宝石鑑別がつなぐ縁
更新が停滞する予感がするんじゃ……気にせんとってね……
アデル様はエスターライヒの貴族出身。
私はこのジュエリーが「中央アジア風」のデザインであり、エスターライヒ風のデザインではないことは分かっています。
しかし「テュルク製」だという確証は、得ていません!
似せて作られた可能性は、十分にあるのです。
「うふふ。引っかからなかったわね」
「さすが教授のお孫さんだ。これは私がエスターライヒで作らせたものだ。石はエスターライヒ産のパイロープだよ」
危なかった……危なかった……墓穴に飛び込むところでした。
胸を押さえてドキドキを静めていると、おじいさまが小さな声で「まったく、ハラハラさせおって」と……申し訳ございません、修行あるのみです!
「柘榴石の見分けは、相当に熟練した者でもなかなか難しいのだ。特に鉄礬柘榴石と苦礬柘榴石の区別は、成分が互いに混じり合うこともあって、きわめて難しい……と、すでに思い知っていたはずだったのだが」
はい、以前に同じ問題に引っかかっています。
色の濃いパイロープを、色だけでアルマンディンだと判断したことが……
……せっ、成長します! まだまだ成長しますから!!
「今、改めて思い知りましたので! 以後は気をつけます!!」
「マーカスから防塵マスクが届いたら、工房の見学にも行ってみるか。技術的な観点からも、これがルヴァ中央部の品でないことは分かる」
「はい! 是非!!」
マーカス……と、いうことは、ファーガス様のお父上。
たしかご専門は公害病、特に石綿被害の抑止でしたっけ。
なるほど、防塵マスクを頼むなら、まさに、という方です。
「で、教授、どうでしょうか?」
「産地の特定はできませんが、これはたしかにターコイズですな。粉末を練ったものでもありません。乾燥すると劣化しますので、使用後には、よく鞣した鹿革などで優しく拭いて、手入れを行ってください。練ったものなら手入れの必要はないのですが……」
「何故ですか?」
「アリエラ、ご説明して差し上げなさい」
はいっ。先ほどの失態を取り返しますよ!
「ターコイズは、リン酸系の鉱物であるため、溶媒に弱いのです。したがって、香水やその他の化粧品で腐食し、変色することがあります。皮脂も同様です。そして直射日光に長く曝すと、退色または脱水することがあります。しかし再生品は、接着剤に被覆されているため、このような手入れは不要なのです」
シリシファイド・ターコイズという、隙間に微細なメノウが詰まったものなら、処理とかしていなくとも別に手入れは不要なのですが、基本的に、全てのターコイズは劣化します。掘り出された瞬間から、劣化が始まっています。
「よし、及第点だ」
やったぁ、という喜びの感情は、胸の中にしまいこみます。
さっきの失態を挽回しただけですし。
「どうにもね、実地の経験が甘いものですから」
「教授に比較すれば、誰だって宝石学の世界では未熟者ですわ」
「いやいや……この子は私に負けない、宝石学の大家になると宣言しましたからな。その宣言通りに、いずれは私を追い抜いてもらわねば」
誕生会の後の、お兄さまとお姉さまへの宣言が、私の首を絞める……
おじいさま、マーガレット様に、そんなお話伝えないで下さいまし!
「そんな有望なお嬢さんの『相棒』になれて、エレンもさぞ嬉しいでしょう」
「エレン嬢が、是非とも護衛したいと思えるような人材になるよう、微力ながら精いっぱいの教育を施す所存です」
何を仰いますやら。
おじいさまが微力だったら、アルビノアの他の皆さまは無力ですよ。
「ただ、この子が経験を積み重ね、私を超える人材になるためには、克服しなければならない問題が二つあります……光線過敏症と、呼吸器疾患です」
「ええ。ですから、フォースター家に声をかけられたのでしょう?」
「いえいえ、エレン嬢の繋いでくれた偶然ですよ」
おじいさまとマーガレット様の会話を聞いていらしたアデル様は、ああそうか、と手をポンと打ちました。
「つまりこれが、アルビノアでいう『大いなる方』の導き、か」
「まぁ、そういうことです」
「なるほど……」
そうか、エスターライヒ出身のアデル様は、元は大陸教会の信徒ですものね。アルビノア国教会の合理的で科学主義的な発想には、なじみが薄いでしょう。
「その問題に関しては、我がフォースター家、そして私の実家であるエックハルト家が、大いにお力になれると思う」
ん? お目当てはフォースター家の遮光装備だったのですが、エックハルト家も何か秘密兵器的なものを持っているのでしょうか?
「と仰いますと?」
「エスターライヒの実家の領地に、洞窟がある。そこで寝起きすると喘息が治ると言われ、実際に症状が改善した者もいる」
うーんそれは何とも、パワーとか何とか、そういう話が絡みそうな……おじいさまって、たしか、パワーストーン業界に喧嘩を売って、エスターライヒで襲撃されたのではありませんでしたかね……大丈夫なのかしら……
「理屈は不明なのだが、岩塩坑で起居すると、実際に呼吸器系疾患に改善の兆候が見られると、大陸部の医学論文でも出ているそうだ」
現実に効果が出ているのなら、おじいさまも否定はなさらないのですか。
それにしても、どういう仕組みなのでしょう……岩塩……少なくとも、雑菌は殺菌されて、清潔そうではあります。アレルゲンが減る?
「今、この子がロンディニウムに行けば、発作を起こして重体になりかねない。空気の綺麗なクライルエンで静養させているが、学校へ行くことを望んでいる。そのためには、呼吸器疾患の改善がどうしても必要です」
おじいさまの言葉を、ええ、とマーガレット様が引き継がれます。
「そして、光線過敏症という体質で、エスターライヒまでの長旅をするのであれば、フォースター家の遮光装備も必要になる、と」
「そのとおりです。しかし、私は国外へ出ることが禁じられています。ましてやエスターライヒは、私にとっては危険な国です」
襲われた過去がありますものね。
おじいさまの科学的指摘で損害を被ったであろう、胡散臭い似非科学商人たちが、今でもおじいさまを疎んでいる恐れは、十分にあります。
「その節は、ジェラード様が……」
「いえ、過ぎたことです」
おじいさまがエスターライヒで襲われた時、護衛にあたる『相棒』は、エレンお姉さまの大叔父上である、ジェラード・ラトウィッジ様でしたね!
ははぁん……エクセター伯爵領が、この顔合わせの場所に選ばれたという裏が、ちょっとずつ見えてきましたよ。
たしかに、エクセター伯爵領はクライルエンからまだ近く、私の肉体への負担を最小限に抑えることができます。
そしてついでに、未来の「相棒」であるお姉さまのご家族にご挨拶。
さらに、ジェラード様がおじいさまの護衛に失敗した、過去の件をつついて、フォースター家を説得する援護射撃に!
さすがおじいさま、抜け目がありません。
若き日にはうっかり襲撃される程度には抜け目があったのかもしれませんが、今では立派な古狸ですね……いえ、褒めていますよ!
「遮光装備については、私からも侯爵に口添えをいたしましょう」
ヨッシャアアァァ!!
喜びが抑えられず、顔が紅潮しているのを感じます。
これで、私も外出できるようになる!
ありがとうございます、マーガレット様!
「私も口添えしよう。しかし、夫は意志固い現場主義者であるので、夫を納得させるだけの才覚を、アリエラ嬢には示して欲しく思う」
一難去って、また一難……
おじいさま、私、手土産はジュエリーのデザイン画しか用意しておりませんよ? 現場主義者の軍人が、ジュエリーで丸めこめるわけがないような気が。
いや、しかし、何としても! ここが踏ん張りどころ!!
「浅学の6歳児でございますが、出来る限りのことはいたします」
絶対何とかする! ここで遮光装備を手に入れたら、エスターライヒに療養に行ける! そうしたら、呼吸器疾患が改善する道が開ける!!
私には、この見知らぬ大地をぶらぶら歩いて、地質と地理を堪能するという、壮大な野望があるのです!
こんなところで、手土産の事前準備が出来なかった、などという理由でへしょげていては、未来永劫、国外になんか出られない!!
「言葉に反して、とても意志の強い眼ね。エレンが気に入るのも分かるわ」
「お姉さまはお優しい方です」
「ええ、あの子は『頑張っている人間』が好きなのよ。だから『やる気のない人間』には、とことん冷たいわよ」
うーん、実力至上主義国家アルビノア……闇は深い。
でも、頑張り続ける限り可愛いと言ってもらえるのならば、頑張り続けるのも悪くないと思えてしまう。だってお姉さま、イケメンですもの。
「それでは、お昼まで、アリエラ嬢は私たちとお話をしましょう。教授、すみませんが、宝石類の鑑定をお願いしますね」
「ええ、承りました。社交は初めての孫娘ですので、何かと行き届かないところはあるかと思いますが、その際にはご指導いただければ幸甚です」
うふふ、と穏やかに微笑んで、私はマーガレット様、アデル様と一緒に、別のティールームに通されます。
すでにお茶とお菓子も用意されていて、大変に恐縮です。
あっ、チョコレートがありますよ!
「さ、いただきましょう」
「エクセターの菓子職人は腕が良いから大好きだ」
「エスターライヒで修業したのだから、アデルの口に合うのも当然ね」
そういえば、チョコレート菓子の本場は、エスターライヒでしたっけ。たしか私のお誕生会のメニューの謎解きで、お兄さまが仰っていましたね。
アデル様には、なじんだお味なのでしょう。
椅子を勧められ、お茶を注がれ、お菓子を取り分けられます。
おおお……普段から美味しいものばっかりいただいている私ですけれど、さすがは社交が武器のエクセター伯爵夫人……味わいの精妙さが違う……
きっと何種類ものカカオマスとか何だとかをブレンドしているのですよ。カカオマスとカカオバターの区別もつきませんけれど。
だって食べられない美味しそうなもののことを詳しく調べたって、悲しいだけだったんですもの。出歩けないのは諦めがつきますけれども、食べ物って、お取り寄せとかあるじゃないですか……!
「アリエラ嬢は、チョコレートがお好きなの?」
「はい! エレンお姉さまもお好きなので、一緒にいただいたのです」
「マーガレット、彼女はエレンのことが大好きなようだね」
ハッ……ご本人の母親相手に、私は何という間の抜けた発言を……
「申し訳ありません、差し出口を聞きました」
「いえいえ。エレンのことをそんなに好きになってくれて、こちらこそお礼を言わなくてはいけないわ」
「お姉さまは、とても魅力的な方なのです!」
アッ、またやってしまった……
今回はおじいさまの愛情があふれる回。たぶん。




