表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
59/102

現状と目標

アルビノアの暗黒面に触れないで、話を進めることはできない……

冷静に考えるとディストピアな国です。あからさまに劣悪ではないけれど、真綿で首を絞めるようにじわじわ居心地の悪い世界への、貴族令嬢転生モノなんて書く人は、たぶん相当に珍しいと思う次第。


ところで、百合の花は咲きません。咲いてないったら、咲いてない!

あと、更新は本日でしばし停滞の予感。いやさすがにストック尽きました。






「学術貴族の食事というのは、ああいう難しい裏話も、すべて理解しなければならないのかい?」


 おじいさまとお兄さまのやりとりに、ぽかんと口を開けていた私とお姉さまは、食後、女性貴族らしく、一緒にお着替えをしています。

 面倒くさい習慣だと思っていますが、お姉さまと内緒話できる機会です。おじいさまにも、お兄さまにも聞かれずにね!


「誕生パーティーの『洒落』だったと思いますよ? 私も、そんなこと気にしたこともありません。でも、それを気づかなければならなかったのだとしたら、私は間抜けな学術貴族ですね……」


 まさか、今の今まで気づかなかったなんてことはあるまい? というプレッシャーの産物として、あのやり取りが発生していたのだとしたら、私はベッドにもぐって寝込みますよ。これはきっと夢なんです!


「気に病むことはないよ、アリエラ。貴女はまだ6歳だ」

「同じ6歳でも、きっとファーガス様なら気づいたんですよ、きっと!」

「ファーガス? 高地地域ハイランドの貴族かい?」


 第一子に、セルトの神話の人物から名前をつけるのは、北部高地地域の貴族の特徴です。お姉さまもご存じなのですね。


「はい。アーガイル子爵の長男の、ファーガス・マーカス・ノヴァ=アルスメディカ様です。私の主治医が、スノードン伯爵のアルバート・ヒール・ハルバ=アルスメディカ様なのですが、その甥なのだそうです」


 マーカスという、ファーガス様のお父さまのお名前は、ラティーナ系。ということは、確実にファーガス様のお父さまは、先代アーガイル子爵の第一子ではない、ということで。

 ……考えるのはよしましょう!


「アルス家系の学術貴族か……うん、あるかもしれないね」

「ファーガス様は6歳にして、周期表に自分の名前の元素を載せてみせる、というぐらいに、優秀な方でいらっしゃるのです」

「最近の医者は、元素の研究までするのかい?」


 アッ……そうですね、アルスメディカ一門といえば、まず医療ですよね。

 いいえ、ファーガス様のお父上、当代アーガイル子爵様は、アスベストの粉塵による公害の対策がご専門です……って、これも医療ですね。


「ファーガス様は、血を見るのが苦手でらっしゃるのですよ……」

「それじゃ、医者にはなれないじゃないか」

「だから別の分野で、場合によってはアルステクナに籍を移して、業績を上げるおつもりなのですよ……内緒にして下さいましね?」


 ファーガス様が血を見るのが苦手なことは、本来、あまり言いふらすべきではないでしょう。


「ああ、アリエラのお願いなら、もちろんだが……しかし、虚弱体質で軍功貴族に生まれるよりも困難な人生だね、それは」

「軍功貴族家で、体が弱い場合、どういう人生を歩まれるのです?」


 お姉さまが、元気満点軍人志望なので、あまりイメージがわきませんでしたが、どの血統であろうと、疾患の可能性はつきまといます。先天的なものもあれば、後天的なものもあるのですし。


「んー……古い時代だと、弱い子どもはそのまま捨てていたらしい」

「なっ!」


 どこのスパルタですか! 軍事国家の発想ですね!


「今は、せめて学術騎士称号は取れるように、教育を徹底する方針が主流だね」

「あのぅ……障害を持った子どもが生まれた場合は?」


 ものすごく聞きにくいですが、聞けるとしたら今だけでしょう。




「即、養育院だ。軍功貴族というのは、華麗で勇壮な姿を示す存在だ。健康でなければならないし、頑健でなければ務まらない仕事だ。私たちは、生まれながらにそういう仕事に従事しているんだ。不向きな仕事を無理に強いるのは、資源の浪費というものだろう?」


 経済主義が浸透しすぎていて怖い……

 基本的人権という語が遠い! ものすごく遠いです!!


「アリエラは学術貴族家系の生まれで、すでに優秀な頭脳を持っている。だのにそうでなかった者の心配までするだなんて、心が柔らかいのだねぇ」

「……褒められているのですか? 貶されているのですか?」


 お姉さまは、柔らかに笑って、私を抱きしめられました。


「私がアリエラを貶すわけがないだろう? 褒めているんだよ。アルビノアは、一応は強国ということになっている。けれども内実は、常にギリギリの綱渡りの覇権だ。それを支えるために、常により優秀な人材を求め、多くの人間が、他者を蹴落とすことを考え、見捨てることにも躊躇いがない……」


 暗黒面が! 闇が深いですよ、アルビノア!!

 なんというディストピアですか!!


「その優しさは、貴女の体質からくるものかもしれない。私とは違って、貴女のその柔らかな心を、無駄なものだと責める人もあるかもしれない。でもアリエラ、エレンお姉さまは貴女の味方だよ。そういう優しさも含めて、アリエラの可愛いところだと、私は思うからね」


 チュッ、と、おでこにキスをされます。

 うう、お姉さま……イケメンすぎる。


「士官学校に入ったら、そんな柔らかな心の持ち主とは、もう絶対に知り合いになることはないだろう。そういう人間は、軍人には向かない……でも、そういう優しい人がいるから、世界は温かいのだと思うし、私の世界の温かさは、是非ともアリエラに守ってほしい」

「……はい」


 残念ながら、お姉さまは女性です。

 これが男の方なら、熱烈なプロポーズと取れなくもないのでしょうが。

 しかし、私は6歳幼女なわけで、幼女にプロポーズなんて犯罪。

 美少女と幼女で良かったのです。これで良かったのです!


「私たちは、貧しい庶民よりは経済的に恵まれた環境にあるけれど、生きていくことそのものが、すでに生存競争だ。強くない者は淘汰される。賢くない者は淘汰される……私たちは、特権を持つ存在ではあるけれど、同時に、常に主権者である庶民によって、品定めされている存在でもある。だからこそ常に、努力をし、研鑽に励み、怠ってはならない」


 より強い国アルビノアであるために、私たちは、主権者である庶民たちに、有用な資源として「飼育」されている、というわけですね。

 ああ、本当に、真面目に考えるとディストピア……


 それはそうと、お姉さま。抱きしめて下さるのはうれしいのですが。

 息が! 息が!!


「……ああ、すまない!」

「次は、お気をつけ下さいまし」


 お姉さまは、身体壮健であることを求められ、またその通りである軍功貴族であるせいか、発育がよろしいようで。

 私も14歳になったら、ああいうナイスバディになれるのでしょうか?

 前世は色々あって痩せっぽちでしたしねぇ……


「そのうち育つさ」


 平坦な両胸に手を当てていると、お姉さまは笑ってそう仰いました。

 そうであることを願います。切に願います。

 健康であることこそが何よりの財産ですが、より美人に、よりナイスバディになることを願う程度には、私も欲深い人間です。




 泥のように寝たのは、間違いなく、昨日の疲労もあったと思います。

 起きると、空は素敵な紫。

 おじいさまと、こっそり基準を定めた「ウェンディ・コランダム」、つまりパープル・サファイアの色をしています。


 ばあやに、おじいさまやお兄さま、お姉さまはどちらにいらっしゃるのか、と尋ねると、さぁ? という答えが返ってきました。えっ?


 お姉さまは、食後に動きやすい服装に着替えてらっしゃいましたが、あれはトレーニングのためだったようです。走り込みの後、剣術と、体術の基礎練習をしていらっしゃったとのこと。

 軍功貴族も大変なのですね。少なくとも、志高い人というのは。


 あてもなく探しはじめたのですが、ほどなく声が聞こえてきました。あれは、お姉さまの声! お兄さまもいらっしゃる!


「……なかなかやるじゃないか、アラン」

「我がアルステラ家の本分は測量。実地調査フィールドワークは、体力がなければ務まらないのです!」

「ふふっ、まだまだっ……まだ私は、本気を出していないぞ!」


 何をやっていらっしゃるんでしょうか、お二人は。

 神妙な顔をして、審判を務めていらっしゃるおじいさまも、ですよ。


 お兄さまとお姉さまは、客間の机を闘技場にしていました。

 とかいうと大げさですが、つまりは腕相撲で対決中。


 お兄さまも大人げなければ、お姉さまも大人げないし、止めないおじいさまも完全に同罪です。何をやっていらっしゃるんです!


 お互いに、額に玉の汗を浮かべながら……いくら室内とはいえ、11月ですよ……どれだけ本気なのです?!


「そこまで!」


 あまりのアホらしさに、私がわなわな震えていると、おじいさまが中断の指示。

 ええ、お兄さまのペンを握るための大切な手も、お姉さまの剣を握るための大切な手も、どちらも、こんなことで傷めてよいものではありませんよ!


「アリエラ!」

「ああ、起きたんだね」

「お兄さま? お姉さま? 何をやってらっしゃったんです?」


 ばかげたことをしていた自覚はあるのか、二人とも、視線がさっと見事に逆方向に逸らされます。この無駄なシンクロ能力よ。


「若者が交流を温めていたのだ」

「おじいさまも! どちらかが万が一手を傷めたらどうするのですか!」

「すまなかった……」


 幼女のお怒りに、揃って頭を下げる面々。ふんっ!


「お兄さま、お姉さま、お手は大丈夫ですか? お兄さまの手も、お姉さまの手も、本来はそういう使い方をするものではないのですよ?」


 私は、まずはお兄さまの手を取り、しげしげと観察しました。パッと見た限りは無傷。

 そして次に、お姉さまの手を取って、同じく確認。

 それから両手を背中で組んで、つかつかと澄ました顔で部屋を闊歩。6歳幼女に醸し出せる、限界いっぱいの威圧感の演出を狙います。


「アリエラは、おじいさまの孫娘として、このアルビノアの宝石学界に、名前を轟かせる学者になってみせます」


 唐突な私の将来の野望宣言に、お兄さまもお姉さまも、驚きに目を瞬かせています。

 今更の話だと思われているのかもしれませんが、明言したのは初めてのハズ。


 ええ。決めました。

 やりたいこと、やってみたいことはたくさんあります。

 けれど、アルビノアで最高の宝石学の教育環境を与えられているのに、そして、私にはこの学習環境を生かせる能力と興味があるのに、それをあえて拒否する理由はありません。


 学術貴族だとか何だとか、そういうのはさておいて。

 私は宝石が好きですし、学ぶことそのものが大好きなのです。

 そして、決して義務感からではなく、自由意志の元に、活躍を望みます。


「お兄さまは学問で、お姉さまは軍事で、そんな私と釣り合う『貴族』となれるよう、それぞれの分野で力を尽くされますように!」


 だから、腕相撲で競い合うなんて、あほらしい真似は金輪際、禁止!!





転生幼女が主人公なら「……(ションボリ)」は外せないと思ったんだ。

作中では書いていませんが、お姉さまはこの時点で165センチを超しています。アリエラの身長は110センチぐらい。背をかがめて幼女に配慮してくれる、イケメン(※女性)です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ