黄玉の家系の「灰色」
長い回り道を経て、ようやくチェンバレン家の人間が登場。
古い貴族の家系においては、本家は「マグナ」とつくものです。アルスメディカ家然り、アルステクナ家然り。そして一応、我がアルステラ家も。
「五つの家系の連合」をとるアルスヴァリ家の場合は、「マグナ」を名乗る家系はありませんが。
しかし、チェンバレン家は、征服王ウィリアム1世に臣従の意を示し、諸侯となった、在来有力者の家系。
彼らは、アルス家系のような「マグナ」ではなく、「文の」と「武の」という名乗りで、家系を区別します。
これは多分、チェンバレン家だけの特徴だと思われます。
「教授から急なお招きがあったと思えば、なるほど。こういう問題が絡むのならば、我が一族の人間は、たしかにうってつけでしょう」
ニヤニヤ笑いながら、ロイド様は、見事なアッシュブロンドの髪を、さらりとかきあげました。なるほど、灰色の……ですか。
「さて、罪人の公表ですね」
「まぁ予想はついていますよ。アリエラ嬢が、ずっと見ておいででしたから」
意図が伝わっていたようで何よりです。
執事により、木箱の覆いが外されて、バークス商会の印が明らかになります。
「まったく。ツワナ植民市の行政官をしていた時にも、チンケな横領をしていたという噂でしたが……今度こそ、喧嘩を売る相手を間違えたようですね」
何故でしょうか。
ロイド様って、ニヤニヤ笑いの方が、まだ穏当な雰囲気なのですね。
微笑みの爽やかさが増していくごとに、威圧感が加速度的に増しているような、物騒さが倍々算されているような……
「我がアルビノアの宝飾品は、フランキアやゲルマニウス、ルシオスなどの王室や皇室にも輸出される、重要な産業製品なのです。その取引に汚点をつける、というのは、国際問題を起こすつもりだ、という意味ですよ」
叫んだわけでもないのに、そのお声は、会場中にすっと通りました。
ばさっと、手書き原稿ではありましたけれど、問題点をまとめた紙束が取り出されました。アルビノアの輸出産業や、それに占める宝飾品の割合、顧客層の分析など、もはや学術貴族というより商人のような分析グラフが見えます。
……いつ用意されたのです、それ?
「アルビノア宝飾業界の皆さま、この場を借りて、改めて名乗らせていただきましょう……私は、ロイド・スティーヴン・リテラ=チェンバレン。ブライトン侯爵家の末席に座する者です」
舞台役者のように大仰な、けれども優雅な身のこなしで、ロイド様は会場を一瞥されました。
「ロイド・チェンバレン?」
「『眠れる鷲』のロイドか!」
「『賢しき道化』ロイド!」
なんだか、褒められているような、でも、けなされているような、微妙な二つ名の数々が暴露されていません?
いえ、ロイド様ご自身には、一向に気にされる様子はありませんが。
「ふふふ……もうしばらく寝ているつもりだったのですが、侯爵様から指名されてしまいまして、ね……今は家長に逆らえる身分ではありませんから、このとおり、道化なりに無い知恵絞って、情報を集めてまいりました」
ばっさばっさと、大量の情報がメモ書きされた紙束を、皆さまの前に振って示されます。
「古来より財務に携わる、リテラ=チェンバレン一族の人間として、今回の発表は大変興味深く、また的確に、我が国の宝飾業界にかかわる問題点を指摘してくれるものであった、と思います。
そして私は、この機に乗じてはからずも炙り出された不届き者に対し、現内閣の財務大臣たるトラヴァーズ閣下より、警告伝令の任を承りました」
サー・ギルバート・トラヴァーズ。
外務省、植民省などを渡り歩き、このところは財務大臣として、王国財政を握る、国家の金庫番。
辣腕政治家と悪名も高く、政治に関われない学術貴族でも、皆知っているような人物です。
宝石商たちが、おじいさまよりも敵に回したくない人物を、バークスはどうやら、敵に回してしまったようです。
「エドウィン・バークス……王国経済裁判所への出頭を命じます。拒否をすれば、身柄を拘束し、公務執行妨害罪を加えて、さらに重罰に処します」
さらさらと、呼び出し対象の名前を書き加え、ロイド様はその出頭命令書を、こともなげにバークスに投げつけました。
「受け取りを拒否すれば、反意ありとして警察権を行使します」
「……横暴だ」
「申し開きは法廷で聞きましょう。私は命令を遂行するだけです。さぁ、その出頭命令書を拾いなさい」
うーん。バークスの反応は、彼のやらかしたことから考えれば、かなり身勝手なものではあるのですが、現状、明らかにロイド様が高圧的なので、お前が言うな、とも言いづらいですね。
「反意ありと見なします。コネリー、執行開始です」
命令書を拾わなかっただけで反意ありと見なすというのは、基本的人権の尊重において、大々的に問題があると思うのですが、そういえばここは、人権が制限された国アルビノアでした。
どこだかの制服を着た、いかにも鍛えていそうな屈強な男性が現れ、エドウィン・バークスを拘束しました。
おそらく「コネリー」であろう彼の耳に、黄色い宝石のピアスがついているのが見えました。ひょっとしたら、彼は軍功貴族である「アルマ=チェンバレン」の人間なのかもしれません。
「離せ……」
「おや? 公務執行妨害罪も追加されたいようですね」
「拘束など、されんでも! 自分で、歩くわ!!」
うーん。何故でしょうね。ロイド様の悪役感がすさまじい。
法を執行しているのは、たしかにロイド様の側のはずなのですが。
「それでは、この行く末に興味がおありの方々は、11月下旬からの王国経済裁判所における審議にご注目を」
にこやかに微笑み、ひらひらと手を振って、ロイド様はコネリーさんと一緒に、バークスをひっつれて、退出していかれました。
私の誕生日会とは思えない、捕り物になってしまった感じ……まぁいいか。
詐欺師を許す気がないのは私も同じですし、面倒な手続きは向こうが片付けてくれるようですし。うん。
とりあえず、残されたバークス商会のスタッフに、私は狙いを定めます。
場所は講堂から移動し、立食形式のパーティーへ。
おじいさまより、改めてご挨拶と、事情説明。
私のレポートを確認して、これは経済分野の専門家がいるだろうと、早急に連絡を取られたそうです。
が、さすがに昨日の今日という急な話で、リテラ=チェンバレン家でも動かされる人材は限られており、若手のロイド様が来られた、ということだそうな。
変な二つ名が聞こえたのですが、どうもロイド様は、学術貴族に残るつもりがない方のようで、研究業績とかを全然提出してらっしゃらない、とのこと。
寝ているだとか道化だとかは、そういうところによるのでしょう。
サー・ギルバート・トラヴァーズの命令書を、昨日の今日で手配できてしまうあたり、どう考えても只者ではないのですが、学術貴族としてのやる気、というものには、著しく欠けているようです。
でも、警察官僚みたいなやる気には、満ち溢れている感じでしたね。きっと能吏とか酷吏とかいうのは、ああいう人のことなのでしょう。
さてと、居心地悪そうにしている参加者は、どこでしょう?
それが私の本日の、大いなるお目当ての人物ですよ。
「あなた、バークスの研磨職人ね?」
「ヒッ!」
なるべく穏当な幼女スマイルを心がけましたが、あんな発表をしたし、あんな捕り物が発生した直後だからか、もう怯えられまくりです。さすがに傷つくってモンですよ?
「申し訳ありません。私どもだって気づいていたんです! 研磨する時の手ごたえとかで全然違うってことに! でも逆らえなくて!!」
あっ、やっぱり研磨職人は理解していたのですね。
しかし「逆らえない」とは、気になりますね。
「どうして逆らえなかったの?」
「実は、あの……身内の借金などを、肩代わりしていただいて……返済のためには一刻も早く利益を上げる必要があるだろう、とか……不正だということは、私どもも理解していたのですけれど……」
うーん、なんとなくからくりが見えてきました。
まぁ、そこらへんは、当局の捜査でつまびらかになることでしょう。
私はそんなことはどうでも良いのです。
「この石を研磨したのは、あなたかしら?」
こっそり持っていた布袋の中から、アレを取り出します。
そう、タンザナイト!
今日のプレゼンで、私はそこそこには評価を得たと思います。ロイド様の言葉が、ただのお世辞でなかったのならば。
しかし、さらに業績を積まねば、アルス家系の一員で在り続けることはできない。私の学問的戦いは、まだ始まったばかりなのです。
次なる業績として、私はこの「新宝石」をターゲットにしています。
「え、ええ、おそらく……その石が、何か?」
「変だと思いながら研磨した石の一つ、よね?」
「は、はい……とてもサファイアに似ているのに、とは思いましたが」
そうですね。多色性といい、近めの比重といい、非破壊検査の場合は、非常に苦労する石の一つでしょう。
絶対的に違う、とあるポイントを把握していなければ、の話ですが。
「すぐに区別できる方法がありますよ。コランダムの複屈折は一軸性だけれど、この石の複屈折は二軸性……カットの稜線が二重に見える方向が、二つあるという特徴があるのですからね」
サファイアとブルー・ゾイサイトの区別は、お師匠が実際やらされた話。
「ケースから出さずに見分けてみろ」という恐ろしいテスト。
複屈折が一軸性か二軸性かだけではなくて、傾けた時に見える「フラッシュ」とかを使って、総合的に判断されたとのことです。
多分アリエラは、そこまでの話は、面倒くさいので省略している。
ロイド様が悪党すぎて、書いているうちに、一周回って楽しくなってしまった。
ちなみに名前の意味は、以下の通り。
・ロイド(Lloyd):「灰色の」。ケルト系。
・スティーヴン(Steven):「王冠」「花冠」。ギリシャ系。
・ギルバート(Gilbert):「輝かしい契約」。ゲルマン(ドイツ)系。
・トラヴァーズ(Travers):「徴税吏」。職業姓の一つ。
・コネリー(Connelly):「猟犬のように勇敢な」。ケルト系。
お察しの通り、コネリーはアルマ=チェンバレン家。軍功貴族。
チェンバレン家の人間は、ファーストネームをケルト系、セカンドネームを大陸系にする、と決めている。設定的に、本当はギリシャ語じゃなくてラテン語の方が良いんでしょうが……ラテン語の人名って、バリエーションに乏しすぎて……