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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
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辰砂の家系と政治の闇

§1で登場したペンダントの裏設定が、表になります。

そして、水銀朱の家系の設定も。





 最後の一つのコランダムを分類し、私とおじいさまは、お互いにハイタッチを交わしました。共に困難を乗り越えた連帯感が、今、私たちの間にできました。


「やった! 終わりました! 終わりましたよ、おじいさま!」

「1年でできたのは、お前のおかげだぞ、アリエラ!」


 お互いを持ち上げ合う女子高生のように、私たちはキャッキャと、テンション高く、再びハイタッチを交わします。

 終わった……ついに、長きにわたるコランダム大軍団との死闘に、決着がつきました……!


「よし、お茶だ! だがその前に!」


 おじいさまが呼び鈴を鳴らすと、さっと執事が現れました。


「例の件、配送を開始するように」

「かしこまりました」


 さらりと流れるような仕草で例をして、しかし、見慣れてきた私には分かる程度には早足になって、執事は姿をひっこめました。例の件?


「悪いが、お前の誕生日会の参加者を、少し増やす」

「……構いませんが、どなたを?」


 アルステラ家のアリエラは生きているぞ、ということを知らしめるためのパーティーなので、参加者に口ははさみませんよ。というか、知り合いが屋敷の外には、主治医のアルバート様と、ファーガス様と、あとは出入りの商人ぐらいしかいない私には、出す希望がそもそもありません。

 が、誰が増えるのかは知りたいですね。


「バークスの阿呆だ」

「不良業者をよんで問題ないのですか?」

「あの石をカットした職人を連れて来させる」


 それは……貴重な情報が手に入りそう。


「あと、宝石商組合の幹部を数名。これでバークスの宝石販売資格に制限などをかけさせる」


 吊るし上げのお手伝いの追加でしたか。

 まぁ、多少どころでなく痛い目を見た方がいいかな、と思いますよ。

 コランダムを寄こせと言ったのに、半分以上は別の石でしたし。


「おじいさまは、バークス商会が性悪業者だとご存じでしたか?」

「先代のころはまともだったのだ……」

「悪い後継ぎだったのですね」

「経営の手腕は評価が高かったのだがな」

「ほぼ間違いなく、不良品を不当に高い値段で売って、稼いでいますよ」

「というわけで、お前のためにも関係者を増やしたのだ」


 ……何が「というわけで」なんでしょう?

 まさか、コランダムの偽物を見破ったりしたので、私がバークス商会に逆恨みされて襲われるとか?

 いえいえ。私が見逃しても、おじいさまが看破なされますよ。


「どうして『というわけで』なのですか?」

「以前、お前に言っただろう? わしの名がついたダイアモンド……まぁ実態はジルコンだが、それと、お前の名をつけた紫色のコランダムで、お前のためのジュエリーを作ろう、とな」


 そういえば、そういう話をしたことがありましたっけ。


「お前の好みのデザインを考えさせるために、元から複数の業者に招待状を出してはいたが、どうせなら、悪いものも見ておいた方が、本当に良いものを見る目が養われるだろう」

「……他にも不良業者を混ぜるのですか?」

「いや、バークスだけだ」


 いたたまれない思いをさせてやろう、と、不穏な笑みを浮かべられます。


「顧客のことを思う他の商会を見て、己の商いの姿を恥じるならよし、恥じぬようならば、それまでの人間ということだ」


 言外に「つぶす」と仰っています。ああっ、剣呑!




「主に罪があったとしても、従業員には罪はないのでは?」

「あの、明らかに柔らかい石を、ファセットにカットして、コランダムの中に混ぜてきた時点で、大なり小なり、従業員も共犯と言えるだろう」


 うっ。それは私も不自然に思った点です。


 カッティングというのは、高度で繊細な技術です。

 柔らかい石の脆さは言うまでもありませんが、硬い石でも劈開クリベージのために割れる恐れはあります。たとえば、ダイアモンドは鉄より硬いですが、鉄のハンマーを全力で振りおろすと、劈開でダイアモンドは砕け散ります。


 あのタンザナイトは、そんな繊細な技術であるカッティングを、すでに施された状態でした。

 あれが明らかに柔らかい石だ、と分かった状態で、カットを施した誰かが、確実にいるのです。

 そして、主がそれをコランダムに混ぜ込んで売ろうとしたことを、誰も知らなかった、ということは、多分ないのです。


「宝石は素晴らしいものだ。この世界の神秘の結晶だ。だが、その美しさは時に人の目をくらませ、その希少さが人を過たせる。

 ジルコンはジルコンとして正当に評価されるべきであり、ダイアモンドの偽物ではない。スピネルはスピネルとして評価されるべきであり、ルビーの偽物ではない。本来はだ。

 だが、実際には、より希少で高価な宝石へのごまかしが後を絶たない。だからこそ、我々は正確に鑑別せねばならないし、不当な売りつけを行う業者を、この知識でもって打ち砕かねばならんのだ」


 お前もその覚悟を持て、と言われ、ハイ、と素直に……頷くにはあまりに重い内容なのですけれども!

 そっと目をそらします。おじいさま、アリエラはまだ、今度ようやく6歳になる程度の幼女です。そんな決断をするのは荷が重いです!


「わしの孫娘は慎重だな」


 ご気分を害された様子はなくて、ひとまずは安心です。

 しかし、宝石が勉強できるやったー、と思っていましたけれども、とんでもなく重大な責任の一端を担わされた気がします。いや、気がする、ではなくて、事実として、担わされてしまいました。

 アアア……こんなところで胃を痛くしている場合ではないのに。


「ところで、お前には三種類のジュエリーが必要だ」

「はい?」

「一つ、子どもの時に正装する時のためのジュエリー。二つ、社交界に出る時に失礼にならないためのジュエリー。三つ、大人として正装するためのジュエリー。このうち、一つめと三つめは、家系の石がある家では、それを用いる」


 つまり、我が家ではアイオライトを使うのですね。

 そして「ウェンディ」の名を使うコランダムで作るジュエリーは、二つめの、通常社交用のものになる、と。


「最初の、子どものためのジュエリーは、わしがすでに用意した。お前が自分で考えるのは、次の二つだ。それはお前の好みで作りなさい」

「……はい?」

「わしが贈ったものが、お前の好みではなかったとしても、社交界に出る時には、お前はお前の好みのものをつけられるようになっているからな」


 おじいさま、まさか……ご自分のセンスに自信がない?

 えっ。でも一流の職人が作ってくれたのですよね? だって、おじいさまという、アルビノア宝石学の泰斗の依頼なのですから。

 ……興味と恐怖が半々です。


「子ども用のジュエリーって、どのようなものなのです?」

「首飾りだ。ノヴァ=アルスメディカのファーガスが持っていただろう?」


 あっ、あの鑑定テストを抜き打ちされた時の!

 良質のレッド・スピネルでしたよね。


「あれは、ずいぶんとシンプルなデザインだったと思うのですが……」

「男児向けならあれでいいんだが……」

「……女児向けはそういうわけにいかない、ということですね」

「苦情は業者ではなく、わしに言ってくれ」




 社交界に出ていく正式の装身具一式パリュールで、盛大に流行遅れのダサいデザインだったならば、まぁ問題かなとは思うのですけれど。でも、幼少期しかつけないジュエリーを、そこまで気にされなくてもいいのでは、と思うのですが。


「幼少期の、貴重な思い出だからこそ、美しいものに囲まれるべきだろう!」

「おじいさまが私を愛して下さっていることは、よくよく分かりました」


 結局、紫外線を警戒して、この夏もろくに出歩けなかった孫娘に、せめて宝石だけは、美しいものを贈りたい、という心のようです。

 ありがとうございます。

 しかし、これは、一周回ってゴテゴテしたものになる予感?

 まぁ派手になればなるほど、失くす恐れは減りますね!


「そういえば、おじいさま。私、気になったのですけれど」

「なんだ?」

「今、私、アルビノアの各家門の『石』が、一目で分かる展示を、企画していますでしょう?」

「そうだな」


 ええ。それでね、さっきのおじいさまのセリフを考え合わせると、どうしたって大変なことになりそうな家系があるのですよ。


「スキア=アルスメディカ家は、辰砂シナバーが『家系の石』なのですが、まさか、今も辰砂でジュエリーを作っているのですか?」


 そう、あの謎の家系。辰砂はきれいな赤ですが、毒物ですよね?


「スキア=アルスメディカのジュエリーは、赤いガラスで作られる。辰砂の大きな標本を所有しているが、それは家宝として代々屋敷に継承しているのだ。さすがに、毒性が確認されてからはな」


 エッ。まさかのガラス。石じゃなくて?

 あと待って下さい。変な注がつきましたよね?


「毒性が確認されてからは……ということは、確認される前は?」

「いくつかあったそうだが、私も見たことはない」


 なんという伝説のアイテム感。

 絶対に装備したくありませんけれどね!


「かつて、スキア=アルスメディカの関係者に、短命のものが少なくなかったのは、水銀の影響もあるだろうと、私は考えている」

「歴史書では、『ウェルスフォルカの悪夢』の時期に、処刑されている関係者を、結構見るのですけれども……」

「それは、あの家の特性上、仕方のないことだろう」


 おじいさまは、お茶の時にする話ではないのだが、と前置きをし、スキア=アルスメディカ家について、簡単に説明して下さいました。


「ファーガス様は、一生関わり合いになれなさそうですね……」

「まぁ、内臓の話で食事が喉を通らなくなる程度では、スキア=アルスメディカ家とはつきあえんだろう」


 分かりやすく言うと、スキア=アルスメディカ家とは、アルビノアにおける、フランスのサンソン家のような存在。あるいは、江戸幕府における、山田やまだ浅右衛門あさえもん一族。

 そう、すなわち、死刑執行人の家系。


「人間は案外簡単に死ぬものだが、苦しませることなく死なせるためには、高い技術と深い知識が必要だ。そして、スキア=アルスメディカ家の研究蓄積は、わが国の医療水準の向上に大きく貢献している。医学の光と闇だな」


 ファーガス様がいらっしゃったら、話題のグロさで吐いているかもしれません。

 一度「ウェンディ」として死んでいる私は、多少のことでは動じませんが。

 ていうか、流血ごときで青ざめていたら、女子は生きていけない。


「で、どうしてそれが、処刑される人が一族に増えることにつながるのです?」

「内乱期というのは、権力者の頻繁な交代時期だ。ある者にとって不都合な者を処刑した存在というのは、それを倒して次に権力を握った存在にとっては、排除すべき対象になることも少なくないのだよ」


 職責を果たして、権力闘争のとばっちりを食らうということですか。

 ものっすごい貧乏くじの家系ではないかしら……





伝説の同人誌『十三世紀のハローワーク』でも紹介されているとおり、死刑執行人というのは、古来より非常に忌み嫌われている仕事であります。それこそ、触れ合った人がケガレとして共同体を追放されて、悲嘆のあまりに自殺する程度には(※ドイツの実話だそうな)

スキアはラテン語の「影」より。執行人になるまで「スキア」とは名乗りません。


万死に値する罪を犯した人間に、極刑として死刑を求めるのなら、誰かがその罪人に手を下さなければならないわけです。死刑執行人に対する賤視というのは、死刑を要求する世の中においては矛盾じゃないのか、とか思ったりもするのです。

それだけ死というものが忌まれ、おそれられていたということなのでしょうが。


ダイアモンドは割ってみた。私がじゃない。研究会がだ。

もちろんのこと、この世界の神秘である天然ダイアモンドではなく、合成ですよ。

合成でも1カラットものサイズになると、さすがにさすがのお値段ですが。

全力でハンマーを振り下ろした結果、木っ端微塵に砕け散りましたとさ。


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