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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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スタンフォードの王子様

貴族だからエライということはない、アルビノア王国の政治体制。





「アリエラ様」

「はい」


 至極真面目な表情で、ユージーンは私と目線の高さを合わせました。

 やってしまったのでしょうか……やってしまったんでしょうね!


 現代医学知識の基準で思考する私にとっては、太陽光を浴びられないというのは、単なる光線過敏症で済む「疾患」の一つでしかありませんが、中世以来の呪術的価値観から見れば、太陽光を浴びられないというのは「悪魔の手先」「邪悪な存在」扱いされてきたのが歴史。


 ファーガス様の時より、とんでもない墓穴を掘った気がします。

 あの時は現代知識で、知っているのがギリギリありえるレベルの最新の知見を、ぽろっと喋ってしまっただけでしたけれども。

 今回は! わりと言い逃れのできない、現実の体質の話!!


 結論:現代知識より、先進的価値観の方が、命取り。


 密かに背中にダラダラ冷や汗を流しながら、ユージーンの言葉を待ちます。


「日光に当たれないというのは、ここだけの話になさいませ」

「はいぃっ!」


 ですよね! ですよねー!!


「アルビノア王国においてはいざ知らず、科学的進歩の未熟な大陸諸国においては、アリエラ様の体質は、攻撃の対象にされてしまうでしょう」

「ですよね……んっ?!」


 ユージーン、今「アルビノア王国においてはいざ知らず」って、言いました? 言いましたよね?


「アルビノア国内では問題ない、ということ?」

「皆無ではありませんが……少なくとも『魔女狩り』などという、非科学的な蛮行をする国ではありません」


 ということは、大陸諸国の中には、魔女狩りが現役の国がある、と。

 うわぁ。アルビノアに生まれて良かった……


「アルビノアで『魔女』というものは、科学に通じた人間、という意味なのです。そこがまた、大陸教会から非難される所以なのですが」


「卓越した科学知識を持つ人間が、持たない人間に比べて、より多くのことを、よりすばやく理解できるのは当然だわ。非科学的ね!」


「愚かな人間の方が、為政者側としては操作しやすい、ということですよ」


 片目をつぶるユージーンに、少し、意地悪をしたい気分になりました。


「まるで為政者側の人間みたいな口ぶりね?」


 そうつついてみると、ユージーンこそ、ニヤリと口元をつり上げました。


「ええ。アルビノアの政治は、庶民が動かしているのですからね。支配されるだけの大陸諸国の民とは、格が違う『主権者』なのですよ、我々は」


 アッ!


「国民主権の立憲君主制だったわね……」




 大陸の貴族とは、政治的権力も持つ特権階級かもしれません。

 しかし、アルビノアにおいては、学術貴族はただのアドバイザー有識者階級。軍功貴族に至っては、戦時に備えた示威用のお飾り。

 ともに、政治的実権はありません。


「とは言うものの、主権者たる国民だって、一枚岩ではありません。産業の発展した現在、アルビノア庶民には、その中核として経済を牽引する『資本家階級』と、その主導のもとで発展を支える『労働者階級』が成立しています」


 初期資本主義社会ですよね。

 独占禁止法も、労働基準法も、おそらく何も整っていないと推定される時代については、カール=マルクスの社会観も、あながち荒唐無稽ではありません。革命の是非はさておくとして。


「アリエラ嬢。私は未来の主権者である庶民の一人であると同時に、経済を牽引する『資本家階級』の人間なのですよ。端くれであろうとも、これでも私も、スタンフォード一族の者ですから」


 アルビノア宝石商組合において、年間1位の売り上げを誇る、トップ企業。それが、ユージーンの曾祖父が創業した、スタンフォード商会です。


 たしかに、後々どちらが政治を動かすことになるのか、といえば、学術貴族の娘である私よりも、大企業の創業家一員であるユージーンの方が、よほど実権を持ちそうな存在です。

 なるほど、為政者側の自覚は、あって当然というわけですね。


「ええ、そうね。失礼なことを言ってしまって、ごめんなさい」

「いいえ」


 本当に、まったく気を悪くした様子もなく、ユージーンは微笑みました。


「こんなことを言いましたけれど、僕は自分の手を動かす方が、性に合っているのです。スタンフォード一族の人間として、経営側に立つ教育は最低限受けさせられましたけれども、現場で細工をしていたいんです」


 だから、中等教育学校ではなくて、専門学校に行ったんです。


「ウィリアムおじさまには、内緒ですよ?」

「ええ、内緒ですとも」


 うふふ、と互いに笑みを交わします。

 家業は好きだけれども、家の人間の思惑とは違う方向で貢献したい、というのが、ユージーンというわけですね。


 学術貴族は養子を入れられますけど、スタンフォード一族の場合、おそらく身内以外の人間は、入れたくないでしょう。経営に参画するための株式は、財産として相続可能。現に、カークランド商会やクレイトン商会は、創業者一族から実権が離れてしまっています。


 スタンフォード商会は、大手の中では比較的新興の商会であり、他の商会と差をつけるために、創業者一族が団結をまだ保っています。


 そういう事情を推測するなら、ユージーンは、やりたくなくても、そのうちスタンフォード商会の経営に参画させられる、まぁ経済界の王子様の一人、ではあるわけですね。


「ところで、内緒ついでに、見てもらいたいものがあるのだけれど。お手紙のやり取りをしても大丈夫かしら?」

「ええ。教授が許可されるのならば、ですが」

「うう……その点については、頑張るわ。私の描いたデザイン画なのだけど」

「なんですって?!」

「シーッ! 恥ずかしいから、大きな声を出さないで!」




 いくらスタンフォード商会にはデザイン画の持ち込みが出来るといっても、6歳児のラクガキを、お偉方に見せるのは気がひけます。

 その点、修行中のユージーンなら、なんとなく気が楽です。


 というわけで、話を持ち出してみたのですが、予想以上の食いつき。

 さすがに、幼女に詰め寄る自分の図を認識し、こほん、と咳払いをして、彼は一歩下がりました。近かったですものね、顔が。


「デザイン画を描かれるのですか?」


 その道で専門学校に通っている人に言われると、何とも肩身が狭い気が。


「宝石のカット図の描き方を、おじいさまに教わった時に、遊び半分で描いてみた程度のものです。幼児のラクガキでしかないから、他の誰にも恥ずかしくて見せられなかったのだけれど……でも、ユージーンになら、見せても大丈夫かしら、って思って……」


 ぶんぶんぶん、と、彼は首を振りました。


「是非とも! 是非とも拝見させてください!」

「……笑わないでくれます?」

「笑いませんよ。で、良いデザインだと思ったら、作らせていただいても? あ、デザイン料ならお支払いしますから」


 商人としての教育は、すでに行き届いているようです。


「それこそ、おじいさまにご相談しないと、私には何も言えないけれど……でも、本当に良いのかしら?」


「実を言うと、僕は作業自体は得意なんですが、スタンフォードの持ち味である、斬新なデザインというのは、とんと不得手で……専門学校には卒業制作もあるのですが、そのためだけに本社のデザイナーを頼ることもできず、困っていた次第なのです。渡りに船ですよ」


 なんと。大いなる方のめぐり合わせに感謝しなければ。

 デザイン画は妄想できるけれど、形にする能力は皆無の私と、デザイン画を描くのが苦手で、でも形にする能力があるユージーンとは、ぴったりではありませんか。なんという素晴らしい運命でしょう!


「三面図とか真面目に描いていないものもあるから、本当に立体に起こせやしないような、そんなラクガキもありますよ?」


「立体化が難しいのを、立体に起こすのは、僕は平気ですよ。何せスタンフォードのデザイナーには、三面図が苦手な者もいますからね」


「それは、よく入社を許しましたね……」


 三面図も引けないような人間を、デザイナーとして受け入れるとは。


「カークランドは落とされたそうですけど、独創性が素晴らしかったので。それに技術の足りない点は、指導で補えますけれど、発想は才能ですからね」


 たしかに。それに、伝統を重んじるカークランド商会より、斬新さを売りにするスタンフォード商会の気風の方が、そのデザイナーにも合うでしょう。

 お互いに幸せな関係、というやつですね。


「というわけで、アリエラ様のデザイン画、楽しみにお待ちしています」


 期待の笑顔を向けられて、私は脳内で、今までに描いたデザイン画を再生してみます。

 ……ユージーンが好みそうな、結晶や幾何学的デザインのを、いくつか描き足してから、送ることにしましょう。





庶民の投票で政治が動く、立憲君主制国家アルビノア。

ちなみに貴族は貴族院の投票権しかないし、組閣に口出しすることも出来ない。

立法も行政も司法も、庶民のパワーで動きます。これが民主主義だ。

政治は遠いところにあるのではない。明日の物価は今日の投票結果で動くのだ。


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