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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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「落伍者」候補

ついにタイトルに宝石の名前が入れられなくなったぞな……嗚呼……

そして、結構シリアスめな、主人公の立ち位置が判明。

こういうタイプの貴族に転生する話は、多分、そうそうないんじゃないかね……少なくとも私は知らぬ。テンプレから全力で、ちょっとずつずらしていくスタイルです。






 コランダムの分類は終わりました。

 カラーチェンジの見本は、やっぱり数が揃いませんでした。

 商会組合の本部と、老舗の大店の分は、なんとか確保。


 そして今、私が何をしているかというと、パーティーの諸手配です。

 基本的なことはおじいさまが手配して下さいますが、たとえば、私の服をどうするかとか、髪型がどうとか、そういうのは自分でしないとなので。


 この赤みがかった、非常に面倒な色の髪に似合い、なおかつ、紫色のコランダムともなじむ、ドレスの色を探しています。

 ばあやのお父さんの実家が、染色業者で、本当に有り難かった。

 大量の色見本と格闘中。まるで分類作業が終わっていないようです。


「少し赤みをさした方が……」

「真っ白よりは、すこし淡い茶色を帯びた方が……」


 自分の髪の毛と見比べながら、そして鏡の前で合わせてみながら、たった一日だけのパーティーのために、千もありそうな色見本を検分。

 青紫というには、まだ赤みが足りない感じの青。

 赤紫というには、まだ青みが足りない感じの赤。

 ……コランダムのカラーグレーディングを思い出します。


 私は別に、雑草の緑でも良かったのですが。

 しかし、老舗の大店の方々もいらっしゃるパーティーには、やはりそれなりの染料を用いたドレスでないといけないそうで。

 たしかに、希少な染料で染めた着物というものは、洋の東西を問わず、権力者の力や富の象徴です。中国の黄、古代ローマの紫。


 ちなみに紫色の合成染料、モーヴはまだ発明されていないので、ここにある紫系の色は、全て青と赤の染料の、配合を変えた掛け合わせ。

 色を混ぜると「濁る」って、某人間国宝の染色家さんが仰っていましたが、なるほど、化学染料の鮮烈さには遠く及びません。

 しかも、この鮮やかな色を、毎回きちんと作ることができるのですから、化学染料が一気に普及した理由も分かるというものです。


 何度も何度も、もう目がチカチカするほどに見比べて、これだ! という色を選び出しました。

 これがスタート地点です。

 これでメインカラーを選んだら、次は合わせる差し色ですよ。


 必要な色を全て選んだら、配送の手配です。

 採寸は終わっていまして、あとは職人さんたちが超特急で仕立ててくれます。

 子ども服でサイズが小さいという点を割り引いても、二日で仮縫いができるというのは、驚異的だと思っていたのですが、ミシンが発明済みのようで。ああ、なるほど……文明の利器ですね。


 もちろん、最高級品は職人の完全手縫いです。どうしても、微妙な立体感の調整とか、そういうのは、機械では手作業に敵いません。

 しかし、これから成長期を迎えるどころか、日一日とすくすく育つお子さまの服に、仕上げまで月単位で時間のかかる手縫いのドレスなんて、向いていないのですよ!

 ちなみにデザインは候補の中から選ぶだけで、私の体に合わせて、すでに型紙は完成済みという、準備万端状態。


 紫色のコランダムと、我が家の石であるアイオライトと、両方と組み合わせても違和感のない色……という、きわめて難しい色合いの調整がなければ、とうに仕立て上がっていたことでしょう。

 その色合いの調整のために、時間ぎりぎりまで粘り、そして、デザインや何やなどをいくつか犠牲にしたわけです。


「今度は、もっとご希望に副ったドレスをお仕立てしましょう」

「……そうね」


 もう結構です、と言いたいのを、ぐっと堪えます。

 面倒くさい! 私は石さえ見られたらそれで幸せなの! というのは、貴族の端くれとして禁句。他国基準でみれば、私も「お貴族様」の一員。

 社交が苦手な学術貴族に、サポートの軍功貴族がつくわけですよ。


「とりあえず、疲れたから、お茶とお菓子が欲しいわ」

「はい、目の疲れに効く薬草茶をお出ししましょう」


 さすがは、ハルバ=アルスメディカ家が認めたばあやです。

 ちなみに私は薬草の勉強もさせろと、ばあやをつついているのですが、のらりくらりとかわされています。

 半端な知識で危険なブレンドをしないように、でしょう。多分。




 薬草茶は苦かったですが、ほろほろと甘いバタークッキーで、ごまかされておきます。乳製品を食べても、小麦を食べても、美味しい。幸せ。

 時折眉根を寄せつつ、お薬だと思って、ぐいっと、一気に飲みます。

 お口直しは、口当たりの良い爽やかなお茶。詳しくは分かりませんが、ミントの一種が入っていて、すきっとするのです。


「ところで、ばあやは、今度の私の誕生会に、お兄さまがカーマーゼンからいらっしゃるというのを、知っていた?」

「……ええ。つい先ほど、大旦那さまからお聞きしました」


 ついさっきなの? まぁいいか。


「ばあやは、アランお兄さまのことを、どのくらい知っているの?」

「あまり存じ上げませんよ。私はアリエラ様付きですし、アラン様の乳母は別におりますから」


 あっ、やっぱり私とお兄さまの乳母は別人だった。ですよね。


「もっとも、アラン様の場合は、お身体がお弱いということもないので、特別にお傍でお世話をする者が、そもそもないのですが」

「……待って、それはつまり、私は体が弱いから特別ということ?」

「ええ」


 アッサリ! アッサリと言ってくれましたね!

 ああ、やっぱり、前世と比較して言えばとても丈夫になった今でも、それでもこの世界の標準よりは病弱なのですね……ううっ。


「アルステラ家の当主は、実地測量に堪えられる程度の、頑健な体を求められるものです。地図は機密でもありますから、執務の補佐をする者も最小限。身の回りのことは自分でできて当然なのです」


 言われてみれば当然ですね。

 何から何まで人にやってもらうのが当然、という人間が、実地で測量をできるわけがありませんし、機密を任せる人間は、少なくなければいけません。

 たしかに、甲斐甲斐しく身の周りの世話をする人間は、むしろそういった教育方針に反する、言ってしまえば邪魔な存在です。


 うーん。つまり、現状の私は、アルステラ家にとってはお荷物、と。

 地図を作るのがアルステラ家の基本技術なのですから、過酷な環境下での測量作業はおろか、日光でぶっ倒れている程度の私は、戦力外の極み。

 そんな私を戦力にカウントするには、せめてコランダムとスピネルの見分けをつける能力ぐらいは必要なのでしょう。


 あっ、そうか……ということは、今度の誕生日パーティーは、私をアルステラ家の戦力候補にカウントする、という宣言でもあるのですね。

 後ろ向きの発想をしているようですが、いえ、アルビノアの標準です。


 アルビノアの軍功貴族は、対外的なお飾りとして、よほどの失態がない限りは地位を失いません。年金も学術貴族より少ないのです、実は。

 お飾りではない学術貴族が、年功貴族よりも年金をもらっているのに、より質素な暮らしをするのは、研究でお金が吹っ飛ぶからです。


 アルビノアの語に「落伍者アウトキャスト」というものがあります。

 一族に求められるほどの学術実績を積めず、養子などの形で庶民にされた者をさす語です。つまり、学術貴族としての「役立たず」です。

 学術貴族の地位を保てる程度の実績に、さらに、上重ねの業績を積んで、ようやく、アルス称号の継承は認められます。


 誰も優秀な子どもがいない場合には、優秀な子どもを跡取りとして迎え入れる一方、兄弟が皆揃って優秀な場合は、全員が学術貴族として残れます。

 王族と軍功貴族は血筋によって認められる存在ですが、学術貴族は能力によって認められる存在。

 頭脳で国家に貢献できない者は、悪く言えば「無価値」なのです。


 国費で養われている研究者。それが学術貴族であり、成果を上げられない研究者に、出してやる補助金はないというのが、国の言い分です。

 まぁ、予算配分の理屈としては、理解できます。




 まだ6歳にもならないで考えることではないのでしょうが……しかしたしかに、この実力至上主義のアルビノア学術貴族社会において、家の本分である測量にさえ従事できない私は、まさに落伍者キャストアウト候補。


 そうか……だからファーガス様も必死なのですね。


 医療が本分のアルスメディカ一門において、血を見ることができないファーガス様もまた、落伍者キャストアウト候補。

 だから、元素の周期表に自分の名前を刻むという、誰にも否定できない確固たる業績を築かねばと、今からあちこちの蔵書を閲覧し、手掛かりを探してらっしゃるのでしょう。


 とりあえず、私は、おじいさまの後を継いで宝石を鑑定するという、実地測量ほどまでは体力を消耗しない道を、示されています。

 おじいさまが、私に宝石学を教えて下さったのは、私をアルステラの落伍者にしないため、でもあったのでしょう。


 ああ……だから、私は課題を出されたのですね。

 私の誕生日会に、宝石業界の関係者たちは、来なければいけない。

 他の誰でもない「アリエラ・ウェンディ・アルステラ」が、アルビノアの宝石学の泰斗である、クロード・ケンジー・アルステラの仕事を助けた、と、大々的にアピールしなければならないから。


 全て、私が、家族の皆と同じ場所にいるために、必要なことなのですね。

 タンザナイトの研究も、バークス商会の不正の糾弾も。

 測量に従事できない病弱体質であっても、なお、学術貴族の一員として、国が養う価値のある人間である、と、認めさせるために。

 アルステラの娘であるために、必要なのです。


「お嬢さま?」

「いえ、ばあや、何でもないわ……」

「やはり、このところ根を詰め過ぎられたのでは?」

「色合いの見分けに、神経を使いすぎたのかもしれないわね……というわけで、お菓子のおかわりが欲しいのだけれど」


 いたずらっぽく笑って、子どもらしく、おねだり。

 ばあやは、ちょっと間をおいて、それから、はいはい、と笑いました。


「このぐらいなら、大旦那様にも、お目こぼしいただけるでしょう」


 取り出されたのは、小さな硝子瓶。中には色とりどりの飴。

 思わず、目を瞠って、きれい、と呟く。


「これ、着色料は何を使っているの?」

「お菓子の色染めにもご興味が? この赤色は、二十日大根の色素です。黄色はクチナシ」

「青はないのね……」

「食用スミレでもなければ、毒々しくて食べる気にもなれませんよ」


 たしかに、青色には食欲を減退させる作用があります。

 やはり人間が食べるには、不自然な色なのでしょう。


 そしてこの世界には、まだ青色一号的なものはないようです。合成着色料の健康に及ぼす影響については、そんなに考慮しなくてよさそう。

 ……それ以前の段階で、食品偽装とかありそうですけどね!

 しかし、おじいさまが私にそんな危ないものを近づけるわけがないのです。


 瓶を手にとって、矯めつ眇めつ。

 蓋を開けて、真っ赤な一玉を取り出して、口の中へ。

 ああ、甘い物は最高ですね……


「この一つだけですよ。あと、舐め終わったら歯磨きをいたしましょうね」


 口の中に飴が入っているので、頷くだけで返事をします。

 真っ赤な飴を手に取った時、ちょっとだけ、ファーガス様のスピネルを思い出していたのは、内緒なのです。





何も知らなかった主人公はともかく、ファーガス君の早熟すぎる焦りの背景。

血を見られないで医療家系の跡取りっていうのはつらい。

測量の家系なのにお外に出られない主人公に、ファーガス君は何かを感じたのや。多分。


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