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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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菫青石のネックレス

まだ誕生日会が始まらない……仕方ない……





 勝負の朝です!

 いつもどおり、二回に分けて朝食を食べつつ、入浴。本日は覚醒作用を優先して、針葉樹系の森の香りのお風呂。

 程よくリラックスしつつ、程よく緊張感を保って。


「御髪を整えて、お召し替えですよ」


 食事が終わったら、まずは簡素なドレス姿へ。

 パーティーは昼過ぎから始まるのですが、それまでに諸々の手配について、幼女なりに最終確認に参加するのです。

 ただし、髪型はもうこの時点で整えておきます。


 ひっつめの髪型をし続けると、生え際が後退するというのですが、成長期の発毛促進ホルモンの働きは、牽引性脱毛を打ち消せるだけのエネルギーがあると、信じておきます。

 端的に言うと、きつく縛られたお団子で痛い。

 これ、絶対、解いたら何本も抜けているパターンですよ……


 発表のための講堂、よし。

 学術貴族の別宅であることに加え、おじいさまご自身が教壇に立たれるほどの学者であったことから、この屋敷には講堂があるのです。

 私の療養場所になってからは、久しく使われていない部屋だったようで、掃除はかなりの大仕事だったようですが、今はぴかぴかの教室です。


 大きな窓からは、午後になると必要な量の日光が入ってくるはず。曇りでも反射光を集めればきっとなんとかなる。

 その光を利用して、諸々の装置を使って石を観察するのです。

 そして、バークスの手抜きを、衆目の前でバラす!


 午後に寝ないために、お昼前に前もって昼寝。

 起きたら、あのうんざりするほどの色見本の中から選び出し、この日のために仕立てたドレスを着ます。本日の戦闘服!


 ドロワーズにシュミーズ。子どもなのでコルセットは省略。ペチコート2枚。アンダーシャツ1枚。アンダードレス。そしてオーバードレス。

 地球で19世紀イギリスの女性ファッションと言えば、クリノリンとかバッスルスタイルとかだった気がするのですが、ペチコート2枚だけ。

 まぁ、軍功貴族ならいざ知らず、学術貴族がファッションにお金を掛けるだなんて、それこそ国家行事の時用ぐらいなものですよね。


 どうあがいても幼女なので、大人びた雰囲気をめざすだなんて、無駄なあがきは早々に放棄。ペチコートなどの下着類は、ありふれた生成色です。

 お母さまは、気合いを入れるときは、黒の下着だそうですけどね……ばあやがくれた、一番反応に困った情報の一つです。


 でも私も、アンダードレスは、容赦しませんな雰囲気を演出するため、よくよく見ると、わずかに赤みのさした紺色。限りなく紺に近い濃い青紫。

 その上に羽織るオーバードレスは、ぐっと明度を上げて、明るい青紫。

 レースは薄い赤茶色に染めて、ポイントのリボンは麦藁色。光の加減で、まるで金色にも見える光沢が気に入りました。


 赤みがかった金髪をお団子に巻いて、パールや金、そして「家系の石」であるアイオライトを使ったピンなどで、飾り立てます。

 ……これ、寝オチしたら、ピンが頭に刺さって激痛で起きるパターンですね。


 そして、おじいさまが用意して下さった、子どものための「家系の石」のジュエリー……ペンダントネックレスを、つけます。




 特別の宝石箱から取り出された、私のネックレスは、最高でした。

 一般的な、宝石に美しさだけを求める人の感性には、まったく合わない品であろう、と思います。おじいさまが、あれだけ「気に入らなかったら自分のデザインで作るように」と仰ったのも、なんとなく分かります。


 ですが、私にとっては最高のデザインでした。


「素晴らしいわ……」

「その反応、デザイン画をご覧になった旦那様と、そっくりでございますよ」


 大旦那様、ではなく、旦那様、ということは、お父さま?

 ああ……地質学者のお父さまなら、私と同じ反応をなさったとしても、何も不思議なことはありませんね。アルステラ家として正しい反応です。


 おじいさまが用意して下さったのは、直方体の枠の中に、キューブ状に磨かれた、大きなアイオライトの結晶が固定されたペンダント。


 光にかざし、それぞれの面の色を確認します。

 完璧! 完璧です!

 見る方向によって、全く違う色が出る、アイオライトの多色性を大いに生かした、分かる人間には最高にうれしいデザイン!


 しかも、立体的な枠のおかげで、中のキューブはそれなりに保護されています。尖ったものなどで突かれれば割れるでしょうが、ここをピンポイントで狙うなんて、明らかに害意があっての話。

 モース硬度は7あるし、何より劈開がないのですから、衝撃で規則的にペキペキ割れる心配もありません。


 鼻歌交じりにご機嫌でいると、鏡の向こう側で、ばあやが「あーこれだからアルステラの人間は」みたいな呆れ顔をしていました。

 そうですよ! 私は、アリエラ・ウェンディ・アルステラですからね!


 薬草の方が本業に近いばあやには、私の石バンザイな精神は、いまいち理解できないのかもしれません。

まぁ良いんですけれど! 私には、おじいさまという最強の先輩がいらっしゃいますし、お兄さまだっていらっしゃる!


 金色の鎖が、青紫のドレスに映えて、いい感じです。

 胸の部分に飾りがなかったのは、このためだったのですね。

 ドレスとは、ジュエリーがあって完成するもの。勉強になります。


 よし、本日のお客様たちのドレスも見て、似合うジュエリーの妄想もしましょう。あわよくば、どなたかデザイン買ってくれませんかね……そうしたら、そのお小遣いで実験道具をさらに揃えて……うふふ……

 妄想ゆめが広がりますね!


 にやにやしていると、お化粧が出来ないと注意されました。

 幼女のお化粧なんて、ベニバナ色素を入れた蜜蠟を、唇に塗る程度では?


 石綿アスベストの害に気付いているこの国で、いまだに鉛の白粉なんて使っていたりしないでしょうね? 使っていたら亜鉛に切り替えさせますよ!

 石は好きですが、毒は許さない。身の回りの品には許さない。


「実験のしすぎですね……そばかすが出来かかっていますよ」

「えっ?!」

「寝る前に、美容効果のある薬草を煎じて、お顔に塗りますね」

「ハイ……」


 6歳でそばかすは、さすがにイヤです。一応乙女ですもの。

 寝苦しいほど臭うものでないことを、切に願います。


 ぺたぺたと、謎の白い液体を顔に塗られます。ほんのり薔薇の香り。

 小麦粉で作った、子ども向けの白粉だそうです。

 ……前世と同じ小麦アレルギーだったら、死んでいましたね。




 ノックの音が響いて、パーティー用に支度を整えたお兄さまが、顔を出されます。その背後からは、おじいさまも。


 お兄さまがいかにも貴公子という感じで、格好良いです。でもやっぱりファーガス様の方がイケメンかな、という感想には蓋をします。私はそんなこと考えていませんヨー。

 おじいさまは、さすが教授! という落ち着いた雰囲気の紳士に。


「そろそろ客人方がおいでになる。出迎えに行こう」

「はい!」


 本日の達成課題は、まずアリエラの生存と、学術貴族の一員にふさわしい頭脳の持ち主であることの証明です。

 そのために、バークス商会の不正を吊るし上げにします。


 で、その後の動きですが、バークスの処分は宝石商組合のお歴々に任せます。お裁きは彼ら組合幹部のお仕事ですから。

 体力に余裕があれば、その後も食事会でコネ作りにいそしむ予定。


 後ろ向きな話をすれば、こうやって繋がりを作っておけば、学術貴族らしい業績が挙げられなくても、受け入れてくれる先が増えますからね。

 嫁に欲しがられる場合もあるでしょうし、宝石の鑑定・鑑別のために雇われる可能性もあるでしょう。

 つまり、今日こそまさに勝負の日!


 玄関ホールでスタンバイしてほどなく、がっしりとした体格に、単眼鏡モノクルを掛けた長身の男性が、到着されました。

 なんという、現場監督の気配……


「本日は、お嬢さまのお披露目会へご招待いただき、恐悦至極に存じます」


 おじいさまに向けて、かっちりと礼をします。

 それから、まずはお兄さまに礼を、そして、本日の主役ではありますが、最年少のため立場は最も低い私へ、ご挨拶。


「お初にお目にかかり、まことに光栄に存じます。わたしはニール・リッケンバッカー。アルビノア王国の宝石商組合の理事で、クレイトン商会の取締役です。元はユリゼン大陸の最南部で、鉱山監督官をしておりました」


 クレイトン商会……アルビノアで3番目の利益を上げる大手宝石商!

 取締役が来るのは納得ですよ。クレイトン商会は、創業者一族が株式を保有していますが、経営自体は生え抜きのスタッフがしているそうですから。


 しかし、鉱山監督官とは?


 鉱山スタッフの役職とその関係を、把握しておかなかったのを後悔。

 とか、頭の片隅で自分のウッカリを猛省しつつ、おくびにも出さずに、淑女の微笑みで対応します。そして浅めの角度で礼。握手はしません。


 基本的に、庶民と貴族とならば、接触を伴わない挨拶をします。同じ身分なら接触しない方が失礼ですが。

 ただし軍隊は例外。こういう身分を気にしない独自ルールのある仕事の世界は、「対等雇用イーコール」というそうです。


「ちなみに鉱山労働者は『対等雇用』で、抱擁が挨拶だ」

「ほえっ?!」

「教授、それは現場のみの話です。お嬢さま、お気になさらぬように」


 リッケンバッカー氏は、強面な見た目に反し、聞き取りやすいようにゆっくり話して下さるし、すごく親切な方のようです。


 おじいさまの意地悪……





リッケンバッカーは「濁った川」の意。

坑道の排水はいつだって鉱山の大問題ですが、選鉱には大量の水が不可欠。そのため、鉱山の近辺の川は、砂や砂利の中から原石を探し出す作業で、めちゃめちゃ濁されます。


人気漫画『ゴールデンカムイ』では、ヒロインの叔父が「砂金を採る川は水が濁り魚が息を吸えない」というシーンがある(2巻)のですが、たしかに……と思いました。

継続的に川やその環境からもたらされる生物資源と、掘り尽くしたら終わりの鉱山……『もののけ姫』のタタラ場も神々の怒りを買う存在であり、鉱業の暗黒面を見る思い。


でも鉄がないと、もはや人類は生きていけないですよね。

ハッ、つまり、鉱業とは、文明を手にした人類の宿業なのか……?!


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