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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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いざ、初めての外出!

幼女、ついに屋敷の外に出る。





 食後のミントティーをいただきながら、おじいさまのチェック。

 きっと大丈夫だとは思いますが、ドキドキするものですね。


「よし。問題ないだろう。フォースター家訪問に、お前も連れて行く」

「やったああぁぁ!!」


 ……うぉっほん。

 はしゃぎまわったりなどしていませんよ? 私は令嬢ですもの。

 嘘です! 喜びが爆発しました! 自重します!!


「ちゃんと12条スターに気がついたか」

「それも試験の課題だったのですか?」


 首を傾げると、まさか、とおじいさまは鼻で笑われました。

 テーブルの上には、下絵で打った番号の通りに並べられたコランダム。


「課題以前の話だ。言われずとも石を詳細に観察して考えるものだ。まして12条スターや、金色のスターに気がつかない程度のうっかり者では、到底人さまの前に出せるようなものではない」


 アッハイ……当然ですよね。

 石が出てきたら、石を先にデザインを考える。

 その時には、石を細密に観察し、その魅力が最大限生かせるように、配置とデザインとを考える。


 基本中の基本なのでしょうけれども、好き勝手にラクガキを量産して褒められてきたので、道を見失いかけていました。

 ありがとうございます、おじいさま!


 にまにましながら、ミントティーのおかわりをします。

 人生、初外出!


「ところで、私を連れて行かれるというのは、いったいどちらまで?」

「エクセターだ」

「お姉さまのご実家?!」


 いえ、まさかドーヴァーまで行けるとは思っていませんでしたし、王都かなぁとか思っていたのですが、まさかの。


「エレンは学校だがな……さすがにフォースター家の領地や、王都までは、まだお前を連れてはいけない。ドーヴァーは遠すぎるし、冬のロンディニウムは非常に空気が悪くて、お前にはとても耐えられまい」

「ご高配いたみいります」


 この屋敷では、ほとんど煙の出ない良質のコークスを使っています。そして排煙設備は入念に手入れされ、断熱素材も石綿ではなくコルクを使用。私の呼吸器系疾患に、可能な限り優しい仕様になっています。

 しかし、百万都市のロンディニウムの民が、皆富裕なわけはありません。暖を取るために質の悪い石炭を燃やし、煤煙による大気汚染が発生しているのは、むしろ十分にあり得る話でした。

 きっとかつてのロンドン同様、悪い意味で「霧の都」でしょう。


「エクセター伯爵は、郊外に小さな別荘をお持ちでな。そこなら空気も綺麗だろうし、新しい建物なので、断熱材も石綿ではないのだ」

「格別のご高配、ますますいたみいります」


 おじいさま~! なんてお優しいのですか! アリエラは幸せ者です!!


「というわけだから、お前はドーヴァー侯爵夫妻のみならず、エクセター伯爵家にもご挨拶をすることとなる」


 アアアアアア!!

 結局お姉さまのご実家じゃありませんかあぁぁ!!!


 やばい。ドーヴァー侯爵家の歴史ばっかり調べていました。エクセター伯爵家の歴史はろくすっぽ覚えていない! お姉さまのご実家なのに!!




 お茶の後、平然とした顔をつくろって、おじいさまの前を退出。

 お辞儀をして、ドアが閉まり……そしてダッシュ!


「ぐえっほ、げぇっほ、げっほ……」


 五メートルほど走ったところで、咳き込んでストップ。いきなりの運動には、まだまだ耐えられない私の肉体です。うっ、頑張れ成長期!


 可能な限りの早足で、息を落ち着けつつ、部屋に急ぎます。

 今の私には、荷づくりと調査という、二つの喫緊の課題があるのです!


「ばあや、フォースター侯爵夫妻とお会いできることになったわ! 出かける支度をお願い!」

「ええ。大旦那様からお話がございまして、もうあらかた荷造りは終わっておりますよ」

「……手早い」

「このぐらい、使用人ならば出来て当然でございますよ。ましてや私は、アリエラお嬢さまのばあやなのですからね」


 手に胸を当てて、ふふん、と得意げな顔をしています。

 すごい。私の周囲はプロフェッショナルだらけです。見習わねば!


「出立は明日の朝でございましょう? あとは、私には手が触れられない、お嬢さまの手荷物をまとめるだけ、ですよ」

「手荷物?」

「さすがに私も、お嬢さまのジュエリーデザイン関連の道具は触れられません」

「なるほど」


 デザイン画を丁寧に梱包し、手持ちトランクに収めて、よし!

 ばあやがプロフェッショナルで、本当に良かった……これで読書に集中できます。図書館へダッシュ……は、できないので、早足!


 『アルビノア西南部地理誌』

 『エクセター伯爵家伝記』

 『名鑑 シムス地域概略版』


 時間がないので、3冊だけ借りてきます。速読開始!

 足では走れなくても、目では走るのですよ私は。


 エクセター伯爵家は、軍功貴族の名門カエラフォルカの分家です。

 現在の当主は、お姉さまのお父上である、ウォルター・ガヴァン・ベッラ=カエラフォルカ様。


 エクセター伯爵ウォルター様は、バリッバリの現場指揮官で、ユリゼンの植民市に派遣されていたこともある、現役の陸軍軍人です。

 フォースター侯爵リチャード様とは、ロンディニウム陸軍士官学校の同期。

 なるほど、だからお姉さまは、フォースター家の遮光装備のことをご存じだったのですね。


 ちなみにエレンお姉さまは、エクセター伯爵夫妻の末っ子です。だからお姉さま呼びされて嬉しいのでしょうね。

 エレンお姉さまの上は、兄が二人で、ともに陸軍です。お姉さまの進路は、なるべくして……という感じですね。


 現エクセター伯爵夫人、つまりお姉さまのお母さまは、アルマ=チェンバレンの出身でした。

 マーガレット・ベッラ=カエラフォルカ様。学術貴族ではないので、旧姓を示す「ポス・アルマ=チェンバレン」はつけません。元々シムス地域の家系出身ではないので、先住民風のミドルネームもありません。


 マーガレット様は、社交勝負型の軍功貴族でした。つまり、プロ意識溢れる「国家のお人形」です。強く凛々しく美しく。

 アルマ=チェンバレン家って、コネリー様といい、マーガレット様といい、他人に尽くすことに醍醐味を感じていそうな家風ですね。いえ、気のせいかもしれませんけれど。


 ひたすら読書にふけり、予習は可能な限り入念に。

 本日はアルビノア風の夕食でした。明日からの滞在に備えてか、オルハン風の料理は、しばらく食べられなさそうです。ションボリ。




 さて! 初外出の朝です!

 朝食をいただき……あれ? お風呂は?


「お外へ出るのですから、冷えてはなりませんでしょう?」

「……はい」


 私の体は相当、朝のお風呂を楽しみにしていたようです。

 お母さま、アリエラの入浴英才教育はばっちりですよ。いつかきっと、一緒に温泉に入りましょうね!


 朝食を食べ終えて、忘れ物がないかを確認。

 もこもこと着込んだら、外へ。寒っ!


「馬車で酔う可能性がございますので、少しでも調子が悪いと感じられましたら、これを舐めて下さいね」


 同じくたっぷり着込んだばあやから、小さな缶を渡されます。

 つまり、これは酔い止めの飴?


「スノードン伯爵領では、広く用いられているものです」

「へえ!」


 さすが薬草学の大家たるハルバ=アルスメディカ家。こういう薬草を使った産品は、他にも色々あるのかもしれません。

 それを知るためには、やはり外を出歩けるようにならなければ。

 本日のプレゼンで結果が出る!


「ところで、エクセターまで馬車でどのくらいかかるの?」

「大雪の妨害がなければ、一日ほどでございましょうか」

「あれっ? お姉さまは朝にこちらを発たれて、夕にはカーディフの学校に着かれていたような……」

「カーディフは、エクセターより近うございますからね。あと、エレン様は乗馬の名手で、馬車での移動ではございませんでしたから」


 つまり馬で、ぶっ通しで走った、と?

 お姉さま、体力とかその他諸々、とんでもなくすごいですよ……


「ということは、顔合わせは明日?」

「でしょうねぇ。お嬢さまの体力では、今日は移動で精いっぱいかと」


 入れた気合いがぷしゅうう、と抜けていきます。

 そうですか、明日ですか……いえ、ということは、もうちょっと読書できる余裕の時間ができる? かもしれない? よし、そういうことで!


 馬車は四人は乗れそうですが、中にはおじいさまと私、そしてばあや。

 アルバート様がいらっしゃらない時は、ばあやが私のお医者さんなのです。無資格ですけれども、おばあちゃんの知恵というやつです。


 馬車が動き始めました。うはぁ、揺れる揺れる。

 多分、上等の馬車だから、これでも改良されている方なのでしょうが。

 転ばぬ先の杖と、私は缶を開けて、酔い止めの飴をぱくり。


「うっ……」

「薄荷が相当入っております」


 ツーンときます。メントール系の香りで、キーンとします。

 なるほど、酔い止めっていうか、これは酔う余裕を潰す飴ですね。

 食べ物を粗末にしてはなりませんので、無心で舐めます。


「ヴィッカー夫人は、エクセターに行ったことが?」

「何度かございますけれども、もう、おぼろげな記憶ですよ。近頃のアルビノアは、年を追うごとに発展が著しくなって、なかなか……」


 そういえば、おじいさまとばあやって、だいたい同年代ですっけ。


「そうだな。わしもロンディニウムへ行くと、特にそう思う。わしらの若い頃には、ロンディニウムの冬空は、青くはなかったが、黒くもなかった」

「灰色の空から、雪やみぞれが降ってくるのですよね。今は、そのみぞれさえも黒くなっているとか」

「都市部の大気汚染は深刻だ。光線過敏症の対策ももちろんだが、大気汚染対策の方が、むしろ喫緊だとわしは思っている」

「ええ。今のままでは、お嬢さまはカーディフの学校でも難しゅうございます。きっと咳が止まらなくなるでしょう」


 ……なんてこと!





案外と気の置けない仲である、おじいさまとヴィッカー夫人。

ロンディニウムの凄まじい大気汚染を想像して、ガクガクブルブルの幼女。

はい、次回、エレンお姉さまの母上が登場しますぜ!


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