アルビノア三大宝石商
本日より、ちょいとの間、連続更新が出来そうな気配です。
私の言葉に、バークスの研磨職人は目を見開きました。
「私はこの石について、詳しい調査をしたいの……研磨に失敗した屑は、手に入る? それから、この石の産地はどこだったの? あと……」
矢継ぎ早に質問を重ねる私に、こらこら、とたしなめの声がかかりました。
あっ、お兄さま!
「アリエラ、そういう大切な話は、また後日にね。今日はお前のデビューの日なのだから、たくさんの人に挨拶をしなければ」
で、彼はしばらく、このクライルエンに滞在することに決定。
ロイド様が商会長をしょっ引いてしまったので、ロンディニウムの店の経営も、しばらくは大いに混乱するでしょうし。
手配をするよと、お兄さまは彼を連れて行ってしまいました。
仕方ないので……と言ったら叱られるでしょうが……私は挨拶回りに入ることにしました。
先にお昼寝をしておいた効果か、それとも色々ありすぎた興奮で、交感神経が活性化しているからか、全然眠気が来ません。
「ごきげんよう」
まぁ、この日のために誂えたドレスですし?
この結晶系を意識した、素敵なデザインのネックレスを、見せびらかす機会というのも、きっとそうそうないでしょうし?
愛嬌を振りまいて回るのも、デビューのお仕事でしょうし?
……頑張れ私。頑張るんですよ私!
ギョッとした表情をされる程度でめげていては、この世界はやっていけないのです!
最初に狙った……もとい、お声掛けしたのは、アルビノア宝石商組合の重鎮の方々です。多分、この後、バークスの不始末の始末とかで、非常にお忙しくなるでしょうから、ご挨拶は今日のうちに、と。
「実に興味深い、6歳とは思えない発表でした。さすが教授の孫娘」
「ありがとうございます、フランクリンさん」
イントッシュ・フランクリン氏。
アルビノアで年商第2位の宝石商である、カークランド商会の経営陣幹部で、宝石商組合の代表理事です。名目上の代表者はカークランド家の方なので、事実上フランクリン氏が経営トップなのですが。
ちなみに、アルビノア宝石商組合は、宝石商の同業組織であり、代表理事の仕事といえば、組合会議の議長を務めること。
票が割れた時に最終決定ができる、というのは、小さくはない権限でしょうけれど、熾烈な選挙戦が行われるでもなく、三大商会の幹部で回り持ちをする程度の地位です。
なお、アルビノア三大商会とは、フランクリン氏のカークランド商会、リッケンバッカー氏のクレイトン商会、そしてスタンフォード商会です。
カークランド商会は、宝石の研磨や貴金属加工などの技術で、高い評価を誇ります。クレイトン商会は、自前の鉱山を所有し、一貫した品質管理に定評があります。そしてスタンフォード商会は、新しい流行を切り開いていくデザインの高さが、最大の売りです。
そんなスタンフォード商会は、元々カークランド商会にいた職人が、安い石を使った大胆なデザインの作品を売りたい、とゴネて、経営陣と喧嘩別れして独立してできた会社です。
とはいっても、それは100年以上前の話。
今は、式典用の最高級品はカークランド商会で、日常のおしゃれはスタンフォード商会で、という住み分けが成立しており、両商会の仲も良好です。
現に今、フランクリン氏の隣にいるのは、スタンフォード商会の創業者一族の一人、ウィリアム・スタンフォード氏。品質管理部門のトップ、かつ、次代の最高経営責任者の最有力候補。
「全体的に駆け足ではありましたが、鉱物学的特性、地理的分析、経済学的観点からの問題指摘と、将来性を感じさせるものでした」
「恐縮です。まだまだ未熟ですので、より一層の努力に励みます」
二十代女子大生の中身が、まったく自重しなかったプレゼンでも「さすが」で済まされる。アルス家系の利点ですね。
二十代女子大生にしては、お粗末な発表だった自覚はありますが……
だって、実験が終わってから統計の数値を出して、そこから標準市価計算表を作っていたら、もう論文の本文構成を練る余裕はあんまりなくてですね……
それでもアメシスト焼きに時間を割くあたり、私は実験の民です。
ちなみに、標準市価計算表作りには、お兄さまの驚異的暗算能力が、非常に、非常に、役に立ちました。
お兄さまがいらっしゃらなかったら、私のこの表は、絶対に今日の発表には間に合いませんでしたよ……ええ、確信を持って言えます。
「スタンフォード商会は、たしか、デザイン画の持ち込み相談にも応じて下さる、のでしたよね?」
「ええ。もちろん、石留めの特殊加工などは、カークランドさんには及びませんが、それでもできる限りのことはいたしますよ」
……私のデザイン画を持ち込むとしたら、ここですね。
「この首飾りは、スタンフォードさんの細工ですよね?」
「ええ。こういう奇抜なものは、ウチの得意とするところです」
「結晶学と調和した、とても素敵な作品を、ありがとうございます」
きっとおじいさまが、デザイン画を持ち込まれたのでしょうね。
こういう非正統派のデザインを、カークランド商会が請け負ってくれる気は、あんまりしません。
でも、カークランド商会にも、もちろんお世話になりますからね。
「カークランドさんには、私が一人前の学術貴族になってからのジュエリーを、是非ともお願いいたしますね」
式典に出るときのジュエリーは、やはりカークランド、なのですよ。
きちんと両方の顔を立てたからか、フランクリン氏もご機嫌です。
「ええ、お任せください。きっと立派にご成長されて、多くの業績を積まれることでしょう。その日が来るのが楽しみです」
やはり博士ぐらいまで頑張らないと、学術貴族の称号は保てない様子。
ロイド様が、あのお歳にして業績の提出を投げ出すのも、まぁ致し方なし、という感じですね。
そしてファーガス様が、6歳の時点で、すでに業績を積み上げなければと、必死に焦っていたのも。
各方面に挨拶回りをしながら、情報収集に励みます。
今までご挨拶したのは、リッケンバッカー氏とか、フランクリン氏とか、ウィリアム・スタンフォード氏とか、やけに錚々たる顔ぶれでしたが、あの方々はおじいさまが、バークス商会吊るしあげのために追加されたメンバー。
そもそもは私の顔見せの会だったので、そこまでの大物が揃っていたわけでもないのです。
たとえば、ウィリアム・スタンフォード氏の親戚、ユージーン・スタンフォード君。初等学校を卒業して、ただいま専門学校で訓練中。
「この首飾りは結晶系だけれど、天然の鉱物の造形を参照したデザインも、僕は結構いいと思うんですよ。黄鉄鉱は世界の神秘ですよね!」
「自然に立方体や正十二面体になるのは、本当に最高ですよね!」
ものすごく話が合います。
まるで人工物のような、奇跡的に幾何学的な造形の美しさ。
本体は「愚者の金」の別名を持つ、金のように見えなくもない別物ですが、そういう価値観であの鉱物を見るからいけないのです。
「造形の奇跡を無視して、金銭的価値だけで判断してはいけませんよね!」
「あの表を作ったアリエラ様が、それを仰いますか」
それを言われると、ちょっと言葉に詰まりますが……いえ、だって、バークスのぼったくり具合を判断するには、あの方法がいちばん明快かな、って思ったのですよ……ええ。お金が全てだなんて、思ってはいません。
「あれは不正を分かりやすく解説するためで……私自身は、どの鉱物も愛していますよ! 毒性のないものならね!」
石綿は一刻も早く、アルビノアの建築物の耐火物質リストから外されるべき。あと、除去も進められるべき。
「毒性のある鉱物はお嫌いですか?」
「私に毒が及ばないのなら、観察するのはやぶさかではありません。鶏冠石はヒ素の硫化鉱物ですが、美しい赤だと思っています。胆礬も危険ですが、あんなに美しい鮮やかな青は、そうそうないと思います」
私がそう答えると、なるほど、とユージーンは頷きました。
彼の方が年上ですが、初等学校を出てまだまだ修行中の身で、そして私は年下ですが、貴族。敬称は居心地が悪い、と本人が言いましたので。
「硫化物には、美しい姿に猛毒をあわせ持つものも少なくはありません。綺麗な薔薇には棘がある……というのは、我がアルビノアの力を見せつけるときに使われる形容ですが、しかし、似たような感じでしょうか?」
あぁ、なるほど。アルビノアの国花は、五弁の青薔薇ですものね。現実には存在しませんけれども。
やはり、言語系統の分岐が地球と近しくても、だからといってそっくり同じになるわけではない、ということも、よく分かります。歴史は違うのですものね。
「胆礬のように美しい青の薔薇ができたら、アルビノアの素晴らしさと、侮れない手強さとを、同時に示せることでしょうねぇ」
「それはロサ=アグリス家のお仕事ですよ」
薔薇の品種改良を家業と受け継ぐ、園芸の名門家系ですね。
「ええ。私のお母さまは、アグラ=アルスヴァリ出身なのに、娘の私ときたら、長時間日光に当たることもできないのですもの」
ユージーンは、私のその告白に、ちょっと驚いたような表情でした。
あれ? まずかったでしょうか?
……そういえば、日光に当たることができない、って、古来呪われた人間とかいう扱いだったような……アッ! やってしまった?!
……今回出てきた人名。
フランクリン(Franklyn):自由土地所有者(ゲルマン系)
イントッシュ(Intosh):首領(ケルト系)
カークランド(Kirkland):教会の土地(ゲルマン系)
スタンフォード(Stanford):石の多い浅瀬(ゲルマン系)
ウィリアム(Willian):意志ある兜(ゲルマン系)
ユージーン(Eugene):良い生まれの(ギリシャ系)




