皆無だと、エレンお姉さまは仰ったでしょうに……これは嫌がらせですか? 嫌がらせですね?

 でも、だからって、大人しく白旗は上げませんよ!


「質問をよろしいでしょうか?」

「うむ」


 どう出るか、なんて曖昧な問いでは、答えが出せません。

 疑問点を徹底的に解消しないと、反撃も何もできませんからね。




「非常に多くの質問があります。まず、勝利条件は何でしょうか? 敵兵力7000の殲滅ですか? それとも降伏ですか? また、降伏を引き出したとしても、我が方の損害はどこまでが許容の範囲ですか? 一兵であろうと失うことは許されないのでしょうか?」


 私の問いに、リチャード様もウォルター様も、真ん丸に目を見開かれました。あ、アゴ外れちゃいますよ。


「それから、気象条件について。気温は学術単位で何度ですか? 湿度は何パーセントですか? 北半球ですか? 季節はいつで、日照時間はどのぐらいですか? 平均風速と風向は分かりますか? 降水量および降雨の特徴についても、お聞かせ下さい。土壌の性質は? そして、この条件下で駐屯してから、どのぐらいの期間が経過した兵が中心ですか? 敵味方、ともにお教え願います。兵糧の蓄えは、どのぐらいの期間を想定していますか? 兵站ルートの確保は?」


 矢継ぎ早に質問を重ねます。

 リチャード様は、ポカンと目をしばたたかせておいでですが、ウォルター様は、クックック、と笑い始められました。


「ハッハッハ! こいつは傑作だ。なかなか本格的じゃないか」

「一日の短期決戦を想定して返答するのかと……」

「自分で勝手に前提を作るわけには参りませんので!」


 頭を抱えたリチャード様に、けろっと追撃。

 ウォルター様は、ヒィヒィとお腹を抱えて笑っておいでです。


「まず、勝利条件についてだが、4000の兵で7000の兵を殲滅せよ、という無茶を言うつもりはない」

「一つ、質問をよろしいでしょうか?」

「なんだね?」


 何となく、この地形から推して、殲滅も可能な気もするのですよね。


「ドーヴァー侯爵は、戦争に人道は存在すると考えられますか?」

「どういうことかね?」


 我ながら変な質問ですが、すでに大陸教会から異端扱いされているアルビノアに、悪評なんてどれほどのものかと思いますし。

 どうせ皆殺しが条件だったのならば、アッサリ終わらせる方が、アルビノア側の被害が少なくて済むでしょうし。

 きわめて非人道的な方法なのですけれども、これ所詮テストでしょう?


「悪辣な方法ではありますが、うまくすれば被害を最小に抑えて、敵兵を文字通り殲滅する方法があるかなと思ったのです。悪辣な方法ですが」


 大事なことなので二度言います。


「殲滅? 4000の兵で7000の敵をか?」

「実働部隊なら、400もあれば事足りるかもしれません。悪辣な方法ですが」


 大事なことなので三度言います。


「戦争とは血が流れるものだ。人道というのは、極限の状況下においては、守ることは難しい」

「つまり、つべこべ言わずにその殲滅方法とやらを教えろ、という意味だろう、リック?」


 ウォルター様が、ニヤニヤ笑ってリチャード様を肘でつつきます。なるほど、お二人は悪友なのですね。


「はあ……ただ、気温・湿度・風向・風速など、諸々の気象条件を知る必要があります。下手をすると、味方も全滅しかねません。それほどに、危険きわまりなく、また悪辣な外道の戦法です」


 とても大事なことなので、四度言いました。


「何をする気なのかね?」

「条件も知らずに、軽々に言うのは憚られます」

「いいから、焦らさずに言わんか」


 リチャード様って、ひょっとして割と短気なのでしょうか?

 怒らせてはいけませんね。遮光装備を手に入れるのが目的なのですから。




「二酸化炭素を使用すればどうか、と愚考しました」


 自分で口にしておいて何ですけれども、本当に悪辣な戦法です。

 しかし、リチャード様にもウォルター様にも、通じなかった様子。


二酸化炭素カーボンジオキサイド?」

「端的に言うならば、我々が吐く息の成分です」

「息の成分?」


 事実とは言え、まぁ、変な言い回しですよね。解説します。


「我々が呼吸している空気は、様々の元素が混在した気体です。その中でも、酸素オキシゲンという気体が我々の活力源です。我々は空気中より酸素を吸入し、二酸化炭素を排出します。酸素の濃度が一定量を下回ると、人間は即死します。そして、二酸化炭素量が非常に多くなると、人間は中毒死するのです」


 なんと! と、お二方は身を乗り出して、私の話を聞かれます。

 毒ガスについての答弁というのが、本当に間違っているとしか言えないのですが、まぁテストですし?


「この窪地の湖……これが火口湖であり、そして3時間以上の凪の時間が見込めるというのならば、崖崩れ一つで敵兵の殲滅も可能かと」

「待って……それはどういうことかな?」


 ウォルター様が、ハイと手を挙げて、質問されました。


「山の上の窪地に水がたまり、湖を形成するのは、非常に自然なことです。ただその窪地の形成理由……標高と地形から推して、これには火口湖の可能性があると、私は見ました。つまり、火山の噴火口です」

「それと、崖崩れと、敵兵に二酸化炭素と、何の関係が?」

「あくまでもこの通りの地理的条件が揃っていれば、という、途方もない仮定の話をしているのですが……」

「いいから話しなさい」


 ちぇー、細かい地理的条件もサッパリ分からないまま、妄言を並べ立てるのって、学術貴族としてどうかと思うのですけれど。

 それ以前に、人としてどうなの、という話をしていますけれどね。

 まぁこれ、ただのテストですし。詳しい用兵とか、私、さっぱり分かりませんし。そしてもって、なんとしてでも侯爵を「おおっ!」って言わせないと、遮光装備は譲ってもらえそうにありませんし!

 戦術論が分からないから、化学知識でごり押しするのです。


「火口湖にはいくつかの特性があります。硫化ガスや二酸化炭素などの、火山性有毒ガスが、水底に溶解しているというのも、その一つです。これらのガスは、底の方に、水圧の力で無理やり溶けています……伯爵、侯爵、炭酸水はもちろんご存知ですね?」

「当然だ」


 何を当たり前のことを、という顔で、リチャード様ににらまれます。

 うん、私は幼女ですがそこそこ太々しいので、動じませんよ。


「炭酸水を撹拌すると、どうなります?」

「ガスが溢れ出て……そうか!」

「なるほど……貴様、なかなかやるではないか」


 褒められている気が全くしませんが。


「もしも、この窪地の湖が火口湖で、そして、もしもこの湖の底に大量の火山性有毒ガスが溶解していて、そしてもしも、この湖の近辺の低地に、敵兵を布陣、もしくは追い込むことができるのであれば……」


 私は、立体地図上のいくつかの地点を指さします。


「火山灰質の土壌ならば、衝撃に対して脆いでしょう。溶岩ラヴァなら話は別ですが……これらの地点を爆破して、土を湖に落とすと、ちょうど炭酸水を撹拌したような状態になり、湖から有毒ガスが溢れ出します。そしてこれは空気より重いため、低地にたまっていきます。すると、そこにいるものは皆、死んでしまうというわけです」


 ね、簡単でしょう?

 ちなみにこれ、現実に1986年に、カメルーンのニオス湖で起きた災害を参考にしたものです。20km圏内の居住者約1800人と、家畜3500頭が窒息死。緊急避難した約4000人の住民にも、呼吸障害やまひなどの被害を出しました。


「なんと効率的で、被害の少ない方法か……リック、これは革命的だ」

「今まで、様々な用兵術を聞いてきたが……こんな作戦は初耳だな」


 こんな悪逆な作戦を、ホイホイ思いつく人間がいてたまるものですか。

 あと、言っておいて何ですが、二酸化炭素飽和状態にある火山湖なんて、そうそうあるものじゃありませんよ。ニオス湖の他は、同じくカメルーンのマヌーン湖と、ルワンダのキブ湖ぐらいなものです。

 というわけで、これは私の発想の奇抜さをアピールするだけのネタ。実現可能性は限りなくゼロ!


「しかし、地理的条件をまったく拝聴しておりませんので、すべては机上の空論でございますれば……詳細な情報を、是非とも拝聴したく……」





二酸化炭素濃度が30%を超えると、ほぼ即死します。

ちなみに、農協的なところでリンゴなんかを保管している低酸素倉庫も、酸素なさ過ぎてやっぱり迂闊に近づくと即死します。


2020.Sep.15. 炭酸水を「サイダー」というのは日本語固有の言い方だったので訂正。

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