「優れた親から優れた子」
この小説が、知識チート幼女が可愛いだけのラノベだと思っていた人は、この先サヨナラした方が良いですぞ。正直、テンプレ逆ハーレムの気楽な話を期待したら、クッソ重くて不愉快な話になる。
しょせん「テンプレ『ずらし』」で「逆ハーレム『もどき』」なのですぜ。
理由もなく主人公がモテモテになるなんて、理解できない輩が作者です。
それはそうと、明日の更新は、大いなる飯テロを予定しております。
アルス称号。それは、征服王ウィリアム1世の時代から、800年にわたって連綿と受け継がれる、知の営みの証。
継承するのは知であって、血液的な血ではないのがミソ。
中国の歴代王朝を見ると、当初は名君を輩出した家系も、やがて壊滅的に堕落していきます。一夫多妻文化の国ですら、優秀な人材を800年も輩出し続けることなど、不可能でした。
まして、一夫一妻文化のアルビノアで、優秀な人材ばかりが一家系に800年ずっと出続けるわけがありません。
アルビノアはイギリスに似ている国ですが、爵位の継承は全く異なります。
イギリス貴族の爵位は、その貴族家の血統を継がないものが、養子として継承することは認められていません。
特に学術貴族家系の爵位継承については、日本の方が近しいでしょう。
日本で、武将などの家系が長らく続いたのは、一夫多妻文化もありますが、養子による地位の継承を認めていた部分も、かなり大きいのです。
江戸期も最初の方だと、末期養子は禁止されていました。つまり、子のない当主が死に瀕した時に、養子に後を継がせようというものです。
しかし、結局この規定は緩和されました。お家断絶で取り潰される藩が増え、職場を失った浪人たちが、危険分子として各地にばらまかれてしまうためです。
アルビノアの学術貴族家系は、800年の伝統を持つ血統、というわけではありません。少なからぬ養子の努力によって、家系は存続してきました。
純粋に血統が重視されるのは、王家しか存在しない、というぐらいに、アルビノア学術貴族には養子が多いのです。
つまり、アルス家系の学問分野における強みとは、営々と積み重ねられてきた先行研究資料の蓄積です。断じて血統ではないはずです。
私は「アルスの娘なのですから」を言い訳に使っていますが、「アルス家系」ではなく「アルス血統」と言ったことは、一度もありません。
そんなわけですから、私はお姉さまの「アルス家系優先護衛」の意味が、ちっとも分かりません。
何故わざわざ、アルスの家の人間を、優先的に守るのでしょう?
私の疑問に、それは当然だろう、という顔をされるお兄さま。
解説を下さるおじいさまも、この前提に疑問は抱かれていないご様子です。
「愚かな親から優れた子が生まれることより、優れた親から優れた子が生まれる可能性の方が、一応は高いのでな。学術貴族家系の子女が、業績不足で庶民籍に移る場合、それでも婿や嫁として歓迎される背景の一つだ」
学術貴族家系の英才教育は、ファーガス様やお兄さまを見れば一目瞭然というほどに厳しいものです。たとえ業績不足で庶民籍に移るとしても、それでもまだ、庶民の平均よりはよほど知的水準は高くなります。
もちろん、高い教育を受けた人間を迎えれば、家の教育水準が上がり、子女のための家庭教師費用なども浮かせられる、という実利的な部分も大きいようではあるのですが……さながら競走馬のよう。
うーん、優生思想のような気持ち悪さ。
穿ち過ぎなのでしょうか?
中身が純粋な幼女ではないから、汚れたことを考えてしまうのですかね?
自由と平等を謳うようでいて、差別が根深く残るアメリカにもいたから、というのも、大きいかもしれませんが。
人間、氏より育ちだと思うのですよ?
育ちのサポートが充実しているという点以外に、アルス家系の強みなんて存在しないはずだと、私は思うのですよ?
とはいえ、6歳児が血統主義の無意味を訴えても、相手にはされないでしょう。
現におじいさまもお兄さまも、軍功貴族のお姉さまでさえ、学術貴族家系というものは、優れた資質を継承している……あるいは、継承する可能性が大きいという考えでいらっしゃる様子。
うーん。やはり、先進的なようでいても、ベースの価値観は19世紀ぐらい、ということでしょうか。
宗教改革によって、神秘主義思想が退潮した反面、科学至上主義が過剰になっているおそれはあります。とすると、20世紀前半も入る、か。
遺伝に関する科学至上主義の気持ち悪さは、21世紀に歴史を学んだものなら誰だって感じるはずの問題。
私は、今生はもちろん前世でも、生命倫理学などは専門外ですが、遺伝子至上主義にうすら寒さを感じる程度には、人間味のある心があるつもりです。
まぁ、自分が遺伝性疾患を出しまくりなので、遺伝子至上主義、イコール自分の存在を否定するもの、の図式が成立したのも大きいですが。
あれ? でもそれでいくと、光線過敏症である今生も、遺伝子が理由になって結婚は難しくなる可能性?
……まぁいいか。研究ができればそれでいいや!
少なくとも、お兄さまは私を可愛がって下さっていますし、おじいさまは私が学術貴族でいられるよう、学びを助けて下さっています。
愛されていると実感できる現状で、わざわざ荒んだことを考えるものでもありませんよね……少なくとも、私はただの6歳児なのですから。うん。
「何か難しいことを考えていたようだね?」
「考えてもどうにもならない、と悟ってあきらめました」
「アリエラの頭でも、どうにもならない問題もあるんだねぇ」
「お姉さまは、私を買い被ってらっしゃいますよ」
ひそひそと話していると、お兄さまがムスッとふくれます。
お子さまですね、とも思いますが、明日カーマーゼンへ帰られる前に、妹成分をたっぷり補給したいのでしょう。
冷静に考えると、お兄さまの生育環境は、かなり孤独です。
私が生まれる前の4年間はわかりませんが、4歳というのは物心がつくやつかずや、という年齢。
つまり、気づけば祖父は妹につきっきり、母親は火山の調査で出張、父親に至っては、新大陸の調査で長期の留守。
そんな寂しい環境下で、未来のカーマーゼン子爵だ、アルステラの跡取りだ、アルス家系の子どもならば、このぐらいできて当然だ……というプレッシャーにさらされて生きてきたならば、歪まない方がおかしい話です。
癒しを求めて、シスコンをこじらせもするという話です。
多分、お兄さまも、そしておじいさまも、お姉さまでさえも、認識に刷りこみが入ってしまっているのでしょう。
アルス家系の人間ならば、すぐれた資質があるはずだ、と。
アルス家系の人間には、すぐれた資質が継承されているはずなので、適切な教育を施せば、必ず素養は開花するはず。
……基本的には、そういう発想なのでしょう。
養子を受け入れる柔軟性と、血統主義の硬直性が、いまいち噛み合わないように感じるのですが、つまり養子を受け入れるというのは、その血統の伸びしろは失われた、という意味なのでしょう。
だから、最高の教育環境を、より見込みのある者に提供する。
経済主義的すぎて怖い。
農地としては貧相極まりない土壌、おまけに火山と地震の災害大国であるアルビノアが、世界に覇を唱えるためには、人材以外の資源がなかったというのは、非常によく分かりますけれども。
要するにアルビノアとは、人的資源の高品質化を導く因子として、遺伝子というものに着目し、優れた資質を有するアルス家系を保護している、と。
汚れた幼女の妄想に過ぎないことを願います。
そんなことを願ったって、私のすることは研究しかありませんが。
講座の残りの時間は、伝説的なコランダムやその他の宝石のお話。
あんまり専門的になりすぎると、お姉さまが全くついていけないし、それを私がフォローするので、結局話が進みません。
なので、後半はおじいさまも方針を転換して、宝石の歴史的・文化的側面から話を掘り下げていかれました。
かつて存在した「マグナ=カエラフォルカ」の伝説の宝、ヒンディア産の巨大ダイアモンド『勝利者』の話は、たいそうお姉さまの興味を惹いたようです。
ベッラ=カエラフォルカ家のお姉さまにとって、マグナ=カエラフォルカ家というのは、幻の本家です。もはやお話の中にしかない存在。
それもこれも、クローヴィス・ウェルスフォルカ卿が悪いのですよ。
「ああ……こんなにも大きなダイアモンドが存在したなら、私だって実際に目にしてみたかったよ」
ガラスで作られた復元模型を弄びながら、お姉さまはため息をつかれます。私もまったく同感です。
地球の単位でいうところの、縦横ともに3センチメートルあまり、深さも同じぐらいはありそうな一品。
ダイアモンドの比重から考えて、200ct近くにはなりそう。
モスクワのクレムリン博物館にある、オルロフ・ダイアモンドに近い感じ?
あれはローズ・カットで、こちらはびっくりのテーブル・カットですが!
テーブル・カット。
等軸晶系鉱物ならではの、八面体結晶を生かし、上部の四角錐の一部を切り取ることで、テーブル面を作りだしたもの。
要するに、その1回しかカットしていない、きわめてシンプルで、原始的なカット法だと思えば、だいたいその通り。
たしかに、300年ぐらい前に壊滅した家系が、そんな精巧なカットを施されたダイアモンドを持っているわけがありませんよね。
モース硬度10を誇る最硬の鉱物であるダイアモンドは、あまりにも傷がつかなさ過ぎて、カットすることもおぼつかなかった石です。
そのため、長らく宝石としての地位は高くなく、見た目にも色鮮やかなルビー、サファイア、エメラルドの後塵を拝してきました。
マグナ=カエラフォルカ家の秘宝『勝利者』は、カッティング技術の発展によって、ダイアモンドの輝きというものが知られるようになる、その、最初の一歩の姿……というわけです。
なお、地球の歴史においては、最初期のカットであるテーブル・カット、ローゼンツ・カットから、ローズ・カット、そして、いわゆる「ブリリアント・カット」の原型にあたる、マザラン・カットへ。
オールド・マイン・カットに至ると、研磨されたファセット面が、58面になります。そこからオールド・ヨーロピアン・カット、そしていわゆる「ダイアモンドの形」である、ラウンド・ブリリアント・カットが考案されます。
今も昔も、ダイアモンドをカットできるのは、同じ硬度10のダイアモンドだけです。レーザーという方法が、ないわけではありませんが。
あと、ダイアモンドは、所詮は炭素の塊なので、迂闊な加熱は、即黒焦げルートだというのも、なかなか厄介なところ。
マリア=テレジアの夫、フランツ1世は、小粒のダイアモンドを坩堝に入れて、加熱して融かしたら、大きなダイアモンドになるのでは……と考えて実験。もちろん炭になりました。
「しかし、石に神秘的な力があるというのは、まったくもって迷信にすぎないことが、よく分かったよ……『勝利者』に、本当に持ち主を勝利に導く力があったというのなら、マグナ=カエラフォルカは、今も存在していただろう」
その石を失ったので敗北した説、というのもあり得るわけですが、科学的思考をする幼女は、空気を読んでお口チャックするのです。
優生思想はきしょいと思っています。病んだ人間量産すると思います。
「青い血」なんか、クソ食らえと思っている平等主義者です。生まれながらに尊い人間なんているわけないだろ。いるなら人類は皆生まれながらに尊いんだよ!
しかし健全な民主主義というのは、完全な共産主義と同様に、十分に賢く、十分に熱意に溢れ、十分に志の高い、十分に慈しみと思いやりを持ち合わせた人間たちにしか、絶対に運営できない、という現実も理解しております。
そして、人類は能力などにおいては全く平等ではない、というのも理解しています。
しかしながら、尊厳と権利においては、基本的に平等であるべきだ、とも思っています。
そんな私の理念と、貴族というシステムとは、本来なら絶対にかみ合わない。それをかみ合わせるために努力した結果、このきしょい思想を使うことになった次第。
オルロフ・ダイアモンドは189.62ctです。
「勝利者」は、すごく原始的な……というか、原始的にも程があるカッティングなので、いわゆるダイアモンドのような、キラッキラしたカットにしようと思ったら、歩留まりを考えたって、相当に削られるだろうなぁ……




