カエラフォルカの麗人
逆ハーレムもどきを加速。あくまでも「もどき」であり、モテモテにはならない。
スタンフォード商会の未来の幹部候補生と、キャアキャア盛り上がっていたら、やはりそれなりに人目に付いたようで。
にこにこ笑顔に、まったく笑っていない目を光らせて、お兄さまが。
「アリエラ、あまり一人の方とばかり、お話をするものではないよ?」
シスコンの気配を察知しますが、仰ることはごもっとも。
なので、丁寧に礼をして、ユージーンとの会話を切り上げます。
「彼は、スタンフォード一族なのです」
「知っているよ。ユージーン・スタンフォード……将来は、技術部門を統括する存在になるだろうね」
「ご存じでしたの?」
びっくりしていると、もちろんだとも、とお兄さまは頷かれました。
「お前に危険な者が近づいてはいけないからね。身の上は全員調べてあるし、顔と名前と経歴は、すべて一致させているよ」
警備上の理由とも言えるけれど、素晴らしくシスコン!
いえ、私には、シスコンなぐらいのお兄さまで、ちょうど良いのです。
だって大陸に行ったら、魔女狩りされてしまうんでしょう?
警戒心の強い兄がいるというのは、身の安全を守るためにも重要ですよ!
「……どうした、アリエラ?」
「あの……私が日光に当たれないのを、お兄さまはご存知でしょう?」
「まさか、それを人に言ったのか?」
アッ、やっぱりしゃべってはいけない話だったのですね。
私は冷や汗再び状態になりつつ、コクリと頷きました。
「ユージーンも、よそでは話さないように、と。非科学的な大陸諸国では、『魔女狩り』の標的にされるから、と」
そう伝えると、思い当たる話もあるようで、ああ、と苦い顔をされました。
「もしアルビノアに、そんな無知蒙昧な愚か者がいたら、この兄が排除してやるから、安心しなさい。学校はロンディニウムではなくて、カーディフにするし、お前のためなら寮に入らなくったって良い」
「いえ、それは!」
中等教育学校は、7年も続く人脈づくり。
それを、妹一人のために放棄させるわけにはいきませんよ。だって、お兄さまは800年続く学術貴族、アルステラ家の跡取りなのですよ?!
「そのぐらいのつもりで、私はお前を大切に思っているということだ」
「お兄さま……」
お化粧ついちゃうかもしれませんけど、抱きついたっていいですよね?
ぎゅーっとお兄さまに抱きついたら、優しく背中をとんとんと叩かれました。
お兄さま、大好きですよ!
「よし、挨拶回りに行ってきなさい」
「ありがとうございます!」
元気100倍なのですよ!
スキップしそうに幸せな気分。もうドン引きする顔も警戒する目も怖くない!
……どんと来いとは思いませんけども。
とりあえず、トマトスープ煮込みのショートパスタ、美味しいです。
「リンゴジュースがお好きで?」
主役のはずなのにちょっと遠巻きにされて、ちょっと涙目の私に声。
思わずキラッキラの笑顔で振り返ってしまいました。
「あ、えっと……」
申し訳ありません。お顔と名前が一致していない、不束者です。
しかし、とんでもない美形……お兄さまもファーガス様も、貴公子然としたイケメンですし、ユージーンも平均よりは整った顔でしたが……
……この方とは比較になりません。貴公子というか、騎士様って感じ!
ゆるやかに波打つ金色の髪、青空色の目。
物語の中に出てくる理想の美形が、そのまま現実に出てきたようです。
「ああ、今日はたくさん招待客の方がいらっしゃるからね」
私の戸惑いに気づいて、優しげに微笑みながらフォロー。
イケメン……完璧すぎるほどにイケメンです……!
「私はエレン。エレン・ケリー・ベッラ=カエラフォルカだ」
んっ?
エレンって……えーと、エリニカの伝説的な美女ヘレーネが由来の、女性名ですよ、ね? ケリーって、シムスの女神の名前、ですよ、ね?
と、いうことは……
「女性?」
「性別は女だが、これでも軍功貴族家の一員だ」
「ベッラ=カエラフォルカ家、の」
えーと、ブラッドフォード侯爵、アミカ=カエラフォルカ家の分家で、同じくダイアモンドが家系の石で……あれ、領地と爵位は……
「エクセター伯爵家だ。王国南西部の守りの要……のつもりだよ」
「大変失礼しました」
つまり、このカーマーゼン子爵領も、もちろんのこと、ベッラ=カエラフォルカ家の「守備」範囲内、というわけで……ああ、やってしまった。
「気にしていないよ。あんなレポートを6歳の誕生日に発表させられるぐらいだ。学術貴族家はまだしも、軍功貴族家までは手が回らなかったんだろう?」
いたずらっぽいウィンクは、どこからどう見てもイケメンです。
女性ですが。
「えっと、その……はい、アミカ=カエラフォルカ家の石が、ダイアモンドだというのは存じ上げているのですが……すみません……あと、その、失礼ですが、軍功貴族家では、女性もそのような装いをされるので?」
「ああ、うん。軍功貴族家の娘は、初等教育学校を卒業したら、武人として生きるかどうかを選択するんだ。それで、武人として生きると決めたのなら、男子と同じ教育を施される。で、私は武の道を選んだ」
私は昔から、馬に乗って野山を駆け巡る方が好きだし、ダンスも嫌いじゃないが、剣や弓や銃の方が、性に合ってね。
と、エレン様は、カラカラ笑って仰います。
「それにしても、アルス家系の学術貴族というのは、本当に大変だね。私が6歳の時なんて、毎日のように、同じ年頃の一門の兄弟たちと、戦争ごっこで遊んでいたというのに」
それは軍功貴族としては、実に当たり前の教育のような気もしますが。
むしろアルス家系の教育が、おかしいのだと思いますが。
エレン様は中等教育学校4年生。つまり今年で14歳。
現代地球なら、思春期真っ盛りで、女性としての感覚が芽生えるなど、色々と微妙なお年頃のはずなのですが、びっくりするほどサバサバしておいでです。
これも軍功貴族の家系だからでしょうかね?
「前期課程を修了されたら、どうされるのですか?」
「士官学校に入学するよ。中等教育学校の前期課程は、基本的には就職狙いの実務屋向けだけれど、私たち軍功貴族は、また別枠扱いでね」
陸軍士官学校……うーん、無菌室から出なかったとはいえ、日本生まれ、幼少期は日本育ちだった私には、縁遠いにもほどがあった語の一つですね。
改めて、アルビノアという国に生きているのだなぁ、と感じます。
「教授からのご指名もあったし、あなたは可愛い頑張り屋さんだし、ぐっとやる気が出たね。士官学校に入ったら、男どもを蹴散らして、最優秀のメダルを取ってみせるよ」
「……指名?」
「『二人一組』の相方さ。こんなに早くに指名がかかるのは、アルス家系でも珍しいんだけどね。教授はあなたがよっぽど可愛いらしい。武人の道を選ぶ女子は多くはないから、予約は早めにと思われたんだろう」
と、いうことは、お互いにそれなりに学業なり何なりを修めたら、国外に出ることができる、ということですか。
学術貴族の海外渡航には、必ず相棒の軍功貴族がついていないといけないのが、アルビノアの決まりです。
つまり、私が今後、国外の鉱山などに興味を持っても、相棒がいなければ、国を出る許可がおりません。
そのうえ、珍しい女性の相棒候補を探しておいてくださるなんて……
おじいさま、アリエラは頑張りますよ。頑張って、正式な学術貴族の一員になります!
「えっと、よろしくお願いします、エレン様!」
「エレンでいい……が、もし嫌でないなら、姉と呼んでくれるとうれしいね」
「エレンお姉さま!」
アランお兄さまに、エレンお姉さまって、なんか響きが似ていますね。
私には、優しいお兄さまに、格好良いお姉さままでできたのですね!
「よしよし、国外出張の許可が下りたら、是非とも各地を回ろうじゃないか。それまでに、私は士官学校で表彰されるだけの成績を収めてみせよう。アリエラは何を成し遂げてくれる?」
ウッ。いきなり……いきなりの、ハードル!
私は目を泳がせ、ぐるぐると思考をめぐらして、答えを探しました。
「え、と……新しい石を見つけて、エレンお姉さまの名前をつけます!」
おじいさまと、お兄さまの石を見つけたら、その次はお姉さまで!
「宝石だと、なお嬉しいね。そうしたら、お揃いのジュエリーを注文できる」
さらっと、何という発言をなさるのですか。
世間知らずの女の子は舞い上がっちゃいますよ、お姉さま!
「頑張ります……」
男の娘ならぬ、女の漢。だが、百合の花は咲かない。
エレンの名前がアランと似たのは、偶然の産物であり、わざとではありません。
なんかこう、戦闘的な感じが似合う名前を色々と考えていたら、脳内で「駆逐してやる」っていう声が一瞬響いた。正直、魔が差した。
ちなみに「ベッラ(bella)」は、ラテン語の「bellus(素晴らしい・美しい)」と「bellum(戦争)」が合体事故を起こした、大変なネーミング。




