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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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宝石の経済的価値比較





 インドのジャイプールは、宝石の町としてつとに有名です。またタイのチャンタブリも、宝石の町として知られています。

 二つの町の共通点は、少なくとも21世紀の地球では、宝石の「産出」ではなく、宝石の「加工」で名を馳せたところ、です。


 チャンタブリはサファイア産地でありましたが、鉱脈の枯渇にともない、高い加工技術でこそ知られる町になりました。

 ジャイプールは、古い時代からの、宝石職人の町です。


 宝石というのは、誰にでも磨けるものではありません。研磨には、多くの修練と、高い技術が必要です。

 たとえば「石取り(オリエンテーション)」。


 複屈折の鉱物では、減速率が違う二つの光が出てくるため、見る角度によって色が変わります。もっとも顕著なのが我が家の石、アイオライトですね。

 このような石では「より美しく見える角度」が正面になるように、カットをするのが通常です。


 ただ、ここが商売の悲しいところで、たとえばルビーなどを「もっとも美しい赤色」に見える角度を、真っ正面にしてカットすると、非常に多くの部分を削り落とさなければなりません。

 採算性という問題が出てくるのです。


 優秀な研磨職人は、原石の歩留まりと、美しく見える角度との釣り合いを計算して、石取りを行います。

 これにより、「美しくて大きなカット石」を得るのです。


 さて、そういうわけで、研磨はプロフェッショナルの匠の技です。

 バークス商会では、自前の研磨職人を確保しており……

 ……そのとおりです。


 買い付けを行う現地で、遠い産地の異なる石が混入するというのは、この世界の技術水準や、費用対効果から考えて、まずありません。


 そして、研磨職人を自前で雇っているのならば、ジャイプールやチャンタブリのような「加工場所」で、「知らない内に」「うっかり混ぜられる」ことも、起こりえないのです。

 混じったとしたら、それはバークス商会の中でしか、ありえない。


「異なる産地の、異なる石が、同じラベルの箱に分類されるというのは、たとえ故意でないにしても、管理能力を大いに問題視されるべきです」


 そして、異なる産地の石といえば、他にもあるのです。


「お手元の資料に添付しました、2番の表をご覧ください。コランダムと、混入していた他の宝石の、主な産地とを紹介しています。もちろん、おじいさまの著書を参考にしつつ6歳児が書いたもので、ご来場いただいた多くの方々には、すでによくよくご存じのことかとは思いますが」


 宝石流通にかかわる大商会の幹部が集っているのです。リッケンバッカー氏のような、現場経験者さえまじっています。産出地情報については、私よりも皆さんの方が、基本的によくご存じでしょう。


 しかし、私よりもご存じないか、ご存じでも知らぬ顔をしている人が、確実に一人います。エドウィン・バークス、お前ですよ。


「このように実に多様な産地の石が、同じ『コランダム』のラベルを貼られて、一つに集められているという事態については、懸念を禁じえません」




 私は自重しない中身女子大生なので、まだ十分に学んでいるとは言えない、宝石や鉱物の方面からだけで、バークスの吊るしあげを成功させられる、とは思っていません。

 6歳児の成果としては十分、というレベルでは、私の中の合格ラインには到達していないのです。


 お兄さまも推測されたように、エドウィン・バークスは、おそらく「習い性」で不正を行っています。

 もともと彼はユリゼン大陸最南端の植民市で、お雇い政務官をしていました。

 古今東西、植民地官僚のやることといえば、現地住民からの富の収奪です。


「石の価値とは、その石が持つ固有の歴史であると、私は思います。一人として同じ人間がいないように、一つとして同じ石はありません。しかし、石は美しさや頑丈さ、希少さや大きさなどから、経済的価値を見出され、取引される商品でもあります。

 美しさに値段をつけることを、おじいさまは好みませんが、宝石の取引が大きな市場であり、アルビノアに富をもたらす経済活動の一つであるということは、私どもも重々理解していることであります」


 お金がモノサシの人間を吊るしあげるには、そのお金という自分自身のモノサシを使うのが、一番身にしみて理解できることでしょうよ。


「3番の表をご覧ください。ジュエリー・クォリティの1カラットのダイアモンドを基準にし、各宝石の現在の標準市価を簡単に計算する表です」


 元ネタは、日本の某宝飾大手の御大が出版された一覧表。

 アクセサリー・クォリティ、ジュエリー・クォリティ、ジェム・クォリティの三段階で、何カラットならどのぐらいの値段か、が、ダイアモンドとの比較からさっと産出できるすぐれものです。概算ではありますけども。


「サルウィン産コランダム、チャオプラヤー産スピネル、シンハラ産コランダム、タミール産スピネル、パミール産カイヤナイト、フェルガナ産コランダム……私の入手できました限りの資料より、計算いたしました」


 原価なんて見せてくれるわけありませんもの。そうしたら、宝石がいかに原価からかけ離れて高い値段で売っている商品か、が知られてしまいます。


 実際、宝石とはもともと石ころで、地面を掘ったら出てくるものなのです。

 けれど輝く石ころのために、過酷な環境下で採掘作業に従事している人々の生活を考えるならば、高値をつけなければならないものでもあるのです。


 まぁ、それは置いておいて、と。

 この表と照らし合わせると、バークス商会の不当な稼ぎが丸見えです。


「ジュエリー・クォリティの3カラットのパミール産カイヤナイトを、同クォリティのフェルガナ産サファイアと『偽って』販売する場合、価格差は300倍以上になります」


 そのぐらいのサイズとして、あらかじめ目星をつけておいた、本物のサファイアと、そしてカイヤナイトとを、両手にそれぞれ持って示します。


「それは単なる商品管理の不備、ではありません。顧客に対する裏切りです」


 このまま煽り続けていっても良いのですが、一応これはプレゼンなので、バークスをつつく手はいったん緩めます。


「さて、そんな事態を防ぐために、私は産地追跡証明トレーサビリティをまず提案します。もちろん、すべての石に鑑別書をつけることこそが、もっとも正確かつ安全でしょうが、小規模商会にとっては、あまりに負担が重いでしょう」


 鑑別はタダじゃありません。ファーガス様にタダでやらされましたが。

 人件費に、検査に使う機器のメンテナンス費用、その他諸々。


「大きな価値があるだろう石には、発送時から産地証書をつける、というもので、もちろん悪意ある商会が一つでもからめば、まったく効力をなくすものではあるのですが、信頼できるスタッフを揃えた会社にとっては、お客様への説明を補強する、よい材料になるのではないか、と愚考します」




 悪意ある商会、というところで、またバークスがぴくり。

 そろそろ詐欺の摘発になっていることに、さすがに気付いたようで。

 市場価格の計算表を出されたのが、どうやら効果的だった様子。


「本来、すべての石は分け隔てなく、それぞれに美しいと思います。しかし、そこに指標として価格が持ち込まれた時、不幸な事件が起きてしまうのです。つまり石と人との、双方にとって」


 おじいさまが、まさにそれを地で行ってしまっています。

 そう、ご専門の、あの石です。


「おじいさまが研究されたジルコンは、一部の宝石店では『クロード・ダイアモンド』の名称で、あたかもダイアモンドであるかのように販売されています。もちろん、それはダイアモンドとは似て非なるものである、と理解して購入する人には、なんの問題もありません。

 しかし、顧客に故意にダイアモンドである、と勘違いさせることは? その勘違いをあえて訂正することなく、ジルコンの適正価格よりも高いダイアモンドの価格で販売する商人がいるならば? それは、不正と言わざるを得ません」


 バークス以外にも釘を刺しますよ。個人だけを吊っているイベントだなんて、ただの公開処刑ですし。いえ、公開処刑のつもりでもありますけども。


「『勘違いする方が悪い』のでしょうか? いえ、騙す方が悪なのです。違いも分からないのに高いものを買おうとするのが分不相応なのでしょうか? いいえ、誰も生まれつきに、コランダムとスピネルを見分けられるわけではありません。無知につけ込むことこそが悪です」


 だいぶとっ散らかった発表になってしまいましたね……反省。

 まぁ、言いたいことと、出したい情報は出しました。


「より正しい知識を身につけ、本当の石の姿を愛する人々が増えることを、私は、祖父クロード・ケンジー・アルステラとともに、願ってやみません。当該商会の問題に関しては、組合の皆さまに対処していただくこととして、私の発表はこれで終わらせていただきます。拙いものではございましたが、皆さま、ご清聴ありがとうございました」


 一礼をして、降壇。降りた途端に、心臓がバックバク。冷や汗ダッラダラ。そして、困惑気味の拍手がパラパラ。

 アッ、やっぱりダメダメな出来だったのですか……あああ……


 胸を押さえ、今更のように緊張していると、すぐ傍にいたリッケンバッカー氏と、それからその隣の……17歳か18歳ぐらいの男性と、目が合いました。灰色がかった長い金髪……


「実に興味深い発表でしたよ、アリエラ嬢」


 ええっと、えっと、この方は……どなたでしたっけ?

 大勢の人の顔を一気に覚えるのは苦手です。文字情報なら一瞬で記憶できるのですが。

 ほら、前世も今も、人間関係が限られているにもほどがある生活なので。


「アルステラ教授は、宝石の価値を、金銭的に計算されることを好まれない。その孫娘である貴女が、ああいう表をつくられたというのが、本当に興味深い」


 その表についてだけは、あまりいい顔をされなかった現実は認めますよ。でも、産地と流通システムに着目した点については、お褒めいただいたのですが。


「ロイド様、その仰りようは、少々意地が悪いかと」


 リッケンバッカー氏が、恭しい態度でたしなめている……ということは、それなりの身分の……んっ?

 ジャケットの、ラペルピンに、黄色い宝石。


 黄色透明石を家系の石にしているのは、チェンバレン家。おじいさまが軍功貴族をここに呼ぶわけはありません。だから多分、この石は黄水晶シトリンではなく、黄玉トパーズ……ということは、学術貴族であるリテラ=チェンバレン……財務のスペシャリスト家系!

 アッ、だとしたら金勘定の表に注目されるのも、納得です。

 灰金の髪のイケメンは、にっこりと、イケメンな笑みを浮かべられました。


「改めまして。私は、ロイド・リテラ=チェンバレン」





宝石の価格比較表は、諏訪御大の著書を参考に。

文中の値は、カシミール産サファイアと、アイオライトで出したものです。

多分、カイヤナイトはもっと安いので、正確な数値を手に入れたら訂正します。


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