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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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ボーンチャイナと燐灰石

医療家系アルスメディカ家では、内臓パイを食べながら解剖学の話題が通常運転。血も見られないファーガス様の明日はどっちだ?!






 夕食時も、アルビノアの産業史のお話が飛び交いました。

 アルビノアが工業技術で名を馳せるようになった陰に、多くのアルステクナ家の研究者たちと、少なからぬアルスヴァリ家の研究者がいたことが、よく分かりました。


 例えば、このお屋敷にも普通に使われている、あのソーダガラスの工業生産については、アルスヴァリ家の一つに養子に入った、アルス称号を失ったアルステクナ系の一門の方が、実用化に成功されたそうです。

 鉄鋼生産の、コークスを使った「ダービー法」は、アルステクナ家の当主が実用化されたとのこと。

 さすが、工業技術のアルステクナ。


「この他、今私たちが使っている食器についても、アルステクナの研究成果が反映されている」


 え? え? まさか、このボーンチャイナも、アルステクナ家の?


磁器ポーセレンの技術は、長らくルヴァ大陸の大帝国の秘密だった。かの地では度々王家が劇的に交代したが、磁器と絹の製法については、長い間国外に伝えられることもなかった」


 おっと。絹の製法も秘密だったのですか。地球の中国もそんな感じでしたが、でも、王女様がこっそり蚕を持ち出したとか、何かそんな感じの逸話があったような気がするのですけど……まぁ、こっちの世界には、こっちの世界の歴史があるのですよね。

 そして中国的な国については、おそらくアレだろうなと思う国はありますが、地球の中国と同じように王朝が交代しているなら、200年前の地図である博物室のタペストリーは、あてになりませんね。


「最初に磁器の製法を解明したのは、現在のゲルマニウスの一地域、ザクセンの錬金術師だ。彼は炎によって世界の謎を『坩堝るつぼに再結晶』させることを試みて、偶然、この磁器の製法を解明した」


 こっちの世界でも、錬金術師が磁器を再現したようです。

 地球のザクセンの錬金術師は、王様をペテンにかけようとして失敗して、磁器を完成させるまで軟禁されたそうなのですが、こちらのザクセンの錬金術師は、そこまでの目には遭っていない模様。

 私が知らないだけかもしれませんけれども。


「磁器づくりに大切なのは、焼成温度以上に、土の成分だったのだ」


 おじいさまの手が、まるで黒板に字を書くように動きました。


「教授、ここは研究室の夕食会ではありませんよ」

「いやぁ、うっかりしておった」


 アルバート様のお言葉から察するに、おじいさまは、門下生たちとの夕食では、作法をぶん投げて、食べながら黒板を書いていらしたのでしょう。

 そういうゼミに私も行きたい……

 今のままの私では、下手をすると、黒板のチョークの粉でも咳き込んでしまいかねませんが……


「磁器の材料は、まず粘土、融点を下げるフラックスの石英、そしてガラス相形成を助け強度を高めるための長石だ。粘土は石英や酸化アルミナ、酸化鉄などの混合物質だが、ある種の蝋石の粉末を基礎に、一般的な粘土を混ぜると、あの磁器が焼きあがることが判明した」


 おそらく、その蝋石が、カオリナイトですね。

 高嶺カオリンというのは中国の地名なので、この世界の鉱物学的命名がどうなっているかは知りませんが。

 なお、磁器の粘土は、カオリナイトが7割以上です。


「ところが、そのせっかくの研究成果は、ゲルマニウスでは十分に発揮することができなかった」




 えっ。せっかく解明した秘術だったのに?

 錬金術師という胡散臭さで、受け入れられなかったのでしょうか?

 と思ったら、もっと直接的でよく分かる理由でした。


「材料となる特殊な蝋石に、採掘の限界が、早々に訪れたのだ」


 材料がなくては何もできません。人間は、無から有はつくれないのですから。


「彼は新しい鉱脈を探す途中で死んだが、その論文を我が国が入手した」

「我が国には、その特殊な蝋石が、豊富にあったということですか?」


 ファーガス様、鉱石の話への食いつきがすごいですね。

 それだけ、新元素発見に対する野望が強いということでしょう。


「いいや。埋蔵量は特段に多くはない。そこでアルステクナの分家の一つ、イグナ=アルステクナ家……ここは、本来は金属加工そのものが専門の家系なのだが、そのさらに分家に、窯業に関わる家系があってな……その、テラ=イグナ=アルステクナ家が、蝋石の使用量を抑えつつ、美しい白い磁器を作ろうと、試行錯誤を重ねた結果、この食器ができたのだ」


 ボーンチャイナは、骨灰が約半分です。その分、カオリナイトの量を減らすことができるはずで、貴重な鉱脈の計画的な利用には、とても重要でしょう。

 ふむふむ、と納得する私の横で、ファーガス様は首を傾げておいでです。


「つまり、蝋石ではない別の何かを、粘土に混ぜている、ということで?」

「ああ。骨を灰にしたものをな」


 ファーガス様の顔から、一瞬にして血の気が引きました。

 アッ、この手の話が大々的にダメでしたよね……

 そしておじいさま、わざとなのですか?!


「骨灰は肥料にも利用されていましたが、現在では多くが、この新製磁器ニュー・ポーセレンの生産に回されていますね」


 平然と骨の話を続けられる、アルバート様。

 これは、アルスメディカ流のスパルタ教育なんでしょうか。


「この食器は、家畜の徹底的な有効利用の極致、ですよね」

「まさに。アルビノアの限られた資源を、最大限に活用する創意工夫といえる」


 お二人とも! それ以上の追撃はやめて下さいまし!!

 えっと、たしか、骨灰の主成分はリン酸カルシウム……一応、鉱物としては、水酸燐灰石が該当する……けど、やっぱり最も効率が良いのは骨からの回収……ああっ! とりあえず、燐鉱物に話を移すんです、私!


「えっと……骨ということは、リン酸カルシウムですから、鉱物学的には燐灰石でも代用可能ではありません?」


 厳密にはできません。私は知っています。ボーンチャイナの原料になるのは、水酸燐灰石。最もよく産出するのは、フッ素燐灰石で、ちょっと違う。

 しかし、ファーガス様をグロ話題からお救いするためには、あほの子のフリもいといませんよ……ッ!


 私は猛スピードで、博物室の鉱物標本の配置を、脳内に再生します。

 燐灰石は、火成岩のペグマタイトやスカルン中に、大粒の標本が見られます。火山国であるアルビノアでも、たしか産出するハズ……あった!


「博物室の地質標本の中に、薄青色の燐灰石がありましたよね! 私、あの青が好きなのですよ!」




 せっせと話題変更の努力をすると、一応は理解されたようです。

 年下の女児にかばわれるなんて、とあとでファーガス様にアルバート様からお説教がなされるのかもしれませんが。

 しかし! 食事は! 美味しくいただいてこそ!!

 わざわざ食事がまずくなる話題を出すの、ダメ絶対ですよ!!


「アリエラが言っているのは、フッ素燐灰石だな。あれは大陸部の西の方にある、ポルトーで採れたものだ。あすこからは、美しい青のフッ素燐灰石が産出される。アルビノア国内でも、青や紫、灰色のものが産出するが」

「骨灰の主成分は水酸燐灰石ですけれどね」


 アルバート様の意地悪! そして、まさかのポルトガル(仮)産。


「フッ素燐灰石が、骨灰の代わりにならないとしても、でも、あの美しい色は、とても素晴らしいと思うのです! 世界の神秘ですよね! フッ素燐灰石を『家門の石』にしている家系はあるのですか?」


 もうひと押し、話題転換を試みたのですが。


「新製磁器を開発した、テラ=イグナ=アルステクナの石に、わしが推薦しておいたぞ。本来は石のない家系だったが、資源の有効活用、新しい輸出製品の開発による国家への貢献から考えて、設定される資格はできたからな」


 アアー! 元に戻った!

 おじいさまは宝石学の権威であり、アルスメディカ一門の「家系の石」の分類を任された方なのでした。成分の近しい美しい石を、業績に関連する記念として設定するのは、十分にあり得る話でしたよ!

 めげませんよ、私は。なんとしても話題を転換しますよ。


「では、新しい家でも、特別な業績を上げれば、一門の石をいただける場合がある、ということなのですね?」

「例外的なものだがな。テラ=イグナ=アルステクナ家の業績は、異論が出ないほどに素晴らしいものだったわけだ。これにより、かの家は、アルステクナの分家の分家、という位置から、一門の有力家系に躍り出た」


 ふむ。本家である「マグナ=アルステクナ」の、分家の「イグナ=アルステクナ」の、そのさらに分家が「テラ=イグナ=アルステクナ」家と。

 やはり、分家の分家と、本家の分家では、多少の差があるようです。

 表向きには本家しかないことになっているアルステラ家にはない苦労が、きっと他の一門にはあるのでしょうね。


「フッ素を含む鉱物といえば……お前たちは、蛍石を知っているか?」


 おじいさまが、ようやく、鉱物の話題に主軸を移して下さった!


「はい。宝石にするには脆いですが、色が美しく、また、ものによっては、蛍のような光を発する鉱物ですね」


 アルステラ家の娘らしく、解説をしてみせます。

 蛍石。モース硬度は4で、四方向から完全な劈開を持つというその特性から、研磨して宝石にするのには向かない鉱物です。透明度は高いし、中にはとても色の綺麗なものもあるのですが。


「全ての蛍石を、必ず光らせる方法を知っているか?」


 おじいさまの言葉に、アルバート様がニヤリと笑われました。

 ファーガス様が、また何かグロ話題が来るのでは、と思われたのか、少し顔をこわばらせてしまわれましたが、これは大丈夫。


「火に入れるのですよね? やったことはありませんが」

「ファーガス君は、見たことはあるかね?」

「いいえ」

「ならば、夕食後に実験をしよう。それぞれ、毛布を二枚用意して、屋敷の中庭に集まるように」


 楽しそうなおじいさまの笑みは、骨の話をしていた時のような、物騒な気配はありません。アルバート様の笑みは、相変わらず不穏ですが。

 人生初の、火を使った実験です! やった!





・ポルトー(Porto):地球でいうところのポルトガルの首都と同じ名前。そもそも、ポルトガルという国名が、ポルトの古名「ポルトゥス・カレ(=カレの港)」が訛ったもの。

……そんな、港を全力で推して参る海洋国家の歴史上の有名人といえば、エンリケ航海王子ですが、エンリケ本人が海洋大冒険をしたわけではなかったりする。


歯磨き粉の「アパタイト」は、水酸燐灰石です。歯と同じ成分だから優しいという発想。

パワーストーンで人気の「アパタイト」は、フッ素燐灰石。美しい緑がかった水色のモノは、ブラジルのミナスジェライス産。パライバトルマリンの安価な代用品にもされてます。


ここで、宝石学の師匠の名言を紹介。

「石からナニカが出ているとしたら、それは気じゃなくて放射線」

「体調が悪いなら、パワーストーンを買うより医者に行け」


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