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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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アルビノア国教会について

書くと言っていた、アルビノアの宗教について。

教皇とか何とか書いているので、大陸教会がキリスト教のごとく思われるかもしれないのですが、よく見ると大陸教会の教義はみじんも説明していないのでした。






 お茶の後、博物室ミュージアムに場所を移して、さらにアルビノアの歴史と地理について、講義を受けました。

 ファーガス様は、素知らぬ顔でノートとペンを持ち込んでおいででした。抜け目のないお方です。

 ……断じて、忘れた私が間抜けなのではありませんよ!


 アルビノアの農業の歴史は、火山灰との戦いですね。偏西風の恩恵があるとはいっても、まったく影響を受けないわけはありません。

 グレートノース山脈から、ノルズレイヤル諸島にかけての火山群が、歴史書でも「制御不能のアンコントローラブル・最終兵器リーサル・ウェポン」よばわりされているのには、なんだかもう、笑いがこみあげてきてしまいました。


「笑いごとではないんだがな」

「人知を超えているので、せめて笑わないと、と思いまして」

「教授、アリエラ嬢は、人間性ヒューマニティが豊かなのですよ」


 アルバート様から、よく分からないお言葉をいただきました。首を傾げていると、ロマンスグレーから柔らかな笑みが向けられます。


「苦しい時に笑えるのが、人間の強さです。さすがは『ストーミィ』の娘ですよ」


 えへへ。褒められちゃいました。

 猛烈伝説を築きあげているお母さまにも、きっとご苦労はたくさんあって、でも、それらを笑顔で乗り越えて来られたんですよね。


 うん。苦しい時に笑えるのが、人間の強さ。

 良い言葉をいただきました。座右の銘にしましょう。

 前世「ウェンディ」は、そう思うと結構、悲壮感が強かったかもしれません。今度はもっと笑って生きましょう。笑いは健康の源なのです。


 氷河期に栄養分が持っていかれた大地に、火山灰が降り積もり。

 溶岩台地に急峻な山地。平地と思ったら泥炭地。案外と偏った降水量、火山のせいで酸性度が高すぎる水源地。

 そして、それなりに定期的にやってくる、噴火と地震、あと津波。

 なんて残酷な条件が揃い踏みしているんですか、この国土。


「水の酸性度調整は、アルビノアの語源ともなった『白い崖』近辺の、石灰岩を用いて行っている」


 ……実地調査に行く前に、おじいさまからお答えが!

 いいんです。答えが判明しようとも、現物にまさる萌えはない。


 首都ロンディニウム北東部の平野が、小麦栽培の拠点。このほか、大麦や燕麦が古くからの主食。これに、サーマス大陸から渡ってきたジャガイモを加えて、アルビノアの栄養の基礎は構成されます。

 国内ではまったく栽培されませんが、海外領土ではトウモロコシも生産されているとのこと。


 この世界でも、主食となる基本作物は、小麦とトウモロコシ、ジャガイモ。そして東のルヴァ大陸で主に生産されている米と、それから大洋島嶼部のイモ類。地球でいう、キャッサバとかタロイモの類です。


 一応は元日本人なので、お米が気にならないと言えばウソですが、この地理的条件で米を栽培するのは、エネルギーの無駄遣いでしょうね。作れないなら買えばよいですし。


 そもそも、私はお米の味を知りませんのでね……お米の味を知っている人ほど、執着はないのですよ。私の前世の食生活は、イモが支えていたのです。なので、お米よりはジャガイモの方が気になります。

 しかし、ジャガイモソムリエが出来るほどジャガイモに詳しかったわけでもないので、とりあえず美味しくごちそうさまですよ。




「主要産業は、かつては牧畜。羊毛による毛織物産業の歴史も古い。現在、輸出総額の多くを占めているのは、鉄鋼と造船業だ。機械工業の進展も目覚ましい。だが化学工業については、最先端は残念ながらフランキアだ」


 ファーガス様の両の目が、野心に煌めいてらっしゃいますよ。

 アルビノアの化学を世界一に引き上げる、その立役者になってやる、と言わんばかりの顔をしておいでです。


「そして、我が国が最も強みを見せているのは金融だ。特に、保険の分野については、フランキアをさえ遥かに凌駕する。我がアルビノアのポンドは、世界の決済で重宝される基軸通貨キーカレンシーだ」


 すごいということは分かりましたが、理系寄り6歳児と、基礎学問が不十分な5歳児に、金融の話をされても困るのですよ。

 というか、私、アルビノアの通貨単位さえ知らなかった……アアアー!


「ちなみに、この資料に出てくる『君主ソヴリン』とは、ポンドの雅称です。現在のポンドが製造されるようになったのは、賢女王オリヴィアの甥、国富王エドワード6世の時代で、オリヴィア女王以前の硬貨が、大陸教会の『神』の象徴を刻んでいたのに対して、これ以降は君主の肖像のみを刻むようになったことから、このように呼ばれています」


 アルバート様は、思っていた以上に、歴史にお詳しいのかもしれません。

 そして、通貨のモチーフ一つとっても、宗教改革の影響が如実に見てとれるのですね……やっぱり歴史学も大切です。


「そうそう、宗教は、アルビノア国王を長とする『アルビノア国教会』が唯一の組織だ。大陸教会からは異端扱いを受けている。というのも、アルビノア国教会は、大陸教会の教皇を『神の代理人』とは認めないからな」


 地球でも、マルティン・ルターが、教皇の権威をバッサリ切って、異端宣告を受けていましたっけね。


「アルビノア国教会は、科学サイエンスを『大いなる存在』の摂理を解明する手段として、重要な位置においている。教説と実験結果が食い違った場合、教説を優先して科学的真実を否定するのが大陸教会であり、科学的真実に応じて教説を深めるのが、アルビノア国教会なのだ」


 おじいさま、大陸教会に対して辛辣ですね!

 しかし、ガリレオ・ガリレイ裁判的なことが起きた時に、科学的に正しい方に肩入れしてくれる権力者の方が、科学者としては有り難いです。

 たとえその本当の狙いが、教皇権の国内からの排除とか、教会財産の強制国有化とか、だったりしても……


「アルビノア国教会の宗教性は、この宇宙に遍く『摂理』が存在する、という、未だ証明されていない仮説を『信じる』点にある」


 ダークマターの正体も、ダークエネルギーの正体も、それどころかおそらく、相対性理論さえよく分からなくても、とにかく大統一理論が存在するに違いない、と考えるのなら、それはたしかに一種の信仰ですね。


「そして、このような『摂理』が全宇宙で通用するのならば、それはもう、その『摂理』自体が、我々の認識世界を設定した『大いなる存在』だと考えるのだ。したがって、大陸教会の説くような『救済』は存在しない。神に祈れば天国に行けるというのは、アルビノアの思想にはそぐわないのだ」


 うわあ。宗教と呼ぶには理性的すぎる。これは異端と呼ばれますよ。




「アリエラ嬢は、動揺なさらないのですね」


 ファーガス様が、珍しいものでも見たように、私をご覧になります。


「何に動揺するのですか?」

「先日、アリエラ嬢は『神』という語を使われたので……いわゆる大陸教会的な宗教観をお持ちなのかと思っていましたが……」


 ああ、あれですか。あの、うっかりですね。

 私としては、神に人格(?)があろうが、なかろうが、私がこの世界に転生したという奇跡が現存する以上、信仰の理由は十分なのです。

 たとい、実はこの世界が、難病を患っていた前世での人生以上に、たくさんの困難をもたらすものであったとしても、それで「感謝」は揺らぎません。

 今、私はおじいさまたちから愛されていて、それだけでもう幸せですから。


「ここではないどこかに、救いを求める人は、きっとどこに行っても、満足することのできない人だと、私は思うのですよ」


 私は、今ここでの幸せこそが、救いだと思うのです。


「『大いなる方』が、意志をもって世界の命運を動かされているのであれ、そうでないのであれ、私にできるのは、日々の食事に喜び、感謝をささげ、ただ真っ直ぐに笑いながら生きていくことだけ、ですもの」


 小麦の香るパンを食べられる。甘いリンゴを食べられる。

 いつまで続くか、保証は全くありませんよ。だってアルビノアは地震大国で、しかもヘラン島の噴火までは、地質学的にはカウントダウン状態。

 でも、だからこそ、今日の食事がおいしかったことに感謝。


 にっこり笑ってみせると、ファーガス様は、どこかぼうっとしたような顔をしておられました。ぺしっ、と、その頭をアルバート様がはたかれます。


「アリエラは、まるで聖女のようなことを言う」

「私は、食事がおいしいことが幸せなだけの、ただの子どもですよ」


 おじいさまの過大評価をそっと訂正しつつ、気になったことは質問。


「ところで、アルビノア国教会には、聖人や聖女の規定があるのですか?」

「国教会の専門の委員会の審査に通れば、認定される」

「条件は?」

「『大宇宙の不変なる真理究明への貢献』と『王国の人民福祉への貢献』の、両方をある程度以上満たすことだな」


 たしかに、学問の徒としては優秀な人でも、人格が破綻しているようでは列聖する気にはなれません。

 そして、アルビノア国教会の性質上、優しいだけの人間でも、おそらく列聖は難しいでしょう。科学を非常に重視するので。


「アルビノアの宗教改革は300年前の話だ。その後100年ほどは、大陸教会との抗争も続いた。しかし例のヘラン島大噴火の影響で、大陸教会はこちらに干渉する余裕を失い、我々は宗教的独立を達成した。こうしてアルビノアは、大陸教会の教義の束縛を離れ、特に経済活動を目覚ましく発展させたのだ」


 マックス・ヴェーバーの古典的名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』に、経済的発展に対するカトリック教義の抑制効果とか、何かそんな感じのことが書かれていたハズ……そういう感じですかね?


「アルビノアの経済活動を拡大させる時、その鍵を握ったのが、海運だ」


 とりあえず、造船業の発展と、主要な港町の話まで進んだところで、夕食の時間と相成りました。

 アルビノア最大の港町は、王都ロンディニウムの近郊にある『セントラルポート』だそうですが、我がアルステラ家の領地の中心であるカーマーゼンも、そこそこ有力な港町なのだそうです。





今更ですが、賢女王オリヴィアの元ネタはエリザベス1世。

名前の由来は二つあります。一つは、ウェルスフォルカ卿の元ネタにした、オリヴァー・クロムウェルの名前の女性形。そして、アルビノアの「国石」に設定した、ペリドットの別名「オリヴィン」。


地球のイギリスのエドワード6世は、エリザベス1世の弟で、しかも15歳で死亡している虚弱体質ですが、こっちのエドワード6世は、オリヴィアの妹の息子で結構長生きの設定……そう、ここでも王朝は一応交代しているのでした。

アルビノア史も細かく書くと大変なことになる。


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