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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§3.アリエラ6歳、念願の初外出
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大陸教会と東部聖教

キリスト教的世界観だと思った? ちょっと違うんだよ!





 6歳幼女の、得体のしれない食への執着に、おじいさまの顔が引きつっていらっしゃいます。


 いえ、栄養を摂ることが第一だというのは、十分にわきまえております。

 しかし、好き好んで不味い料理を食べたいわけではありませんし、この世の中により美味しいものがあるのならば、私はそれも食べたいのです!


「どこの国の料理も、それぞれの味があって美味いぞ? 特にサーマス大陸から様々な食材がわたってきて以降は、各国の格差はぐっと少なくなった。アルビノアの料理も、大陸諸国に引けを取るものではない」


 では、やはりアルビノアは、食事においてはイギリスとは違う、と。

 たとえ陸軍に出入りする業者が、小麦粉に石灰を混ぜ込むような不届き者であろうとも、それは美味しい不味いとは別次元の問題というわけですね?


「食事が美味しいとして有名な国などは、あるのですか?」

「オルハンだな」


 まさかのアーソナ最東部! というか、あそこはルヴァ最西部?

 いや、でも地球でいうところの、オスマン帝国に該当する国でしょうし、トルコ料理は世界三大料理ですし……十分、あり得ますね。


「アーソナ西部諸国がサーマス大陸に到達し、またユリゼン大陸迂回航路を開拓するまでの間、オルハンはルヴァ大陸との香辛料交易ルートを一手に握っていたのだ。そのことから、かの国では非常に多彩な香辛料を用い、また様々の調理法が工夫されたという。実際、食材に慣習的制限がかかっているとは思えないほどに、オルハン料理は多彩かつ美味だ」


 ん? ということは、食材に制限を掛ける戒律の宗教が存在する?


「食材の慣習的制限とは?」

「オルハン地域は、衛生観念が、アーソナ西部諸国よりも強くてな。特徴的なのは豚を食さないことだな。かつては食していたそうだが、養豚場の近辺に疫病が流行したことから、食する習慣はなくなった」


 多分、豚インフルエンザとか、そういう類の病気でしょう。

 そういえば、イスラーム圏で豚が不浄と見なされるのも、起源は人と豚の共通の感染症を避けるためだった、という説がありましたっけ。


「他にも、夏場には貝を食べない。これは貝毒の予防だと思われる」

「なるほど」

「貝の解禁日には、魚屋に貝が山積みにされて、冬の到来を祝うという」

「なんだか楽しそうですね」

「楽しかったな」


 ということは、おじいさまはオルハン滞在経験がおあり、なんですね?


「オルハンに行かれたのは、何年前ですか?」

「30年以上前だな。相棒はまだ、ロバート……ジェラードの前任だった」

「何の用向きで行かれたのです?」

「お前もオルハンの異名は知っているだろう?」

「『エメラルドの帝国』ですね」


 そのとおりだ、とおじいさまは頷かれました。


「我がアルビノアに、エメラルドを『家系の石』にする家はない。存在したこともない。それは、アーソナの西端にあるこの国まで、エメラルドがほぼ流通しなかったことによる。かつては痩せた火山灰土壌の弱小国だったこともあり、有力な取引先とはみなされなかったことも大きいが」


 なるほど。経済力のない小国に、あからさまに奢侈品である宝石を売り込むなんて、まず利益の上がらない取引だったことでしょう。


「そのため、我が国にはエメラルドのコレクションが、驚くほど少ない。鑑別の能力を磨くためにも、なるべく多くのエメラルドを見たかった。そのためには、大陸教会にはまったく気兼ねをしない大国へ行く必要があったのだ」


 宗教改革の余波が、こんなところに!

 大陸教会からすれば裏切り者のアルビノア人は、やはり、大陸部ではちょっと活動しづらいのですね。


「つまり、オルハンの宗教は、大陸教会とは異なるのですね?」

「うむ。姉妹宗教ではあるが、あちらは『神』を、より絶対的な権威として信仰している。ただ興味深いのは、あちらでも『科学』を、創造者の摂理を解明する道として重視する点だ」


 うーむ、イスラームっぽい。




「姉妹宗教とは、どういうことですか?」

「専門外なのでかいつまんだ話になるが、大陸教会も、東部聖教も、この世界が『大いなる意志』に創造された、という神話は共有しているのだ。ただ、宗教としての根本が違う。

大陸教会は、選ばれた一部の聖者たちの取りなしによって、一般民衆にも救済の道が開かれる、とする。一方、オルハンも属する東部聖教では、各個人の努力こそが、神が救済を定める目安になる、としている」


 なるほど……ヨーロッパっぽい世界観だから、大陸教会というのもキリスト教的なものかと思っていましたが……なるほど。

 大乗仏教と上座部仏教ぐらい、違う感じですね!


「ということは、東部聖教には『聖人』はいない?」

「公の規定にはないが、事実上そのような扱いを受けている存在はいる。やはり人間は、優れた存在に対して、崇敬の念を抱くものなのだ」


 現実のイスラームでも、聖者廟というものはありますものね。

 原理主義者から批判されてはいますが。

 人間の性というものは、この世界でも本当に大差ない、ということですね。


「共通の『聖人』もいる。つまり、共通する神話で言及される英雄だ」

「ほほう……」


 つまり、旧約聖書におけるアブラハムとか、モーセとか、ソロモンですね。

 この世界の神話は知りませんけれども。

 そもそも、アルビノアでは神話などという「非科学的なもの」の話をしませんからね。特に学術貴族は。


「興味深いですが、その話は後に回すべきですかね……進捗状況報告です。フォースター家とアルビノア東南部の地誌を読み進めました。陸海ともに精強な兵を揃え、世界各地で武功を上げてきたことから、北天の中心である北極星ポラリスと星空をイメージして、デザインを進めようと思います!」


星彩効果アステリズムの見立てといえば聞こえは良いが、少々安直ではないかね?」

「そこは本を読み進め、おじいさまのお話を聞いて、理論武装します。選択する星座やそれにまつわるエピソードについては、まだ詰め切れておりませんので」


 まず何をおいても、星モチーフを通します。

 でないと、私の記憶バンクにも限界というものがあります。

 人並み以上の記憶力があったウェンディですが、4日後までという期限を切られている今、ある程度の絞り込みを行うことは必要です。


「なるほど。納期と折り合いをつけるという点では、賢明な選択だ。ジュエリーは基本的に、依頼主と入念な打ち合わせをして、その要求に応えることを目指すものだが、こういう場合にはその手法は使えない」

「はい」

「悪くない。だが、間に合うかな?」

「間に合わせてみせます!」


 何も、ここまで急がなくとも、と思われるかもしれませんが。

 しかし実は、もしフォースター家訪問が実現したならば、これは記念すべき私の「初外出」になるのですよ!


 クライルエンから出たことどころか、この屋敷から出たことすらない私が、お外に出るのです。

 やはり、頑張らねば!


 というわけで、情報収集をさせていただくのですよ。

 食事中にするつもりだったのに、伝説のブイヤベースなど、美味しすぎる数々の料理に集中した結果、何もできませんでしたから。


 もっとフランキア料理を食べたい……そして、オルハン料理も!

 そのためには、外出できるようにならねばなりません。求ム遮光装備!

 ……いえ、私の第一の目標は、この大地を調査することです。




「現在のフォースター当主夫妻は、どのようなお方なのですか?」

「リチャード・フォースター侯爵は、ロンディニウム陸軍士官学校を優秀な成績で卒業された。現在は陸軍中将に昇進されたが、少将時代はヒンディアの植民都市の駐屯軍を束ねていた」


 あまり聞きたくない語を聞いた気がするのですが。

 そうですか、植民市統治の実働部隊の、総指揮官だったのですか。


「ヒンディア駐在だったのですか?」

「そのとおりだ」

「海軍ではなく、陸軍なのですね」

「もちろん、海軍の力あってこそのヒンディア進出だが、陸軍の力なしで、陸上の植民都市は維持できんだろう」

「なるほど」


「アデル・フォースター夫人は、エスターライヒの貴族出身だ」

「国際結婚? 教会は許すのですか?」

「個人の交流については、大陸教会も、とやかくは口に出せない。それにエスターライヒは、対オルハン最前線の国の一つだ。王家ならともかく、貴族一人の結婚にいちいち口出しするなど、防壁を自らの手で壊すようなものだ」


 大陸教会と、東部聖教の仲が悪いことが、よく分かりました。

 オスマン帝国と、ハプスブルク帝国も、宗教衝突の最前線でしたっけ。

 ハプスブルク家には、教会の守護者たる「神聖ローマ皇帝」という顔もあったので、異教徒であるオスマン帝国相手に退くわけにはいかなかった、という事情もあるのでしょうが。


 ちなみに、大陸教会が特別に扱うのは、ルシオス帝国です。

 大ラティーナ帝国解体後、その帝室の系譜を女系でとはいえ受け継いだのは、ルシオス帝国でしたので。

 そう、ここにもまた、中期アルビノア王室の継承権問題に絡む話が!


 大ラティーナ帝国の系譜を女系で受け継ぐルシオス帝室が別格であるならば、それはすなわち、女系の血筋にも意義があるということ。

 であるならば、征服王ウィリアム1世の血を女系で継承する者も、王位に就く資格が認められるのでは、と。

 そして、ウィリアム1世の血を引くアルビノア貴族と、フランキア貴族との、百年にわたる泥沼の抗争が持ち上がったわけです。


 今のアルビノアは、世界に冠たる大国ですよ。

 でも当時は「世界の果て」とも言われた、しょっぱい火山国の王位を得たところで、一体何だと私は思うわけですが。

 ただ、覇権国家になったとはいえ、今のアルビノアの王位にも、うまみはないと思いますけれどね。何せ、現実は「国家の象徴」としてのお飾り。実権は庶民院が握っているという。


「夫人と侯爵は、どこでお知り合いに?」

「ゲルマニウスだ」

「ほう? てっきり、どちらかがお相手の国を訪問したのかと……」


 ちょっと意外な展開です。


「ゲルマニウスは陸軍先進国だ。侯爵も遊学されている。アデル殿のご実家、エックハルト家は、有能な軍人を数多く輩出している貴族家でな。弟君のゲルマニウス陸軍大学留学に付き添った際に、知り合われたとのことだ」


 大陸の貴族は、学術・軍功が分かれていないとはいえ、そんなに何人も軍人を輩出していると聞くと、どうにも軍功貴族のイメージになります。

 あと、強靭な刃物(エックハルト)家のご令嬢が、刃物職人フォースター家にお輿入れというのが、何ともはや……ものすごく鋭そう……


「そういえば、エスターライヒとゲルマニウスの言語は、どのような関係にあるのでしょう?」

「基本的な文法は、ほぼ同じだ。発音の癖がかなり違うが。シュヴィーツの言語も、さらに癖は強くなるが、同じ言語の方言とされる」


 スイスドイツ語的な感じですね。

 オーストリアのドイツ語に慣れた耳で、スイスのドイツ語を聞くと、すごくゴツゴツしていて、いかつい音に聞こえたものです。


 ウェンディの入っていた病院は、先進的な医療の研究もしていたので、世界中の医師が集まっていたのですよ。





東部聖教というのは、西部アーソナ大陸的な呼称であり、東部聖教の自称は「聖教会」である。そして大陸教会の呼称が「西部教会」になる。なぜ「西部聖教」にならないかというと、アルビノアはアーソナから宗教的には断絶しており、わりと訳語の都合である。喧嘩売った建前上、聖教とは呼びづらいんだ。

アーソナ諸国が「東部聖教」と呼ぶのは、ポスト・大ラティーナ時代の文化中心地が東部にあったことへの遠慮である。またオルハン~パルス地域には、西部を文明後進地域だと思っている気配がまだある。


正直、刃物職人フォースター家に嫁入りする|鋭利な刃物≪エックハルト≫の娘って、我ながらうまいこと付けたと思っている。


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