赤毛の魔女
この小説には、安易に金髪は登場しないし、安易に赤毛も登場しないし、青髪とか紫髪とか緑髪とかいういかにもな外見のキャラは、遺伝学的に説明を思いつかないので、出しません。
お姉さまとお話をしているうちに、まぶたが下りてきて。
活動可能時間の限界を迎え、眠ってしまいました。
「アリエラ……起きたようだね?」
寝起きに見えるのは、目が笑っていないお兄さま。
これは……これはほぼ確実に、エレンお姉さまのことですね?
「ひどいじゃないか。ベッラ=カエラフォルカ家の……エクセター伯爵家の令嬢と、『相棒』の約束を交わしただなんて!」
大当たり! でも、私が悪いわけじゃありませんよ!
「あの、おじいさまが話を通してらっしゃった、とのことで……」
「たしかに、相棒が女性なのは喜ばしいことだ。誰よりも近しい場所で頼る相手になるのだからね。男には任せたくなかったのは確かにそうだ。だけど『お姉さま』とまで呼ぶのはどうなんだい?」
シスコンスイッチを、ポチっとやってしまったようです。
「えっと、だって……エレン様はとっても格好良いですけれども、私のお兄さまは、アランお兄さましかいませんし?」
ぴくっ、とお兄さまの耳が動きます。
「私は格好良い兄ではない、ということかな?」
「とっても素敵な、最高のお兄さまです!」
そっち方向に解釈なさらないで下さい。私は本当に、お兄さまのことは大好きなのですよ! シスコンである部分も含めて!!
「わかった……でも、エレン嬢がお前の『相棒』になることを、私はまだ納得できたわけではないからね。兄としてお話はさせてもらうよ」
10歳のお兄さまと、14歳のお姉さま……うん、誰がどう見ても、微笑ましい子ども同士の「○○ちゃんは私の方が好きだから!」ですね。
ここで「どっちも大好き」としか言えない私は、罪深いのでしょうね。でもそうとしか言えないのです。優柔不断でごめんなさい。
見下ろすと、私はまだドレス姿。おや?
寝オチしたら、即座に頭にピンが刺さる、と思っていたのですが。
「髪飾りだけは抜いておいたよ」
「ありがとうございます」
私が寝かされていたのは、パーティー会場を見下ろせる、バルコニーの寝椅子でした。日はすっかり落ちて、シャンデリアの灯が揺れています。
主役のはずの幼女がいなくても、会議は踊るし、全ては進む。
金髪というのは、本当に、世界でも珍しい髪色ですよねぇ、と、遠目から見てもイケメンなお姉さまを見ながら、ふと思います。
子どもの頃はともかく、大人になっても金色の髪のままの人間というのは、実はかなり珍しいのです。いえ、お姉さまはまだ成長期ですが。
会場にいる人を見ても、金髪の方は他にいません。皆、茶色っぽい髪色。あとはおじいさまのような白髪。
珍しい髪色といえば、ロイド・リテラ=チェンバレン様の、アッシュブロンドも、相当珍しかったですね。
赤毛の私が言えた話ではありませんけれども。
そう、赤毛。それは世界でも非常にまれな髪の色。
鮮やかな赤色というのは、本当に珍しいのです。私の場合は、赤みがかった金髪ですけれども、それでも十二分に珍しい色です。
「お兄さま、非科学的な人々は、『魔女』を、どのような存在だと考えているのでしょうか?」
シスコン発言でうやむやになった話を蒸し返します。
ヨーロッパの言い伝えにいわく「魔女は赤毛」。
赤い髪は、色素の薄さに由来するものです。
赤毛の人間はメラニン生成能力が弱く、皮膚に紫外線があたっても、うまく日焼けして再生するというサイクルが機能しません。
『赤毛のアン』など、少なからぬ赤毛のキャラクターが、そばかすを特徴としているのも、この紫外線への弱さのあらわれです。
そして、紫外線に弱いということは、太陽に弱いということであり、それは呪いを真面目に信じる前近代的な価値観においては、光を嫌う「魔なるもの」の性質である、とも考えられました。
赤毛の人間が珍しいのは、単に遺伝子が劣性であるだけではなく、紫外線その他への抵抗力が弱く、死にやすかったということもあるでしょう。
だから、おじいさまは私の髪を見て驚いたのでしょう。虚弱体質である可能性を、いち早く見抜いて、とれる限りの手を打って下さった。
アルバート様がエリン地域の話をして下さった時、ピクティの系譜に属する、シムスの先住民たちは、同化するか・逃亡するか・死ぬか、のどれかであったと仰っていました。
死んだ理由の中には、おそらく抵抗力の低さもあったはずです。
赤毛はシムス先住民の特徴。そして島国は外来の伝染病に対して脆弱な特徴があり、それはアルビノアにも当てはまったはず。免疫の弱い先住民など、武力侵攻をしなくても、疫病の流行で簡単に全滅させられます。
子どもだと思って伏せられているのでしょうけれど。
けれど、私は気がついてしまいました。
シムス先住民は、逃散したにしても、歴史上の記録から消えるスピードが速すぎます。悪意をもって見れば、大虐殺が行われたと思うほどに。
先住民がこの地域から消えるまで、かかった期間は100年ほど。
大量破壊兵器のない時代に、一気に死に至らしめる方法は、疫病の流行。
中世ヨーロッパの黒死病然り、新大陸のインフルエンザ然り。
その病気が何だったのかは分かりませんが、外来のその病気によって、免疫の弱いシムス先住民は死に絶えた。あるいは、病魔の遠いエリンへ去った。
国王の直轄地であるエリンは、情報はもちろん、人やモノの往来も、極端に制限された地域です。検疫は万全の安全地帯でしょう。
そんな地域の特徴をもった子どもが、何百年かぶりに現れれば、それは驚きもするでしょうし、戸惑いもするでしょう。
科学的なアルビノア学術貴族のお兄さまは、私の赤毛を、遺伝的に珍しいというだけで納得して下さるでしょうけれど。
でも、私はやがて国外でも活動したいと思っています。今日、お姉さまという未来の「相棒」にも出会いました。アルビノア国内で活動する分には問題ないと、ユージーンは言いました。
でもそれは、裏を返せば、国外での活動には支障があるということ。
「教えてください、お兄さま。私は大陸諸国で『魔女』扱いされるおそれがあるのですか? あるのなら、どこが注意すべき点ですか?」
お兄さまは、少し迷うように視線を泳がせ、それから、唇を一度なめて、心を落ち着けようとされているようでした。
「気を悪くせずに、聞いてくれるね?」
「もちろん。お尋ねしたのは、私の方なのですから」
「ゲルマニウスからルシオスにかけては、政情が不安定な地域だ。特にこの地域では『魔女狩り』が頻繁に発生する。理由は、なるほど恐れるのもやむを得ないと思うものから、あまりにもくだらないものまで様々だ」
だから、これといって特徴を上げることは難しい、と仰います。
「とにかく、人々は不安を解消したいと思う時、身近にいる『少し違う』存在を殺せば、問題が解決する、と思い込むのだ」
ウェンディは、世界の地質を堪能するため、地球とそっくりの惑星を妄想したわけですが、負の歴史までここまでそっくり再生されていると、なんだかもう、人類の業というものを感じざるを得ません。
「赤い髪をした人間は珍しいし、お前のように明らかに日光に弱い人間は、格好の標的になるだろう。あの地域では、日光を嫌う闇の存在が、人々に呪いをかけ、若者の生き血をすすると伝えられている」
東欧の吸血鬼伝説ですかね。クドラクとか何とか。
「それに、お前は賢い。賢い女を嫌う男は、特に大陸部に多い」
「お兄さまには褒められている、と認識しても、よろしいので?」
「お前は私の、自慢の妹だとも」
しかし、なるほど。どう足掻いても魔女扱いしかされなさそう、と。
大陸部の鉱山まで遊びに行くのは、かなり危険そうですね。
まぁ、現状、この屋敷からさえ出たことのない私です。
「非科学的な大陸人たちが、どうしたって私を『魔女』と言いたいのならば、それはどうしようもないことなのですね。学術貴族である私が、愚かな振る舞いをすることは、できませんから」
お兄さま、悲しそうな顔をなさらないで下さい。
「お兄さまとおじいさまがいらしたら、私は幸せですよ」
私がそう言うと、お兄さまにぎゅっと抱きしめられました。
お姉さまはできましたけど、私のお兄さまは、お兄さまだけですから。
……お兄さま?
あの、お兄さま……そろそろ、息が。息が!
「……ところでね、アリエラ。あの地域の人間が、赤毛を忌むのには、もう一つ明快な理由がある」
「はい?」
「中期アルビノア王国の『賢女王』オリヴィア陛下は、大陸においては、教会の教えからアルビノアを離反させた『魔女』扱いをされている。で、実は、彼女もお前と同じ、赤みがかった金髪の持ち主だったのだよ」
「……なるほど」
何故かお誕生パーティーの〆は、キャンプファイヤー。
何故とは思うのですが、火はごうごうと燃えているし、皆さま、当然という顔で「色玉」を投げていらっしゃるので、深く考えるのは止めました。
アルバート様とおじいさまが、あの蛍石の実験の日にやっていらしたように、炎色反応で、とりどりの色を添えています。
……青はありませんけれどね。
ヒ素なんかあってたまるものですか!
某魔法学校の主人公の親友、赤毛の彼がそばかすっ子なのは、とても自然。
発現の条件が厳しい上に、日光に弱いこと、それも原因と思われる長年の偏見もあって、今や世界でもレアきわまりない色になっている赤毛。
近年は、魅力的な色だという認識も出ているようですが、アンは赤毛が嫌すぎて黒に染めようとしていたし、やはりブルネット(黒っぽい髪)の方が魅力的、というイメージのようです。
中世(※12世紀ぐらい)ヨーロッパの吟遊詩人の語っている話とかを聞きますと、テンプレのように「太陽のような金色の髪に、空のように青い目」の美女が出てくるので、金髪碧眼フェチというのは中世からの伝統なんやな、と思います。
一方、古代ローマはタキトゥスの『ゲルマニア』と読むと、ゲルマン人がいわゆる「蛮族」だった時代の、金髪碧眼に対する評価が出てきて、非常に面白いです。全然ほめてない。




