アルステラ家の血筋
ばあやから、突然の爆弾発言。
私には、やっぱりお父さまが存在した!
……いえ、生物学的にいるのは理解しています。でもこう、実感がですね。
「アリエラ様のお父上も、小さな頃から、この部屋で標本を眺めてらしたそうですよ。その頃、私はまだこのお屋敷には勤めておりませんでしたけれどね」
「お父さまは? 私、お父さまに会いたい! 今すぐにでも!」
会って、地質の話を聞きたい!! この世界の大地を知りたい!!
「それは、無理でしょう」
え……?
もしや、お父さまは亡くなられている、とか?
いやちょっと待って……おじいさまは隠居なされていて、子爵位は次代に……
……いや、でも、次代がさらに次代になっている、っていう可能性も……
「子爵様は、現在、女王陛下のご命令で、サーマス大陸の地質調査に行ってらっしゃいます。あと数年は、おそらく非常にご多忙なのでは、と……」
あっ、良かった、生きてらした!
しかも、なんだかとってもわくわくする情報が!!
「じゃあ、そのお仕事が終わったら、会えるのね?」
「そうなれば、多分……」
「楽しみだわ! いったいどんなお話が聞けるのかしら……他の大陸の地質……」
おじいさまの博物室にある標本は、アルビノアのものが目立ちます。
少なくとも、広範囲に渡って、大地の構造の分析の手がかりになるような情報が揃っているのは、アルビノアのものしかありません。
宝石の原石っぽいものの標本もありますが、採取地がどこか分かりません……
掲げられている地図にあるのは、アルビノアの地質調査の研究成果だけのようで、コレクションの地域は地図の範囲外なのです……
サーマス大陸? どんな地形? どんな地質?
ときめきがとまりません……ああ……!!
「ん……?」
そういえば、私の記憶の色々が明確になるきっかけの、あの地図。
あの地図には、サーマス大陸の記述、あったっけ?
私は、特別大事そうに飾られている大きな地図の前に行き、隅から隅まで……
……観察するまでもなかったです。
アルビオンのずっと西の端っこに、非常に適当に、ぼやっと大きな大陸が!
半分ぐらい切れて見えないぐらいの端っこです。おそらく、情報がないのです。
「サーマス、あんまり地図にない……」
こんな未知の大陸の調査に、お父さまは向かわれているのですか?!
「それは仕方ありません。この地図は、200年は前に作られたものなのですから」
えっ?!
「これは、アルステラ家の昔々の当主様が、当時の最新の知見を元に作らせ、原本は当時の国王様に献上した、とてもとても由緒ある地図の複製なのですよ」
「ご先祖様は、地図を作ってらしたの?」
「アルステラ家は、その測量技術の高さから、爵位を受けた家なのです」
……なんですって?!
聞きたい! そこのところ詳しく、ばあや、早く!
アルステラ家の初代、メネス様は、大陸にルーツを持つ、外国からの旅の研究者だったそうです。
約800年前、当時の大陸部で主導的地位にあったフランクス王国の北部地域で、紛争が発生。その影響が対岸のアルビノアにも及びます。
フランクス北部同盟の盟主は、最終的にアルビノアに侵攻。現地の政権を打倒して、初期アルビノア王国が成立するというわけです。
……この世界における、ノルマン=コンクェストですね。
そうか。だからほぼ英語なんですね。
フランクスの言語は、ほぼフランス語のようです。
アルビノア語がいわゆるゲルマン系のままなら、英語とこんなに近しくなるわけがないので……やはり、他言語勢力の長期支配が、背景にあったのですね!
さて、その初期アルビノア王国の成立に、我がアルステラ家初代のメネス様が、裏方として大いに活躍されたそうです。侵略側のブレーンときくと、なんだかアレですけど。
その通り、メネス様は、非フランクス系の外見を大いに活用して、アルビノアに先に潜入。測量データを元に詳細な地図を作り上げ、戦争の遂行に大いに貢献されたそうな。
《 地形を制するものは、全てを制する 》
これは我が家の家訓で、メネス様のお言葉だそうです。
実際に戦場に立って活躍された方々には一歩引いたものの、爵位を授かり。
そして、その後もアルステラ家は、測量術から、天文学や地質学、地理学など、多岐に渡る学問の関係者を多々輩出する、「学術貴族」としての地位を固めてきた、と。
……200年にわたって音楽家を輩出したバッハ家の、地理地学バージョン?
「ばあや、学術貴族って何?」
「学問に打ち込んで、その研究成果を国に還元する貴族です。知的階層の最上位です」
「知的階層? 他の階層があるの?」
「アルビノアの貴族の序列は、爵位による『公・侯・伯・子・男』が基本になっています。しかし、それと同時に、どれほど特殊な知識や技能を継承しているか、という目安があるのです。知的階層や、技的階層といわれる区分です」
爵位の区分というのは、端的に言ってしまえば、領地の格付け。そして、ご先祖様の七光りでしかないので、御家の古さを示す以外には、あんまり機能しないのだそうです。古い家ほど国家への忠誠心が高い、と見なされる傾向があるので、そういう物差しにはなっているようですが。
貴族家への敬意の根拠となるのが、専門的な知識や技術。
つまり、継承している知識や技能などで、どれほど国に貢献しているか、という尺度。
ちなみにこれは一代ごとに査定が替わっていきます。厳しい。
そして「学術貴族」とは、知的階層の上位水準と認められる成果を発揮してきた爵位もちのことを、敬って呼ぶものだそうです。
現当主の能力が、知的階層の上位水準に到達しないと判定された瞬間、「学術貴族の◇代目」という称号は、無慈悲にリセットです。次の代に優秀な人が出ても、「学術貴族としては初代」にされてしまいます。
リセット宣言を受けても、そこから、血を吐く思いで、さらに研究成果を積み重ね、持ち直してくる人もいるそうですが。
あ、血反吐を吐く努力を積んで、立派な研究成果を挙げたら、リセットがリセットされて、再び「◇代目」の名乗りが許されるようになるそうです。復活と呼ぶそうな。
自己紹介の際には「学術貴族8代目。うち復活者2名を含みます」なんて宣言しないといけないそうです……ちなみに、復活者が多いことは、むしろ諦めずに研究に取り組む粘り強さのアピールにもなるので、公表してもそれなりにメリットはある、とされています。
とりあえず、子爵位を継いだお父さまが、なんだってそんな長期間にわたって、サーマス大陸調査をしているのかと思ったのですけども、国の仕組みを聞いて納得です。
この地質調査は、地学の権威アルステラ家の新たな当主にふさわしい存在か、という、国家試験を兼ねているのです。
とりあえずは、健闘をお祈りします……。
「アルステラ家は、この国ではもはや少数しかいない、初代から一代も途切れずに『学術貴族』の称号を持ち続けている家系ですからね。きっと大丈夫ですよ!」
……お父さま、もんのすごいプレッシャーと戦っておいでなのでは?
だって、初代のメネス様って、800年前のお方よ?
800年にわたって、測量なり天文なり地理なりで、ご先祖様が全員、一級の知識人かつ研究成果で国家に貢献してきた、って……えええ!? アルステラ家本当すごい!
しかし、幸せです。
こんな家系なら、私が地質学の調査をしたいといっても、温かく受け入れてもらえそう!
地質を調べて……農業の研究とかしてもいいな……都市開発の時のアドバイスできるかな……災害対策で何か知識を生かせたりできないかな……
あー、夢が膨らむぅ~。
800年も男系が続くわけないだろ、カペー朝でさえ「奇跡」扱いなんだぞ、というツッコミは、当然のことかと思います。
カラクリはあります。ていうか、わざわざ「初期アルビノア王国」って書いているあたりに、王室の交代の気配をお察し下さい。