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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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インクルージョン観察

続きは書けていないですが、書けた分だけ投下していく。

インクルージョンは10倍ルーペでも追いつかず、顕微鏡のお世話になること多々。

いつかパラスティックペリドットを、顕微鏡で観察したいものです……


先だってから、水晶のインクルージョンにハマッて、コレクションの増強を試みておりますが、なるほど、沼だなと思う次第です。

ハマったら際限がないですわアレ……だって水晶って、どこにでもある鉱物なんですもの……だいたいの鉱物は内包しているんですもの……






 内包物インクルージョン

 それは鉱物の来歴が秘められた、星からのメッセージ。


 ……何やら神秘的なことを言いましたが、そして私は「大いなる方」の存在を信じ、日々祈りを欠かさない者ではありますが、石から何かが出ているとしたら、それは神秘的パワーではなく、ただの放射線だと思います。

 科学を超えた神秘を信じるのではありません。科学の結果に神秘を感じるのが、アルビノア国教会です。


「わははははは。これはひどいね」

「おおお! 拡大するとひどさが際立ちますね!」


 アラン&アリエラのアルステラ兄妹は、現在、顕微鏡で、宝石の内包物インクルージョンを確認中です!


 宝石学の泰斗たるおじいさまの屋敷には、顕微鏡だって複数台あるのです。

 というわけで、ありったけの顕微鏡を窓辺に並べ、お兄さまが順番にレンズなどのセッティングをし、私がそれを覗き込んでは記録を取り……という、兄妹の共同作業に励んでおります。これは私が描かないとダメでしょう。


 下から照らす光源が、心許ないこの時代、鏡の反射光はとても大事。

 日照時間がますます短くなる中、多少の曇りでも、なんとなく明るかったらいいや! 精神で邁進しております。


藍晶石カイヤナイトですよね、どう見ても」

「バークスの阿呆は、これをサファイアの『シルク・インクルージョン』と言い張るつもりだったのかい?」


 カイヤナイトには、白っぽい線状の傷が入っていることが多々あります。

 サファイアには、絹糸のような白っぽい光沢のある「シルク・インクルージョン」が見られることが、わりとあります。ちなみに鉱物学的には金紅石ルチルです。水晶に入っていることもある金色の針と、鉱物学的には同じです。

 知っていれば見間違うことはありませんけれどもね……


「宝石を見慣れている人間なら、絶対に騙されませんけれど、初心者は掴まされるかもしれませんね……」

「おじいさまを初心者扱いとは、いい度胸を通り越してあわれになるね」

「おそらく、大急ぎで送った結果だと思うのですが」


 第一人者にこんなに「偽物」を送りつけて、よくも平然としていられるなぁ、と思ったのですが、バークス商会のことを調べると、多少は納得できました。

 経営手腕が取り柄という現在の主が、商会の代表を継いだのは、去年の10月のことだそうで、それまでは宝石業界には関わっていなかったとのこと。

 つまり、ドシロウトなのです。


 おそらく、先代の優良品が店の信用を支えていたのでしょう。宝石は生きていくのには不必要なものですので、そうそう在庫が入れ替わり立ち替わりするものではありません。

 が、おじいさまは、裸石ルースを寄こせと指示されました。

 すでに商品の形になっているものは出せません。そこで、素人が適当な管理をする、より新しい在庫が、こっちに出てきてしまったのでしょう。


「この業界で、おじいさまを敵に回すということの恐ろしさを、微塵も理解していないことは、よくよく分かりますよ」


 アルビノア宝石学の権威、先代カーマーゼン子爵、クロード・ケンジー・アルステラ。

 現在のアルビノア王国の鉱物・宝石学に関わる者で、その著書を一冊も持っていない人間なんて、まずいないでしょう。

 でも、宝石を商う人間には、少なくとも一人いたようです。




「バークス商会の『偽物』混入率は、他の商会を圧倒して多かったですし」

「何パーセントだい?」

「バークス商会を除いた平均が、だいたい2%から3%というところです。バークス商会単独だと、その比率は50%に迫ります」


 あんまりにもあんまりな数値に、お兄さまは大笑いです。


「これはまた、何とも見事な悪徳商人もいたものだね」

「具体的に計算してみると、いかに制裁を科さねばならないかが、よくよく理解できました……体感でも妙だとは思っていましたけれども」


 明らかに、バークス商会だけ変な石が多かったので。

 なお、カラーチェンジ・ストーンを優先して送ってくれた商会の中には、アレキサンドライトが混じっているものがありました。


 アレキサンドライトは、金緑石クリソベリルの変種です。

 モース硬度が8.5あり、硬度8のトパーズには傷がつけられます。

 また比重も3.8ほどあって、コランダムの4.0にかなり近く、小さな石だと、現在の技術では精密な計測が難しいのでしょう。

 何せ、宝石はできれば、非破壊検査をしたいものですから。


 そういう商会は、悪気はなかったんだろうなぁ、と思います。

 色変わりの石の基準石を探している、というので、可能性が少しでもある石は全部回してくれた、と思うことにしました。


 地球では、1830年にロシアのウラル山脈のエメラルド鉱山で見つかり、時の皇太子アレクサンドルの名前にちなんで「アレキサンドライト」と命名された、という、このカラーチェンジ宝石。

 こちらの世界でも、ルシオス帝国で、20年ほど前に発見されています。宝石名は同じくアレキサンドライトですが、こちらは皇帝のアレクサンドル1世にちなんだ命名とのこと。


 なお、アレクサンドル1世陛下は現在病床にあり、政治は皇太子であるニコライ殿下が、摂政として取り仕切っていらっしゃるそうです。

 以上、ルシオス帝国の近況。


 ルシオス皇室とアルビノア王室は、ゲルマニウスの王家や貴族家を間に挟んで、遠縁程度の関係にはあります。ええ、遠縁です。

 大陸教会と縁深いルシオス皇室の男子が、大陸教会に喧嘩を売りまくっているアルビノア王家の女子を、妻に迎え入れるわけは、まずない。

 ルシオス帝国総主教の目が怖いでしょうからね。


 大陸教会は、国家単位で教会を組織させ、各国総主教に、国王に匹敵する権威を持たせています。

 アルビノア王室が鬱陶しがったのが、この「権力の監視役」と称する、教会勢力の存在だそうな。

 どこも同じでしょうに、大陸諸国が教会を無視できないのは何故かしら、と思ったのですが、そこにはアルビノアの地理的条件が関わっていました。


 大陸教会は、反抗的な勢力や「異端」に対し、信徒の連合軍を差し向けます。地球でいう十字軍ですね。この連合軍は、報酬の一つとして、遠征先での略奪権を得られるのですが……もうおわかりですね。


 我がアルビノアは、火山灰地質で土壌が貧困。大陸教会から離反した300年前の時点では、じゃがいも栽培もろくに根付いておらず、略奪権をもらったところで、そもそも略奪するものがない、という不良物件だったのです。


 やる気が出ない連合軍。必死で追い返すアルビノア軍。

 そこへきて、ヘラン島の火山大噴火です。

 略奪するものもないのに、自分の領地に火山灰が降って飢饉になったら、もう軍事行動している場合じゃありませんよね。

 で、アルビノア国教会は、堂々と非主流派宣言をしたわけです。




「このスピネルやガーネットや、カイヤナイトやアメシスト、その他のたくさんの宝石たちには、それぞれ、その宝石としての素敵な美しさがあるのですよ。それをコランダムと偽って売るなんて、誰も幸せになりません。お金と信用を天秤にかけるだなんて、愚か者のすることですよ、まったく!」

「それが拝金主義者というものさ……ところで、彼の前職は?」


 私は、現バークス商会の主のプロフィールを、脳内でめくりました。


「……ユリゼン大陸の植民都市で、お雇い政務官」

「国家に対する背信行為を行っていた可能性があるね……まぁ、所詮私たちは『学術貴族』で、情報を政治家にリークするぐらいしかできないけれど」

「吊るしあげのついでに、どこかに流せますか?」


 私の質問に、ふふ、と笑いながら、お兄さまはツィーザーに石を固定しつつ、答えて下さいました。


「お前の誕生日会に出席する宝石商の中には、海外領土省の関係者の家に出入りする者もいるよ。そこから、バークスの不正は流れるだろう」


 そう。地球でイメージするところの「普通の社交」というものは、アルビノアでは軍功貴族と、庶民院議員の政治家たちがするもの。

 なので、貴族としての儀礼用にしかジュエリーを必要としない学術貴族より、圧倒的に、軍功貴族や上流庶民相手の商売の方が多いのです。


 学術貴族の「社交」は、研究会・勉強会・シンポジウムですものね。

 公開実験で薬品に触れるときに、どんなジュエリーが必要だというのか。

 まぁ、家門の石がある家系の人間は、身分証を兼ねて、襟に小さなピンやブローチはつけますけれどね。

 私には、まだ「社交用」のブローチはありませんので、来る誕生会では、おじいさまが誂えてくださった、アイオライトの首飾りをつけます。


 再び、顕微鏡に向き直ります。


「うわぁお……シルクっぽい光沢に見えましたけど……」

「そのオレンジの石、コランダムなのかい?」

「いえ、ガーネットだと思います。おそらく、満礬石榴石スペサタイトかと。アルビノア近隣の産地としては、ゲルマニウスが挙げられますけれど、こういうインクルージョンは、ゲルマニウスの石では見たことがありませんね」


 伝説の シルキーマンダリンガーネット でしょうかね。

 とはいえ、この石は光沢がシルクっぽいのであって、中にシルクっぽいインクルージョンが入っているわけではありませんでね。

 そして、そもそもコランダムじゃないという話です。


「お兄さまも、どうぞ……細かいバブル状インクルージョンですよ」

「おおお……なるほど、これはまったくの別物だね」

「こちらは、アルマンディンとパイロープが、ほどよく混ざった固溶体で、ロードライトとよばれるタイプのガーネットです」

「ほほう。針状のインクルージョンだね……こっちは、アメシスト?」

「はい。アメシストは、単結晶タイプのクォーツ系宝石の中では、分かっている範囲で唯一の、双晶構造の成長が特徴です。この羽根状インクルージョンも、典型的なアメシストの特徴です」


 結晶の成長方向に対し、垂直に切ったアメシストを、お兄さまにお見せします。透明な三角形と、紫色の三角形が、交互にならんで六角形を構成。車輪のスポークか、こうもり傘のようです。


「偏光器で見てみると、虹色に光って面白いですよ」

「よし、やろう!」


 ……遊んでいませんよ! 仕事しているんですよ!!





アメシストの輪切りは、このところミネラルショーで「トラピッチェ・クォーツ」とか「トラピッチェ・アメシスト」と称して売られております。

通常の水晶を、c軸方向が横になるよう転がして輪切りにしたものは、偏光器で見ても、一色にぺかっと平たく光るだけなのですが、アメシストの輪切りを偏光器で見ると、緑や黄色やピンクにきらきら虹が見えて、たいそう華やかです。


ところで、眼鏡屋さんに行ったら、「科学者さんですか?」と問われました。顕微鏡の見過ぎ(?)で、眼鏡のレンズが接眼レンズのフレーム型に、へこんでいたらしいです。

ルーペを使う時には裸眼・コンタクト推奨なんだそうですが、ドクターからコンタクトは使うなと言われている私は、眼鏡で悪あがきを繰り返しています。


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