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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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貴族たるもの研究者たれ

書きためストックが尽きたので、以後は大変苦労する悪寒……早く社交シーズンまでいきたい……





 ファーガス様は6歳で、次の秋から、初等教育学校へ進学される予定です。

 アルビノアの学校制度は、第二次世界大戦前の日本に少し似た、複線型カリキュラムを採用しています。あるいは、ドイツ的と形容することもできるでしょうか。


 さて、人には向きと不向きがあります。

 カリキュラム制定は、向き不向きとどう付き合うか、という問題を含みます。


 私が生まれ育った頃の日本は、基本的に「単線型カリキュラム」が採用されていました。

 大多数の児童生徒が、小学校から、中学校、高等学校に進む。もちろん、四年制大学・短期大学などなど、最後の方では違う進学先を選ぶ状況になるのですが、中等教育課程まではほぼ一緒。


 このように、中等教育課程に至るまで、ほぼ単一の学習環境しか用意していないシステムのことを「単線型カリキュラム」といいます。


 対して、複線型カリキュラムは、いわゆる「3R」つまり、読み・書き・計算の、本当に必要最低限の学を身につけた後は、職人など、自分の志望する分野への専門教育を充実させる。

 日本では高等専修学校などがこれに該当しますが、戦前はより多様な中等教育の場が開かれていました。


 つまり、向いていないものを勉強するのは程々で止めて、あとは得意を伸ばすことに特化した教育システム。それが「複線型カリキュラム」です。


 で、アルビノアの教育システムは、実に分かりやすい「複線型」です。

 まず全国民向けの初等教育。これが7歳から4年。この4年で、生活に必要な最低限の「3R」を身につけます。

 ちなみに、アルビノア国民の識字率は8割超。結構びっくりな数値です。


 手に職をつけたい顔ぶれは、4年の初等教育が終わると、目指す分野の組合が運営する専門学校で、修行に入ります。

 さらに学を積みたい場合は、ここから7年の中等教育学校に通います。


 ……もう、この時点で、学費を工面できる層と、工面できない層との間に、決定的な格差というか、もはや断絶ともいうべきものが、生じていますね。


 ちなみに中等教育学校は7年課程ですが、4年で修了する「前期課程」というものがあります。

 労働者階級の中でも、いわゆるホワイト・カラー系の就職をめざす場合は、この「前期課程」で法律や会計などの実務の知識を積みます。

 なんと、学校からの斡旋で、ほぼ100%就職できるらしく、かなり厳しい競争を勝ち抜かないと、そもそも入学すら難しいそうです。結構エリート。


 そして、中等教育学校を優秀な成績で卒業すると、高等教育機関である、大学への門が開かれる、というわけです。つまり「大学生」というのは、エリート中のエリート。

 しかし学術貴族というのは、大学院まで進んで当たり前。だからこそ、全国民から敬意を持って接される存在であれるわけなのです。

 ……勉強が嫌いな人が貴族に生まれたら、発狂するのではないかしらん。




「来年のいつ、入学されるんですか?」

「秋ですよ。夏の社交期シーズンが一段落したら、入学式です」


 なるほど、そこはいわゆる欧米式ですか。


 なお、こちらの暦は、1年が365.25日で、4年に1回閏年。

 1月が31日、2月が30日、3月が31日、4月が30日、5月が31日、6月が30日、7月が30日、8月も30日、9月も30日、10月が31日、11月が30日、12月が31日。

 2月が30日あるわ、閏年は8月が31日になるわの、変則カレンダーです。


 社交シーズンは、5・6・7・8月です。

 アルビノアは北半球に位置し、この時期がちょうど、日の長い季節にあたるのです。

 推測するに、緯度は北緯45度ぐらい、でしょうか……中緯度やや高めです。

 つまり夏の昼は長い。冬の夜も長い。子どもの私はだいたい寝ていますけれど。


「私は、次の社交期が、とても楽しみなんですよ!」

「何故ですか?」

「初等教育学校に入学予定の子女向けに、最先端研究の講座がありますからね! 入学予定者限定の講座なので、ずっと聴きたくてもだめだったのですよ」


 なんですって!? それは私も、ものすごく気になります!!


「講座の発表者は、まだ全員は明らかになっていないんですけれども、ルビーナ・アルスヴァリ=アルステラ様が発表されるそうなんですよ!」


 んっ? そのお名前……もしかして……


「お母さま?」

「ええ! スカンジア諸島の火山活動について、解説して下さるそうなんです」


 なるほど。こちらの世界は、スカンディナヴィア半島がないかわりに、スカンジア諸島があると。ということは、スカンジウムがスカンジウムになる可能性は、残っているわけですか。

 スカンジウムを含有する鉱物が、スカンジア諸島で採れるかは不明ですが。


 あと、お母さまは複合姓を名乗ってらっしゃるんですね。

 アルス家系同士の結婚では、複合姓を名乗るのが普通なのでしょうか?

 そのうち調べましょう。


「スカンジア諸島の位置は?」

「ここです」


 ファーガス様が、地図で示して下さいます。


「おお……ルシオス帝国の、まだ北ですか。すごく寒そうですね……」

「スカンジア諸島は『氷と炎の島』の異名を持ちます。近辺の神話にも、よく題材として取り上げられていますね。罪人の魂を永遠に閉じこめる牢獄だとか、ろくなものはありませんが」


 扱いはいまいちですが、異名からしてアイスランドっぽい。

 氷河に火山……うーん、なんて素敵な……地質学的には魅力的ですよね。

 まぁ、この呼吸器疾患を何とかしない限り、どうにもならないのですけど。




「私とファーガス様、どちらが先に、私のお母さまに会えるのでしょうね」

「あの方、現地調査にかまけてらっしゃいますものねぇ」

「ファーガス様のご両親は、どんな方々でいらっしゃるのですか? お父上は石綿公害の調査をしてらっしゃるそうですけれど……その、お母上は……」


 アルビノアは女子でも大学に行けて、そして、学術貴族は勉強をするのが仕事の一部である……とはいえ、全員が研究者であるとは限らないわけで。

 さて、ノヴァ・アルスメディカ家ではどうなのでしょうか。


「私の母は……ちょっと、風変わり、ですね……」

「風変わり?」


 火砕流までスケッチするお母さまよりも、変わった人などいるのでしょうか?


「我がアルスメディカ一門は、医術の道を先導する存在です。父の石綿公害調査も、医療技術そのものの進展に貢献するわけではありませんが、病との戦いの一つといえます」


 そのとおりです。


「ところが、母は『病を生じさせない』こと自体を研究しています。治療ではなく、予防こそが医術の核である、と」


 それは、間違いなくそのとおりです。

 病気になってから治すより、病気に掛からない方がよほど効率的です。


「素晴らしい発想の転換ですね!」


 なんて敬意に値する方なのでしょうか!

 ……と、私は思ったのですが、ファーガス様は苦笑してらっしゃいます。


「発想については私も同意しますけれど、どうにも母は、注意散漫というか、好奇心が旺盛すぎるといいますか……どうにも研究がとっちらかっていて、うまくまとまっていないのですよ」


 首を傾げると、たとえば、とファーガス様は、指折り数え始められました。


「栄養に関する研究は、もう何年もずっと続けられていますが、未だに論文にまとめられていません。薬草の研究は、アルバートおじさまと共同で進めていますが、それもまとまった成果は十分には出ていません。住環境の研究や、日光浴……興味の赴くままに、かじり散らかすようにやっています」


 学術貴族は頭脳で国家に貢献するもの。

 まとまった研究成果を出せていないというのは、たしかに困った話ではありますが。


 でも、ファーガス様の笑みは柔らかく、愛情に満ちています。

 研究者としては、ちょっと問題ありでも、きっと素敵なお母さまなのでしょう。


 ……私のお母さまは、いったいどんなお方なんでしょうか。





学術貴族の社交は、華やかなダンスとか、そんなのではないですよ!

ゼミ! 学会! 勉強会! 論文発表! 公開シンポジウム! パネル討論会!


貴族令嬢に転生して、イケメンに囲まれて、エンジョイするのは学問です。

この世界、貴族のデートコースって、博物館とか標本採集とかになりそうですね。


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