王家の宝石と我が家の宝石
ペリドットの和名は作中の通り。「光緑石」は作者のつけた「うそもの」です。
ペリドット。和名は橄欖石。ちなみに橄欖とは、ここではオリーブのこと。英名オリヴィン、そのまんまの訳名です。
橄欖石にはいくつか種類があって、苦土橄欖石と鉄橄欖石の「固溶体」の美しいものが「ペリドット」という宝石になります。純粋のフォルステライトは無色で、ファイアライトが混じることによって、緑色を帯びます。
モース硬度は7で、一般的に宝石の硬さのめやすとして扱われる、水晶の硬度とほぼ同じ。ただし水晶と違って、劈開はありません。
複屈折の性質があり、光の分散率が高いため、ろうそくなどの弱い明りでも十分に輝いて見える。そのため、夜会に重宝されたとか。
「光緑石は、アルビノア王室の象徴とされる宝石です」
えっ?! ペリドットって、宇宙にわりと普遍にあるものだけど……
「どうして、この石が王室の象徴なの?」
私の質問に、ばあやは満足そうにうなずきました。
「まず、夜になっても、明るく輝いてみえます。それは、闇の中でも人々を導く存在であることの象徴です。
次に、この鮮やかで明るい緑色は、豊かな恵みの象徴だとみなされます。
そして最後に、この石は、星屑の中に含まれることがあるのです」
……んっ?!
「かつて、空から落ちてきた、星のかけらの中から、大きな『光緑石』が出てきました。ゆえに、王室の高貴な性質の象徴とされるのです」
石鉄隕石の一種、パラサイトの中に、まれにまれに、宝石質のペリドットが入っていることがあるそうですが……
そうですか……そうなれば、たしかに特別で高貴な宝石ですね。
「星屑の光緑石は、どこにあるの?」
「王家の秘宝でございます」
「見られないの?!」
「王様が代替わりする時、戴冠式に、1日だけ公開されます」
うわっ……それを「見たい」と言ったら、さすがに、現在の女王陛下に対する不敬に当たってしまいますね。
うう、でも、見たいなぁ……見たいなぁ……
「その顔、私以外の者の前では、見せてはいけませんよ」
「ハイ……」
別に、女王陛下の崩御を願っているわけではないのですよ……
ただ、宇宙からやってきたペリドットが見たいだけなのですよ……
「ところで、その『星のかけら』が落ちてきたのは、いつ?」
「800年ほど前でございます」
んっ?!
「……メネス様とほぼ同じ時代?」
「初期アルビノア王国の初代国王・ウィリアム様は、星屑の中から『光緑石』をみつけて、王になる運命を予言されたのです。そして、フランクス王国に対して独立を宣言し、大陸とこのアルビノア島とにまたがる王国を、一代で築き上げられたのです。まったく同時代でございます」
ということは、王家の秘宝は、800年受け継がれているということに……
……秘宝ですね。歴史を動かした、まぎれもない運命のお宝ですね。
よりいっそう見たくなりましたが……ばあやの顔がこわい。
「アリエラ様」
「我慢します! ちゃんと!」
不敬罪で捕まるわけにはいきません! 私には未知の大地を探検するという、かつてなさすぎる壮大な野望があるのですから!!
「ちなみに、古い有力な臣下の家系にも、受け継がれている石があります」
「えっ?! アルステラ家の石は?!」
「そのものではございませんが……同じ種類のものなら、こちらに」
……青い石だ。ちょっと紫がかってる?
「手に取っても?」
「それはいけません」
うう~。青い透明な宝石は、少なからずありますけれども……
しかし、いくら地図で建国に貢献したとはいっても、子爵家にサファイアが来るとも思えないし……
じーっと、目を近づける。もちろん、息は止めます。
首を左右に振ったり、あっちこっちから、角度を変えて観察します。
サファイアでは、ない。
サファイアも、見る角度によって色が変わる、多色性という性質があります。ですが、その色の変化は、それほど大きくはありません。
けれど、この青い宝石は、角度を変えた途端に、色が一変しました。
深い青紫色から、あせた薄水色に。
(アイオライトだ!)
和名は菫青石。鉱物名はコーディアライト。モース硬度7。観察する角度によって、驚くほどに色が変わる、非常に多色性の強い宝石です。
青い面だけ見せれば、サファイアっぽく見えなくもないので、ウォーターサファイアという、フォールス・ネームがあったほどです。
それにしても、原石だというのに、なんと美しいガラス光沢でしょう……
こんな大きな、良質の原石を、研磨せずに所有しているというあたりは、宝石学者としてのおじいさまの「こだわり」でしょうか。
「アリエラ様は、宝石がお好きなのですか?」
「好き!」
即答ですよ。大地の活動が生み出した、神秘の結晶なのですよ!
「でも、大地にかかわることなら、なんでもみんな、好き!」
単純に、宝石が好き、というだけなら、アクセサリーとかが好きな人みたいですからね。それも嫌いじゃないですけど、こう、原石の魅力が……
いえ、むしろ私は玄武岩とか、安山岩とか、流紋岩にときめくかな。
躍動する大地の活動……んっ? ということは、お母さまと話が合う??
お母さま~! お母さまの火山調査は、いつ終わるんですか?
私、お母さまとアルビノアの火山について、お話したいです~!!
アルビノアの火山岩は、玄武岩と安山岩があるみたいなんですけど……
ぱん、ぱん、ぱん、と、拍手をする音が聞こえて、我に返りました。
「大旦那様!」
ばあやがあわてて、お辞儀をします。
私もあわてて、淑女らしいお辞儀を取り繕いました。
なんとそこには、いつの間にか、クロードおじいさまがいらしたのです。
「実にすばらしい! お前を誇りに思うぞ、アリエラ。我がアルステラ家にふさわしい、とても良い好奇心だ」
わ~。私には最高ですけども、これ、地質に興味のない人には、かなりどころでなくツライおうちかもしれません。私は幸せですけども。
「お、おじいさま! 私も、あの、地質のお勉強がしたいです!」
いけいけ、押せ押せ!
多少呼吸器官が弱いとはいえ、健康体に生まれた今生ですが、だからって、長生きできる保証があるわけではありません。医療水準も低いでしょうし。
いつ終わるか分からない人生は、精いっぱいに駆け抜けねば。
おじいさまは、今まで見たこともないほどに、すごくうれしそうな、柔らかい笑顔を浮かべられました。
「よしよし……では一つ、お前を試そう」
えっ?! いきなりテストですか?! いいえ、どんと来いですよ!
おじいさまはポケットの中から、いくつか小さな布袋を取り出されました。
その中から、ころころと、研磨された青い石が転がり出ます。
「この中から、先ほど観察していた、我が家の石を選びなさい」
どんと来いです! アイオライトは、特徴が際立った石ですからね!
私は、博物室の端っこのスツールを引っ張り出して、上に石を並べました。そして、窓明かりで照らしながら、一つずつ確認していきます。
(これは……サファイア。二方向からわずかに変わる色。テーブル面からよく見ると、反対側のカットの稜線が、わずかに二重になって見える……複屈折! 深い青色、少し色むらがあるけれど、いい石だなぁ……)
(これは、アクアマリンね。二方向から色が変わって見える。でも、ダブリングはあまり目立たない……深い青色。まるでサンタマリア!)
(これは……天然ならすごいな……すっごい濃い色のブルートパーズ……まるで藍色だ……多色性はあるけれど、屈折率が違うのよね、なんか)
(お、おお……これは一目でわかる。カイヤナイトだ。すっごい透明度。傷も肉眼だとほとんど見えない……すごいなぁ)
(これは……インディコライト・トルマリン、かな?)
さて、最後の石です。
緑がかった淡い灰茶色の石ですが……おじいさま、わざとですね?
「これです」
「なぜこれなのかね? 我が家の石は、青色だろう?」
私は、わざわざきれいじゃない色が目立つようにカットされたアイオライトを、90度傾けて示しました。
グレーの石が、一気に青紫色に光を変えます。
「アルステラ家の石は、見る角度によって、三つの色があります!」
おじいさまは、満面の笑みを浮かべられました。
「そのとおりだ、アリエラ!」
やった! テスト合格ですね!!
「お前には、わしが直々に宝石について教授してやろう」
……あの、私は宝石じゃなくて、火山岩とかが見たいかなー、って。
いえ、贅沢は申しません。ありがたく学ばせていただきます。
ペリドットは、アルビノア王室の秘宝の石なので、特別な名前をあえてつけました。でも、さすがにややこしいので、作中の鉱物名は、近代の人名由来のもの以外は、地球と統一します。
……そのために、言語がほぼ同じになるように、がんばったんだ。
ちなみに「金緑石」は、クリソベリルの和名であり、別の鉱物になるのです。光緑石という和名の鉱物は存在しません!
アルステラ家の「家石」が、アイオライトである理由は、そのうち出てくる予定です。まだ書けていませんけども。
2017.03.23. ペリドットの説明を、もっと厳密にしました。