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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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お兄さま現る

ようやく登場した、アラン・ローリン・アルステラ。

妹のためなら、課題の前倒しもいとわない。





 半分眠りながら夕食を終えて、夢の中へダイブ。

 朝起きたら、寝ぼけ眼で朝食の前半戦を終え、ゆっくり覚醒しながらお風呂タイム。多分、浴槽に放り込まれている薬草の効果もあるかと。


 幼女向けブレンドの気分転換薬草茶を飲み、実験の続きです!

 朝日が昇ってくるまでは、タスクリストを整理。小さな石を中心に、カットの図面を作っておきます。

 太陽光が差し込み始めたら、日焼け対策ローションを塗って、光学的特性に関する測定を開始します。


 雨が降ったら、プリズムによる分光測定に必要な太陽光が得られません……晴れている日にしかできない仕事は、晴れている日に徹底的に片づける!

 アルビノアの冬のお天気の悪さを、あなどってはいけません。


 作業を始めると、びっくりする勢いで眠気が吹っ飛んでいきます。

 番号をふった石ごとに、計測結果を書き込むシートをつけます。そして、測定結果を順番に書き込んでいきます。余力があったら、カットの図面をスケッチしてつけて、とにかく基本データを揃えます。


 ところで、クレリチ液はこの世界に存在しませんでした。

 ギ酸タリウムとマロン酸タリウムを水に混ぜた溶液で、あると大変便利だったのですが……まぁ、タリウムという時点で、毒物の気配しかしませんし、なくても別に良かったんでしょうかね。

 ちなみに1907年の発明です。名前は、発明者であるイタリアの化学者エンリコ・クレリチに由来。


 クレリチ液が存在しないとなると、ヨウ化メチレンで対処できない比重の石については、他の測定器で頑張るしかありません。

 クレリチ液があったら、石を放り込むだけで、ある程度までは比重を絞り込めたんですけどね……まぁ、ないものは仕方ない。わざわざ毒物を調合する気にもなれませんし。


 日が高いうちに片づける! 特に分光と屈折率! 密度は別に後でもなんとかなる! メスシリンダーと精密(※当時代比)天秤があればね!


 昼食の呼び出しが来るまで、我を忘れて計測に没頭しました。

 気合いと集中力って大切ですよね。好天もあいまって、びっくりするほど作業がはかどりました。ひりひりするお肌も勲章なのですよ。とりあえず抗炎症のローションを塗り足しておきます。


 薬草のにおいを漂わせながら昼食の場に現れると、おじいさまが少し驚いたような、呆れたような目で私をご覧になりました。

 アリエラは「学術貴族」のつとめを果たそうと、自分にできる最大限の努力をしているだけですよ。幼女の限界一歩手前に挑むんです。


 ところでおじいさま、私の日焼けより、気にすべきことがありますよね。

 何故、食卓には、三人分の食事が用意されているのでしょう?


 と思っていると、背後の扉が開きました。


「アリエラ! 会いたかったよ! 個性的な髪形が可愛いね!!」


 油をさし忘れたカラクリ仕掛けのブリキ人形のように、ギギギとぎこちなく振り返ります。

 そこには、枯草色の髪に、青灰色の目をした貴公子が!


 ……アラン・ローリン・アルステラ。

 私の、お兄さまです……




 いつでも寝オチできるように、頭の上にお団子にまとめた、まぬけた髪型。

 私のバカ! おじいさまがあんなお顔をされたのは、薬草のにおいでも、日焼けでも、格段に手抜きの服装でもなく、この頭が……

 いや違う。全部だ。全部総合して、インパクト極大だったんだ!


 非常に恥ずかしい姿を目撃されてしまい、レポートに集中するあまりに、見栄えを微塵も気にしなかった今朝の自分を、ぶっ飛ばしたい衝動に駆られること、しばし。

 起き上がり小法師のまぬけ頭で、それでも、淑女の礼を取り繕います。


「あー、アラン……アリエラは、昨日から、誕生日会のためのレポートの作成と、そのための実験に集中しているのだ」


 おじいさまのフォローが、かえって私の心に刺さります。

 実験のために女子力を投げ捨てた現実……

 いいんですよ! だって私は「学術貴族」ですもの! 綺麗に着飾るのは「軍功貴族」の仕事ですもの!!


「アリエラ……おお……」


 お兄さまの評価が怖い。

 どんな変な格好をしていたとしても、おじいさまは私を努力ともども認めて下さいますけれど、お兄さまとはこれが初対面……

 見た目でゲンメツされたとして、「別に?」と開き直れるほどには、私のメンタルは鍛えられていないのです!


「なんて素晴らしいんだ、私の妹は!」


 ええーっ?!

 戸惑っているうちに、お兄さまはぺたぺたと私のお団子頭を触り、お団子の形や角度について、目測をされたようです。


「うん。これなら起きている時は実験作業の邪魔にならず、眠いと思った時には、すぐに枕を使える。時間を最大限有効に活用できる、非常に合理的な髪形だ!」


「お、お褒めにあずかり、光栄で、す?」


「だめだよ、アリエラ。私はお前の兄なのだからね! そんなにかしこまられると寂しくなってしまうよ」


 こ、これは、いかにもな妹キャラを求められている、のですかね?


「お兄さま、ありがと、う?」

「完璧! あああ! 私の妹はアルビノア一可愛い! 世界一可愛い!」


 むぎゅっと、全身を抱きしめられます。はわわわわ。

 ……お兄さまがシスコンでらっしゃることは、よくよく理解しました。

 そして「素晴らしい」の判定基準は、合理性であるようです。


 うぉっほん、という咳払い。

 はっ、として離れる、お兄さま。


「アラン、アリエラ。とにかく、まずは食事だ」

「はい。いただきます」


 できたてが美味しいとして提供されているのなら、それこそ、長話はコックに失礼というものです。

 美味しいものは美味しくいただくことが感謝!


 とりあえず、お兄さまは身内であるせいか、お食事中の会話はありませんでした。しかし、何も話さなくても、お兄さまが何かを口にされるたびに、非常にうれしそうに目を細め、ゆっくり噛みしめるように味わわれるのを見れば、ああ、美味しい食事がお好きなんだなぁ、と分かりました。




 食事を終えたら、作業着に戻って、申し訳程度につけていた髪飾りも引っこ抜いて、ティールームで実験の再開です。

 お兄さまが、サポートを提案して下さいました。


「あの、でもこれは、私の業績にしたいのです、が……」


 お話はとても嬉しいのですが、兄のサポートが入ってしまったら、このレポートは兄に代わりに書いてもらったとか、そういう誤解を生んでしまいはしませんかね? 一応「デビュー戦」のつもりなのですが。


「もちろん! 私はお前の助手だ。完成まで時間がないのだろう? 一人でできる実験の量には限りがある。レポートの基本の方針の立案者はお前だ。私は、お前がそのレポートを執筆するために必要な、基本情報を収集するだけだ」


 データを並べただけでは、論文にはならない。

 そのデータの整理の仕方、そこからの論の立て方で、自分の研究であるというアピールをすれば、問題ないということのようです。

 では、お願いしましょう。

 偏光器は一つしかないのですが、と思っていたら、手に小さな器具が。


「二色鏡だ。フィルターとして方解石カルサイトを仕込んであり、きちんとした角度から複屈折の石を見ると、色が二つに分かれて見える。単屈折の石では、どの角度から見ても色は分かれない」


 サンプルで示されたピンクサファイアを、光源の中でくるくる回していると、ピンク一色だった視界が二つに分かれました。半分はピンク色ですが、もう半分は赤紫色です。これが、複屈折によって生じる「二つの光」の色!


「わあぁ……いいですねぇ、これ。携帯もしやすそうで」

「なら、アリエラの分も拵えようか。簡単に作れるからね」


「えっ? これ、お兄さまが作られたのですか?」

「お父さまが教えて下さったのだ。遠隔地の調査に行く場合は、どれだけ荷物を減らせるか、というのも大切なことだからね」


 なるほどたしかに。軽量化はフィールドワーカーの宿願ですよね。

 ああ、お兄さまはフィールドワーカーになれるんですねぇ。

 ……凹んでいる場合じゃありません。


 きちんと呼吸器疾患を改善して、あと良い紫外線対策が開発されたら、私だってフィールドワーカーになれる可能性があるのです。

 ならばそれまでに、研究室の中で研鑽を積んでおくべきなのです。

 いざ、第一歩なのですよ!


 洗浄液から引き上げ、水に浸けっぱなしにしていた「比重2.7」グループの石を、よくよく観察します。

 見る角度によって色が変わるのは、複屈折鉱物の一部にしか見られない「多色性」によるものも、もちろんあるのですが。


 もっと初歩的な、色ムラに起因するものもあるんですよ。


 水の中に入れて見るのは、最も基本的なチェック法。

 色ムラが生じやすい宝石は、コランダム、トルマリン、ガーネット。そしてアメジストなどのクォーツ系鉱物。

 紫色の石を、入念にチェックします。


「わーお」

「ひどい色ムラだね。いったいどこの店の石だい?」

「ロンディニウムのバークス商会です」

「ああ、あそこね……最近、たしかに評判悪いけど……ついにおじいさま直々に、制裁を科されることになったのかい?」


 私はしっかと頷きました。


「はい。そして私は、性悪業者に言い逃れを許さないための、科学的なレポートを用意しようと思ったのです」





二色鏡は先日はじめて覗いてみました。ピンクサファイアを見ましたよ! 見えたのは文中の通りのものです。

カルサイトなら、この時代だって簡単に作れるだろう、と判断。


クレリチ液でさっさと分類してしまえよ、と思ったのに、発明されたのが1907年で、しかもタリウムの水溶液って……先生、そんなブツを使って、サファイアの検査をずっとやってたんですか?

なお、クレリチ液は、さわると皮膚が白く腐食する。


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