デビュー用レポート準備開始!
新年度のあれやこれやも、ちょいと落ち着き、頑張って書きました。
宝石学のゼミで、フェルドスパー・グループの勉強をさらに深めたので、ちょいっと以前に投稿したムーンストーンの章の記述を、書き直さねばと思っています。
さて、私は私の使命を悟りました。
アルビノアの「学術貴族」という、研究に没頭することを公認された一族に生まれられたのは、私にとっては幸いなことです。
しかし「学術貴族」の一員であることを認められ続けるためには、さっさと何か功績を挙げなければなりません。
ありがたくもおじいさまが、私の「学術貴族」デビューのお膳立てを、整えて下さっています。
すなわち、タンザナイトの正体究明と、代替わりで悪徳業者と化してしまったバークス商会への懲罰のお手伝い。
デビュー戦です。多少はしくじっても、おじいさまのフォローが入るのでしょうけれど、やはり全力を尽くさねばなりません。
だって私は、紫外線を浴びるとぶっ倒れるという、実地測量が任務のアルステラ家には、大変相性の悪い体質なのです。地図で功績が挙げられないなら、別の方面で名を挙げなければ……
血が見られない医療家系のファーガス様が、化学で業績を狙ってらっしゃるように、お外に出られない地理家系の私は、研究室の中で成果を出さねば。
しかし、サンプルのタンザナイトは一つだけ。
バークス商会を追い詰める材料は「コランダムを渡せ」という要求に対し、不誠実な応対をした、という点に絞るべきでしょう。
ということは、似非コランダムを再度分類し、全体に対してどのくらいの割合で不正なブツが混入していたかの統計を……
……アッ。やばい。時間がない。
あの大量のアレコレを、誕生日会の11月1日までに片づけて、統計をレポートにまとめるなんて、自分で思いついたけれど超難題……
いえ、くじけてはなりません。今ここでそれをやってのけてこそ、ただのお膳立てに終わらない「学術貴族」なのですよ!
レポートの道具を用意し、分類用の枠を整え、男性使用人たちを動員して、バークス商会の似非コランダムを運ばせます。
向かうは、内輪のお客様のための、プライベート・ティールーム。
博物室に実験器具を運ぶわけにはいきませんし、宝石の鑑別に打ち込むには、図書室では光源が心もとないのです。
その点、この部屋なら、日光も十分入ってきますし、風通しも良いから少々の実験にも堪えられるでしょうし、お茶も飲めるので最高のはず。
寝食を惜しみながらも、全力でレポートに励みます。寝食は大事です。
「お誕生会までに、レポートを一つ仕上げてみせますよ!」
そう宣言した私に、おじいさまは静かに頷かれました。
私が「学術貴族」の使命を理解し、その一員にふさわしいと認められるための業績をまとめようとしている、ということを、察せられたのでしょう。
ご期待に応えてみせましょう!
というわけで、これから10月31日まで、私は一人でお茶を飲みながら、お行儀悪くもその最中も、文献の確認やらレポート執筆やらをさせていただきます。
だって、残り一週間ですよ。仕方ないじゃありませんか。
バークスがいったいいくつの似非コランダムを送りつけてきたのか……軽くしか分類していなかった私のうっかり者!
ゴトンと箱で積み重ねられた、似非コランダムに、まずは一つずつ番号札をつけます。もちろん、向こうのつけた商品管理番号はあるのですけれども、長い・うそくさい・面倒くさい。
150を超えたところで、軽く殺意が目覚めそうになります。命は大切ですが、不正を貪るやつはけしからんのですよ!
番号をつけ終えたら、覚えている限り軽く再分類。
正式な鑑別に「多分」は許されませんが、レポートの効率化のためには、まずはざっくり分類をして、使う道具を絞り込みです。
偏光フィルターで、複屈折と単屈折だけ、まずチェック。
石を回転させた時、通り抜けてきた光がチカチカ明滅したら複屈折。変わらなかったら単屈折。サファイアは複屈折ですが、スピネルとガーネットは単屈折。
こんな簡単な検査でばれる偽物を突っ込んでくるバークス商会、本気だとしたらおじいさまをナメくさっているにも程がありますよ! 許すまじ!
太陽が出ている間にしなければならない仕事は、猛スピードで片付けます。
ばあやお手製の、軽い日焼け対策ローションを塗り込みつつ、自分は物陰になるべく引っこんで、なるべく手だけを日向に出して作業。
なお、このローション、日焼け自体を防げる性能はありません。あくまでも、焼けた肌の炎症を抑えるだけです。
日焼け自体が防げる薬があったら、私は今年の夏、ファーガス様とクライルエン街中散歩をしていましたよ!
そもそも前世で外出に縁がなかったものですから、日焼け対策ということ自体が異世界の用語だったのですよね。成分なんか知りませんよぅ!
だから私は、日焼け対策に関しては、この世界の皆さまの研究成果に、お頼りするしかないのです……グヌヌ。
襲い来る空腹感を、ふやかしたビスケットとお茶でごまかしながら、ばりばり分類。なんとか日中に目途をつけて、仮眠用ベッドという名のソファでお昼寝。幼女の体格が、こんなところで役に立つとは。
お昼寝から目覚めれば、すっかり日は暮れています。
高緯度地域の日照時間の差を、あなどってはいけません。
明かりを灯し、まずは複屈折判定が出たブツの比重を、ざっくり計測。
図書室や博物室を会場に選べなかったのが、これからの測定のためです。
重液法。
水に添加物を加え、事前に比重を調整しておいた「重液」に、目的の石を入れて、浮くか、沈むか、液中になじむか、で比重を判定する方法。
今回の重液は、ヨウ化第2水銀とヨウ化カリウムで作ったので、人体には有毒です。直接触るのはダメ絶対な危険物なのですが、スピーディーさは抜群でしてね……背に腹は代えられない……
人体に無害な重液としては、ポリタングステン酸ナトリウム(Sodium Poly Tungstate)、略してSPTというものがあるのですが、そんな最新鋭のブツが手に入るわけもなく。
触らなかったらいいんですよ! たぶんね!
少なくとも、ブロモホルムみたいに発がん性が指摘されているわけじゃないし、クレリチ液みたいな毒物でもないし!
なお、毒物と劇物の差をきわめて大雑把に説明すると、どっちも大量に盛ったら人は死ぬけれど、毒物の方が少量で効果が出ます。
ぽいぽい、ぽいぽい。
水晶よりやや重めに設定してあるので、水晶は浮きます。
浮いたら網ですくって、洗浄用の水槽に入れて、あとで念入りに洗い直して、再度箱詰めです。沈んだ石は、濾紙で濾します。この液体は繰り返し使えるので、粗末に扱うにはもったいない。有毒ですけどね。
沈んだのは、水晶より比重が大きくて、コランダムに擬態させられる宝石。
なお、有力候補のスピネルとガーネットは、単屈折なので、すでに弾いてあります。残るのは……っと。
まず、電気石でしょう。種類によりますが、比重は3以上。
それから、藍晶石。比重は3.6で、多色性もあるという、サファイア擬態にもってこいの石。ただし硬度が二方向で異なり、柔らかい方が4で、硬い方が7.5という、特殊な性質があります。
……ん? まさかまさか、「アレ」は混じってないでしょう、ね?
緑柱石……比重2.7。
だらだらだら、と、冷や汗が流れるような気分で、とりあえず水晶に分類した石たちを見やります。
アアア……やるしかない。
とりあえず、お手手をきれいに洗って、体も拭きます。
要警戒の石は、トルマリンとカイヤナイト、ジルコンとベリル。
あと、悪い予感がするので、トパーズとアパタイトと、ラズライトと、ユークレースとクンツァイトと、絶対に出てこない気がしますけど、ターフェアイトにも警戒を。
案外と、トパーズとアパタイトは、混じっているかもしれません。
アウィンはない。絶対ない。あの青は見間違えようがない。
地球では、ゴマ粒どころか芥子粒のサイズでも石マニアが喜ぶ宝石でしたが、そんなサイズの石は寄こされていませんし、もしこの星で奇跡的に大きなアウィンが出ていたとしても、比重が2.4か2.5なので、重液にはぷかぷか浮くはず。浮いた中にあんな青色の石はなかった!
ものすごく小さな石でも求められたのは、希少性もさりながら、鮮烈という形容がぴったりな、あの青色です。
あの青で、全てが許せる気になりますよ。モース硬度が6に満たないこととか、大きな単結晶がほとんど産出しないこととか、そもそも産地がドイツのアイフェルしかなかったこととか、全部。
ユークレースは、この世界でも発見済みのはず。
地球でのユークレースの発見者は、18世紀後半に活躍した、フランスの科学者のルネ=ジュスト・アユイ。アウィンの名前の由来になった結晶学者。
ユークレースの名前は、ギリシア語で「簡単」を意味する「εὖ」と、「割れる」を意味する「κλάσις」に由来します。
劈開が良好でパキンパキン割れる、しかしモース硬度は7.5もある、憎いアンチクショウ。研磨職人殺しの石なので、ないだろうなぁとは思うのですけどね。
クンツァイトは、ティファニー社のお抱え学者でもあった、ジョージ・クンツ博士が発見した、ピンク色のリシア輝石。発見年は1902年だから、この世界では未発見の気がするのですけど。
天藍石は、ラピスラズリを構成する青金石とは別の鉱物。天藍石が”lazulite”で、青金石が”lazurite”なのです。
比重は3を超しますが、モース硬度は5.5から6と柔らかい石です。
ターフェアイトは……激レアストーンで……きわめて稀に、美しい紫で、透明度の高いものが……
ふぁ、おやすみなさ……
「お嬢さま、ご夕食の時間ですよ」
アッハイ。
明日も投稿できそうです。