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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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デザイン画すったもんだ

ブックマークが減ったと思ったら、何故かまた増えました。

外して良いんですよ? この先、色々ややこしいことになるのですよ?






 お姉さまの「相棒」休暇が、いよいよ明日の朝で終わるという夕方、ユージーンからの返信が届きました。

 小包で返ってきましたよ!

 アリエラ・ウェンディ・アルステラ様という宛名の文字は、一見几帳面そうだけれども、どこか気の抜けた感じがします。


「おおお……すごい! 本物になっていますよ!!」


 べりべりと包み紙を破きますと、小箱が出てきました。中身は、私が妄想したデザイン画の、本物! 三次元立体造形!!

 絵に描いた餅が本物になったかのような歓喜!


 この短期間に細かい細工のものは仕上がらなかったようで、私の妄想した中では、もっともシンプルなものばかりでしたが。

 ラペルピンが一つ、イヤリングが一つ。


「『アリエラ嬢へ……たくさんの、素敵なデザイン画を、ありがとうございます。時間があれば、もっと多く作れたのですが』」


 いやいやいや。たった数日で、とんでもない作業量ですよ?

 簡単なビーズ細工ならともかく、本物の宝石を使用しての彫金なんて、一朝一夕で片付くものではありません。

 特に、ラペルピンの方は、糸鋸を使っての透かしを作る作業が、相当に面倒だったはずです。しかもこれ、多分、一番細い糸鋸を使用しないと作れないはずの、非常に小さくて細かいデザインのものですよ。


 どういうものかというと、等軸晶系の十二面体構造を模して、中央にガーネットを配置したものです。

 結晶好きのユージーンの気に入りそうなものをと、急いで描き上げて追加したもので、一応はアルバート様への贈り物のつもり。つまり、中央のガーネットはパイロープ。


 まさかまさか、お兄さまのより、ファーガス様のより、自分のよりも先に、アルバート様へのお土産が仕上がるとは。

 これ絶対、制作者であるユージーンの好みが優先されましたね。


 イヤリングは、同じく等軸晶系の、こちらは八面体構造。レッド・スピネルの結晶形を、さらに大きな結晶系の内側に配置したもので……

 レッド・スピネルのイヤリングをつけられるのは、ノヴァ=アルスメディカの女性ですよね。デザインしておいて言うのもなんですが、だとすると、これの贈り先は、ファーガス様のお母さま一択……アリなのですかね?


 お兄さまは、私がファーガス様と先に仲良くなった、という話でさえ嫉妬が爆発する勢いでしたのに、さらに、私が頼まれもしないのにプレゼントをデザインして、ファーガス様のお母さまにお贈りしたなんて話が伝わったら……

 アッ、だめです。大惨事の予感しかしません!


 そっと蓋をして、ありがたく、いざという時の袖の下用に確保です。

 ラペルピンも、品が色々と揃ってからでないと、表に出せない……最初に何かを贈るとしたら、それはおじいさま以外にはあり得ないでしょうから。


 とりあえず、私のデザイン画は、ユージーンの制作意欲に火をつけたようだ、ということがわかったので、それも大いなる収穫です。

 つかみが良ければ、今後の制作の依頼も、きっとし易かろう……という打算でしたが、見事に成功の様子。万々歳。


 ほくほく顔で、机の引き出しに二つを隠して、念のために便箋をめくると…… なんと、二枚目の便箋との間に、謎の書類が!


 契約書コントラクトです。

 しかも、使用許諾ライセンス契約書!


「……おじいさま~!」




 6歳幼女が、この世界の法律に精通しているわけがありません。

 おじいさまのところに駆け込んで、契約書をお見せします。

 タイトルを見た瞬間、おじいさまの微笑みが吹雪を起こしました。


「経緯を説明してもらおうか。あと、デザイン画を持ってくるように」

「はい……」


 幼女のラクガキレベルな自称「デザイン画」を、大人に見られたくないから、ユージーンをそそのかしたというのに。

 ただいま公開処刑中です。


「ほほう……この曲線の絡み方……石の爪留めはどうするのかね?」

「あう……あの、それは、枠を斜めにしまして、こう……」


 特に初期のラクガキに、技術的整合性を求めないで下さいまし!

 あの時は、三面図とか考えもせず、ひたすら妄想を形にするのが楽しかっただけなのですよ……技術のことなんて考えていなかったのですよ……!


「アリエラ、お前がユージーン・スタンフォードに、何を送ったか分かっているかね?」

「デザイン画です!」

「うん……つまり、それは商業的利益を生み出す源泉だ」


 おじいさまは私の即答に、違うそうじゃない、という顔をして……それから、私が6歳児であることを思い出されたようです。

 中身は20代女子大生ですが、私のこの世界の常識理解は、ほぼそのまんま、6歳幼女のレベルです。


「宝飾品業界には、意匠考案者デザイナーという仕事がある。より美しく洗練されたものを、人は求める。優れたデザインは、人の社会的地位を示すものとして尊重される……したがって、優れたデザイナーには、それ相応の社会的評価と、報酬とが示される」


 アッ。さすがの私にも話が見えてきました。


「お前のデザインは、特に曲線の使い方、非対称アシンメトリのバランスという点で、非常に優れている。伝統的なアーソナ大陸の発想ではなく、どちらかというとルヴァ大陸的だが、しかしそれとも違う……非常に独創的だ」


 ジャポニズムとアール・ヌーヴォーという、前世の知識には蓋をします。

 多分、この世界には、日本的な文化を持つ国は、ありません。

 だから、私が日本的なデザインを描いたら、それはこの世界には存在しない、非常にオリジナリティ溢れるものになってしまうわけです。

 ……アアア、出典解明不能のパクリではありませんか、それは!


「さて、このように興味深いお前のデザインは、我がアルビノアの宝飾業界において、新たな流行を作り出す可能性を秘めている……うまくすれば、フランキアやルシオス、ゲルマニウスその他の王侯貴族への輸出を拡大し、アルビノア製のジュエリーの名声を、さらに高めることになるだろう」


 それはジャポニズムと、アール・ヌーヴォーのパワーであって、私の功績では決してないのですけれども!

 しかし、それを口にすれば私は異世界転生とかいう、意味不明な語を口走る頭のおかしい子扱いになり……アアア、罪悪感が……


「さて、お前がそのような優れたデザインを、二束三文で受けたならば、資質でお前に及ばないデザイナーたちの受ける報酬は、どうなると思うかね?」


 ニッコリ、というおじいさまの笑みの背景に、ブリザードが見えます。

 アアア……はい、そうですね!


 傍目から見れば、私は独創的なデザイン能力をもっている、と。

 ところが、その能力には不相応に低い報酬で、仕事を引き受ける、と。

 そうすると、廻り廻って、他の人たちが生活していけなくなる、と!


「申し訳ございません。私が浅はかでした」




 ちんまりした体なりに、最大限頭を下げてお詫びします。

 私の割引精神は、他の関係者にとっては、生活苦への直通切符。

 まったく思慮が足りませんでした!


「分かれば良いのだ。早速、法律の専門家を呼んで、正式に検討をしよう。うまくいけば、アメシストや、例の石の研究を進める資金が手に入るだろう」


 おじいさま、結局、行きつくところは研究資金の確保ですか……

 いえ、でもお金がなければ、研究はできませんよね。


 それにアメシストの加熱実験は、半貴石とはいえ宝石を、わざわざ焼くという破壊的行為。

 うまく焼ければ黄変してシトリンになりますが、失敗すれば無色のロッククリスタル。価格はぐぐっと下がります。


 また、加熱してシトリンになったからといって、天然モノ並みの価格で売るのは詐欺でしょう。脆くなっていますし。

 希少な石を増殖させる錬金術は、しかし、試行錯誤の段階においては、ただの金食い虫です。成功してからが真の錬金術なのです。資金的に言えば。


 我が家系は地図の作成と流通に関して、特権的地位を確保していますが、宝石学なんて学問をやるのなら、元手は多い方が良いに決まっています。


 カーマーゼンの法律家を呼び寄せる、という手配をしていただきます。

 その手紙を執事に渡した後、ところで……と、おじいさまは、再び私に不穏な笑顔を向けられました。


「今度、デザイン画を描いた時には、まずはわしに見せなさい」

「はいぃっ!」


 背筋をピシッと伸ばし、反射的に、お巡りさん風に敬礼をします。

 いえ、本当に、何となく……ただのお辞儀ではダメなような気がしまして。


「いい機会だから、正しい敬礼を教えておこう」


 こうだ、と、おじいさまは右手の指を揃えてピンと伸ばし、右のこめかみに、その指先をあてられました。

 前世の感覚的には、ものすごく軍人の敬礼に見えるのですが……


「これが学術貴族の敬礼だ。『頭脳を捧げる』ことを意味する」

「軍功貴族の敬礼、というものもあるのですか?」

「こうだな」


 右手をぐっと握って拳をつくり、左胸の上にあてられます。手のひら側が、体に面し、手の甲が完全にこちらを向きます。


「軍功貴族の敬礼は『心身を捧げる』ことを意味する。軍人の敬礼は、すべてがこの形式だ。頭を示す敬礼は、学術貴族でなければ、学術騎士に叙された者にしか許されない。頭脳で貢献するというのは、それだけ重んじられている」


 ピッ、と頑張って、私も学術貴族式の敬礼をしてみます。

 おじいさまは、6歳幼女のかしこまった表情が面白かったのか、小さく噴き出されました。ひどいですよ!


「この敬礼は、国内の式典でのみするものだ。国際儀礼での敬礼は、学術貴族・軍功貴族とも、この形式に統一されている……特殊な技能や専門知識を持つ存在を、すぐにそれと識別されないためにな」


 右手の握りこぶしの、親指側で、胸を軽く叩きます。地球でいう「任せろ」というジェスチャーに、よく似ています。

 軍功貴族式の敬礼と、あまり変わらないような気もするのですが、しかし日本の陸軍と海軍では、少しの角度の違いが厳密に区別されていたそうですし、そんな感じでしょうか?


「よく似ているので、軍功貴族は、うっかり間違えても言い訳が利く。学術貴族は、とっさにこちらの敬礼が出るようでなければ、国外に出られないぞ」


 私はもう一度、国際儀礼用の敬礼を、しっかり復習します。

 国外の鉱山を見に行けるぐらい、元気になってみせるのですよ!





§2も大詰めに近づいたところで、謎の資金調達の話。

今後、金策でピィピィ言わないための布石。

デザイン画は知識チートだと思われるかもしれないんですが、技術という落とし穴が!


現代の宝石デザインで欠かせない素材であるプラチナの利用が確立するのは、19世紀も終わり頃。銀にはプラチナのような強度も粘りもないので、デザイン上の制約が多いのです。しかも、黒ずみやすいから金で裏打ちしないといけない、というね……


しかし、うまいこといけば、ソリテール(石一つだけのシンプルな指輪)の基礎形である、いわゆるティファニー・セッティングぐらいは、ズルできるかもしれない。

……石留め加工の職人さんが、見つかればの話ですが。


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