鋼玉と尖晶石と藍晶石
つるし上げ、開始!
その後も次々に現れるお歴々。
こんな小娘のパーティーにご足労いただき……と謙遜しそうになりますが、私自身は小娘でも、招待者はおじいさまです。アルビノア宝石学界の泰斗。宝石商の「敵に回してはいけない」ランキング上位間違いなしの人物。
皆さんは私の6歳を祝ってくれているのではなく、クロード・ケンジー・アルステラを敵に回さないために、来て下さったわけです。
この中で、純粋に私が6歳になったことを祝ってくれているのは、おじいさまとお兄さまだけでしょう。
まぁそれで十分幸せですけれどね!
そして、本日のプレゼンで、私は私自身の価値を、それなりには彼らに示して見せますよ! 外見は6歳になりたてホヤホヤ、中身は20代女子大生の、自重しない研究発表でね!!
ここはアルビノア学術貴族界。
お子さまがお子さまらしく振る舞うことは、別に要求されない実力主義の世界。
年齢不相応に賢いんですよアピールこそが重要な世界。
いきます! 全力全開!! いざ講堂へ!!!
「この度は、我が孫娘、アリエラ・ウェンディ・アルステラの、6歳の誕生日のお披露目会に、はるばるお越しいただき、感謝に堪えない」
おじいさまの開会の挨拶の後の、自己紹介スピーチが、勝負です!
講壇の上に、さらに踏み台を積んで、その上に登ります。そして演台に両手をついて、ぐるり、と会場を一度見回します。うーん、視野が広い。視線が高い。
「皆さま、改めまして、御機嫌よう。アリエラ・ウェンディ・アルステラです。本日11月1日をもって、6歳になりました。カーマーゼン子爵、エドワード・マーヴィン・アルステラの長女です」
ここまでは、皆様ご存知の内容ですよ。さぁ! 次です!!
「私はこの一年余り、祖父の傍らで宝石について学んで参りました。すなわち、我らがアルビノア王国の宝石学界が誇る研究者、クロード・ケンジー・アルステラの指導のもと、皆さまが今後の指標にされるコランダムの分類に携わって参りました」
視線を、バッチリ記憶しておいた、バークス商会の席へ向けます。
「分類作業にあたっては、多くの石をご提供いただき、私からも祖父とともに、厚く御礼を申し上げます」
貴族が庶民に対して下手に出ているのではなく、提供するもの・されるものとしての礼儀であると心得られたし。
そんな丁寧な口ぶりで、今、私の目は笑っていませんけれどね!
「しかしながら、十二分に鑑定の人員を揃えていないのか、コランダムではない石を交えて送ってこられる商会がありましたことを、ここにご報告します」
あっ、心当たりがあったんですね、やっぱり。
バークス商会、商会長の方は「何のことでしょう?」って顔ですけれど、一緒にいるスタッフの顔から、血の気が引きましたよ。
「それでは皆さま、6歳児の手になる、拙い出来のものではございますが、お手元に配布させました発表概要をご覧ください」
アルビノア王国が誇る活版印刷、統計図表入り資料!
明らかに、とある商会の異物混入率が、突出して高くなっています。
「これは……」
「明らかに作為的な混入ですな……」
会場がざわめきはじめ、バークス商会スタッフの顔はもう真っ青。
追撃、行きます! 詐欺師に慈悲など不要!!
「こちらが、当該商会から送られてきた石の一部です。まず公平を期すため、商会の名前は伏せさせていただきます」
実は意外と力持ちな執事が、ごとん、と石を大量に入れた木箱を、端の机に置きます。おじいさまの研究発表の補助を何度もしているそうで、何とも淡々と、実に物慣れた様子です。
木箱には商会の印があるのですが、今は布で隠してあります。
「今回、祖父と私は『コランダム』の基準石を選別するため、皆さまには『コランダム』の提供をお願いいたしました。しかし、コランダムと名乗りながら、異なる石を平然と混ぜて渡してきた商会があります」
背筋を伸ばして、胸を張って、会場を睥睨します。
大勢の聴衆を前にしてのプレゼンは、前世を含めても初体験。
気後れしちゃダメ! 深呼吸して、いざ!!
「アルスメディカ一門の『赤い石』の件については、この業界に籍を置かれる皆さまならば、重々ご承知のことと思います。今よりも宝石の鑑別が難しかった昔には、ルビーとレッド・スピネルの見分けは、困難だったでしょう。
しかし、現在、その区別は一瞬にしてつけられます」
読み上げた番号の石を、偏光器にセットしてもらいます。
「コランダムは、複屈折の鉱物。対してスピネルやガーネットは、単屈折の鉱物です。偏光器で対象を回転させながら観察しますと、複屈折の鉱物は光が明滅するという、非常に明確な特徴が見られます」
私は、バークス商会の現会長……エドウィン・バークスを、真っ直ぐに見つめ、そして口を開きます。
「当該商会の『コランダム』のうち、51%が、コランダムではない鉱物でした。鑑別し、統計を出しましたところ、そのうち32%が、スピネルでした。そして、ガーネットが24%……あわせて56%を占めます」
エドウィン・バークスの目つきが、険しさを増しました。
ふん! こっちにはアルビノア宝石学界の泰斗がついているのですよ!
「光が明滅するか、しないか……それが問題なのではありません。たったこれだけの手間で区別がつけられるものを区別せず、まとめて高価な『コランダム』と表示する……」
ギッ、と、幼女なりに目力を込めて、にらみます。
「販売者としての資質に、疑問を感じます」
もう皆さんは、気づいていることでしょう。
スピネルにコランダムとラベルを貼った「不届き者」は、バークスだと。
「次に、10倍の拡大鏡も、ブルー・コランダム……サファイアの顕著な特徴である『シルク・インクルージョン』を観察するのには有用です。しかし、サファイアではあり得ないものを見つけ出すには、顕微鏡が大いに役立ちます。これにより、シルク・インクルージョンとは異なる内包物の石が、いくつも見つかりました」
執事やお兄さまが、光学顕微鏡の用意を調えてくれます。
大丈夫、お兄さまも、おじいさまも、私の味方。
「まず藍晶石……コランダムではない石のうち、13%を占めました。複屈折ですが、全く別の鉱物です。たとえ、最高級のサファイアにも似た、美しい青色であったとしても」
ざわざわと、会場がどよめきます。
切れ切れに聞こえてくるのは、「カイヤナイトを、本当に?」とか、「アルステラ教授に対して?」とか、「信じられない」とか。
ええ、そうですよね。真っ当な商人なら、そんな混入はしません。
「おじいさまの著書は、アルビノアの宝石商ならば、皆さまお読みになっていることでしょう。コランダムとスピネルは、たしかに長い間、区別をつけられずに扱われてきた歴史があります」
たとえば、現在フランキアとの国境を任されている軍功貴族、ドーヴァー侯爵フォースター家。
かの家の「家門の石」は黒曜石ですが、家宝として受け継がれている「勇士の心臓」と呼ばれる赤い石があります。
フランキア……当時はフランクス王国……との戦争でのフォースター家の当主の奮闘に感銘を受けた、フランキア支配下のとある貴族が贈ったものです。
《 この石があなたの心臓となり、あなたの守りとなりますように 》
長らくルビーだと信じられていた「勇士の心臓」は、実はレッド・スピネルであったことが判明しました。
だからといって、「勇士の心臓」の歴史的価値が失われることは、ありません。
ただ、コランダムとスピネルとは、何故かくも間違えられたのか?
勇将に故意に「ニセモノ」を贈るわけはありません。送り主の貴族は、純粋に勘違いをしていたのでしょう。何故なら……
「何故なら、コランダムとスピネルとは、同じ場所で産するからです」
スピネルは、コランダムの主成分である酸化アルミニウムに、酸化マグネシウムが加わって結晶した、複合化合物です。化学式はMgAl2O4、もしくはMgO・Al2O3で、コランダムのAl2O3に、MgOが加わっただけ。
地球の一大ルビー産地であった、ミャンマーのモゴク鉱山が、同じく有力なスピネルの産地でもあったように、この世界でも、コランダムとスピネルは、同じ産地に、同様の産状で見つかるようです。
だからこそ「同じ所で見つかった、同じように美しい石」として、両者は長らく混同されてきたのです。
もしも、あの箱が「産地」でまとめたものであるならば、あまりにもひどい割合ではありますが、コランダムとスピネルが混在するのは、ありえます。
それでも「コランダム」と一括でラベルを貼ったのは問題ですが。
しかし、カイヤナイトの少なからぬ……13%つまり10分の1を超す……混入は、同じ産地でくくっただけでは、発生しえません。
カイヤナイトの主要産地は、コランダムやスピネルの産地からは遠く離れた、ヒンディア北部の山岳地帯です。
化学式はAl2SiO5の、珪酸塩鉱物。組成からして違います。
比重は3.6あり、サファイアの4.0に、かなり近い値です。
少なくとも、この世界の技術力では、小さな石になればなるほど、正確な測定は困難になるでしょう。
しかし、繰り返しますが、産地が違うのです。
バークス商会は、先代が築いた仕入れのネットワークを、まだ維持しています。優良な宝石商であった先代は、現地での買い付けをおこなっており、現在も商会はこの基本方針を継続している、と。
私が生きていた時代の地球とは異なり、人もモノも、移動するにあたっての経費がおそろしくかさむのが、この世界です。
産地から別の産地へと送って得られる利益は、輸送費に見合いません。
そして重要なのは、バークス商会が買い付けをするのは「原石」であり、研磨は商会の研磨職人が行う、という点です。
「勇士の心臓」の元ネタは、宝石がお好きな人は、きっと誰でもご存じ「黒太子のルビー」。
スペイン王ペドロ1世正義王……あるいはペドロ1世残酷王……から、百年戦争で勇名を馳せたイギリスのエドワード黒太子に送られた、大きな赤い宝石。
長らくルビーだと信じられてきたこの石は、実はスピネルだったと判明したわけですが、現在も「黒太子のルビー」と呼ばれています。
ルビーという名のスピネルだと、みんな知ってるので大丈夫。たぶん。
黒太子という二つ名は、黒い甲冑に由来するのです。フォースター家の黒一色の武装は、これを元ネタにしたものです。
余談ながら、精強で知られる軍には黒い武装をしたものも少なからずあり、中国の「独眼龍」李克用の「鴉軍」などは、もっとも有名な例の一つと言えるでしょう。
中国最初の統一王朝である秦も、五行における水をシンボルとしたため、黒い武装を基本にしていたことが、文字記録の他、兵馬俑に残っている色からも分かります。




