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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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「人間」としてのわたしたち

さぁ! さぁ! 遠慮なくブックマークを解除するのです!!

作品の雰囲気は、どんどん薄暗さを増していく予定なのですよ! 幸せな気分になりたいだけなら、この小説は読まない方が良いんですよ!!





 お兄さまには、たっぷりのお手紙と、必要参考文献の連絡、そして、お互いにやってみた実験の経過と結果の報告を、緊密に行うことを、お約束。


「『錬金術』は、私たち『だけ』の秘密ですよ、お兄さま」

「もちろんだとも、アリエラ!」


 紫水晶アメシストを加熱して、黄水晶シトリンに化けさせる方法は、我々の間で「錬金術」という暗号名がつきました。

 これは、アルステラ家の3名だけの、トップシークレットです。

 お姉さまにももちろん内緒だ、というので、お兄さまのシスコン的なプライドを支える、大きな柱になっている様子。


 しつこく別れを惜しむお兄さまを、根気よくなだめて、すかして、持ち上げて、また会えますよと笑顔を向けて、それではまた~。

 お姉さまも、さすがに孤独に育った10歳児を無理やりに妹から引っぺがす気はなかったようで、しばらくは顔を引っ込めて下さいました。


「あああ~、アリエラ不足になってしまった……」

「そんなご様子で、士官学校は大丈夫なのですか? 外出どころか、手紙のやり取りさえ、大幅に制限がかかると聞き及んでおりますよ?」

「それはそれ、これはこれだよ」


 何とも調子の良いことを仰いながら、膝の上に座らされ、背中側からぎゅっと抱っこされます。軽くおんぶお化け状態ですよ、お姉さま。


「学術貴族も厳しい世界で生きているけれど、軍功貴族も、また別の意味でとても厳しい世界なんだ。強く、凛々しく、美しくあらねばならない。我々軍功貴族は、大陸の人間にとっては、もっとも美しい理想の貴族の姿を見せる『俳優』でもある……より優雅に、より美しく、より洗練された立ち居振る舞いを見せるために、姿勢から発声、視線の動かし方一つに至るまで、徹底的に教育される。素の表情なんてものは、ごくごく近しい者にしか見せられない」


 なるほど、俳優養成プログラムとは、言い得て妙ですね。

 しかも、この口ぶりだと、身内の中でさえ、そうそう気は抜けない様子。


「精神が壊れるのなら素直な方でね。ねじくれて、学術貴族をひそかに苦しめることに楽しみにしたり、庶民に居丈高に振る舞ったり、狡猾で迷惑な人間に育つ者もいるのは、実に参るよ」


 なるほど、アルバート様は、そういう系統にぶち当たった経験がおあり、ということなのでしょうね。あの苦々しい表情。

 しかし、精神が壊れるのが素直というのも、実にまったくもって闇が深い話であると思うのですが。


「悪い話なんだが、そんな私たちが唯一『演技者』ではない、本当の自分自身をつきつめて、素直な自分と向き合えるのは『戦争ごっこ』の時だけでね……あの時ばかりは、誰もが本性が見える。親切で丁寧に見えた人間が、実は人の嫌がることを見抜くのがうまいとか、いつも黙っている人間が、ものすごい戦闘狂だとか……こうして、気づくと戦場を『本当の居場所』だと思う、軍人向け軍功貴族が一丁上がり、という寸法さ」


 なんて見事な戦争教育プログラム。実に最悪に効率的です。

 そしてまさか『戦争ごっこ』なんて、よくある子どもの遊びの裏側に、こんなにも深い闇が隠されていたとは。


「お姉さまは、戦争ごっこがお好きだったのですか?」

「好きというわけではないが、少なくとも『お人形さん』を演じ続けるよりは、息苦しさは少ないだろうな、と思ったね。ほら、私はこの容姿だから、どっちでも選んで構わなかったんだけれども」


 14歳にしてすでに類稀なる美貌の匂い立つ、花の顔を伏せ、お姉さまは青い双眸を物憂げに揺らせました。


「『人形』として、見た目だけを求められるよりは、『軍人』として、多少なりとも中身を評価されたい、と思ったんだよ」




 お姉さまが打ち明けて下さったのは、中身が100%の学術貴族とは正反対の、外見がほぼ100%の軍功貴族だからこその、悩みであり、苦しみでした。


 「軍功貴族」には、まず美しい姿を演出する「小道具」としての価値しか認めない。それが、このアルビノアです。

 国家の方針の中で、きっと何人もの「軍功貴族」たちが、精神を病んでいったのでしょう。


 学術実績が評価されれば、貴族院議員になれる学術貴族とは違い、軍功貴族には、政治に助言という形ですら、関わることは許されません。

 ただ美しくあることを求められ、何かをすることは全く求められない。もしも、行動を求められるとすれば、それは国家の指針に従い、その命をかけて戦って、そして死んでいくことだけ。

 少なくとも現在のアルビノアにおいては、軍功貴族は、まさに「国家のお人形さん」なのです。


「アリエラは、私が剣を握れない、しわくちゃのおばあちゃんになったとしても、それでも私を好きでいてくれるかい?」


 美しさをこそ要求される「人形」である軍功貴族、ベッラ=カエラフォルカ家の一員としてではなく、心を持つ「人間」としての、エレン・ケリーの言葉が、きっとこの問いです。

 だから私も、学術貴族アルステラ家の一員としてではなく、心を持つ「人間」として、答えましょう。


「お姉さまが、私が年を取って、実は頭が悪くて、そして虚弱体質のままでも、可愛いと言って下さるのなら」


 ぎゅっと、お姉さまが私を抱きしめる腕に、力が込められます。


「当たり前だよ。お安いご用さ。アリエラは可愛い、私の妹だ。お互いにおばあちゃんになっても、大事な大事な妹だよ」

「なら、お姉さまは、ずっとずっと私のお姉さまですよ」


 声をひそめて、そっと笑い合い、お互いにお互いの体温を感じます。

 私たちは、血の通った心を持つ人間なのです。


 国が私「アリエラ・ウェンディ・マグナ=アルステラ」に求めるのは、優秀な頭脳だけです。

 そして国が「エレン・ケリー・ベッラ=カエラフォルカ」に求めるのは、美しく凛々しい姿だけです。

 なら、人間としての「アリエラ」と、人間としての「エレン」は、国ではなく、私たち自身が、お互いに求めれば良いのでしょう。


 一人の人間として、心を打ち明けられる存在があるというのは、とても特別で大切なことなのですね。


 私はおじいさまを尊敬していますが、やはり私はおじいさまにとって「アルステラ家の孫娘」であり、学術業績の継承者なのです。

 私はお兄さまのこともお慕いしていますが、やはり「アルステラの業績を継ぐ同志」という意識が抜けません。

 ファーガス様とは、それこそ「向かない家業を背負った、それでも業績を上げたい仲間」という認識が、最大の共通項です。


 家族ではないからこそ、そして、学術貴族ではないからこそ、打ち明けられる心というものがあるのですね。


「私、お姉さまに出会えて、良かったと思います。本当に」

「私もだよ、貴女に会えて、本当に良かった」


 保護された身でも、アルビノアの徹底的な実力主義は、子ども心にはあまりに冷たい。

 ひょっとしたら「相棒」は、この冷たくて厳しい国で、まったく違うものを求められる学術貴族と軍功貴族が、心を支え合うために生まれたシステムなのかもしれません。


「……お兄さまにも、私にとってのお姉さまみたいな存在が、はやく見つかると良いのですけれど」

「貴女は、アランのことが大好きなのだね」

「ええ。残念な所もあるけれど、大好きなお兄さまですよ!」




 昼食までは、お絵描きを楽しむことにしました。

 お兄さまも絵がお上手でしたが、お姉さまもとてもお上手です。


「地形の把握は戦術の基本だ。アルステラ家の始まりもそうだろう?」


 アッ。そういえば、そうでした。

 アルステラ家の始祖、メネス様は、征服王ウィリアム1世の測量士。そしてアルステラ家は、地図作成の技術をもって、爵位を賜った家系でした。


「士官学校では測量も学ぶ。斜角などから砲弾の飛距離を計算し、目標に命中させるには、数学も必要だけれど、結局それは現実の地理に落とし込まなければ、お話にならないのさ」


 ううう! お姉さまも測量ができるのですか?!


「ああ……早くフォースター家の斜光装備の情報が、来ないものでしょうか。そうしたら、一緒にお外で測量もできますでしょうに……」


「昨日手紙を出したばかりだからねぇ……フォースター家内部でも、それなりに重要な情報かもしれないし、案外と先の話になってしまうかもしれない。私の『相棒』休暇中には、まぁ、無理だろうねぇ」


「次の夏までには?」

「フォースター家次第、としか言えないね」

「ううう……」


 くやしい。お願いです、ドーヴァー侯爵。私に慈悲を!


「ところでアリエラは、何を描いているのだい?」

「ジュエリーの三面図です。いわば、宝飾品の設計図ですよ」


 スタンフォード商会の、ユージーンへの手紙に、追加するものです。

 デザイン画を思いつくだけで作れない私、作れるけれどもデザイン画を考えるのが苦手なユージーン。適材適所で互いにサポート。


 ……おかしい。

 学術貴族と軍功貴族も、一応は同じような役割分担のはずなのに、どうしてあっちはうすら寒い気分になって、ユージーンとの共同プロジェクトは、前向きで明るい気分になれるのでしょう? やる気? 自主性?


「素敵だね……もう少し気の利いたことが言えれば、良かったんだけど」

「いいえ、充分嬉しいですよ」

「この宝石は何? 誰が使うことを考えてデザインしているんだい?」

「我が家の『家系の石』の菫青石アイオライトで、お兄さまのタイピンです」


 そう答えると、うらやましいな、と呟いて、お姉さまはニンマリ微笑まれました。


「私のためにも、ブローチとかをデザインしてくれないかな?」

「ダイアモンドでですか?」

「まぁ、たしかに『家系の石』なら、そうなるけれど……私たちがお揃いで使える石があったら、私は嬉しいんだけどなぁ?」


 あらっ。思わぬおねだりの追加です。

 まぁ良いんですけれどね。


「サファイアはバーミンガム公爵家、ルビーはウィンチェスター侯爵家の『家門の石』ですが、紫色のコランダムなら、使っても問題ないかと」

「いいね!」

「ついでにお話しすると、おじいさまは、夕空のような紫色のコランダムに、私の名前をつけられるおつもりのようです」

「ますます最高じゃないか! 是非、それで頼むよ!」


 地金にプラチナは使えないと仮定すると、18金の強度で考えるなら……ホワイトゴールドの方が、色合いが映える? うーん……?


 とりあえず、ユージーンへの手紙は、特別料金がさらに割り増しになる程度に分厚い、小包のサイズになりました。

 ドン引きされませんように……されませんように……!





「あなたとわたしさくらん○」って歌詞で、MVかな? あれで、カラオケで歌うたびにいっつも号泣してしまいます。満面の笑顔で、おじいちゃんとおばあちゃんが、幸せそうに自転車に乗って。

ああ、なんて美しいんだろう、って思うのです。それは、全てをこえた、人間と人間とが恋をする、永遠のような恋をする、最も美しい愛のように感じるのです。


効率主義を追及する国家アルビノアは、無慈悲なまでの実力主義を徹底します。

ここは自由主義者のユートピア、人道主義者のディストピア。

§3は多分国内の話で落ち着くと思うのですが、多分、§4から国外編。うまくいけば。

この展開で行くと、アリエラの呼吸器疾患は大きく改善するはず。

で、改善した後、彼女はどうなるのか、っていうと、実は予定が未定。


決着の決着の条件は決めていますが、そこに至るまでに、アリエラには現時点で3パターンくらいの進路があり得ていて、そのどれ一つとして「乙女の夢」を詰め込んだようなハッピーな展開には、まったくならない。

だけど不幸を描くだけの作品にもしたくない。日常の幸せを大事にする作品でもありたい。だけれど、不幸ではない絶望と無力感ならば、形にしようとも思うかもしれない。


なので、さぁ、ブックマークを解除するのです!


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