灰簾石がついに出た
新年度と共に§2開始。6歳のお誕生会をメインに、イケメンを増やす予定。
コランダム分類の作業が、1年近く経ってもまだ終わっていなかった現実。
ストックが少ないので、すらすらっ、と進むかは不明。
それで何で投稿するのかって、とりあえず、3話分は書けたから。
それすぐに止まるやろ、というのは分かっているからツッコまないでください。
ごきげんよう! アリエラ・ウェンディ・アルステラ。まもなく6歳になります!
私は11月1日生まれ。ただいま10月の後半です。
あああ……夏が終わってから、冬までが早い!
あっという間に、緑色だった木々は赤や黄色に色づいて、落葉樹の葉がひらひら舞い落ちる秋。そろそろ霜が降りる日もあり、いよいよ冬へのカウントダウンが始まった感じです。
そんな、ただでさえ日照時間が短くなる日々、生まれて初めての公のお誕生日会のために、あれやこれやの詰め込みスケジュールです。
いえ、夜は寝ていますし、昼寝もしていますよ。健康のために。
この夏はたっぷり日陰で日光浴をし、美味しいご飯を味わって、健康養生に努めたのです……おかしくないですからね?
日陰でも十分、反射した光で日光浴になります。
何故こんな珍妙な日光浴もどきをしたのかというと、原因はあの真っ白な私のお肌にあります。私のメラニン生成能力は、私が予想していたよりもさらに弱かったのです。
そのため、直射日光を浴びると、お肌は真っ赤に火照って、軽く火傷状態になってしまいました。ばあやお手製の保湿剤が、本当に有り難かったです。
が、骨を元気にするため、日光浴は必須。過度な紫外線は健康を害しますが、あんまり紫外線がなくても、人間は不健康になります。
そこで私は考えました。そうだ、直射日光がダメならば、反射日光に当たればよいのでは? と。
それが効いたのか効いていないのかは、よく分かりませんけれども、日陰を追いつつお散歩をして、それなりに体力は上がった感じです。
ただの成長期かもしれませんが、何にせよ寝込むことが減ったのはめでたい。元気なことは財産です。とても素晴らしい財産です!
さて、このところの私を忙しくさせている理由。
……前の冬から戦っている、あの、コランダムの件ですよ。
中央を黒寄り、周辺を白寄りにした、巨大な色相環の中に、実際の石をだいたい配置する作業が終了。もっとも鮮やかな「基準石」を、おじいさまとともに選出しました。
問題は、カラーチェンジ・サファイアの分類!
色が劇的に変化する方が珍しい、という見解は一致。
しかし! この色変化というものが珍しすぎて、十分な数の「カラーチェンジ基準石」が、おじいさまのコレクションでさえ確保できませんでした。
で、おじいさまの出した結論が「母数を増やそう」。
たくさん集めたら、いいのも多少は引っかかるだろうという寸法です。
そういうわけで、おじいさまがコネというコネを発動してかき集められた、国中のサファイアの確認作業に、私も駆り出されています。
カラーチェンジの問題点は、室内の暖炉などによる明かりで見える色と、太陽のもとで見える色との違いを追求しなければならないところ。
そう。高緯度にあるアルビノアの冬は、日照時間が短い。なので、作業効率が格段に落ちてしまうのです!
冬が来る前に、最低限、宝石商組合の幹部の数ぐらいは、基準石のセットを揃えねば……仕事が次に持ち越される……
心おきない寛ぎのために、今日できる仕事は今日やるのです。明日はまた日が短くなる!
しかし、大急ぎでひっかき集めたものだから、何が問題って、サファイアじゃない石もゴロゴロ混じっているという……絶対、どさくさ紛れに第一人者の鑑別をもらおうという企みが入っていますよ、コレ!
ひょっとしたら、今年の冬でも終わらないかもしれません……
「おじいさま、コランダムはこれが全部です」
「残りは?」
「スピネルとガーネットと、こともあろうにアメジスト」
「またずいぶんと適当に突っ込んだな……どこだ?」
「ロンディニウムのバークス商会ですね」
「ああ、うん……追加の鑑定料金を請求してやろう」
宝石の非破壊検査は、技術の発達した現代の地球でも、本当に、本当に難しかったというのに……まったく抜け目のない連中です。
おかげで、偏光器、分光器、屈折計の扱いは、手慣れたものですよ。
偏光器の下の板に、ちょん、と石を載せます。
そして下から光を当て、上のフィルター越しにのぞきます。
上のガラスには、特定の直線偏光だけを通す「偏光フィルター」が貼られており、単屈折の石や潜晶質、あるいは非晶質の石は、何の反応もありません。
覗き込みながら、くるくる石を回していくと、チカチカ光が明滅しました。
(おっ、複屈折!)
複屈折とは、光線がある種の物質を透過した時に、光が二つに分けられることです。例の、ジルコンの稜線が二重になって見えるなどの原因。
二重線が目視できない程度の複屈折率だったり、石が小さくてルーペで調べられる限界であったりする場合、この偏光器の出番となります。
単屈折などの石に当たった光は、同じ偏光のままで上のフィルターにぶつかります。すると、遮られてしまう偏光パターンのままなので、光はフィルターを越えてきません。
しかし、複屈折をもつ石だと、遮られるパターン「ではない」光に変換されるために、上からのぞいた時に、目に光が届くのです。
ちなみに、水晶玉を偏光器でのぞくと、くるくる回すうちに、不思議な十字模様が浮かんできます。ガラス玉だと、変な模様が出てきて、しかも回してもちっとも変化しません。一瞬で見分けられます。
「で、比重は……と。1.2ctぐらいで……」
みんな大好きアナログ計測。デジタル機器がないんですよ仕方ない!
メスシリンダーの水の中に、謎の石を入れて、体積を計測。本当の比重の測り方は違うけれども、正直、そんな精密な測定器具はこの世界にはないので、もう大雑把でいいのです。だいたい。
しかし、そんな大雑把計測でも、サファイアの比重4.0より軽いというのは分かったりします。はい、これサファイアとしては偽物ですね。
「多色性は……微妙に、ある……っていうか、赤っぽい?」
やばい。
来た。ついにコレが来た。
私がおじいさまから、最初に受けた「家系の石」判定テスト。
あの時、もしもコレが混じっていたら、本当の本当にやばかった、という、例の石が、ついにサファイアの顔をしてやって来た!
「どうかしたか、アリエラ」
「いえ。詳しくは後でお話ししようと思います」
別のところに取り除けて、付箋はまだ発明されていないので、メモ書きをした紙の上に「ソレ」を載せて、飛んでいかないように、小さめのガラスドームで蓋をします。なくしてたまるか貴重なサンプル!
そう、アレがやってきたのです。
タンザナイト!
鉱物名はゾイサイト。和名は灰簾石。18世紀後半から19世紀初頭のスロヴェニアの貴族で、学者で、芸術のパトロンもしていた、ゾイス氏に由来。
この世界にゾイス氏がいるかどうか不明なのですが、とりあえず、地球で言うならば、これは青紫色のゾイサイト。商業名タンザナイト。いや、そもそもこの世界にタンザニア……それを言ったら、きりがありませんね!
なお、地球では錬金術が発明されていて、別に青紫とか青でもないゾイサイトも、加熱をすれば素敵なキリマンジャロの夕暮れ空色に。
2000年代の地球で流通していたタンザナイトの99%は、加熱処理をしたゾイサイトだとか書いている本もあったぐらいで、つまり、そのぐらい、天然非加熱のタンザナイトというのは貴重品。
処理技術が未発達な世界に転生して、何が美味しいかって、こういう、ほぼ確実に天然モノであろう、とんでもないブツに出会える点ですよね。
しかし、タンザナイトには、たくさんの問題点があります。
まず、モース硬度が6.5。つまり水晶より脆い、とか。
それに加えて、劈開のために割れやすい、とか。
正直「宝石」としてはどうなの、って思う点が多々あるのですが。
ですが、美しさは罪ならぬ、美しさは正義。結局、人気宝石になりました。
名前のロマンティックさも、絶対貢献していますよね。
ティファニー社の命名センスは、本当に素晴らしいと思います。
これを新宝石として売り出すことになる時は、私が名前をつけますよ。おじいさまに任せたら、きっと「アリエライト」とか、適当な名前にされそうな予感しかしませんからね。
申し訳ありませんが、アリエラはおじいさまについて、ネーミングセンスだけはいかがなものか、と思っております。
はい、仕分け仕分け。続き続き。
スピネル、スピネル、コランダム。スピネル、コランダム、ガーネット。スピネル、ガーネット、アメジスト。
……違うもの混ぜすぎじゃないかしら、バークス商会!
これ、完全に一度も仕分けしていない「それっぽい箱」を、そのまま送りつけてきているでしょう!
タンザナイトがひっかかったので、まぁ貴重な勉強としますけど。
体積同じでも、水晶の比重は2.7しかないので、比重4.0のサファイアと比較すると、とっても軽いんですよね。
まぁそんな精密電子天秤みたいな指先はしていないので、同じ重さのサファイアを水に入れた時と、メスシリンダーの目盛りを比べて量るのですが。
ちなみにスピネルの比重は3.6なので、小さいものは水の目盛りでは判定しづらく、そういう時は偏光フィルターが大活躍です。単屈折だから光りません。
なお、ガラスも非晶質なので偏光フィルターで反応しないのですが。しかも、混ぜ物によって比重も自由自在という悪辣なブツなのですが。
これ冬までに間に合うのかしら……残りひと箱が限りなく遠い……ていうか、この箱の石が、本当に小さいのが多くてつらい……
いえ、夏の長い日照時間を生かして、残りひと箱まで来たのです。あとひと踏ん張りで、楽しい冬休みですよ! まだ学齢に達していませんけど!
ついに学齢に達して初等学校に入学されたファーガス様とは、文通を続けています。どの石を燃やしたら何色が見えたとか、乳鉢三つ目を壊したとか。
しかし、ファーガス様は、私の誕生日パーティーには来られません。だって平日ですもの。学校がありますもの。
私の誕生日が社交期に当たっていたら、あるいは来られたのかもしれませんが、そうなると私が大人になってから、自分の研究発表で手いっぱいで、誕生日祝いどころではない状況になるんですよね。
貴族のお誕生日会が優雅なものだと思ったら、このアルビノアでは大間違いなのですよ。むしろ上流庶民の方が「貴族」っぽい。
学術貴族は研究が本分なので、いわゆるイメージとしての「社交」は、政治を動かす庶民院の関係者の方が、ずっと華やかなのです。
そこいらは、軍功貴族と上流庶民の皆さまの領分ですよ。
軍功貴族の、立派な制服、一糸乱れぬ整列と行進、優雅なダンス、卓越した乗馬技術、華麗な剣さばき……他国の人は、きっとすごいと思うでしょう。
強く気高く美しく。理想の「貴族」を各国に演じるのが、軍功貴族の仕事。
そして学術貴族は、対外的にはその陰にひそむのです。
文化会系の学術貴族、体育会系の軍功貴族。外交の時は二人一組で。
他国でも行動するようになったアルビノア貴族には、必ず「相棒」が定められます。大陸では「アルビノア流で」を、「信頼できる相棒と共に」という意味で使うぐらいです。
研究熱心だけれど人付き合いの苦手な学術貴族と、人当たりには卒がないけれども複雑な話は苦手な軍功貴族の、親友同士というのが、昔々にいたんですって。それで、いつも二人一緒に行動して、なんでも二人で解決したから、それにならって、今でも外国では、学術貴族と軍功貴族とが二人一組になるのが習わしなんですって。
……と、ばあやは教えてくれましたが。
おじいさまとアルバート様が、軍功貴族に結構辛辣なことを仰っていたのは、まぁ、現実はこんなに美しくはない、ということの証左でしょう。
つまり何が言いたいかというと、学術貴族である私は、必ず軍功貴族と組まされることになるので、ファーガス様とは絶対に組めない、ということ。
脳筋な人に当たらないとイイナァ……
偏光器の扱い、ちょっとずつ覚えてきました。
水晶は、合成水晶だと、十字模様の中心に、虹色の光の環がピッカァァ! って光りました。天然水晶でも出ることはありますが、あんまりピカピカしているのは、合成の可能性が上がるらしいです。
学術貴族と軍功貴族の「二人一組」原則は、まぁ、相性を考慮しながら選ばれるということになっているのですが、マッチング100%なんて奇跡は起きず、ナニカあったのでしょうね、クロードおじいさまも、アルバート先生も。
順調に成長していったら、アリエラにもペアを組む軍功貴族が出てきます。だいぶ設定も固まってきました。ていうか、アリエラをドイツ(仮)に送るというストーリー展開の一案を達成するためには、相棒が設定されないといけないんですよ……
で、脳筋に当たるフラグが、立ったと思われます?




