おじいさまとのティータイム
ひたすらコランダムの話をしている、祖父と孫娘。オタトーーーク!!!
鑑定試験(?)をパスして、私はおじいさまとティータイムです。
ちなみに、お茶の時間はお喋りが許されるようです。といっても、私、今までずっと、ばあやが傍にいるだけのお茶だったので、初めて知ったのですが。
「このお茶は、どこで産するのですか?」
「ヒンディアだ。古い古い宝石の国でもある。長い歴史のある国だ」
なるほど、この世界のインドは、ヒンディアというのですね。
そして、このお茶は、中国系のカメリア・シネンシアではなく、インドに自生していたカメリア・アッサミカの方ですか。
どうりでミルクが合うわけです。渋みが強いともいいます。
「このお砂糖は? 何からできているのですか?」
「砂糖蕪だ。アルビノア王国では、北部地域で盛んに栽培されている」
なんと国内産でした。テンサイ糖なのですね。
ということは、この世界では、地球でのカリブ海砂糖植民地のような大惨事は、起きていない、のかな?
でも聞くのも怖いし、後々自分で調べることにします。
「アルビノアでは、さまざまな作物が取れるのですね!」
「学術貴族たちの研究の成果だ。昔はあまり豊かではない土地だったが、サーマス大陸から馬鈴薯がやってきたことで、人口も格段に増えた」
なるほど、サーマス大陸は、やはり南北アメリカ大陸にあたりますか。
「私、宝石ももちろん学びたいですけど、アルビノアの産業と地質の関連についても、とっても気になります……」
ちょこっと、他のことも教えてください、アピールをします。
おじいさまは、別段気分を害したふうではありません。良かった。
「わしの専門ではないが、できる限りのことは教えよう」
あっ、おじいさまは、宝石学がご専門だから、私に宝石のことを教えてくださるつもりだったのですか。誤解しました、ごめんなさい。
たしかに「学術貴族」などという概念がある国なのですから、知識の正確さには、並々ならぬこだわりがあってもおかしくありません。
「わしのわからぬことは、専門家を紹介してやろうな」
「ありがとうございます!」
「ちなみに、農業技術については、お前の母親の実家である、アルスヴァリ家の当主がもっとも詳しい」
おやっ。今日は家族の情報がよく入ってくる日です。
「お母さまのお父さまですか?」
「いいや。今の当主は、ルビーナ……つまりお前の母方の祖父の、いとこにあたる人物だ」
あ、お母さまの名前はルビーナなのですね。
「アルステラと、アルスヴァリって、なんだか似ていますね」
ふと思ったことを、5歳児らしく言ってみたら、おじいさまは何故か、とても誇らしそうに、にやりと笑いました。
「アルスで始まる家名は、建国時から続く『学術貴族』であることを示すのだ。一代でも業績が途絶えた家系は、もはや『アルス』を名乗れん。したがって、アルスの家名は時代を追うごとに減っている」
ということは、お母さまの本家も、800年にわたって一度も資格を失っていない、バッハ家的なエリート家系?!
おおう……ということは、私が何かスゴイことをやれても、アルスな家系同士のサラブレッドだから、で過ごされますかね。
よし、これで、うっかり地球の知識をしゃべっても、きっと大丈夫!
「おじいさま、ヒンディアについて教えてください!」
それからはもう、楽しいという表現では足りないくらい、最高でした。
おじいさまはとってもお話し上手で、ヒンディアの歴史や、その中に登場してくる有名な宝石のことを、とてもドラマティックに語ってくださるのです。
たとえば「天界の氷」とよばれる、非常に大きな、青白い輝きを放つ透き通ったダイアモンド。
インドの伝説的ダイアモンド鉱山といえばゴルコンダです。南アフリカのダイアは、窒素を含んで黄みがかるのですが、ゴルコンダのダイアはⅡa型といいまして、窒素を含まないのが特徴です。そのため、青みをさえ感じさせる純白になるそうです。
ちなみに、ダイアモンドの名前は、この世界でもダイアモンドでした。やっぱり「何よりも硬い」が名前の由来だそうです。
私が気になったのは、「女王の炎」とよばれる、オレンジ色の宝石。
「『女王の炎』は、宝石で分類すると、何にあたるのでしょう?」
「鉱物学的には青玉と同じだと思われる。だが『サファイア』に青という意味があるのに、オレンジのサファイアはおかしかろう」
地球では、気にせず「オレンジサファイア」でしたが。
そういえば、ビクスバイトも「レッドエメラルド」でしたものね。エメラルドも「緑の石」という意味です。
「しかし、いちいち特別な名前をつけていては、それを覚えるのも大変ではありませんか?」
「だが、紅玉は鉱物学的に、青玉と同じだが、すでに異なる名前がついている。そして普及している」
おじいさまは、サファイアとルビーが、不純物が違うだけの同じ鉱物であることを、理解してらっしゃる。さすが、アルビノアの宝石学の大家!
「でも、紅玉の歴史はとても古いのでしょう?」
「そのとおりだ。2000年前の文献にも登場する」
「オレンジ色のサファイアに、新しい名前をつけても、2000年かけないと浸透しないということでは?」
おじいさまは、固まった。
そして、ははは、と高らかに声をあげて笑い始められた。
「なるほど! お前の言うことももっともだ! はっはっは。わしが新しい名前をつけても、広まるまでに2000年かかるか……そうか」
「特別なものとして売りたいなら、ルビーのように特別な呼び方をつければ良いと思うのです。でも、学ぶ側としてはややこしいのは難しいかと……」
「アルステラ家の娘が、それでどうする」
「うっ……」
はい、私はアルステラ家の娘。地質のエキスパートを輩出しまくった、学問的エリート家系の出身です。
「でも、宝石や鉱物について学びたいのは、アルスの家名の人間だけではないと思うのです……正確な知識を、わかりやすくまとめるのも、大切ではないか、と私は思うのですが……」
おじいさまは、いよいよ楽しそうなお顔です。
「たしかに。知識の還元は学術貴族の義務だが、自分たちしか分からないような内容では、十分に責務を果たせてはいまい。よし、これで腹が決まった」
おじいさまは、先ほど私への試験に使われた、サファイアをつついて、満足そうなお顔で宣言されました。
「次の論文では、一律に『鋼玉』と表記しよう」
なるほど、鉱物名で統一してしまうようです。
私としては、サファイアの方が宝石っぽいと思うのですが、サファイアは青しか認めないというのが、この世界の宝石学の権威であるおじいさまのお考えだというのなら、それは余計な話というものでしょう。
「そして、美しく青いものが『サファイア』で、美しく赤いものが『ルビー』だということで、基準をまとめよう」
「基準?」
「王国の宝石商組合から、わしの名前で基準を定めてほしいと言われておる」
それだけ、おじいさまがこの国で、宝石学の権威として名をとどろかせているのだ、ということですね。
「お前も少し手伝え」
「えっ?!」
「さっきの石の鑑定を見て、お前ならやれると、わしは思った」
いえいえ! いえいえ!
がんばって知識を確認しただけですよ!
タンザナイトが混じっていたら、結構危なかったかもしれませんよ!
「後で、お前の色彩感覚について、試験を行う」
「は、はい……」
「お前の色彩感覚が十分に鋭かったら、基準石を選ぶ手伝いをしてもらうぞ」
えっ?! マスターストーン、って、判定の基準にする、あれのこと?
私が選ぶの? いえ、おじいさまのお手伝いでですけども。
ちょっと、そんなの、嬉しすぎる通り越して、なんかもう、幸せすぎて……もう、言葉にできない……
「がんばります!」
ぐっと両手のこぶしを握りしめ、私は宣言した。
おじいさまは、その意気だ、とばかりに、何度もうなずかれます。
「全力でがんばってもらおう。なにせ、わしの『コランダム』のコレクションは、500を軽く超えるのでな」
500?! えっ、と……おじいさま、それは……
……うっ。想像以上に大変そうなお仕事に、ちょっとめまいが。
「最上質の赤色と、最上質の青色。それに黒味が1段階増えたもの、2段階増えたもの、濁りが1段階増えたもの、2段階増えたもの……すべての目安になる石を選びぬかねばならんのでな、助手が欲しかったところだ」
はっはっは、と笑うおじいさまの横で、私は少し血の気が引きます。
最終的には、ものすごく似たような色を、これちょっと黒っぽいとか、そういう感じで鑑別するのですよね……
おじいさまが最終チェックに入られるのだろうとは思いますが、5歳児にやらせるお手伝いとしては厳しすぎるような……
ああ、でも……責任から目をそらすなら、すっごく、幸せ!
500個のルビーとサファイアとか、想像することもできない……
「お手伝いのご褒美は、何が欲しい?」
「拡大鏡が欲しいです!」
というわけで、サファイアの定義が、地球とはちょっと変わります。ブルー系しか、サファイアとはよばなくなります。
ルーペという語をうっかり口にしていますが、発明済みなので問題はありませんでした。
2017.03.23. せっかくなのでゴルコンダの記述を追加。輝きが強すぎる氷のような、冷たささえ感じさせる白でした。南ア産のは、どこか柔らかいイメージなんですけれど、ゴルコンダのは、完璧すぎて人を寄せ付けない白って感じ。