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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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軍功貴族のお役目

本格的なルーペを持っていても、正しい使い方をしていなければ、

「アッ、こいつ本格派ぶってるけど、ドシロウトだ!」

……と見破られ、美味しいカモにされるおそれがあります。お気をつけを。






 お兄さまが顕微鏡の準備をしていらっしゃる間、私とお姉さまは、拡大鏡ルーペで石を観察します。

 はい、正しいルーペの使い方、ご説明しますよ。


「まず、人差し指を立てて、どこか遠くを指差して下さい」

「こうかい?」

「はい。それで、その指先を見つめて……で、右目を閉じて下さい」

「うん」

「一度両目を開けて、次は、左目を閉じて下さい」

「……これで、どうするんだい?」

「利き目の判定です」


 人間は、左右の目を平等に使っているわけではありません。

 右目だけの時と、左目だけの時とを比べると、片目だけなのに、両目で見た時とほとんど差がない見え方をする方があります。

 そちらが利き目。

 ルーペのレンズは、利き目に近づけて使うのです。


「ああ、私の利き目は右だよ」

「判断がお早いですね」

「射撃の軍事教練を受けているからね」


 アッ、いかにも軍人志望の軍功貴族らしいお話が。


「腕も右利きだから、左側からの攻撃に弱いんだ……鍛錬しないとね」

「なるほど。では、利き手で……右手でルーペを持って」

「ふむ?」

「右の頬骨あたりに、ルーペを持った手を密着させます」

「……こうかい?」

「左手に石を持って、焦点が合う位置まで近づけます」

「こんなに近くていいのかい?」

「それが玄人のルーペの扱い方なのです」


 遠くから見るだけでは、微細な傷や内包物インクルージョンが分からないではありませんか!

 その小さな傷の有無などで、ダイアモンドのランクは変わるのですよ!


「難しいな……」

「右手の薬指などをのばして、石を持つ左手との距離を固定します。指を曲げて、石の位置を調整して、焦点を合わせます」

「……こうかな?」

「左目を閉じてはいけません! ルーペは必ず両目を開いた状態で見るのです!」

「見づらいんだが……」


 慣れないと、そうでしょうね。

 両目を開いたままで、片目と同様に物を見る必要があるために、利き目でレンズを覗かなければならない、というのは。

 でもこれには、れっきとした理由があるのです。


「開放していない目を閉じてしまうと、視野が極端に狭くなってしまいます。周囲がまったく見えない場合、強盗に襲われる危険があります」


 その瞬間、カッとお姉さまの両目が開かれました。


「宝石の取引は、バークスなど生温い、ならず者たちとの戦いです。なまじ高価な品であるだけに、それを買いに来たという事実で、多額の現金を所持していると思われ、襲撃される事例は少なくありません」

「よく教えてくれた! 周辺視野の確保は、重要事項だな!」


 お姉さまって、案外と筋肉質なものの考えをなさる方なのかもしれません。軍功貴族らしく。


「で、どうですか? この青い石と、この青い石」

「……こっちは、傷だらけだな。あと何か、とても細い針のようなものが」

「そちらがカイヤナイトです」


「こっちは……糸の束を青く染めたような感じだね。さっきと違って、もっと柔らかい印象だ」

「それが、サファイアの『シルク・インクルージョン』です。バークスは、カイヤナイトのその鋭く尖った内包物を、シルクと言い張るつもりだったのです」

「なるほど。何も知らなかったら危ないかもしれない」




 お兄さまから声がかかり、今度は顕微鏡です。

 複数台の顕微鏡に、大きな宝石をセットして観察できるというのは、この家だからこそできることですね。


「1番がブルー・コランダム、2番がブルー・スピネル、3番がカイヤナイトですよ。スピネルとコランダムの見分け、つきますかね?」


 お兄さま、だから大人げないですよ。

 しかし、ファーガス様に鉱物の世界を知らしめたというだけあって、お兄さまも、コランダムとスピネルの区別はつけられるのですね。


「どれもきれいだな……としか言えないな、私は」

「貴女のような消費者を守るのが、我々学術貴族の知識なのですよ」

「頼もしいね、アラン君」


 ふふん、と得意げな顔をするお兄さまは、一瞬にして毒気を抜かれたようなお顔になりました。お姉さま、イケメン!

 そしてやはり、10歳のお兄さまの方が、14歳のお姉さまより、かなりお子さまなのですね。


「このカイヤナイトには、特徴的な針状のインクルージョン……つまり、内部に取り込まれている別の異物ですが……それがありますけれど、本当に美しい青色の部分だけを眺めると、なかなか区別がつきません。でも、同じ石ではありませんし、同じ石ということにして売るのは、許されません」

「たしか、値段が300倍も違うという話だったね。それは詐欺だ」


 うんうん、と頷かれるお姉さま。

 昨日の発表を、きちんと覚えていらっしゃるのですね。


「だけどアリエラ、それから教授。コランダムとスピネルとは、だいたい同じ所から算出するのに、どうしてそれほどにも価格の差が?」

「エレン嬢、300倍になるのは、パミール産カイヤナイトと、フェルガナ産サファイアの場合です。いわゆる『ニセモノ』の中にも、大きな差があります」

「ああ、ありがとう、アラン君」


 恥じ入る様子もないお姉さまと、ふん、と鼻を鳴らすお兄さま。

 お姉さまの理解能力に、一抹の不安を抱かざるを得ない気がしてきましたが、それはそれとして……だからお兄さま、子どもっぽいですよ!


「最も大きな差は、やはり硬度だな。それから、スピネルにとっては不幸だが、歴史の中で築かれてきたイメージというものがある。エレンはもちろん、ドーヴァー侯爵フォースター家の『勇士の心臓』は知っているな?」

「ルビーではない、ということですよね」

「そうだ。長らくルビーだと信じられてきたが、レッド・スピネルだった」


 赤と青の輝く石を並べて、おじいさまは話を続けられます。


「どちらも、多少の差はあるが、宝石としては十分に硬く、安定して丈夫で、そして何より美しい。だが、人々は『ルビー』をこそ、至上の赤い宝石である、と考えた。そして『サファイア』こそが、至上の青い宝石である、とも考えた……そしてスピネルは、コランダムではない、というだけで、低く見られた。つまりニセモノ扱いだ」


 実際には、スピネルだって、美しくて希少な宝石なのです。

 しかし「コランダムのニセモノ」イメージが、あまりにも浸透してしまったが故に、実際の希少性に比べて、妙に市場価値が低くなっています。

 不当に悪いイメージというのも、風評被害というやつでしょうか。


「アルビノアでは、一応コランダムが産出するそうですが、スピネルも?」

「例の『研磨砂利エメリー』で、コランダムと同様に、質の悪いものならば産する。やはり、宝石質のものは採れないな」

「ということは、これらは全て、海を越えてきたのですね」


 お姉さまのしみじみとした言葉に、その当たり前だったはずの事実が、改めて強く心に響きます。




 このコランダムやスピネルは、アルビノア本土とは違う大地から出てきたものなのですね。

 私は、この屋敷の外にさえ、出たことがありません。


「早くもっと元気になって、太陽光も平気になって、外へ行きたいです」

「アリエラは、日光に当たれないのかい?」

「日焼けがひどいのです。肌が真っ赤に焼けて、爛れてしまいます」


 爛れる前に、日陰に逃げ込んで、ばあやに手当てしてもらいましたけれどね。

 でも、あのまま日光に当たり続けていたら、確実に炎症で、皮膚はべろっとめくれていたことでしょう。


「それは辛いね。フォースター家の装備を使えば、少しはましになるかな?」

「フォースター家の装備?」

「あの一族が侯爵領まで任されるようになったきっかけは、大陸部での戦争だろう? ユリゼンの方でも戦闘があったそうなんだけど、何せユリゼンの日差しは、北部の比じゃない厳しさだ。その対策に、遮光装備が作られた」

「何ですって?!」


 軍功貴族から知恵を借りることになるとは……

 いえ、研究室に偏りがちなのは、学術貴族の弱点でしょう。現実に戦場に立ち、現実の苦労を重ねた経験においては、軍功貴族が上回って当然のはず。


「手紙を書いて、手配を頼もう。教授も一筆いただけますか?」

「喜んで……ただ、この子は呼吸器が丈夫ではない。光線過敏症以外にも、まだ乗り越えるべき課題をたくさん抱えている」


 はい、前世に比べればうんと丈夫ですが、それでも、前近代の医療水準で十分な健康体、ではありません。

 ですが、お姉さまは、そっと微笑んで、私の手を取って下さいました。


「大丈夫だよ。貴女はまだ6歳になったばかりなんだから。これからもっと元気になって、そして一緒に、いろんな世界を見よう。『相棒』として」

「お姉さま……」


 感動で、目が潤んできます。

 昨日今日会ったばかりの私に、こんなにも親切にしてくださって。

 もっと元気な令嬢はもちろんのこと、もっと賢い令嬢だっていらっしゃるかもしれないのに、おじいさまのご指名があったとはいえ、私を「相棒」と呼んで下さるなんて!


「アラン君も、はやく『相棒』を見つけることだね」

「言われなくても。あなたより目上の相棒を、きっとつかまえてみせますよ!」

「もう、お兄さま……我が家は子爵家ではありませんか……」


 この下には男爵家しかない、真ん中より下の爵位なのですよ?

 それに対して、お姉さまは伯爵家のご令嬢。

 まさかお兄さまったら、もっと上の爵位の家系を狙ってらっしゃるの?


「我が家はアルステラだよ。アルス家系は、最優先護衛対象だ。アルス家系の子爵家の護衛と、非アルス家系の侯爵家の護衛なら、アルスの子爵の方が優先される」

「えっ?!」


 お兄さまの言葉に、そのとおり、とおじいさまが頷かれます。


「アルス家系の子爵なら、長子などでなければ、侯爵家から護衛がつく場合もありえる。わしの三代目の『相棒』は、ブラッドフォード侯爵家、アミカ=カエラフォルカの出身者だっただろう?」


 そういえば、仰っていましたね。エレンお姉さまの大叔父様が、うっかりをなさった結果、交代した次の相棒について。


「私たち軍功貴族の任務は、アルビノア最大の資源である、あなたがた学術貴族の頭脳の護衛だ。侯爵位の軍功貴族と、子爵位の学術貴族なら、子爵位の学術貴族の方が、アルビノアにとっては重要人物なのさ。とくに、アルス家系ならば、尚更だね」





アルビノアの土台にしている国はイギリスですが、イギリスの爵位は、養子での継承は認められていないし、色々どころでなく多くの違いがあります。

800年も、複数の家系が、断絶せずに続いていく……と考えると、一夫一妻世界では、どう考えたって無理だなという結論に到達。

本作は転生モノですが、なるべくサイエンスを重視していくスタンスです。


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