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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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アメシスト加熱実験

久々に章タイトルに、宝石の名前が戻ってきた感じです。

紫水晶は、宝石の勉強会で実際に焼いてみました。

ガスバーナーで焼くと無色になります……多分、温度が高すぎるんや……





 印刷屋に原稿1部を渡し、もう1部は念のために手元に保管。

 本日の夕方には、活字で刷り上がった私のレポートが、誕生会の招待者といくらかの余分の枚数、届けられるという寸法です。

 10月31日。5歳最後の日です。


 いつものごとく、朝食を半分食べて、お風呂に入り、後半戦の朝食をいただきます。今日は、お兄さまと一緒。

 ゆったりとしたガウン姿が様になる貴公子です。まだ10歳ですが。

 ……6歳にしてあのイケメンオーラを出しまくりだったファーガス様は、本当に、とんでもない逸材かもしれません。


 野菜たっぷりのサラダにドレッシング。玉ねぎのコンソメスープに、焼いたパン。香草と一緒に蒸し焼きにした鶏肉に、スクランブルエッグ。オレンジにリンゴ。ヨーグルト。ジャムと蜂蜜が添えてあります。


 さすが、成長期のお兄さまの食べる量は、私の倍以上です。

 バターをたっぷり塗ったトーストも良いですが、まだ歯が丈夫じゃないのを良いことに、私はオニオングラタンスープもどきを楽しんでいます。硬く焼かれたパンの耳の部分が、スープに浸してふやけると、たいそう美味しくて……

 気づくと、お兄さまも真似をしておられました。


「美味しいねぇ、この食べ方」

「しかも、未発達なあごにも優しいのですよ」

「お年を召した方々にも良いだろうね」


 なるほど、介護食ですか。そういえば、離乳食と介護食って、柔らかめに調理する必要があるという点では、近しいかもしれません。


 食後は、実験に邪魔にならないよう、簡素なドレスと、お団子頭に。

 今日はちょっとだけお洒落なお団子ですよ。寝オチ前提の締め切りと闘う実験ではなく、遊びの実験ですからね。

 普通のお団子を、三つ編みでくるっと巻いてもらいました。


 この数日で、すっかり我々の実験室と化した、お客さま用のティールームに足を運びます。


「お兄さま~……えっ?」

「おはよう、アリエラ」

「あー……おじいさまも、実験に参加されたい、と仰ってね」


 アルビノア宝石学の権威の前で、宝石の加熱処理実験をするの、私?

 うわぁお、遠回しな自殺のような気がしてきましたよ……


「屑石のアメシストを持って来たぞ」


 孫娘の心中は関係なく、おじいさまは、たっぷりアメシストを詰め込んだ麻袋を、どすんと机に置かれました。


「おお……リジェクションされたものもあるのですね」


 中身をばらばら分けながら、お兄さまが仰いました。

 カットは施されているけれど、欠けたり割れたり、パビリオンが浅すぎたりして、正規品には使えないものが混じっています。

 ファーガス様に、簡易識別を頼まれた時のことを思い出しますね。


 パビリオンが浅いものは、インド式のクンダン技法で使えるかもしれません。あれ、平たくカットした石を使いますから。

 この世界のヒンディアに、そういう技法があるかは存じませんよ。




 選別した紫水晶の粒を、並べた耐熱皿に分けていきます。

 白い皿と、紫色の小石の粒の、色の対比が鮮やかです。


 ……ごめんね、これから君たちは無色になっちゃうかもしれない。


 元の色が近い石で、加熱しないサンプルも用意します。加熱後の色比較をするためです。

 宝石は貴重品。

 屑石だろうと、故意に焼こうとする変人は、ここでは私が史上初でしょう。


 ちなみに地球における宝石の加熱処理は、大流通拠点であったタイのチャンタブリでの、大規模な火災が始まりです。

 その火事で焼け残った石を見ると、透明度が上がったり、色が変わったり、良くなったりしていたのです。

 そこから、価値の低い屑石を加熱して、より綺麗に見せるという、加熱処理が発達していきました。特にコランダム……サファイアで。


 コランダムの加熱処理は、1600~1700℃という高温が必要ですが、アメシストの加熱は、もっともっと低い400℃くらいで、変化が見られるそうです。

 アルコールランプの火力で十分ですね。


 とは言っても、炎の温度を測定する方法が分かりませんが……

 まぁいいや。そんな厳密な実験でもないですし。


 アルコールランプに点火。

 マッチですか? いいえ、火鉢的なものは、そろそろ必要な季節でして。そこでくすぶっているコークスから火種を取りました。


 地球における摩擦マッチの考案は、1827年。イギリスの化学者ジョン・ウォーカーが発明しました。ただ、火つけが悪かったため、1830年にフランスの化学者シャルル・ソーリアが、発火しやすい白リンを用いた、黄燐マッチを考案します。

 でも白リンには、強い毒性がありましてね!


 欧米各国では1906年には、ベルンでマッチへの黄燐使用禁止に関する国際条約が批准されましたが、日本は同条約を批准せず、1921年にようやく禁止。

 つまり、今私が出会うマッチは、結構な確率で黄燐の可能性……

 赤燐マッチにしましょう? 安全性って大事ですよ??


 あ、白リンなのに「黄」と言われるのは、不純物が混じって黄色っぽく見えるからです。基本は白リンで、化学特性はほぼ一緒。

 赤リンは、白リンと紫リンの混合物ですが、主体は紫リンです。発火点60℃の白リンに対し、赤リンは250℃。安全!

 60℃なんて、迂闊に日向に置いておいたら、自然発火しちゃいますよね。


 さーて、アルコールランプの炎の色を、きちんと青色に調整したら、三脚を置いて、耐熱金網を置いて……もちろん、真ん中に石綿なんてものが塗られたものではありませんよ……で、お皿を載せます。

 急激に加熱すると、石が弾け飛ぶ恐れがあるので、距離は取ります。

 が、距離を置いていても見えますね。


「おお……色が、消えた!」


 あー、無色になっちゃいましたか。

 うまいこと加熱すると、黄色に変化するというのですが……

 チェンジ!


 長い棒でランプを押して、三脚の下から出します。

 別の三脚と耐熱皿をセットしたら、今度は三脚とランプを棒で押して、実験のセットをします。


「加熱すると、色が消えてしまうのですね……」

「とすると、紫色の起源は何だろうな?」


 私は、色が消えるたびに、失敗かとせっせと取り換えてしました。

 なので、気づかなかったのですよ。

 一部が成功していることに。




「……アリエラ!」


 お兄さまの興奮した声で、我に返ります。

 無心に石を焼いては冷まし、また焼いては冷ましていたところでした。


「黄色が出た……」


 これです! これこそまさに、私が求めていた変化!

 いくつかの紫水晶が、薄い黄色や、濃い黄色や、なかには茶に近い濃い黄色にまで、変色していました。

 火から取り出した時点では、全て無色だったはず……ということは、冷ますという過程が、変色には重要ということ?


「天然で、こんなに濃い黄色は珍しいぞ……それが、こんなに簡単に……」

「いえ、狙って出せたものではありませんので……」


 おじいさまの声が興奮していらっしゃる……あああ……

 焼きアメシストは、硬度はもちろん7ですけれど、他の加熱処理宝石と同様、脆くなっているんですよ! だから質は落ちているんですよ!!


「アリエラ、これは極秘研究事項だぞ」

「えっ?」


 私、国家機密に触れてしまったのですか?!

 お兄さまも、驚いた顔で、おじいさまを注視していらっしゃいます。


「これは我がアルビノアで、独占すべき知識と技術になる……この知識は、この場にいる三人の、共通の秘密にするぞ」


 アッ。加熱処理宝石の流通の起点に、アルビノアがなってしまうと。

 なんということでしょう……

 大自然の神秘が宝石の魅力だと思うのですが、人為的処理が……その、諸悪の根源が、私になってしまうのですか……あああ……


 複雑な気持ちでいる私とは対照的に、お兄さまの目は輝いています。

 ええ、10歳にして国家の極秘研究事項に関与したのですし。


「おじいさまと、そして妹とだけの秘密……妹との!」


 そっちでしたか……

 ファーガス様とは、おじいさまの研究室の恒例行事の実験を、一緒にやっただけですけれど、お兄さまとは国家機密。

 格の違う秘密を共有したというので、特別感たっぷりなのでしょう。


 ……ファーガス様のレッド・ダイアモンドのことは、お兄さまには絶対に明かせませんね。

 いえ、今となっては、もっと大きな秘密を共有しているという事実がもたらす優越感で、多少は見逃されるかもしれませんが。


「しかし、私がカーマーゼンに帰ったら、どうなるのです?」

「わしとアリエラとで実験を進めるさ」

「仲間外れにしないで下さい!」


 でもたしかに、三人の秘密なのに、お兄さまを置いてきぼりに研究を進めるのは、たしかに少し気が咎めるような……


「どうです? 私の進学する中等教育学校を、ロンディニウムから、カーディフにすれば、より気軽に来られますよ」

「人脈づくりにはロンディニウムの方が適していると思うが……」


 アッ! 遊びの実験が、とんでもない事態に!!





クンダン技法は、平たくカットした石の裏を、金属の板で覆ってセットする技法。スワロの「ラインストーン」のように、裏側にあてた金属に光が反射し、きらきら光ります。


黄燐マッチは、別名を「パチマッチ」ともいい、その毒性で相当な被害を出したっていうか……なんでも、マッチ工場で働いていた人を火葬にしたところ、ほとんど骨が残らず、残った骨も火箸でつまんだ途端割れてしまったとか、恐い話を読んだことがあります。


カーディフはシムス地域の最大都市の設定。地球のウェールズでは首都です。

シムスの都市の規模は、1位がカーディフ、2位がスウォンジー、3位がニューポート、4位がグロスター、5位がスノーデン、というところまで設定してある。


スノーデンだけシムス北部。残りは全て南部です。そしてグロスター以外は港湾都市。グロスターは内陸の交通の要衝です。カーマーゼンも港湾都市。10位か9位かな。

カーディフは近郊の住民を含めても、10万人に足りないぐらい。ロンディニウムの人口は、近郊の住民を含めると50万人ぐらい。


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