アルビノアの食事事情
飯テロ話を書くつもりはないんですが、気づくとメシの描写に力が入っている。
仕方がない。人間、食べなければ生きていけないんですもの。
主人公の母は農業技術家系の出身だし。その設定も多少は生かした方がね! ね!
お兄さまの進学先はさておいて、とりあえず、昼食です。
パスタですよパスタ! どうせ明日のパーティーの材料の実験を兼ねているのでしょうけれど、珍しい美味しいものに文句はありません。
小麦の多くを輸入しているアルビノアでは、パスタは贅沢品なのです。
ブイヨンや香草で味を複雑にしたホワイトソースに、ショートパスタと炒めた玉ねぎにキノコ類。バターをたっぷり使った、実に贅沢な一品。
肉詰めトマト、焼いたナスとカラーピーマン、ベーコンチップもたくさん入ったサラダに、ふわふわ卵のスープ。もちろんデザートはリンゴ!
パスタの喉ごしが、つるっとして……ああ、贅沢な口当たりです。
是非トマトパスタもいただきたいものです……このお昼は、肉詰めトマトがあるので、トマト尽くしにするわけにいかなかったのでしょうが。
ちなみにパスタは、大陸部の伝統食。おふくろの味というやつであり、大陸人の肉体は、パスタで出来ているとさえ言われます。
大陸諸侯軍のアルビノア侵攻が滞ったのは、アルビノアの貧相な土壌では小麦が育たず、パスタが食べられなかったからだ、という逸話まであるほど、彼らの生活には欠かせない食品です。
アルビノアの伝統食は……燕麦ですよ。
現在の国民食はジャガイモですが、燕麦のお粥は、アルビノアの食生活を支えてきたメニューです。それと、ライ麦のパンも。
いずれも、寒冷な気候・痩せた酸性の土壌に強い作物ですね。
私が毎食のように、小麦のパンを美味しくいただけているのは、アルビノアが経済大国になったが故なのです。
小麦の白いパンは、今だって、ライ麦の黒いパンより高価です。
……まぁ、アルビノアの伝統食が燕麦のお粥である背景には、例の300年前の宗教改革の結果、大陸から小麦の供給が激減したこともありますよ。
クライルエンは良い水が湧くので、パスタを茹でるのもわりと簡単に調理できますが、多分、テームズ川ぐらいしか水源がないだろう王都のロンディニウムでは、パスタはもっと贅沢品になるんでしょうね。
近郊には泥炭地があり、流れる川には褐色に染まっているものもありますが、ピート臭くない水源もあるのですよ。行ったことありませんけどね!
本当に、この光線過敏症さえなければ、ゆっくり歩いてでも、クライルエン街中散歩をしたのに……グヌヌ。
あ、でも、もし夏に私がファーガス様と、クライルエン街中散歩をしていたとしたら、お兄さまの嫉妬心が大変なことになっていた、かも?
そういえば、クライルエンの特産品は、さまざまなお酒なのですが、お父さまは一滴も飲めない遺伝子的下戸。
危険を冒して実験した結果、私はアルコール過敏ではありませんでしたが、さて、お兄さまはどうなのでしょう?
一緒にアルコールランプの実験をしておいて、かなり今更な話ではあるのですが。
リンゴを食べたら、食後のお茶です。いつものヒンディアのアッサミカ。
アグラ=アルスヴァリ家の研究成果であろう、砂糖蕪のお砂糖を入れて、ミルクティーにしていただきます。
宗教改革期の混乱を思うに、穀物供給を止められたアルビノアが勝てたのは、アグラ=アルスヴァリの研究成果も、大きく寄与しているのではないでしょうか。なんとなく、そんな気がします。
少なくとも、パスタが食べられなかったので大陸諸侯軍のやる気が出なかった、という話よりは、よほど信憑性があると思います。
で、三人で密談です。
もちろん明日の私のお誕生日会の相談もあるわけですが、何より、アメシスト加熱実験の成果と、今後の研究方針についてです。
とりあえず、今度は細かく産地を区別して、どの産地の石が黄色く変わりやすいのか、とか、どのぐらいの温度で何秒加熱してどう冷却したら変色するのか、とか、細かく条件をつきとめていくことになりました。
あと、他の石も焼いてみることになりました。
アア……この世界における、宝石加熱処理の元凶は、私になるんですね。
しかし、宝石採掘は本当に重労働なので、今まで色が薄いとかでリジェクションされていた石が売れるようになれば、労働者の収入が増えるでしょう。
問題は、業者が、加熱処理をされて脆くなった石と、そうせずとも美しい石とを、きちんと区別して売るかどうか。
明日、吊るしあげにする予定のバークス商会のこともありますし、おじいさまが加熱に関する知識を「極秘」と考えられるのも、大いに納得です。
安い価格で仕入れたアメシストを焼いて、希少なシトリンのふりをして売り捌かれたら、無処理のシトリンを正当な価格で売っている業者が、大変なことになってしまいます。
タイのチャンタブリの火災の後、業者はこっそりサファイアやルビーを焼いては、仕入れ値の100倍ほどの値段で転売していたそうですが。
そんなことは、この世界では、私が許しませんよ!
いえ、もしアルビノアがどこかの国と敵対した時に、加熱宝石を高く売りつけることで向こうのお金をせしめる、という経済攻撃を実施するというのなら、一介の学術貴族でしかない私には、何もできませんが。
惑星の奇跡が、なんだか生臭い話に……
ああ、でもそんな話をした後でも、宝石はやっぱり美しい。
呼吸器疾患を改善し、光線過敏をなんとかしたら、私はいつか、宝石の採掘現場へ行って、掘り出されたばかりの原石を見るんです!
王家が管理するペリドット鉱山とか……もっと鉱山の情報を学ばねば!!
アルビノア国内にも宝石の鉱山はいくつかありますけれど、商業ベースで収益の上がる鉱山って、何がどのくらいあるのやら……こういう時こそ、鉱業系アルステクナ家の資料室の出番ですね。
新元素をお探しのファーガス様なら、すでに情報をお持ちかもしれません。次のお手紙で、訊いてみましょう。
お話をしているうちに、瞼が下がってきました。
幼女の肉体は、覚醒活動時間の限界を迎えたようです。
というわけで、私は一人、お先にお昼寝へ。
お昼寝から覚めたら、夕暮れの中、ばあやに案内されて、博物室へ。
明かりを灯し、おじいさまが講義の真っ最中でした。
ああっ、お兄さまだけずるい!
「お前にはすでに教えた内容だが……」
おじいさまのお言葉に、お兄さまのノート内容を確認すると、たしかに、この一年の英才教育で、詰め込まれた内容でした。
そう、基本中の基本の鉱物、水晶です。
「我々がこれから極秘に研究するのは、紫水晶の加熱だ。だが、お前と違って、アランには鉱物・宝石学の教育を十分に施していない。そこで、大急ぎで基礎から教えることにしたのだ」
結晶系や硬度、屈折などの諸性質の他、水晶が生成する条件や、産出の状況、国内外の主な産地など、基礎情報がみっしり。
私が一年かけて仕込まれた内容を、カーマーゼンに帰るまでに……
……元凶が言うセリフではありませんが、お疲れ様です。
夕食前に、ランタンを下げて、少しだけお庭を散歩します。
お母さまの助言を受けつつ、主治医のアルバート様が設計して下さった、私の体に優しいお庭。
食卓に上る野菜の一部は、この庭でも育てられているそうです。
もうすぐ冬なので、常緑樹以外の木々は、もうすっかり色を変えて、かなり葉も落ちているのですが、それでも楽しいものです。
「この区画は?」
「薬草畑だな。うちで使う薬草のいくつかは、ここで育てる。もちろん、ラヴェンダーのように大量に使うものは、他から買っているが」
おじいさまの説明に、ばあやが、アルバート様の領地であるスノードン伯爵領の特産品はラヴェンダーだ、と言っていたことを思い出します。
我が家で使うラヴェンダーは、スノードン産なのでしょう、きっと。
お兄さまは、植わっている植物のあちこちを観察し、これは何、あれは何、とおじいさまに確認しておいででした。
名前を挙げられたものは、結構当たっていたのですが、どうやらカーマーゼンの初等学校に、ハルバ=アルスメディカ家の関係者がいるようです。
さすが、アルスメディカ一門。アルビノア学術貴族社会の大派閥ですね。
幼女にとっては広大すぎる庭の一部を散策し終えたところで、空腹が限界を迎えます。くぅくぅ鳴るお腹を押さえながら、屋敷に戻りました。
皆で手を洗って、食事です。
なお、近代ヨーロッパで手洗いを奨励したのは、ハンガリー出身の医師、ゼンメルヴェイス・イグナーツ。
彼は死体の臭いが毒を運ぶと考え、塩素水によって手についた死体の臭いを消すことで、それを消しされると主張して、結果として消毒の基礎を作りました。なかなか受け入れられなかったのですけどね。
アルビノアでは、10年ほど前から手洗いが奨励されているそうです。
ゼンメルヴェイス的な人物が、アルビノアに現れたのか、大陸に現れたのかは知りませんが、良い習慣が広まっているものですね。
なお、塩素水で消毒すると、非常に肌が荒れるので、ローズマリーと一緒に蒸留した水を使っています。殺菌作用があるのです。ローズマリーは、伝説の化粧水「ハンガリアンウォーター」にも使われた、由緒ある薬草。抗酸化作用でも有名です。うふふ。
夕食は、多分、明日の料理の試作を兼ねているんだろうなぁ、と思われる、普段なかなかお目にかかれない、肉のカツがメインディッシュでした。
さっぱりしたトマトと香草のソースが、大変美味しゅうございました。
パスタといえばWW2のイタリア軍のジョーク。あれはジョークですが。
そんな大陸教会本部は、地球で言うところのイタリアっぽいところ……ではなく、エリニカ(地球で言うところのギリシャ)にあります。
イタリアっぽい「ラティーナ地域」にも、教会領はありますけどもね。
厳密に言うと、エリニカ系住民が多数居住する、もと植民市が母体になって発展した地域、という設定。古代ギリシャでいうところの、イオニア植民市みたいなものだと思ってください。
そして、コンスタンティノポリス的な町を想像してくださったら、まぁ、だいたいそんな感じです。イスタンブルではなく、コンスタンティノポリスですよ。




