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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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エクセター伯爵夫人マーガレット様

しばらく旅行で消えます。鉱物に萌えて燃えてきます。

更新が滞る恐れがありますが、私はたぶん元気です。たぶん。





 6歳幼女が、馬車で丸一日移動するとどうなるか?

 答え、爆睡する。


 エクセターに着いた記憶がありません。

 しかし、目が覚めると、見知らぬ天井ならぬ、見知らぬ天蓋が。


「?!?!」


 いつの間にやら、私はすっかり寝巻に着替えさせられ、ベッドですやすや眠っていたようです。優雅にご挨拶しようと思っていたのに……

 過ぎてしまった時はどうにもなりません。

 とりあえず、醜態をさらさないために、もう少し寝ておきましょう。

 ここのお布団からは、ほのかに薔薇の香りがします。良い……


「おはようございます、お嬢さま」

「……おはよう、ばあや」

「お湯を持って参りましたので、お身体をお拭きしましょう」

「……お風呂は?」

「あんな充実した入浴設備がある方が珍しいのですよ」

「なるほど」


 ばあやには、私の起床に関する、特別のアンテナでもあるのでしょうか。

 狸寝入りが通用した試しがありません。

 服を脱がされ、お湯で温めたタオルで、全身を拭かれます。


「薔薇の香りがする……」

「エクセター伯爵夫人から、遠慮なく使うようにと、薔薇水をいただきまして。早速使わせていただいている次第です」

「それは、お礼を申し上げなければなりませんね」


 朝食は、客用らしい小さな部屋で、おじいさまと二人。


「よく寝たか?」

「はい、ぐっすりと眠りました」

「それは良かった。初めての長距離移動だったが、顔色は良さそうだ」


 朝食はサラダとコンソメスープ、ふわっとしたまるい平たいパンに、目玉焼きと焼いた玉ねぎ、そしてお肉を挟んだ、まるでハンバーガーみたいなもの。それから、ヨーグルトとフルーツに、紅茶です。

 全体的に、塩気が強めのような気が。


「相変わらず塩辛いな……」

「おじいさまも、そう感じられるのですか?」

「軍功貴族風という味付けの言い回しがあってな。動き回るので汗をかくから、全体的に味が濃くなる傾向にある」


 体育会系な軍功貴族にとっては、適正な塩分量かもしれません。

 文化会系な学術貴族にとっては、明らかに過多のような気がしますが。


 食事を終えたら、きっちりした服装にお着替え。

 菫青石の首飾りをぶら下げて、アルステラ家の娘アピールです。


 今日のドレスは、可愛らしい印象を前面に押し出して、菫色。ベージュのアンダードレスに、灰がかった水色のリボンを飾っています。

 どうしても青紫系になるのは、この家の石が菫青石だから仕方ないのです。

 おじいさまも、色温度低めのグレーの上下。タイは薄紫。


「奥さま、アルステラ教授と孫娘さまがいらっしゃいました」


 ドア越しにかけられた言葉の内容に、私のドキドキは跳ね上がります。

 ここで「奥さま」ということは、つまり、お姉さまのお母上!


「ごきげんよう、教授、小さなお客さま。エクセター伯爵夫人、マーガレット・ベッラ=カエラフォルカです」


 なるほど……エレンお姉さまのお母上です。間違いない。

 物凄い美人です。

 思わず、返事も忘れて、まじまじと顔を見つめてしまいました。


 トンとおじいさまに肩を叩かれ、我に返ってお辞儀をします。こういう時の挨拶はお辞儀です。敬礼は任務を持つ者の挨拶。


「クロード・アルステラの孫、カーマーゼン子爵が娘、アリエラ・ウェンディ・アルステラでございます。お初にお目にかかります、エクセター伯爵夫人」




「ご丁寧な挨拶をどうも。でも、あまり畏まらないで下さいね」


 鈴を鳴らすような、とは、つまりこのようなものなのだろうなぁ、と思われる美声で、マーガレット様は仰いました。


 いえ……畏まるとか、畏まらないとか以前に、マーガレット様がお美しすぎて声が出ないのです。

 お姉さまの金髪は、お母上譲りだったんですね。あと目の色も。


「娘のエレンが『相棒』ができたと、アルステラ家に行った時のことを、それはそれは楽しそうに報告してくれましたの。エレンの『相棒』なら、私にとっても娘と同じです」

「恐縮です」

「ほら、またそうやって引いてしまう」


 ふふふと笑いながら、さっと近寄ると、マーガレット様は私の右手を取り、そっと両手で包まれました。


「ほうら、怖くない」

「……はい」


 お姉さまのイケメンな振る舞いも、お母上の影響かもしれません。

 ぎゅっと一度握った後、マーガレット様はおじいさまに向き直られました。


「今回、アデルの宝石の鑑別をして下さるとのことですね」

「ご依頼があれば、伯爵夫人のものも鑑別いたしますよ」

「うふふ。そう言って下さると思って、私も用意しておりましたの」


 空気を窺っていたのかもしれない、絶妙なタイミングで、ドーヴァー侯爵夫人アデル・フォースター様の来訪が告げられました。

 マーガレット様はずば抜けた美人ですが、アデル様も艶やかな黒髪の美人です。華やかというよりは、凛とした、という形容が合う感じ。


 金色にも見える、落ち着いた黄色のドレスに、濃い紺色のレース。動くたびに地に織り込まれた装飾文様が揺れて光ります。つけていらっしゃる首飾りは、黒い金属製……まさか……ベルリン・アイアン?


 ベルリン・アイアンは、プロイセン王国の王立鋳造所が19世紀に作ったもので、アンティークの世界ではコレクターズ・アイテムです。

 ナポレオン戦争で、戦費調達のために市民に金や銀の供出を要請し、かわりに与えた鋳鉄製のジュエリーが、愛国のシンボルとして人気を博したものです。

 ただの鉄だと錆びるので、黒漆を塗ってあり、そのために真っ黒です。


 時代的には存在してもおかしくありません……ここはアルビノアで、政治も歴史も宗教も地球とは異なっていますが、似通った部分があるのも事実です。


「うふふ。やっぱりね。ジュエリーにお詳しいのなら、きっとそれに興味を持つって、言ったとおりでしょう?」

「さすがだ、マーガレット」


 悪戯が成功した子どものように、マーガレット様が得意げに、アデル様に微笑みかけられました。


 すすめられた通りの席に、座ります。

 幼女の体は小さいので、すみませんが、足置きを踏み台にさせていただきました。座るというより、椅子に登山している気分です。


「初めまして、小さなお嬢さん。私がドーヴァー侯爵夫人、アデル・フォースターだ。エスターライヒ出身なので、アルビノア語は少し聞き取りにくいかもしれないが、容赦願いたい」

「いえ! ご丁寧にありがとうございます」


 アデル様は、とても安心したように、柔らかな笑みを見せられました。おや、そうして微笑まれると、少し幼いというか、可愛い感じがしますね。こう、ほにゃっとした。

 そっと両手を後ろに回し、首飾りを外されます。


「ゲルマニウスのジュエリーだ。鉄に黒漆をかけている」


 やっぱり、ベルリン・アイアンですか!

 ひええ……しかし、19世紀初頭のものこそ最高傑作と言われるとおり、まさに技術が頂点に達した時期の出来。ものすごい細かさ。

 これなら鉄なのに高評価なのも納得です。




「ルーペを使って拝見しても?」

「構わない」

「ありがとうございます」


 戦費調達のために作られたにしては、繊細で優美な細工。しかし、その精神の質実剛健を示すがごとく、石の類は一切なし!

 高価な石など使わずとも、この技術こそが豊かさだ、と宣言するかのような、素晴らしい職人の手仕事!!


 嬉々としてルーペを除き込み、細工に感嘆している横で、奥さま方とおじいさまの会話は進んでいきます。

 へえ、今回、鑑別を依頼されるジュエリーは、フランキアの商人から仕入れられたのですか。ふーん。

 おおお……何と繊細優美な細工……ゲルマニウス職人すごい……


「こちらはカットの形が古いのですが、本当に古いものなのか、古いものを模して作られたものなのか。あと、こちらの石についてもご意見を窺いたくて」

「商人は何と?」

「フェルガナのターコイズだと」


 ターコイズ? つまりトルコ石?


 なお、地球のトルコでは、トルコ石は採れません。中央アジアなどで採掘されたものが、トルコを経由してヨーロッパにもたらされた結果、このような名前で流通するようになったものです。

 こちらの世界では、テュルクというルヴァ大陸内陸部の遊牧民族が商っていることに由来し、偶然にも全く同じ命名になっています。


 私はルーペから目を離し、首飾りをアデル様にお返ししました。

 宝石箱の中から、艶やかな光沢を放つ真珠が溢れています。


 すごい……養殖技術がまだないこの世界では、真珠は全て天然物です。

 偶然、真珠層のある貝の中に入った異物が、偶然、くるくると真珠層に巻かれて、それが偶然、真ん丸になったという、奇跡の産物です。


 アコヤ貝の場合、30万もの貝の貝柱切って開けて、そしてようやく1つ見つかるというほどの品です。ちなみに貝柱を切ると貝は死にます。この貝が食用にもなるというのが、せめてもの救いですね。30万も殺して、真珠がなかったらポイとか、さすがにかわいそうです。食べて供養してやらねば。


 アデル様が取り出されたのは、地球では広い意味でトルキスタンと呼ばれる、中央アジア風の意匠の首飾りでした。


「……ルヴァの品ですな、意匠は」

「ええ。世界中の珍しいジュエリーを集めるのが、私の趣味です」

「で、問題は?」

「この青色の部分です」

「拝見します」


 おじいさまはルーペを手に、ジュエリーの石を確認されます。

 私も気になるので、落ち着きなく様子を窺っていると、はいどうぞ、と別の首飾りを渡されました。同じく、中央アジア風です。


「……鉄礬柘榴石アルマンディンですか」

「あら、早い」

「鉄分によるくすんだ赤色は、鉄礬柘榴石アルマンディンの特徴です。また、フェルガナ地域の製品に、赤い半透明の石が使われる場合、ガラスでなければ、鉄礬柘榴石アルマンディンであることが多いはずですから」


 おじいさまからの受け売りをすらすら答えると、うふふ、とマーガレット様が悪戯っぽく微笑まれました。


「ガラスだとは思わないのね?」

「ジュエリーコレクターの侯爵夫人に、ガラス玉を売りつけるのは、命の惜しくない愚か者でしょうから」

「その判断の素早さ、とても素敵ね」

「ええ。私も良いと思う。軍功貴族のようだ」


 学者としては、こんなサクッと判断を下すのは軽挙なのですけれども、即断即決を旨とする軍功貴族には、ウケたようです。

 固溶体を形成した苦礬柘榴石パイロープという可能性もあるのですが、あれは採れる地域が非常に限られています。アーソナだとエスターライヒでしか採掘されていなかったはず……んっ?


「あの、この石、まさかエスターライヒ産?」





現在ではありふれたものになっている真珠は、養殖技術が確立するまでは、凄まじい犠牲の上に成立していたのだ……つまり、人的にも貝的にも。

いや、阿古屋貝は真珠採るために貝柱切る必要があるから、結局貝の犠牲は減ってないのか。南洋真珠を作る白蝶貝と黒蝶貝は、貝柱丸ごと切る必要がないため、2~3回養殖に再利用できるそうです。


天然真珠の名産地はアラビア海一帯であったが、遺書を作ってから出勤していたのだ。サメが頻繁に出没する危険な海域だったもので。カタール首長家の真珠コレクションは素晴らしかった……

また南太平洋の木曜島のあたりでは、日系移民が素潜りで真珠貝を採っていた記録もあります。気圧・水圧の激変に日々さらされ、潜水夫の平均余命は短かったそうな。


この世から真珠採りという過酷な労働を減らしたという点において、真珠王・御〇本幸吉はすさまじいと思います。なお、現在ミキ〇トで行われている真珠の養殖方法は、御木〇さんが発明したものではなく、彼の娘婿が発明したもの。西川さん。


ところで、ブクマがなんで増えているの??

この話は後々、火山が噴火したり地震が起きたり、紛争に巻き込まれたり、結構デンジャラスな展開になっていくんやで? やで? ……って念押ししているのに。


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