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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
31/102

思い出はラヴェンダーの香りとともに

甘酸っぱい思い出のようにも見える第1部完。

ちゃんと、次なるイケメンへのフラグは立てましたよ!






 焚き火祭りは、おじいさまがマグネシウム試料を大量に放り込み、目が潰れそうなほどの真っ白な輝きを見せて、お開きになりました。目がチカチカして、寝つきが悪くなりました。どうして最後にマグネシウム……

 翌朝、私はもちろん、寝坊をしました。


「ばあや、ファーガス様は、もう出発された?」

「まだでございますよ。お嬢さまと一緒に朝食を召し上がりたいと」

「おっ、お風呂は後回しに! 急ぎます!」


 じたばたと寝巻を脱ぎ、見苦しくない程度には身づくろいをします。髪の毛は簡単にまとめてもらいました。


「おはようございます、ファーガス様」

「おはようございます、アリエラ嬢」


 この何日かでなじんだ朝の挨拶も、今日で一区切りです。

 あっ、ダメ、なんかもう、泣いてしまう……


「貴女は、やっぱり泣き虫さんですね」

「私、もっと元気になります……だから今度は、クライルエンの街中散歩をしましょう?」


 私のお願いを、ええ、とファーガス様は笑って受けられました。

 いつもより、一口ひとくちを、丁寧に噛んで咀嚼します。

 それでも、全部食べてしまえば、食事は終わりです。


「教授の蔵書が目当てで来ましたけれど、アリエラ嬢、貴女と友人になることができて、本当に良かったと思います」

「私も、ファーガス様と友人になれたこと、幸せに思います」


 言いたいことは他にもあるはずなのに、結局、こういう陳腐な言い回ししか出てきません。うう……もっと語学も学ぶべきですか……


「お手紙を下さい。レポートの進捗状況や……いえ、それがなくても、なんでも構いませんので」


 ファーガス様の言葉に、はい、と頷きます。ああ、涙が出てきました。


「書きます。おじいさまとの研究のこと、私の知っている鉱物の話、新しい元素がありそうな鉱山……いっぱい、書きます」

「私も手紙を書きましょう。それから、たくさんの本も贈りましょう」

「お待ちしています」


 お互いに、なんだか不器用に笑い合ったところで、ノックが響きました。


「ファーガス・ノヴァ=アルスメディカ様。アルバート・ハルバ=アルスメディカ様が、お待ちです」

「参ります」


 コートを羽織って小さな鞄を手にされれば、もう、出立の準備は万全です。

 真面目に人前に出るほどの格好ではないのですが、お見送りをしたくて、その後にちょこちょこついて歩きました。

 アルバート様には、寝込んでいる時に診察もされていますもの。今さら。


「アリエラ嬢、あとでちゃんと、しっかり眠って下さいね」

「……はい」

「私も、馬車の中で寝ることにしますよ」


 マグネシウムの光は、寝る前に見るものではありませんね、と、小さな声でつけたされたので、やはりファーガス様も、あれで寝つきが悪くなられたようです。


「ファーガス」


 アルバート様の声が、エントランスホールに通ります。

 ファーガス様は、それでも、歩調を早めず、私がついていける速度で歩き続けられました。それが、ファーガス様のお優しさだと感じました。




「教授、この数日、貴重な学びの時間を有難うございました」

「お世話になりました」


 貴族らしい優雅な所作で一礼され、そして、アルスメディカ一門のお二人は、このアルステラ家の屋敷から出立されました。


 ぺたん、と、お見送りしたその場所で、私は座り込んでしまいました。


「アリエラ。外は冷えるぞ……」


 おじいさまのお声が聞こえますけれど、動けません。唇を噛んで堪えようとしましたけれど、両目からいっぱいに溢れる涙は、次から次へとこぼれてきて、口の中がしょっぱいです。ついでに鼻水も。

 ばあやに抱えあげられ、蒸気でもくもくけむる浴室に連れて行かれます。


「まったく。お顔がぐちゃぐちゃですねぇ」

「私の、はじめての、お友だち……」

「そうですね……はい、濡れたお召し物を脱ぎますよ。両手をあげて」


 バンザイして、服を引っこ抜かれます。雪の上にへたりこんで、冷えていた体が、湯気でじわじわ温まってきました。

 洗面器に張ったお湯で、顔を洗います。まず一回。涙と鼻水を洗い流し、お湯を取り替えて二回目。ラヴェンダーの香りがしました。


「スノードン伯爵様が、この花には心を落ち着ける作用があるからと、お屋敷の薬草園から、たんと持ってきて下さったのです」


 スノードン伯爵……ハルバ=アルスメディカ家、アルバート様。

 そういえば、お風呂の時に、呼吸器に良い薬草を使うよう、指示を下さったのも、アルバート様でした。

 そうか……なるほど……「薬草の(ハルバ)」アルスメディカ家。アルバート様ご自身のご専門はともかく、家系には薬草の知識を継承している方がいらっしゃるのでしょう。


 よく見ると、浴槽には、リネンの小袋がぷかぷか浮いています。

 その袋をつかんで、よくよく匂いを嗅ぐと、ラヴェンダーの刺激的な芳香が、鼻にツーンと広がりました。


「いい香り……」

「花の季節には、伯爵領の丘陵地帯が、一面の紫色に染まりますよ」

「ばあやは、見たことがあるの?」

「そりゃ、私は、スノードン伯爵領の出でございますもの」


 ナンデスッテ?

 ちょっとだけ気になっていた、ばあやの出身が、突如明らかに!


「え? ばあや、アルバート様と関わりがあるの? もしかして貴族?」

「滅相もない……私は貴族じゃございません。私の父が学術騎士で、薬草からの効率的な精油の抽出に関する研究で、ハルバ=アルスメディカ家とは懇意にさせていただいているのです。そのつながりで、私どもがアリエラ様の乳母やお世話役を仰せつかったのですよ」


 そうだったのですか……なるほど。合点がいきました。

 精油や薬草は、アロマテラピーなどで用いられることもありますが、中には子どもや持病のある人には使えないものもあります。

 ばあやは、その知識のこともあって、私につけられたのでしょう。


 乳母の存在については、今さら過ぎるのでツッコミませんよ。

 乳飲み子を抱えて、火山の実地調査に行くなんて、そんなの無謀というか愚行ですもの。火山ガスで私が死んでしまう。


 しかしこの調子でいくと、お兄さまにも別にばあやがいる? のかしら?

 でも、お兄さまは私より四歳年上だから、確実に私が生まれた頃には、とっくに乳離れしてらっしゃるでしょうねぇ……

 そして湧き上がる、新たな疑問。


 女性のお乳は妊娠・出産を経ないと出てきません。牛乳だって、子牛を産ませることによって、継続的に生産をしているのです。

 なので乳母というのは、ほぼ同時期に出産した女性がなるもの、なんですが。


 ……ばあやって、いかにも「ばあや」って年に見えるんですよね。

 とても5歳児の母には見えない……んです、が。

 あっ、でもさっき「私ども」って言っていましたね!




「えー、と。ばあやが、私にお乳を飲ませてくれた、ということ、は、ないわよ、ね?」


 外堀から埋めていく質問スタイルです。

 ばあやは、ぷっと吹き出して、それから堪え切れずにケタケタ笑いました。


「お乳はうちの嫁のですよ。ルビーナ様よりひと月先に出産したもので、これはちょうど良いと、お声がかかりましてね」


 やっぱり。ばあやが「5歳児の祖母」なら、納得ですよ。


「私にお乳をくれた、ばあやのお嫁さんは、どうしているの?」

「今はスノードン伯爵領で、私の代わりに家計を回していますよ。本来ならあの子がここにいて、その子どもがアリエラ様の遊び相手になったのでしょうが……あの子はソールズベリ伯爵領の出で、薬草の知識には不安があったので、お世話係は私が勤めさせている次第です」


 アアア……こんなところで呼吸器疾患の……

 この疾患さえなければ、私には乳兄弟がいて、一緒に遊んだり学んだりできる環境だった、というわけなんですね。グヌヌ。


「私が元気になったら、その子と一緒に過ごしたりできるの?」

「男でございますから、一緒に、というのは難しいやもしれませんが」

「あ、男の子なの?」

「はい。ロイと申します」


 ほうほう。ロイ君。ひと月ほど私よりお兄さん、と。


「将来、高等教育機関で一緒になったりは、するかしら?」

「私の嫁いだヴィッカー家は、法務系の家系で、スノードン伯爵領の領地経営に関わっております。向き不向きもございましょうが、家風としては、中等教育学校の実務課程を経て、法律事務所で経験を積む……ことになるかと」


 ロイ・ヴィッカー君の将来は、お家の状況によって、すでにある程度決まっているというわけですか。

 でも、中等教育学校の実務家養成課程って、かなりの高倍率のはず……うわぁ、物心ついたら受験戦争対策か……それもそれで大変だ。


「ちなみに、学術騎士に叙されたという、ばあやのお父さまの名は?」

「ケヴィン・リスター。リスター家は染色加工業で財をなした、富裕な庶民ですが、学術騎士に叙されたのは父が初めてでございますね。父は次男でしたので、その分、経営より研究に注力できたとみえまして」


 ははぁん。

 そういえば、私が染料に興味を示した時、ばあやがスラスラと答えられたのは、そういう実家の事情も関係しているのかもしれません。

 だからって、雑草で染めたドレスを薦められるとは、思ってもみませんでしたけれどもね!


「リスター家が家業で染料植物を扱っていた影響から、ばあやのお父さまは薬草と精油の研究をされた。その業績がハルバ=アルスメディカ家に評価されて、そこで、その娘であるばあやが、スノードン伯爵家の法務家系に嫁ぐことになった。そして、ばあや自身の薬草の知識が認められて、私の体調管理を任された……という流れで、合っているかしら?」

「ご明察」


 この世に歴史あり、世をなす人にも歴史あり。

 狭い気がした私の世界も、辿り辿れば、広い世界につながっているのですね。


 馬車が見えなくなった時には、もう一生ファーガス様には再会できないような気分になっていましたが……そうです、今の私は、前世「ウェンディ」よりは、ずっとずっと健康体なのです。きっとまた会えるはず!

 よし! 次にファーガス様に会う時には、色々な研究成果を披露して、もっともっと、ほめたたえられる淑女になっておくのですよ!


 ラヴェンダーの香りを、もう一度胸いっぱいに吸い込むと、なんだか、元気が湧きあがってきたような、そんな気がしました。





のんびり穏やかに、特段の事件が起きるわけでもなく、第1部完。

病弱体質の5歳児にそんな波瀾万丈は用意していませんぜ。


次はアリエラ6歳のお誕生会編の予定。

そう言いながら、のっけからまたコランダムと格闘しています。

ロイ君も登場予定キャラですが、§2で出せるだろうか……


しばらく、誤字脱字や、表記揺れの訂正をやっていこうと思います。

読みづらいと思って、「ノヴァ・アルスメディカ」を「ノヴァ=アルスメディカ」に変えたりしたので、そこいらを統一していきます。

§2はまたそこそこ書きたまってから投稿していく予定でございます。


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