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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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スカルン鉱床と硬度の話

地質と地殻変動の話にリターン!

当初の予定はブラ○モリだったのに、全然アリエラが出歩かないので、あらすじを書き換えました。






 お兄さまは、明日カーマーゼンに戻られます。

 今は学期中、家族の事情といえども、休める期間は限られているのです。

 ……そう考えると、家族と同様に休暇を申請できる『相棒』というのが、どれだけ重要視される存在かが分かります。


 通常は、お互いに親交を深めて、信頼できると確信してから、「相棒」の申請をするものだそうですが。

 しかし私の場合は、病弱な女子であり、外で交流を広げることも難しい、という事情に加え、女性の軍人を「相棒」にしたいなら選択の余地が少なかった、という事情もあって、いわゆる「お見合い」になったとのこと。


 お姉さまはイケメンなので、私には何一つ文句はありませんけれどね。

 少なくとも、現時点で学術貴族を見下したような発言はしてらっしゃいませんし、軍功貴族の役目もしっかりと理解しておいでです。


「……私も受けるのかい?」

「初等学校の私が受ける程度の講座ですよ?」


 困惑気味のお姉さまに、大人げない返事をしているお兄さま。

 これからおじいさまによる、鉱物・宝石学の講座です。


「大丈夫です! 分からないところは、この私が補足しますから!」

「それは頼もしいね。なら頑張ろう」


 一転、現金なほどの笑顔になる、お姉さま。

 ……お兄さま、歯噛みなさるのはおやめ下さいまし。

 学術貴族のプライドにかけて、妹を頼るなどという真似は、お兄さまにはできないのですから。


(水晶の加熱の話は、まだエレンには内緒だから、今日はコランダムと類似石について勉強するぞ)


 おじいさまの囁きで、ご機嫌に戻るお兄さまも、たいがい現金でした。


「さて、これが昨日の発表で話題になった『鋼玉コランダム』だ」


 化学式:酸化アルミニウム(Al2O3)

 結晶系:六方晶系、もしくは三方晶系

 劈開クリベージ:なし

 硬度:9

 光沢:ガラス光沢

 比重:4.0


「火成岩、変成岩、堆積岩、熱水鉱床など、さまざまな所に産する。宝石質の物を望まないのならば、我がアルビノアでも採れる。南部低地ロウランド北部高地ハイランドの境のすぐ北に、スカルン鉱床があって、そこから不純物の多く混じった『研磨砂利エメリー』として産出する。これは古くから鉱工業分野において……」


 一気に専門用語で畳みかけるあたり、初心者のきわみのような存在が混じっていることへの配慮は、皆無だな、と思う私です。

 しばしポカーンとしていたお姉さまは、くるりと私を振り返しました。


「アリエラ、とりあえず、スカルン鉱床って何だい?」


 一番専門的な用語だけを質問されるあたり、優しさを感じます。

 私はおじいさまに一礼してから、お姉さまの横で図を描き始めました。


「スカルン鉱床は、熱水鉱脈の一種です。アルビノアは火山国で、このように、地下には大量の溶けた岩が潜んでいます」

「ふむふむ」


「その熱を帯びた溶けた岩や、熱された水などは、上の地盤の隙間から、地上へ向けてにじみ出てきます。温泉は、熱された水が出てきた例です」

「ほうほう」


「熱された岩が入ってきた時、上の地盤にあった成分は、その熱で変質します。つまり、お湯につけた卵が茹でられて硬くなってしまうように、性質が変わってしまうのです」

「なるほど」




 私はちょっと席を立ち、標本箱から石灰岩を拝借します。

 アルビノアの東南部にある「白い崖」が示すように、南部低地に石灰岩地層がかなりの範囲に広がっています。


「このような白い石……石灰岩というものですが……これの中に、火山の熱で溶けた岩が侵入し、その周囲の地盤が変質します。すると、有用な鉱物資源が……つまり、役に立つ金属や宝石ができることがあるのです。これをスカルン鉱床というのですよ」


 有名なのは銅鉱山。それから鉄や亜鉛や鉛、錫も出ます。

 宝石は、サファイアやスピネル、ガーネットなど。ラピスラズリもですかね。


「なるほど。この白い岩は、王国南部の土だよね?」


「はい。アルビノア南部は、このような白い岩と、川が削って運んできた山の砂や石が積もり固められた、堆積岩の地層で、多くが構成されています。一方、北部は火山地帯に近く、火山が噴出した石や灰の地層が目立ちます。私たちの暮らす南西部の土地は少し複雑で、遠い遠い昔には海の底にあったものが、大地の力によって盛りあがったものです」


「昔って、いつぐらいの?」


 示準化石などが十分に研究されていないので、何とも答えづらいのですが!

 アルビノアはイギリスではないから、この地域の別名がカンブリアだからといって、カンブリア地域を参考にすることもできません……うーん。


「……何千万年、あるいは、何億年も前かもしれません」

「そんなに昔のことが分かるのかい?」

「それが地質学なのです」

「すごいな……」


 ふふん、と、おじいさまもお兄さまも、得意げな顔です。

 地質も地層も、アルステラ家の標準教養ですからね。


「それで、火山国であるアルビノアでは、コランダムが産するんだね?」


 そのとおり、とおじいさまは頷かれます。


「ただし良質のものは出ないし、エメリーも多くは採れない。これらの鉱山は、全土に散らばった『イグナ=アルステクナ』一門が管理している」

「ああ……あの一門は、兵器の製造業とも、つながりが深いですよね?」

「金属加工技術に特化したのが、あの家系だからな」


 前々から思っていたのですが、アルステクナ一門の軍需企業感って、かなりのもののような気がします。製鉄はもちろんとして、マリナ=アルスヴァリ家と組んで、造船にも手を伸ばしているし。


「ジェラード大叔父上の愛用している剣には、イグナ=アルステクナ管轄の子会社の刻印がありました」

「だろうな。軍に支給されている剣は、すべてあの会社の製品だ。そして特注品の製作も受けている」

「ほうほう」


 やはりお姉さまも、士官学校志望の軍功貴族。宝石よりは武器のようです。


「さて、かように有用なコランダムだが、宝石としてはダイアモンドに次ぐ硬度を持ち、見目の美しいものは、その丈夫さもあって珍重されている」


「アリエラ、硬度って何だい?」


「傷つきやすさの度合いです。最も柔らかいのが滑石タルクで硬度1。そこから石膏ジプサムが硬度2、方解石カルサイトが硬度3、蛍石フローライトが硬度4、燐灰石アパタイトが硬度5、正長石オーソクレースが硬度6、水晶クリスタルが硬度7、黄玉トパーズが硬度8、鋼玉コランダムが硬度9で、金剛石ダイアモンドが硬度10です」


「つまり、コランダムは割れにくい?」


 お姉さまも引っかかりましたね。よくある勘違いです。




「割れにくさの指標は『靭性』といいまして、あくまでも、こすった時に傷がつくかどうか、という目安です。ダイアモンドと鉄の塊をこすり合わせると、鉄の方にひっかき傷が入ります。でも、鉄のハンマーで叩くと、ダイアモンドは割れてしまいます。ガラスは硬いですけれど、よく割れますでしょう? ああいう感じだとご理解下さい」


 現実にはガラスは非晶質で、ダイアモンドが割れるのは劈開が四方向に完全という性質からなのですが、あくまでもイメージ。イメージの話です。


「なるほど。アリエラは実に説明上手だね!」

「ありがとうございます……」


 お兄さまが、殺意のこもった目でお姉さまを睨んでいます。

 もうどうにでもなれ。私はもう知りませんよ。

 だって仕方ないじゃありませんか。お姉さまはお兄さま以上に、地質にも鉱物にも馴染みがないのですよ!


「基本的に、硬度7以上の石でなければ、宝石には向かないとされている」

「教授、それは何故ですか?」


 あ、お姉さま、今度はおじいさまに質問なさった。


「水晶の硬度が7だからだ。水晶……石英は、土の中に最もよく含まれている成分の一つ。つまり、土ぼこりが宝石についた時、その宝石の硬度が7に達していなかったなら、拭き取る時に砂粒とこすれて、傷がついてしまう」

「なるほど、理解しました」

「これがコランダムだ。他の石にこすりつけてみるといい」


 サンプルの原石を受け取って、お姉さまはゴリゴリやってみます。


「おお……本当だ。傷がつく」

「で、これがダイアモンド。やってみなさい」

「あっ。なるほど、これが硬度ですか」


 コランダムとダイアモンドは、モース硬度だと9と10で、一段階しか変わりませんが、現実には桁の違う硬さです。絶対硬度という指標だと400と1600という差があります。

 この世界には、モース硬度という概念しかありませんけれども。

 ただ、他の硬度の基準が整っていないのか、単に「硬度」といいます。


 モース硬度は、本当に原始的な基準であり、より厳密にした「修正モース硬度」なんてものもあるのです。

 また、たとえば同じ硬度5.5……燐灰石アパタイトに傷をつけることは出来るけれど、正長石オーソクレースには逆に傷をつけられてしまう硬度……であっても、その5.5同士が同じ程度の「傷つきやすさ」とは限りません。


 しかし、ここは推定19世紀の文明基準、アルビノア王国です。細かいことは定まっていないし、今のところ、モース硬度で不自由はしていません。

 実際に宝石として使うことになった時の、おおまかな目安でいいのです。


「ダイアモンドは、世界で最も硬い。叩き方によっては砕けるが、傷をつけることはできない。その強さ故に、軍功貴族家の『家系の石』に設定されている」


 ええ、とお姉さまは頷かれました。

 ダイアモンドを「家系の石」とするのは、ブラッドフォード侯爵家を本家とする、カエラフォルカ一門です。ベッラ=カエラフォルカ家も、同じくダイアモンドが「家系の石」。


 ちなみに公爵家でもあった総本家の「マグナ=カエラフォルカ」家は、例の「ウェルスフォルカの悪夢」の時に、全滅しています。

 なお、アルビノアの公爵家というのは、王家の血が混じっている家系でもあります。それはつまり、王位継承権がある血筋、という意味です。


 クローヴィス・ウェルスフォルカ卿は、王位継承権を持つ全ての存在を抹殺するべく、マグナ=カエラフォルカ家を含むいくつもの公爵家の血筋を、根絶やしにしました。

 そういう血なまぐさい過去があるので、軍功貴族は政治的権力を徹底的に制限されているわけですね。





ラピスラズリの鉱床についての解説は、そのうち真面目にやります。

あれこれ条件を考えるに、日本でも出てきてもいいはずの鉱物……であるようですが。


知識チート主人公に英才教育を合体させた結果、初心者にまったく優しくない話も増えてきていたので、エレンお姉さまを使って初歩の解説をつっこんでみようという下心。


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