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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
27/102

公開シンポジウムは予算争奪戦

アルビノアは、学者の天国かもしれないし、地獄かもしれない。

そして一行も登場していないのに、武勇伝だけが広まっていく主人公の母。






「それにしても、おじいさまもアルバート様も、予算や経済学のこと、ずいぶんとお詳しいんですね?」


 つい意外だったので、ついつい質問してしまいました。

 ともに、ハハッ、とどこか遠い眼をして、薄笑いをされました。


「アリエラ嬢も、ファーガスも、いずれ身にしみて思い知る立場になると思いますが……国家予算は有限なのですよ」


 何を当たり前のことを仰るのでしょう?

 意味が分からず、首を傾げていると、そうそう私にもこんな時代があったんですよね、と、何故かしみじみされてしまいました。


「その有限の予算を、自分たちの研究分野に、少しでも多く分配させるために、アルビノアでは予算案編成時期に、庶民院関係者などを対象に、大量の公開シンポジウムや、パネルディスカッションが行われます」


 なんて露骨な予算よこせアピール!!

 そうか……研究費に助成金をつけてもらうためには、助成金をつける価値があるという宣伝が、やはり必要不可欠だったのですね……


「アルビノアの庶民の学問的水準が高いのは、経済的に余裕のある家庭の子女が、この公開シンポジウムなどに積極的に参加するからだ、とも言われる。わざわざ大学に行かなくとも、これらによって、最先端の研究内容やその展望に触れる機会が得られるのだからな」


 おじいさまが、壇上の教授然として仰います。


「進学を断念せざるを得なかった層にも、この、予算案編成時期に次々開催される学術的催しの数々は、『自分たちの学びを深める機会』として重宝されている。わしの門下にも、そういう者はわずかだがいる」


 生涯学習の一形態に組み込まれているのですね。

 単なる予算分捕り合戦ではなく、きちんと知識を国民に還元しながら、という点に、とても好感が持てます。


「ただ、聴きに行く側としては楽しい行事だが、発表する側は『今年の予算がどれだけとれるかはお前にかかっている』という、過大な期待で、かなりの心理的負担が生じる」


 おじいさま、アルバート様、師弟揃って目が死んでいます。

 お二方とも、そのプレッシャーで、色々な目に遭われたのでしょう。


「とりあえず、白髪は増えるな」

「教授はまだマシな方ですよ。私は食欲が失せて体重が何ポンドも減りました。アルステクナの友人には、はげが進んだ者も何人もいますよ」


 うわぁ。なんて当たりたくない仕事なんでしょう。

 でも、国家予算で研究をさせてもらうなら、いずれ通る道……今のうちから、参加者側として雰囲気をつかみ、将来に備えるべきでしょうか。

 このクライルエンの屋敷の外に、出てもいいならの話ですけど。


「あれを何とも思っていない学術貴族は、ルビーナぐらいだろう」

「彼女の肝の太さは、もはや伝説の勇士のレベルですよ」

「公開討論会で、全員の研究を持ち上げて褒め殺しにした挙句、最後の最後に美味しいところを持っていって、肌をつやつやさせて戻ってきおった」


 さらに加筆されていく、お母さま猛烈伝説。

 おじいさまさえ白髪が増えた仕事を、お肌つやつやにして戻ってくるだなんて、お母さまはどれだけ強い心臓の持ち主なのですか!




「全発表者中で最年少というので、甘く見られていただろうことを差し引いても、あれの強かさは、やはり只者ではない」

火山の女神(ヴルカーナ)の異名は、ただの看板ではありませんよ」


 お母さま、そんな物騒な二つ名があったのですか。


「別名を『火山学者の女神ヴルカノロジスティーナ』ともいうがな」


 おじいさまが、乾いた笑いをこぼされます。


「彼女に発表者をおしつければ、最低限よりは多額の予算を取ってきてもらえますし、他の研究団体との軋轢もほぼ起こしませんし、自分は研究に専念できるしで、まさに良いことずくめですからね」


「あれの立ち回りのうまさは、やはり、一門関係者が非常に多い、アルスヴァリの出身であることと、関係があるのだろうな」

「アルスヴァリ内部で、研究衝突がありますからね」

「致し方あるまい。何せ、あの一門は『研究者の一族』だ」


 ん? なんだか少し変な言い回しが聞こえましたよ?


「アルスヴァリ家の、専門の研究分野は、どうなっているのですか?」


 はぁい、と幼女特権で、可愛らしく挙手して質問です。

 知らなかったんだ、とばかりな顔で、私を見ないで下さい、ファーガス様。私の人生は、まだ五年しかないのですから!


「アリエラは、我がアルステラが地理および地質を得意とするように、アルスメディカは医療、アルステクナは工業技術など、アルス家系には『家系の専門分野』があるように思っているな?」

「違うのですか?」


「我が国の学術貴族の約半分を占める『アルスヴァリ』系の一門には、家系ごとの専門分野が、特には定まっていない。そもそも『アルスヴァリ』とは『多様な術』を意味する。この一門は、征服王ウィリアム1世に対して様々な技術的助言を行った、五人兄弟にさかのぼる一族なのだ。つまり、建国時から、同格の五つの家が存在している。アルスヴァリ本家の意というものは、五つの家系の当主の話し合いの結論であり、アルスヴァリに本家はない」


 なんと! しかし、ということは、つまり約800年続く五つの家系が存在する、ということ……ですか? なんという驚愕!


「ちなみにアルスヴァリ一族は、いわゆる『復活』が多い家系としても有名で、五つの家系のうち、一人も『復活者』が出ていない家はない」


 アッ、やっぱり研究業績の断絶もあるんですね。しかし、先代存命中に巻き返しが認められないと「アルス」での復活はないわけですから、それはそれはもう血反吐を吐く努力をされたのでしょう、歴代当主は。


「学問が苦手な子どもしかいない場合は、早々に養子を迎えるので、直系家系でないことでも有名です。つまりアルスヴァリとは、血族というより、一つの研究継承機関なのですよ」


 アルバート様の追加説明で、アルスヴァリが、学問的束縛以外の意味で、相当にきつい家系であることは、重々理解できました。

 養子の兄弟が来る、イコール、自分は戦力外……つらい……


「ルビーナは、『アグラ=アルスヴァリ』の出身だ。アグラ=アルスヴァリ家は、征服王の農業大臣だった四男を祖とする。現在では、単なる農業や牧畜業の他、農産物や家畜の品種改良、土壌学から治水まで、多様な研究分野に蓄積を持っている。ルビーナは、幼少期には火山灰土壌の研究をしていたのだ」




 火山灰土壌の研究が、火山そのものの研究になり、めぐりめぐって、地質と地理の家系の跡取り息子と、アカデミック・ロマンスの末に結婚。

 お母さまの人生は、学問的ドラマに満ち溢れていますね。ついでに、予算争奪パネルディスカッションという意味からも、かなりドラマティックです。ひょっとすると、私が想像している以上に有名人かもしれません。

 一緒に温泉に連れて行ってもらえる日は来るのでしょうか……


「そういえば、お母さまのことを、ファーガス様が『ルビーナ・アルスヴァリ=アルステラ』と仰っていましたけれど、アルス家系出身者同士の結婚では、複合姓を名乗るのですか?」


 ファーガス様が先日仰っていた、例の、初等学校進学予定の子ども向け公開シンポジウムの話。その説明の時に、ファーガス様は、お母さまのことを、そう呼んでいらしたはず。


「また不正確な言い方をしましたね」


 アッ、藪蛇したようです。アルバート様の目が険しい!


「『ルビーナ・アグラ=アルスヴァリ・ポス・アルステラ』ですよ。『ポス』は、家系出身者以外で、一族に加わった者を示す符号です。嫁入りや婿入りの他、学術貴族家系の出身者が、別の家の当主の養子になった場合に、ポスがつきます。複合姓を名乗る事例は、かなり珍しいですよ」


 あれは私の早合点だったようです。


「もっと正確に言いますと、今は子爵夫人ですし、教会所属名も加わりますし、さらに出身のアグラ=アルスヴァリの、分家の名も加わるので……」


 とんでもなく長くなることが分かったので、全力で遠慮します。

 私は何の疑問もなく「アリエラ・ウェンディ・アルステラ」と名乗っていたわけですが、ひょっとすると私の本当のフルネームも、もっと長いのかもしれません。王族はこれよりもさらに長いのですか。恐ろしい。


 なお、教会所属名というのは、端的に言うと洗礼名です。幼児洗礼をしないアルビノアでは、幼女な私には、まだ洗礼名はありません。

 そもそも、私、アルビノアでは「神」という語を使わない、と先日知ったばかりというお子さまなので、そんな私が信仰告白を終えて洗礼を受けているということになっていたら、それはそれで神様的な存在に悪い気がします。


 とりあえず、アルビノアの歴史書を読みましょう。そして、アルビノアの宗教観と教会の歴史についても、きちんと学んでおきましょう。

 詳しく知らなくても、何かすごい存在はきっと存在しているだろうと思うので、おうちの礼拝堂での祈りは欠かしませんが。


 こうやって、それなりに元気な体で、地理と歴史のお話を、存分に楽しめているというこの現実に対し、感謝の念をどこかに表明しなければ! と、私は強く思うのです。

 とりあえず、私をこの世界に生まれ変わらせたであろう「何かすごい存在」への感謝は、お祈りで示すのがきっと適切なはず。


「面倒くさいので、私はもう『ストーミィ』呼びです」

「わしも、常はルビーナだが、研究室で集まる時は『嵐』だな」


 同じ研究室の気安さというやつですね!

 そしてきっと、お母さまもアルバート様のことを「スノーウィ」と呼んでらっしゃるのでしょう……あだ名で呼び合う親しい仲……羨ましい。


 この呼吸器疾患を、順調に回復して、私も進学するんですよ! そして、あだ名で呼び合える、アカデミック友情を築くんですよ!

 それでは、健康のために、もう一切れリンゴをいただきます。





公開シンポジウム程度、楽勝でこなせてこその学術貴族……と思ったら大間違いだった。

だって、すべての学術貴族やその関係者たちが、予算をめぐって総力を挙げて研究成果を披露し、支持者を集め、資金を稼ぐための大会だったのですから……


ちなみにアルビノア貴族はカツラをしません。ハゲも一つのステータス。

ストレスさえも、仕事していますアピールに変えて、予算を分捕りにいく戦士たち。

私はこんな環境下で成果をせっつかれたら、間違いなくはげる。


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