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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§2.いよいよ6歳のアリエラ、波乱のお誕生日会
33/102

意外にもないエメラルド

多少は磨きを掛けられた、主人公の宝石学知識。

各家系の「石」について、学びを深めていった様をご紹介。

ちょっと不穏な情報も出てくるよ!






 ふざけた箱をよこしたバークス商会との戦いを、一時中断。

 おじいさまと、ティータイムです。


「ところで、アリエラ。先ほど、何か石を別に取り分けていたが、何か妙なものでも混じっていたのか?」


 うおっと、いきなり来ちゃいました。

 私は、取り分けておいたタンザナイトを引っ張ってきます。


「この石がですね、気になるのです」

「……ずいぶん柔らかそうだな」


 傷まみれという時点で、すでにコランダムの硬度じゃないのは明白。

 非破壊検査という大原則のため、故意に傷をつけることはできませんが、送られてきた時点でついている傷は、どうしようもありません。


 ていうか、こんな柔らかい石をうまいことカットした職人は誰ですか。細心の注意が要る作業を、さらっとやって、おかしいと思わなかったのですか。

 どこまでも不自然ですよね。冷静に考えて。


「多色性が……見たことのない色だ」


 休憩中なのに、ルーペで検分してしまうあたり、職業病だなと思います。

 しかし、後でと言って、おじいさまの時間をお取りするのも申し訳なく……結局、今お見せするしかないのですよね……


内包不純物インクルージョンが多い……宝石には向かない、はず、の鉱物だが……しかし、色は悪くない……これは?」


 緑簾石エピドートの仲間の、灰簾石ゾイサイトの変種です、と、即答したいのは山々ですが、産出状況どころか産出地の地名も知らず、カットされた石だけ見た状況で、それを即答できる人間なんかいるわけがありません。

 なので、分かっちゃいるけど喋れない、ってやつです。


「私は、これは新鉱物ではないのかと思うのです」

「その根拠は?」

「おじいさまの宝石学の著書は、隅から隅まで拝読いたしましたが、青と赤が見える多色性を示す宝石は、記述がありませんでした」

「既存の宝石の変種という可能性もあるぞ」


 適切なご指摘を有難うございます。ゾイサイトもありませんでしたけどね。


「その可能性も含めて、これは個別に調査すべき案件だと思うのです」

「よし。それでは、これをお前の研究課題としよう」

「わかりました」


 これは、ファーガス様に報告すべき内容ですね。

 タンザナイトからは、まぁ、新元素は見つからないと思いますけど。

 ケイ酸塩鉱物なので、組成のほとんどがケイ素と酸素。あとは、水素とアルミニウムとカルシウム。微量のバナジウム。

 めぼしいのはバナジウムだけなのですが、発見済み元素なのです。


 なお、バナジウムの名は、北欧神話の愛と美の女神バナジス、すなわちフレイヤが由来なのですが、こっちの世界では、エリスロニウムと命名されています。ついに地球の知識と齟齬が出ました。

 ほぼ英語のようなアルビノア語で、日常会話に支障がなかっただけでも、儲けものというやつですよ。この上元素名まで完全一致とか、ないない。


 研究課題を確認したところで、今度こそお茶です。

 本日の茶葉も、ヒンディアの山岳部で採れた自生種。つまり、地球で言うところの、カメリア・アッサミカ。ミルクが合います。お砂糖はスプーン1杯まで。

 未発達な乳歯の噛む力は弱いので、お菓子は時々ふやかしていただきます。


 食後には、ばあや特製の歯磨き粉で、きちんと歯を磨きます。岩塩と何種類かの薬草を混ぜて作ったもので、泡は立ちませんが、ミントが入っていてお口リフレッシュです。

 そして、すっきりサッパリなお口になったら、私はお昼寝です。

 おじいさま、申し訳ありませんが、私はまだ幼女でして……


 あー、ファーガス様にお手紙を書かないと……




 お昼寝から覚めると、空は見事なラヴェンダーパープル。

 本当に、日が落ちるのが早いですね。

 つるべ落としなんて形容では追いつかない、これが高緯度地域の秋。


 さて、私がお昼寝している間に、おじいさまの分類はどこまで進まれたのやら……とはいうものの、もう日が落ちるので、今日の作業は終了でしょうね。

 しばし、ベッドでふにゃふにゃと夢うつつを楽しみます。

 コランダムの分類作業に戻りたくない……わけではありません。


「お嬢さま。そろそろお目覚め……でしたか」

「はい」

「今日のお仕事も、お疲れ様でございました」


 本日の分類作業は終了したようです。明日また、日が昇ったら再開。

 つまり、あの性悪バークス商会の謎の詰め合わせとは、本日はもう格闘しなくてよい、というわけです。わーい。

 本当にまったく……おじいさまが最後に回したわけですよ。ろくでもない。


 その通り、コランダムの分類作業も、あのバークス商会のひと箱で最後。

 カラーチェンジ・サファイアは、やっぱり数が揃いません。

 どうしてもないなら、まぁ、本部に最高の見本を一つ置いて……と、ないなりに工夫をする予定だそうですが、できる努力は全てしてから。


「お召し替えしますよ」

「はぁい」


 寝巻で夕食に出ていくわけにはいきません。

 食事は大好きな私ですが、形式ばった夕食は実は苦手です。

 だいぶマシになってきたとはいえ、不器用な手つきでそれなりのドレスに食べこぼすと、そのたびに心臓に悪いですし、お茶の時のように、おじいさまと会話をすることもできません。

 どなたかお客様でもあれば、歓談の時になるでしょうに……


 アルバート様がお泊りでいらっしゃって以来、おじいさまと私が暮らす、このクライルエンの屋敷に、泊りがけで来られたお客様はありません。

 夏になったら、クライルエン街中散歩をしようと、ファーガス様と話していたのは私ですが、紫外線に撃墜されて倒れたのも私です。

 フィールドワークへの道のりが険しい……でも、挫けませんよ!


 お部屋の外を出歩ける程度の服装になったら、博物室へ。

 前世「ウェンディ」の時の記憶が、鮮明になってしまったあの部屋は、古いものから最新の知見までごちゃ混ぜで、だから楽しい宝箱のような部屋です。


 現在、新しい鉱物標本棚の増設計画が進んでおり、私は「宝石で虹を描く」という計画を提出しています。

 そのままだと却下されそうな気がしたので、アルビノアの有力家門の「家系の石」も照合できるように、企画書をまとめましたよ。

 おかげで、関係者に会ったこともない家系まで「石」は覚えました。


 ちなみにお母さまのご実家、アグラ=アルスヴァリの「家系の石」は、緑色のガーネットでした。灰礬柘榴石かいばんざくろいし。つまりグロッシュラー・ガーネット。名前は西洋スグリ(grossularia)に由来します。

 多様な産出形態を呈しますが、スカルン中から発見されることも珍しくないからか、この火山国アルビノアでも少量ながら産する様子。

 カルシウムとアルミニウムのケイ酸塩鉱物なので、ファーガス様がお探しの、珍しい元素は入っていませんけれども。


 もっとも、純粋なグロッシュラーは無色。緑色を呈するためにはクロムが含有されたり、他のガーネットと固溶体をつくったりする必要があるわけで。

 そういう点では、本当に、アルバート様のハルバ=アルスメディカ家の、パイロープ・ガーネットと同様に、鑑別が七面倒くさい宝石です。


 というか、ガーネットは全般、中途半端な勉強量では、清々しいほど引っかけ問題に落ちる、ややこしい宝石グループですよね。

 おじいさまに目視鑑定試験で出された、黒すぎてアルマンディンにしか見えないパイロープと、珍しく明るめでパイロープに見えるアルマンディンの問題に、見事に引っかかった悔しさが……グヌヌ。




 そういえば、調べていて疑問がわいたのです。アグラ=アルスヴァリ家の石について。

 農業技術の家系だから緑色の宝石、というのは納得しました。

 しかし、緑の宝石の代名詞はエメラルドですよね。

 希少性という点で遠慮したのかな、とも思ったのですがならば、王家の秘宝の隕石ペリドットを上回る激レア宝石なんて、まずないですし。

 ……という謎は、自力で解消しましたよ!


 アルス家系は古いのです。養子を入れつつも、800年の歴史を持つわけで、そして「家系の石」は、基本的には建国者であるウィリアム1世征服王の時代に定められています。

 つまり、その時代にない石は、入れようがない!


 より正確に言うと、800年前にも、たしかにエメラルドは見つかっていたのですが、東方の大帝国で聖なる石とされ、ヒンディア近辺からの流通ルートが、買い占めで途切れていたそうです。それでろくに手に入らなかったのですと。

 そういうわけで、アルビノアには、エメラルドを「家系の石」にする家が存在しません。


 サーマスにエメラルド鉱山がある、という噂はあるそうですが……多分、地球でいうところの、コロンビアでしょうね。至上の緑はムゾーのエメラルド。

 サーマス大陸には、他にも新しい宝石が眠っている可能性があります。だから、宝石にも詳しいお父さまが、調査団メンバーに選ばれるのも、大いに納得ですよ。


 なお、エメラルドは鉱物としては緑柱石ベリルといい、色によって名前が変わります。

 水色の緑柱石をアクアマリンといい、これは別のアルスヴァリ家系の石に設定されていました。

 マリナ=アルスヴァリ家。航海術や漁業などを手始めに、島国ならではの海洋関連の研究の家系。まさに「海の水(アクアマリン)」がぴったりですね。なお、アルスヴァリの始祖五兄弟のうち、次男の系譜だそうです。

 で、この家にも治水の研究蓄積もあると聞いて、何故かしらと思ったら、津波対策だそうな。ああ地震国アルビノア……


 あと、それ宝石にしていいの? と思った家系もありました。辰砂とか。そう、水銀朱です……毒物じゃないですか。

 しかも、何の皮肉か、アルスメディカ一門でしたよ。復活者でアルス称号をつないでいる系統でしたけども。スキア=アルスメディカ家。

 地球の錬金術において、水銀は、不老不死を実現する「賢者の石」の材料だと考えられていましたが、それにしたって医療家系で……と思うわけですが、この家系はおじいさまが設定しなおしたのではなく、もっと古い時代から「水銀朱」で固定されていたそうな。


 歴史書を読むに、なんか血なまぐさそうな家ではありました。

 ファーガス様が教えて下さった歴史書をひもといたところ、件の一門の関係者の名前がよく出てくるのが、かの「ウェルスフォルカの悪夢」……アルビノアの内乱期です。

 いえ、それだけなら別に何とも思わないんですけれど、関係者がしょっちゅう処刑される記録が出てくるのですよね。闇を感じる。


 そこへ来て「家系の石」が、毒物でもある水銀なのですから、何か怖い、というイメージを抱いてしまうのも、致し方ないことかなと。

 流血がダメなファーガス様は、スキア=アルスメディカ家とは距離を置いてらっしゃいそうだし、現実に知己ができるまで、この家の実態は不明なのでしょうね。


 ……これで、単に研究に没頭しすぎる気質で、難しい政治世界の世渡りが下手で、それで貧乏くじを引かされて、しょっちゅう処刑されているだけ、というオチがついたら、ひどい話すぎてどうしましょうですよ。

 しかも、あり得ない話とも思えない……


 国外では、軍功貴族と学術貴族が二人一組ツーマンセルで行動する……という原則の元ネタになった、その二人の家系は不明です。しかし、研究者肌すぎて、社交下手な学術貴族が少なくないのも事実だそうなので。

 口下手で誤解されて処刑されるとか、古代や中世の王様が絶対的に強かった時代になら、わりと珍しくもなく発生しそうな案件なんですよね。


 ……私はこの人生をエンジョイするため、それなりの話術を身につけておこうと思います。誤解されて孤立することがないように。

 まずは、来週に迫ったお誕生日パーティーで、幼女特権の愛嬌を振りまいて回りましょう。めざせ、可愛がられキャラです。





パイロープは、固溶体を構成するアルマンディンの色が出ているので……アルマンディンの色が濃く出てきたりすると、涙が出るほど見分けが付かなくなってくることがあります。

見分けテストで引っかかったのは私だ!! グヌヌヌヌ……!!


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