ブラック・スター・コランダム
宝石に関する記述は、GIAのサイトを参照。ジュエリーコーディネーター検定3級の知識がものすごく生きた……やはり勉強はしておくものです。
エックハルト家についても、概説程度の資料を確保。読み込む時間はありませんが、禁忌のモチーフだけは避けねばなりません。
アルビノアでは、五弁の青薔薇が王家の象徴として使用が制限されています。また微妙な関係である隣国フランキアの国花である百合も、なるべく避けることを推奨されているモチーフです。
星モチーフを禁じている国はないと思うのですが、念のため。
ベッドまで本を持ち込んで、ひたすら読みふけって、寝落ちしました。
翌朝目を覚ました私が、真っ先に確認したのは、おじいさまの大切な蔵書に、寝ヨダレをつけていないかどうか、です。
良かった! 本は無事です!
朝食の前半戦を食べ終え、お風呂に入り、そして後半戦。
じっくりかみしめて味わいたいのは山々ですが、本日は食事もそこそこに、部屋に引きこもって資料との格闘。
ばあやに、日が昇ったら私に声をかけるよう、頼んでおきます。
集中すると周りが見えなくなる傾向がある、というのは、昨日のチョコレートの件で理解しましたので。
フォースター家やエックハルト家の資料は、なるべく挿絵入りのものへ。
家風というものを、肖像画などの諸資料から推し量ります。
とりあえず、繊細なデザインよりは、鋭利で直線的なデザインの方が、勇ましくてお好みのような気配を察知。
とすると、アール・デコ系のデザインが良い?
でもあれはさすがに、時代を先取りしすぎていて、斬新にも程がある。
侯爵夫妻の肖像画を見ながら、お二方の顔立ちに似合う基本形を決定。
丸顔ならこういうデザインが合うとか、四角顔ならこういうデザインが似合うとか、あるのですよ。
夫人は少し面長の卵型。侯爵はがっしりした顎が特徴。
うん、繊細系のデザインはすべて没!
お二人がお揃いで使えるように……何せ四人のお子さまがおいでという、非常に良好な夫婦仲でいらっしゃるようですから……
モチーフは北極星がメイン。
それをとりまく北天の星座から、侯爵には「勇士座」を、夫人には「戦旗座」を選びます。両方とも、北極星の割り出しに用いられる星座です。
お互いが道を探し、そして北極星で出会うという設定。
基本路線が固まったら、ひたすらラクガキです。
こんなのまだ、デザイン画とか呼ぶことはできませんよ。
石の細かな測定をしていませんので、まだラクガキで良いのです。
「家系の石」ではない、ブラック・スター・コランダムを、式典などの公の場につけていくことはできません。なので、正装用のティアラは省略。
パリュールではなく、スウィートですね。
思いつく限り描く!
ばあやが、日が昇ったと声をかけてくれました。
いざ、測定開始です。
秋の日は釣瓶落としと言いましたが、アルビノアの冬の日は、引っ込み思案と形容してもいいぐらい、出てきてもすぐに沈みます。
心得た執事が、客用ティールームを、お兄さまとレポートに取り組んだあの時のように、実験室にしてくれていました。ありがとう!
ブラックスターサファイア……ブラック・スター・コランダムを、順番に並べて、デザイン候補と合わせながら、大きさをノギスで計測。
「うん?」
なんということでしょう。気づいてしまいました。
混じっています。いえ、全部ちゃんとコランダムですが、星が!
12条スター!!
さて、コランダムは上手く育てば、無色になる宝石です。ルビーの場合は微量のクロムが赤を、サファイアの場合にはチタンと鉄が青の要素になります。
ブラックスターサファイアというのは、金紅石と同時に、赤鉄鉱を内包物として含有します。ヘマタイトのために黒く見えるのです。
ルチルとヘマタイトが、絶妙な角度で交差するとき、ごく稀に現れるのが、通常の6条スターではない、12条スターです。
これはレア品……なんとしても侯爵夫妻へのお土産に取り込みたい!
スターコランダムは、完璧に美しい星をあらゆる角度から見せるために、通常は石幅の3分の2ほどのドーム高を必要とします。
しかし、ブラックスターの場合、平行に割れるという困った特性があるため、損傷のリスクを避けるべく、なるべく平たく加工されてしまいます。
「……うーん」
正面から見ると美しい12条の星が現れますが、傾けてみると、どうにも。
星光線は、均一の強さで、一方から他方へ達し、石の上面で交差することが求められます。また、線はぼんやりしていたり、波状であったり、割れていたりせず、真っ直ぐであることが理想です。また背景の色に対して、強いコントラストを呈することが求められます。
この12条スターは、その基準はきちんと満たしているのですが。
石を揺り動かしたときに、スターは表面全体に、滑らかに、途切れる事なく映り続けるのが最高なのです。
ドーム高が低めに加工されていて、そこがイマイチ……
いえ、ないものねだりをしていても仕方がありません。
第一、取り合わせにホワイト・トパーズを使おうとしている段階で、衝撃厳禁の要注意ジュエリーになるのは確定ではありませんか。
トパーズは硬度8もある硬い石ですが、劈開性がきわめて強く、カーペットの上に落としても割れるというほどです。靭性に優れた硬玉が、木の床に落としても割れないのとは大違いです。
とはいえ、ジュエリーって、粗雑に扱うものではありませんけどね、そもそも。
だからこそ、ピンク・トパーズは、上流層のご婦人方に人気の宝石の、上位を占めているのでしょう。硬度4かつ、四方向完全劈開の蛍石だって、つついた程度で割れるようなものではないのですし。
うーん、どうしたものか。
今まではデザイン画に応じて、必要な石を集めてもらっていましたが、今回は手元にある石で何とかする課題です。
とりあえず、6条スターと12条スターを分類。
星が白い石と、星が金色の石……ゴールデン・ブラック・スター・コランダムとも、分類しておきます。
12条の、ゴールデン・スター・コランダムは、やはり少ないですね。
考えたデザインに当てはまる石を探す、のではなく、この石を並べて、デザイン画を起こしてみる?
……あっ、なんか展望が開けてきたような。
アルビノアで一般的な、左右対称のデザインは無理です。
だとすれば、おじいさまにもユージーンにも、ついでに言うとお姉さまやお兄さまにも評価された、非対称デザインで勝負でしょう。
大丈夫。だって私の脳内には、ヨーロッパを席巻したジャポニズムと、アール・ヌーヴォーのデザインの記録がある!
非対称デザインは、特に美的バランス感覚が重要だと思いますが、多分、私はウェンディの知識でなんとかできます。
センスというのは、それを必要とする場面を数多く経ることによって磨かれていくもの。知識ストックは、それだけでも十分武器になる!
12条のゴールデン・スターの、大きい石を、夫人のネックレスの中央に。
小さな石は耳飾りと、それからタイ・タックとカフ・リンクにして。
これらをメインにして、ある石を組み合わせて、デザインです!
おじいさま、ありがとうございます。
目の前の石に取り組むという、大切なことを、教えていただいて。
バリバリとラクガキに励んでいたら、お腹がすきました。
昼食に呼ばれないので、不思議に思って、とりあえず呼び鈴を鳴らします。
「お呼びですか?」
「昼食はどうなっているのかしら?」
「ああ、はい。すぐに持って来させますね」
メイドの言葉に、なるほど、と理解。
お兄さまと一緒に実験とレポートに打ち込んでいた時、略式のお昼ばかり食べていたのと、同じ展開になっています。
いえ、文句は全くございません。
きちんとした昼食を食べるためには、つまり、いちいち真面目に着替える必要があるというわけで、そんな暇があったら仕事を進めたいのですから。
食べ物を触った手で、石に触るわけには行きませんが、デザイン画の下絵を描き進めることはできます。
礼儀は投げ捨てるものです。一人で作業しているときには。
野菜と肉などを挟んだサンドウィッチ。マグカップに入ったコンソメスープ。ピックを刺された、一口サイズのカットフルーツ。
略式であろうとゴハンは美味しく、そして作業が捗ります。
19世紀的な今のアルビノアの服装に似合うように……そう、このジュエリーはアクセサリーではないので、それなりに格式ばった場につけていくもの。
ならば、ここのデザイン、背面の鎖を喜平から小豆にして、3連にドレープを描かせて……いや、3連だと重い? でも2連だと見栄えが……
ブツブツ呟きながら、星モチーフのスイートを作ります。
コランダムのスターが見えない距離からでも、きちんと星モチーフだと分かるように工夫を凝らします。
武勇で名高いフォースター家にふさわしく、しっかりとした芯を感じさせる、曲線と直線のメリハリが利いたデザインを。
そして、男性である侯爵がピンに使っても、違和感のないデザインを。
基本のパーツの形が決定。
リングでいうところの「バレリーナ」と呼ばれる、中石をメレで取り巻くようなデザインです。
センターのブラック・スター・コランダムを、テーパー・バゲット・カットのホワイト・トパーズでぐるり。
ほんの少し、日本の警察のマークに似ている気がしますが……まぁそれはそれで、いかめしい雰囲気で良いではありませんか。うん!
劈開性の高い宝石で、ファンシーカットなんてわりと自殺行為ですが、私には秘密兵器ならぬ素晴らしい切り札がおりますからね。
そう、彼です。
私がお誕生会の日に捕まえた、元バークス商会所属の研磨職人。
百戦錬磨の彼ならば、私の多少の無茶振りにだって、技術を尽くして応えてくれるはずです。
賭博の余罪を黙っておいて欲しかったら、頑張りなさい!
いつでもロイド様に通報して構わないのよ?
……脅迫ではありません。叱咤ですよ。
私は怠惰を許さない、勤勉な6歳幼女なのです。
少なくとも学術貴族には、怠惰に生きるという道はないのですが。
爪の位置、留め方などなどを細かく考えてから、おじいさまの元へ突撃!
「おじいさま~! これでいかがでしょうか~?」
「よし。それでは、このデザイン画が、何故、他でもないドーヴァー侯爵夫妻のために描かれたものであるのか、について、発表しなさい」
「はいっ!」
こういうことを想定したから、フォースター家関連の歴史書を、先に読み込んでおいたのですよ。屁理屈はすべて捏ね上げ済みです!
多少どころでなく論破を食らいましたが、おおむね合格!!
よーし! 清書しますよー!!
バークスのカッターは、別に忘れられてはいない。
ジェイダイトのバングルだって、思い切り叩きつければもちろん割れますぜ。
単位系がまだ出てきていないのですが、ちゃんと考えているよ! 考えているよ!
基本的にメートル法ですが、§1でのアルバート先生のセリフに「ポンド」とあるように、論文用の学術単位(=メートル法)と、日常で使う生活単位(=ヤード・ポンド法)とが併用されています。




