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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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蛋白石は有機起源に非ず

§2のタイトルには、なるべく宝石の名前を入れるように努力している。

努力が方向音痴するのは、書いている人の通常運転です。





 ジュエリーデザインの本をじっくり読み込み、いずれきっとくる社交界デビューを妄想し、自分でもデザインを考えてみます。

 現実には、こんな石は手に入らないとか、こんな石をこんな台座にセッティングする方法はないとか、たくさんの制約があるわけですが。

 何も知らない今だからこそできる妄想を、たっぷり堪能しますよ。


 大丈夫。私は幼女。子どもの見る夢。だから黒歴史にはならないの!

 空想は子どもの仕事なのです!

 誕生日が来てもまだ6歳児な私に、恥ずかしいことなんて何もない!!


 正装用は家門の石であるアイオライトのパリュール。大粒のものはインクルージョンが増えてしまうので、数で見た目を華やかに。

 おじいさまに敬意を払って、あわせる石は白のジルコンですかね。

 イヤリングと、ネックレスと、ブレスレットと、ブローチと、リングと、ティアラと……ストマッカーも要るのでしょうか?


 ストマッカーとは、胴体用の大ぶりなブローチです。

 ストマック(=胃袋)に由来する名前のとおり、だいたいそういう位置につけますので、大人の手のひらサイズの、非常に大きなものになります。

 要るのかな? まぁ、妄想するだけならタダですよね!


 ネックレスは一種類ではいけませんし、ブレスレットも二種類は要りますし、ヘアアクセサリーも複数は必要でしょう。

 妄想ゆめは広がりますが、元手を考えると……学術貴族は、爵位に応じて国家から給金が出ているわけですが、アルステラ家は子爵です。

 ……考えてはいけません。これは妄想だから、いいのです!


 そうだ、せっかくですから、ファーガス様のアクセサリーも、デザインを考えてみちゃいましょう!

 男性ですから、カフスとか、ラペルピンとか?

 シンプルで小さなものだからこそ、こだわりたいですね!

 ミル打ち(ミルグレイン)をしても、レッド・スピネルみたいな鮮烈な石なら、全く細工負けしないでしょう。


 地球のジュエリー史で、ミルグレイン技術が最盛期を迎えるのは、ヴィクトリアンの次の時代、エドワーディアンです。

 現在、アルビノアは女王陛下が玉座にまします、推定ヴィクトリア朝相当の時代なわけですが、だからってエドワーディアン風ジュエリーデザインを妄想してはいけない、ってことはありませんよね!


 ただ、あのとんでもなく繊細なデザインを実現するためには、金や銀では強度が足りません。つまり、プラチナがジュエリーの材料として普及しないと、ああいうのは作れない。

 プラチナの融点は1700℃を超し、不純物を混ぜて融点を下げても、並大抵では溶かすことができません。

 つまり、プラチナを加工するには、それだけの高温に耐えうる炉や坩堝が必要、というわけです。


 ……コランダムの融点は2000℃を越していて、そして、人工合成コランダムが1903年にフランスのオーギュスト・ヴェルヌイユによって作られたことから、遅くともそれに相応する時期には、この世界でもそのぐらいの高温を出せる炉が作られるだろう、とは予想しますけれど。


 なお、ベルヌーイ法とよばれる、そのコランダムの合成方法ですけれど、溶かしたコランダムを受け止められる容器がないので、坩堝を使わないという斬新なスタイルで作られました。

 炉の上の方で酸化アルミナの粉末を溶かし、先端に種結晶をつけた棒にその溶かしたコランダムをちょっとずつくっつけていって、大きな結晶に仕上げる、という方法です。


 加熱溶融させたものを再結晶させられる、コランダムの特性を生かした合成方法ですね。

 マリア=テレジアの夫、フランツ1世は、小さなダイアモンドを坩堝に入れて溶かしたら、巨大なダイアモンドになるのではと考えて実験し、もちろん、失敗しました。結晶構造の再現は、とても難しいのです。

 水晶でさえ、溶かして固めたら、もう結晶構造が崩れた、非晶質の「石英ガラス」になってしまうのです。


 水晶やエメラルドなど、メルト相からの合成ができない宝石は、成分を溶かした溶液の中で再結晶させる、という方法で合成されます。

 つまり、小学校の理科の実験でおなじみの、ミョウバン結晶づくりと、基本は同じ。小さなミョウバンの粒をたっぷり水に溶かし、種結晶を飽和水溶液中につるして、ゆっくり冷やしていくと、巨大な結晶ができるという、あれです。

 フラックス法といいます。


 宝石の合成には、この他、熱水法や引き上げ法、CVDとよばれる化学気相蒸着法などがありますが、1800年代半ば相当と推測される現在は、おそらくベルヌーイ法だって、まだ発明されていないでしょう。

 プラチナの加工が普及しているかは、結構ギリギリでしょうか。




 素材のことは気にせず、きっと専門家が見たら「実現不能」と烙印を押されるであろう、妄想ジュエリーのデザイン画を描きまくります。

 正装じゃなければ、アイオライト以外も使えるようなので、せっせと妄想。特に、どこの家系の石でもないエメラルド!

 四大宝石の一角が空座というのが、なんとも不思議ではありますが、これも歴史のなせる奇跡ですね。


 なお、地球の四大宝石を、その最高峰の産地と共に復習。

 まずは、宝石の王たるダイアモンド。インドのゴルコンダ産。

 ルビーは、ミャンマー(ビルマ)のモゴック産。

 サファイアは、インドとパキスタンの係争地である、カシミール産。

 そしてエメラルドが、コロンビアのムゾー産。


 後に、色変わり宝石の代表格として、ロシア産のアレキサンドライトを加え、五大宝石というようにもなるのですが。

 地色の美しさで勝負するなら、やはりこの四つが最高でしょう。

 あっ、真珠は別格です。あの有機起源ならではの、柔らかな美しさは、無機起源の鉱石には出せませんよ。


 有機起源の宝石とは、生成の過程において、動植物の生命活動が関わっているものです。真珠、珊瑚、琥珀、象牙、鼈甲べっこう、そして黒玉ジェットが、これに該当します。

 アンモライトは、多分、アンモナイトが化石になった上に、霰石が成長してできるので、違うかな。あれは、アンモナイトの化石がないとできないけれども、アンモナイト自身の生命活動の産物が宝石的価値を持っている、というわけではないから。多分。


 ジェットは、長い年月を経て、水中で化石化した木です。琥珀は樹脂の化石ですが、ジェットは木の本体が褐炭になったもの。つまり石炭の仲間です。

 イギリスのヴィクトリア女王は、夫のアルバート公の死を悼んで、この黒い宝石を服喪用に使いました。そのため、モーニング・ジュエリーの定番です。

 ……モーニングとは「moaning」で、日本語だと「嘆き」ですよ。グッドモーニング的な意味ではないのですよ。


 有機起源の宝石ではありませんが、化石オパールも素敵です。

 オパールを国石とするオーストラリアでは、恐竜の骨格化石などがオパールになったものも発見されていて……たまりません。

 あ、骨がオパールに変化するという意味ではありません。地面に型どりされたところに珪酸が染み込んで、石がその形に成り代わったものです。


 オパールの処理と言えば、ブラックオパールの方が市場価値が高いというので、砂糖液含浸処理という、恐ろしいことが行われてもいましたっけ。


 オパールも、あの大シリカ・グループの一員。つまり基本の組成式は二酸化ケイ素です。二酸化ケイ素は酸とかにも強いのです。

 で、そんなオパールを砂糖液につけ込みますと、オパールは結構組織に隙間のある鉱物なので、そこに砂糖が入り込みます。

 砂糖を染み込ませたオパールを、次に、硫酸の中にドボン!


 硫酸に触ると指が黒焦げになると言いますが、焦げるのではありませぬ。水を抜かれているのです。

 硫酸には脱水作用があって……化学的には離脱作用という形容の方が正しいのですが……触れた対象から、問答無用で水素と酸素を2:1の割合で引っこ抜いていきます。


 砂糖、つまりショ糖の化学式は「C12H22O11」で、ここからHとOを2:1の比率で引っこ抜くと、綺麗にC12だけが残ります。

 つまり、炭素だけになる!

 こうして、炭素の黒ずみが隙間に残ることによって、ぱっと見では黒い「ブラックオパール」の完成というわけです。ひどい。


 ……そういえば、オパールが家系の石になっている一族って、記憶にありませんね。

 もう、記録がこの屋敷にある限りは、隅から隅まで調べたはずですし、そして、アルビノアの宝石学の泰斗であるおじいさまの蔵書から、家系の石なんていう重要情報が漏れているわけはない。


 ということは、オパールもエメラルドと同様、何らかの理由で、古い時代のアルビノアにはとても縁が薄い宝石だった?

 でも、オパールのイメージをなす、あの虹色の遊色効果。

 あの揺れる多様な色が、何か縁起が悪いとか何だとか言われてもいたような。


 ……石に不吉も何もあるかと、私は思うのですが、まぁ天から降ってきたペリドットが特別な石ならば、他にも特別視される石はありそうです。良い意味でも、悪い意味でも。


 オパールに何も悪い伝承がなかったら、私はオパールのジュエリーをデザインしちゃいますよ。一つ一つの個性が極めて目立つ石だから、石が手に入らないとデザイン画もへったくれもありませんけど。

 あと、水を含んでいるから、乾燥するとパキパキ割れていく、かなり取扱注意の石なのですけども。




 妄想デザイン画をたっぷり描いて、一人ほくほく顔で、夕食。

 そこで、おじいさまから、追加の爆撃が来ました。


「そうだ。今度の誕生日パーティーだが、アランが参加できるそうだ」


 アランって、どなたでしたっけ?

 ……と、考え込むことしばし。


「お兄さまが?!」


 そう。生まれてこの方、お会いしたことがない、私の四つ年上の兄!

 アラン・ローリン・アルステラ!

 カーマーゼンの学校に通っていらっしゃるはずの……んっ?

 7歳から通い始める、アルビノアの初等教育学校は、4年制です。現在10歳であろうお兄さまは、多分、今年度で最高学年。


 ……あれ? 学校は?

 ファーガス様も、学校があるから、パーティーに来られないのに。


「お前のために、特別課題をこなした、と連絡が来た」

「平日ですよね? 授業は問題ないのですか?」

「そのために、語学の課題を前倒しで片づけたそうだ。あれは数学と化学では、並みの教師より優秀だぞ」


 ファーガス様に、すでに理系に焦点を絞り込んでいる、と言われたお兄さまは、しかし、絞り込んだ学問では、すでにアルス家系の面目躍如の、優秀さを見せつけていらっしゃるようです。


「それに、ファーガス君の通うアーガイル子爵領の学校とは違い、カーマーゼンは同じ領内の都市だからな」


 うっ……そうです。

 カーマーゼン子爵領はシムス地域。アルビノア本島の南西部にあります。

 一方、ファーガス様のアーガイル子爵領は、北西部。王都ロンディニウムから見て、グレートノース山脈の「すぐ手前」というほどに北の地域。

 物理的にとても遠いのですよ、ね。


「アランはな、お前に会いたくて会いたくて、今まで相当に我慢をしていたらしい。公のお披露目になる今度の誕生日会で、お前が他人の前に出るというのに、実兄である自分が会えないのはおかしいだろうと、初等学校の教師陣を説得し、休暇を取ってきたそうだ」


 頼もしい弁舌だな、とおじいさまは笑っておいでですが。

 アリなんですかね……もぎ取れたから、アリなのか。


「ところで私、お兄さまの顔を存じ上げないのですが」

「わしもよく覚えておらん」


 私はともかく、先代当主が、次期当主の顔が分からないって、それはまずいような気がするのですけれど!


「私とお兄さまは、似ていますか?」

「どうだかなぁ……まぁ、髪が赤いのは、家族でお前だけだ」

「それは、そうでしょう」


 私の妙な髪の色。赤みがかった金髪は、シムス地域の先住民の特徴です。700年ぐらい前に、このアルステラに入った遺伝子。多分。

 私の髪を見て驚いた、とおじいさまは仰っていたのですから、私以外には赤っぽい金髪の人間はいない、ということですよ。


「お兄さまや、お父さまや、お母さまの髪は? 目の色は?」

「アランとエドの髪は、枯草色だ。ルビーナは明るい栗色。目の色は、アランが青灰、ルビーナとエドは、明るい青だ」


 赤っぽい金髪に、青緑の目という私の外見が、特異だということがよく分かりました。

 お父さまのお名前を忘れかけていた現実からは、逃避します。

 エドワード・マーヴィン・アルステラ。アルステラ家41代目、と。

 帰国されるのはいつのことなのやら。





ひしひしと迫り来る、シスコンお兄さまの影。

兄妹の再会より先に、主人公との友情を築いてしまったファーガス君の明日はどっちだ。


某有名ネット辞書には、アンモライトは生物起源と書いてあったんですが、宝石学の授業では有機起源の宝石として教わらなかったので、どういうことだってばよ、と先生に確認。

アンモライトはカナダのコーライト社の登録商法なんですけども、まぁいっか。


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