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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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アーソナ大陸諸国事情

アデル様はエスターライヒ訛りのため、ちょっとこわばったアルビノア語になる。これでも、ゲルマニウス訛りのアルビノア語よりは柔らかいのです。

世界地図の下絵を描きましたが、まだちょこちょこ修正しています。うーん、緯度と経度と気候の釣り合いが……うーん……





 お茶とお菓子をいただきながら、マーガレット様とアデル様の会話に耳を澄ませます。アデル様のアルビノア語は、ところどころに違和感がありますが、意志疎通には何の問題もないレベルです。

 現在まだアルビノア語しか使えない私としては、むしろ驚嘆。


 ただ、やはりマーガレット様の方が社交慣れしている感じで、アデル様はどうしても口数が少ない印象です。

 でもマーガレット様がアデル様とお友だちになった理由も、何となく分かってきましたよ。


 アデル様は、一見とても凛々しい印象なのに、話される時にははにかむのが、ものすごく愛らしくてギャップがすごい。

 エスターライヒ訛りのアルビノア語で、ちょっと堅いいかめしい印象の言葉とは裏腹に、おそるおそるという感じで口を開かれる姿ときたら。

 庇護欲が刺激されると言いましょうか。四児の母ですが。


 ちなみに、お話の内容はサッパリわかりません。

 学術貴族でさえ、知り合いはアルバート様とファーガス様のみ。社交界の社の字も知らない私に、軍功貴族家の話なんか分かるわけがありません。


 貴族名鑑読まないといけないんでしょうね……でも、おじいさまは、貴族名鑑を読むぐらいなら、新しい論文を探せと仰るのでしょうね……うん、ほら……社交は軍功貴族のお仕事ですから。学術貴族のお仕事は研究ですから!


 研究と言えば、ファーガス様との文通はちゃんと続いています。

 ファーガス様とばかり文通をすると、お兄さまが果てしなく拗ねるので、お兄さまとも文通をしています。

 お二人とももっぱら研究の話ばかりです。


 ファーガス様は、イグナ=アルステクナ家から、炎色反応をより詳細に観察できる、コバルトガラスの防護眼鏡を手に入れられたとのこと。乳鉢ではどうにもならない鉱物の粉砕のために、頑丈なハンマーも手に入れられたとか。

 毎日、石を砕いて加熱してといった作業をしていらっしゃるので、粉塵公害を心配したお母上が、特性の防塵マスクを作って下さったとか。


 お兄さまは、アルステラ家の名前を使って、学校の地学実験室に出入りする特別許可証を手に入れられたそうです。様々の鉱物について知見を深めつつ、それを隠れ蓑に、各種の水晶の研究を進めてらっしゃいます。

 我々の「錬金術」は、まだ秘密ですからね!


 水晶ばかりいじっていても、怪しまれてしまうだろうと、このところは長石や火成岩の研究まで手を広げられた様子。

 長石の仲間にはムーンストーンなどの宝石もあるので、おじいさまの影響だということで、なるほどと納得された様子。そして火成岩は、お母さまが火山学者であるため、これもまた別段疑惑は招かなかったとのこと。

 カモフラージュはばっちりですね!

 なお、唐突に研究範囲を広げた件について。これこそまず怪しまれることなのでは、と思ったのですが、私の研究発表概要が役立ったとのことです。


「私の妹は、6歳の誕生会に、このような発表ができるほどに優秀なのだ。兄として、妹に負けるわけにはいかないだろう?」


 そう言うと、全員が「なるほど」で引きさがったとのこと。

 そんな大したものではないと思うのですが、でも一般的な6歳児が書くような内容ではないのは事実なので、納得しておきます。


 お兄さまといえば、先日、私のデザインしたお兄さま用タイ・タックが仕上がりまして、小包で送ったのです。

 チョコレート一箱と、読んでいる方が恥ずかしくなるような大仰な褒め言葉が書き連ねられた手紙が届きました。読んでいる途中で、恥ずかしさのあまり、何度もベッドに顔を埋めましたよ。


 お兄さまの後、ファーガス様にも、レッド・スピネルのラペルピンをお届け。こちらは丁寧な返信と、フランキア語の結晶学論文が返ってきました。私はアルビノア語しか読めないので、おじいさまに翻訳していただきました。

 おじいさまからファーガス様へのお礼状には、廃鉱になった国内の鉱山の分布図と、国外の鉱山のデータがつきました。


「わしはもう、アルビノア国外に出られないからな」


 おじいさまほどには業績を上げないようにしましょう。あと、おじいさまほど積極的には、石の神秘性とかいう人々に喧嘩を売らないでおきましょう。

 多分、おじいさまはアルビノアのジュエリーの信頼性を担保する人材であるというのに加えて、国外に出したら刺されそうだから、海外渡航禁止なのです。




「……アリエラ嬢は、チョコレートに夢中ね」

「すみません……とても美味しいので」


 お話が上の空でも、不興を買わない幼女特権。でも実際、美味しいのです。


「エスターライヒに行かれた際には、是非とも訪ねて下さい。私のおすすめの店があるのだ」


 アデル様が、何故か頬を紅潮させながら、そう仰います。


「エスターライヒの王都ヴィンドボナにある、あるホテルの特別ケーキだ。製法は門外不出なので、行かなければ食べられない」

「ああ、あれはとても美味ね」

「アルビノアに来て、私はとても楽しいが、あのケーキが食べられないのは、少し寂しいと思う」


 甘味の話で盛り上がるだなんて、まるで貴族の女子のようです。

 だって、ほら……私の周囲は学術貴族ばかりですし。


「もし私がアデル様のご実家に行けるとなったら、是非ともそのエスターライヒのチョコレートケーキをいただきたく存じます」


 それで、できればアデル様のご実家や、ご領地の地理など、差支えなければお聞きしたいのですが。


 いえ、だって、エスターライヒって基本的に内陸国ですよ?

 内陸国に岩塩鉱があるということは、すなわち、過去に地殻変動があったということで……アルプス=ヒマラヤ造山帯的なものがあるのですか?

 博物室の世界地図は、二百年も前に作られたものですから、国外の情報なんて非常にざっくりとしか掲載されていないのです。情報が欲しい。


「私の実家であるエックハルト家が領有しているのは、ゲルマニウス連邦王国との国境地域、ザルツブルグだ。ザルツは『ソルト』、ブルグは『町』の意味だ。古くから岩塩の採掘で栄え、街道も整備されている。だがそのせいで、ゲルマニウスとエスターライヒで戦争になった場合は、常に最前線の一つになる」


 あるある。整えられたインフラは、敵も利してしまうのですよね。

 そういえば、ゲルマニウスとエスターライヒとシュヴィーツって地域差はあれ、同じ言語を使っていた気がしますが、何語って言うんでしょう?


「エスターライヒ語で『塩の町』ですか……」

「いや、言語はヴァルト語という。この地域は古くから広大な森が広がっている。古代ラティーナ人は我々の先祖のことを『森の民』と呼んだ。自称は『ゲルマン』だったのだが、現在は『ゲルマニウス』という国名が存在するので、言語は政治的に中立な『ヴァルト語』と称するのが好ましい」

「ほほう!」


 知らなかった。心の中にメモメモ。


「大陸で使われている言語についてうかがってもよろしいでしょうか? 我が家は地理学の家系ですが、祖父は宝石が専門で、言語学の資料は少ないのです」

「……学術貴族の方が、それでもよほど詳しいと思うのだが」

「アデル様にお教えいただけるから、私は嬉しいのです」


 少々露骨なゴマすりかなと思いましたが、アデル様はぱぁっと顔を輝かせて、それならば、と話を始めて下さいました。

 引っかけた私が言うのもなんですが、アデル様は案外ちょろい?


「大陸の地理は、大雑把で恐縮だが、このようになっている……ここがアルビノアで、対岸がフランキア。フランキアの南西部にヒスパニア諸国。この一帯は、地域差は大きいが、ヒスパニア系の言語を使う。

 そこから海を挟んで西、フランキアの南にロンバルディア。ロンバルド語を使っているが、都市共同体が国家の体をなしていて、やはり地域差が大きい。

 フランキア・ロンバルディア・エスターライヒの境界域に、ヘルヴェティカ共和国連邦。ヘルヴェティカは三つの共和国から成っていて、ヴァルト語を話すシュヴィーツ、フランキア語を話すフリブール、ロンバルド語を話すティツィーノだ。人口・面積ともにシュヴィーツが最大で、共和国連邦の過半はヴァルト語を使用している。しかし、ヴァルト語のみを公用語とすると、各共和国に差がついてしまうので、公文書は公平に、ラティーナ語を使っている」


 わーお、スイスみたい。

 スイスの最初の三州である、ウリ、シュヴィーツ、ウンターヴァルテンは、すべてドイツ語圏だったと思うのですが、こっちは歴史が違うのでしょう。




 アデル様は、大雑把に描かれた地図の、フランキアの北東部に、指を滑らせられました。ちなみに紙ナプキンに、チョコレートで描いています。エッ。まぁいいか。うん。


「フランキアの北東に、フランドル王国がある。王国とはいうが、立憲君主制で王権は非常に小さい。国政は議会が動かしている。言語はフランデレン語で、フランキア語の方言でもある。

 フランドル王国の姉妹国家が、その北側のホラント国だ。王国ではない。かつては王国だったのだが、革命によって共和政になった。言語はヴァルト語の方言でもあるネーデルラント語」


 ベルギーとオランダ的な国ですね。姉妹国家というからには、歴史的には深い関わりがあるのでしょうが、立憲君主制国家と、共和制国家と……何か因縁がありそうな感じはします。


「そしてこの一帯が、すべてゲルマニウス連邦王国。31の君公国と、4つの大自由都市圏の連合体だ。連邦代表はザクセン家だが、実権を握るのは、軍事国家のプルーセン」


 プルーセン……こっちの世界における、プロイセン的な軍事国家ですね。そして、何があったのです、ザクセン。


「エスターライヒは中世にはゲルマニウスと連帯していた。だが、オルハンとの境界地域にあるため、どうしても多文化国家になる。それで、ゲルマンの伝統を提唱するザクセン=プルーセン連合とは、方針が噛み合わず、今では完全に別々に政治をしている」


 なるほど、大ドイツ主義は小ドイツ主義に、こちらでも敗れた、と。

 エスターライヒが多民族・多文化国家だというのも、勉強になります。


「とはいえ、ザクセンとプルーセンの足並みは、別に揃ってはいない。離間工作にもう少し手をかければ、あそこまでの大敗は喫さなかっただろう」


 アッ、これ以上は深掘りしないでおきましょう。地雷原の気配!


「そして、これが我が祖国、エスターライヒの領有地域だ」

「広い!」

「オルハン帝国との最前線地域の半分は、エスターライヒが受け持っている。そのため、大陸教会もエスターライヒには、あまり強く出られない。東部聖教の流入を容認していることについて、口を酸っぱくして注意はされている」


 ハプスブルク帝国的な領土の広さですね。

 ということは、領域内は当然、非常に多様な民族構成になっていて、言語も宗教も伝統文化もバラバラなのでしょう。

 ゲルマン伝統主義なんか、相容れるわけがありませんね!

 まぁ、この世界の歴史なんか、よく知りませんけれど。


「ゲルマニウスの東方にあるのが、大国ルシオス帝国だ。古代ラティーナ帝室の系譜に連なる、非常に古い伝統ある国で、公用語はルシオス語。大陸教会で実質最高の権限を有する、ヴラーディミル大主教座がある」

「実質、最高の権限?」

「大陸教会の『全地総主教』は、エスターライヒの南……ここにある」


 そう言ってアデル様は、巨大な円を描き、そのうちの一点を指されました。


「オルハン帝国エリニカ州。ここのエレウシスに『全地総主教』座がある」


 異端宣告されているアルビノア人が言うのもなんですが、オルハン帝国の東部聖教は、かなり根本的に大陸教会とは別物のはず。

 いいのでしょうか?


「オルハンは大陸教会の信仰の自由を、人頭税と引き換えに容認している。なので、今でもこの全地総主教座は機能している。でも、オルハン領の教会からの干渉は、どうにも好ましくないらしく、今では名目上の最高位、なのだ」

「なるほど」

「オルハンとの宗教境界地域、残り半分は、ルシオスが受け持っている」


 大陸教会が、エスターライヒとルシオスに甘い理由が分かりました。

 つまり、この二カ国が、オルハン帝国と東部聖教への、防波堤なのですね。


「ルシオスの北にはノーリエ都市連合、さらに北にスカンジア島がある。ここの住民はヴィークスの子孫で、使っている言語もその系譜に属する。地域差は少ないが、スカンジア語は島嶼部である分、より癖が強くなっている」


 アイスランド語みたいなものですかね。


「これが、我々が生活するアーソナ大陸の国々だ。オルハン帝国より南には、ユリゼンがある。東にはルヴァの国々がある。そして、海を渡って西には……」

「サーマス大陸、ですね」


 お父さま、お元気ですか。アリエラは元気です。





ルシオス帝国はロシアっぽい感じですが、残念ながらロシアほど広大ではない。ロシアの3分の1ぐらいです。ウラル山脈っぽいゾーンを、逆にまとめて丸ごと海と川にして、アジアもといルヴァ大陸と、地理的に切断しました。シベリア的なゾーンは別の国になりました。

あんな広大な国土、変数多すぎて、脳みそだけではシミュレーションできないんや……


ヨーロッパとアジアとアフリカならぬ、アーソナとルヴァとユリゼンの三大陸結節点は、これで完全にオルハン帝国の領域になります。

現在、カルパティアはオルハンとエスターライヒで、宗主権をめぐって対立中。エスターライヒが優勢ですが、この地域の解説は死ぬほど面倒くさいので、アデル様はぼんやり誤魔化したと思われます。

ギリシャおよびバルカン諸国に該当する地域は、現時点ではかなりの領域がオルハン領……わかるね? つまりそういうことですね!


Aug. 17, 2023. プロイセンをプルーセンに変更。地球史と紛らわしすぎる気がしてきたので。



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