表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
18/102

現代知識で墓穴を露天掘り

転生モノで転生がばれないのは、本当うまいこといってるなと思うわけです。

この話の展開はひねくれているので、当然の事ながらトラブります。





 ファーガス様がおすすめして下さった、石炭に関する本を、適当に開きます。


 この惑星に人類が誕生するまでの歴史を、ウェンディはかなり精密に妄想しています。


 したがって、この世界の地質時代も、冥王代・始生代・原生代・顕生代と、地球と同様に展開されています。顕生代はもちろん、古生代・中生代・新生代に分かれます。

 マグマオーシャンからスタートし、異説も反論もあるのですが、念のため後期重爆撃期を設定。オルドビス紀末、デボン紀末、ペルム紀末、三畳紀末、白堊紀末の、いわゆる「ビッグファイブ」に該当する、大量絶滅も設定してあります。


 なんだって、わざわざ生命をつくっては、滅ぼす妄想をしたのか。

 人類が人類に進化するためには、すべての出来事が必要だったと思ったからです。


 生命は、試練を乗り越えて、新しい形になる。


 原始単細胞生物は、やがて「ヒト」の姿へ辿り着くために生まれたつもりなんて、ないと思うのです。ただ必死で生きて、時代を超えて情報を繋ぎ、組み合わせて、結果として「ヒト」になる。


 だとしたら、経験した全ての試練が、一つでも欠ければ、人類への進化は成立しなくなるのではないか、と考えました。

 つまりこの世界は、ウェンディの「人類誕生までの歴史を見たい」という願いの元、数え切れないほどの生物種の絶滅の果てに、成立している「夢」なわけです。


 さて、で、世界の変化をほぼ地球と同じであろう状況に……少なくともウェンディが入手できた情報の限りでは……再現設定してあるこの世界は、もちろんのこと、古生代石炭紀に該当する時代があるわけで。

 ……つまり石炭には、惑星の生命体の歴史が詰まっているわけです。


 ファーガス様がおすすめして下さった石炭の本には、化石の話も載っていました。というか、見方を変えるのならば、石炭というものが、それ自体そもそも植物化石です。


 死んだ植物の組織は、菌類や微生物によって分解されます。

 ところが、時代によっては、分解をする存在があまりに少なすぎることがあります。


 植物の細胞壁……そもそも、細胞壁というもの自体が動物細胞には存在しないのですが……を構成するセルロースや、それを補強する木質素リグニンなどは、実を言うと「現代地球」でも分解が難しい、とんでもない化学物質です。


 生命進化がまだまだ途上だった古生代には、植物が生まれるだけ生まれて、その死骸はまったくリサイクルされなかった時期があるのです。石炭紀はまさにそんな時代。

 分解されずに残った植物組織は、泥炭になります。そこからさらに石炭化が進むと、褐炭、瀝青れきせい炭、無煙炭へと変じていくわけですね。


 アルビノアには泥炭地層が結構あるようで……あれ、いっぺん火がついたら大変なことになる、かなりの危険地帯なのですが……地質は色々物騒な国ですね、ここ……




「その図が気になりますか?」


 鉱山情報ではなく、化石のページで、私の手は止まりました。ファーガス様は、私がどこを凝視しているのかに、気づかれたようです。


「これ……植物組織のクチクラ(キューティクル)ですか?」

「よくご存じで……ええ、リンボクです」


 私が気になったのは、これが、石炭という化石になった植物だからではありません。

 この図、どうにも顕微鏡写真っぽいのですよ。そう、写真!


 地球史上で最初の写真は、フランスの発明家、ジョゼフ・ニセフォール・ニエプスが、1827年に撮ったもの……だったような。その露光時間、なんと8時間!

 その後、ダゲレオタイプとか、カロタイプとか、凄まじい勢いで写真技術は発展していき、人間の肖像写真を撮ることも可能になったわけですが……


「……これ、えっと」


 どう言ったものでしょうか……写真フォトで通じる気がしません……うーん。

 よし、ものを知らない幼児のパフォーマンスでいきましょう!


絵画ペイントというより、まるで本物を写したみたいですね!」

「そのとおりですよ」

「えっ? 本物の拡大画像なのですか?」


 うまいこと幼児の演技ができたはずなのに、ファーガス様は、何故かニヤニヤと私を見て笑ってらっしゃいます。おかしい……私はどこを間違えたのでしょうか……

 この世界で「写真」に該当する語よ、はやく出てきなさい!


「これは写真フォトです。しかも、ただの写真ではありません。光学顕微鏡の画像を、苦労して焼き付けた、会心の一枚なのです」


 こっちでも写真は写真というようです。私の演技時間を返してください。

 しかし、また気になる語が出て来たではありませんか。


「光学顕微鏡?」


 その言い方だと、まるで違う顕微鏡があるみたいですよ。あるんですか?

 しかしヴィクトリア朝っぽいこの時代に、さすがに電子顕微鏡はないでしょう。


「教授なら、偏光顕微鏡をお持ちなのでは?」


 あっ、そっちですか!

 そういえばたしかに、あれは19世紀半ばに、イギリスで発明されたものです。

 現在のアルビノア王国なら、発明されていてもおかしくありません。


「私は、それを見たことが、まだありません……」

「そのうち見せていただけると思いますよ。それにしても……」


 ニヤニヤ、ニヤニヤと、ファーガス様は本当に、楽しそうなお顔です。

 何故でしょうか。背筋に嫌な汗が流れるような悪寒が……


「何故、アリエラ嬢は、このクチクラの写真が『拡大したもの』だと分かったのですか? この植物はすでに滅びていて、現在の世界で見ることはできませんが?」


 ……アッ! やっちゃいましたー!!




「え、ええと……」


 何故うっかり「拡大」の語をつけてしまったのです、私! このお馬鹿さん!

 必死に視線をページに流し、注釈を読みます。あっ! ここに救いが!


「……倍率みたいなことが、書いてあります、もの」

「倍率みたいな?」

「倍率です!」


 ファーガス様、そんな、お腹を抱えて笑わなくたって、いいじゃありませんか。

 いたいけな5歳児をからかって楽しむだなんて、紳士じゃありませんよ!


「だ、だって……実物大だったら、クチクラの組織細胞が、こんなに大きいわけありませんし! だったら、この数値が倍率かなと思うのは自然でしょう?」


 言い訳を追加! さぁ、これでどうです? 納得したでしょう! しなさい!!


「なるほど、論理的ですね」

「これでも私は、アルステラ家の娘なのですからね!」


 言い訳の奥義! 800年続く学術貴族のサラブレッド家系!!

 普通の5歳児が知らないことでも、アルス家系の子なら知っているかもの術!!


 細胞は、ロバート・フックが17世紀に命名した語なので、きっと使っても大丈夫……


「さすがです。生物学の最先端知識まで網羅してらっしゃるとは」


 エッ?! 何ですって?!


「『植物が細胞から構成されている』というのは、去年発表されたばかりの論文の内容でしょう? いやいや、リンボクの組織写真を見ただけで、これが『細胞』の拡大写真だと見当がつくだなんて……このファーガス・マーカス・ノヴァ=アルスメディカ、まことにお見それ致しました」


 やめてー! 私の頭がおかしいという事実を、改めてつつかないでー!!

 妄想していた世界に転生している、という、頭の悪そうな夢を見ているらしい現実を、ねずみをつつく猫のように、ツンツンするのはやめてくださーい!!


 ぷるぷる突っ伏した私を見て、あっはっは、と高笑い。

 私、ファーガス様は、アルスメディカじゃない方が良いと思うんです。

 こんな、患者のメンタルをつんつんする医者がいて、たまるものですか……!


「いじめているわけではないんですよ?」

「いじめてらっしゃるでしょう」


 ああ……今回は乗り切れても、そのうちファーガス様には、転生のことがばれてしまう気がします……レッド・ダイアモンドの隠蔽より大きな秘密が……あああ……





血を見るのがダメなドSの貴公子。

アリエラは、絶対に知識のまま突っ走って、墓穴を掘るタイプだと思うのです。


19世紀半ばって、思っていた以上に色々な技術が発明されていて、面白いです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ