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子爵令嬢の地学満喫生活  作者: 蒼久斎
§1.転生令嬢アリエラ5歳、子爵家令息ファーガスと友誼を結ぶ
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のんびり生きましょう

幼女の入浴シーンを、化学式で台無しにするプロジェクト。





 まずは何よりもしっかりと寝ること。

 寝る間も惜しんで本を読むのは、絶対に禁止。

 よく寝て、よく遊び、そしてよく笑うこと。


 ……そういえば、地球の最新医学でも、笑いに免疫を活性化させる作用がある、っと言っていましたね。


「毎日を楽しんで生きること。焦らないで、目の前のことをすること」

「それはやっていますよ?」

「アリエラ嬢、それは本当ですか? 私には貴女は、特に学習に対して、焦っているようにさえ見えますよ?」


 アルバート様のお言葉が、ちくりと胸に刺さりました。


 ……そうかもしれません。

 長生きできないとほぼ分かっていた前世の感覚が、抜けていないのです。


「人はいつか死にます。どれだけ健康に気をつけて、事故などにも遭うこともなく、平穏に生きられたとしても、やがて肉体は衰えて、生きられなくなります」


 でも、とアルバート様は、灰茶色の目で私をじっと見つめられました。


「子どもの時から、そんなことをずっと考えるのは、健康的なことではありません。貴女は毎日成長している。今はただ、その事実を喜んで、毎日をしっかり、笑って生きるべきです。それが子どもの仕事なのです」


 たった5歳の貴女が、生き急ぐように学びを欲するのは、まるで「私は長生きしません」と宣言されているようで、私たちはつらいのですよ。


 アルバート様のお言葉に、おじいさまが静かに頷かれます。

 ああ……私はおじいさまに、死ぬ話なんてしないで、と言いましたけど、私は生き急ぐあり方が、おじいさまにつらい思いをさせていたのですか。


「のんびりすることを、覚えましょう、ね?」

「のんびり……」


 かみしめるように、繰り返します。

 前世では無縁だった言葉です。


 他に誰もいない無菌室の中で、暇を持て余すことはあっても、それは「のんびり」という、余裕のあるものではありませんでした。

 いつだって、発作の恐怖と、死の可能性が、私の隣にはありました。


 けれど、呼吸器は弱いものの、今の私は、無菌室を出たらすぐにも菌にやられてしまうほど免疫が弱いわけでもないし、長生きできないような重篤な病気を抱えているわけでもないのです。


 だから、常に死を恐れ続ける必要は、きっともう、ない。


「……努力します」

「そうですね。そのうち、自然体になれますよ」


 主治医のお言葉を、私はしっかりと胸に刻む。

 私は、のんびりしても、いい。


 ファーガス様は、アルバート様を、ちらっと見られた。


「学ぶことも、それを楽しむ、という形でなら、許されるのでしょうか?」

「良い質問ですね、ファーガス。それは大いに推奨します」


 アルバート様が、満足げに頷かれます。


「私は今日、アリエラ嬢と友人になったのですが、友と研究について語らうということは、学び急いでいるということには当たりませんか?」


「私が禁じるのは、知識の不足から思いつめて、睡眠時間を削るなどしてまで、学ぼうとすることです。語らいは大いに結構ですよ。ほどほどならね」


 主治医のお墨付きを得たので、私とファーガス様は、明日も鉱物トークができることになりました!




 幼児の身体は、素直に睡眠欲求に従います。

 私は、夜まで起きていられた試しがありません。


 間違いなく、この世界の星空は、地球から見える星空とは違うでしょう。

 それを、早く見てみたい、とも思います。

 けれども、今日はゆっくり眠ればいいと、今までになく素直に思えます。

 空の星は逃げないのです。なら、のんびりすればいいのです。


 ふわふわベッドで、すやすや眠り、いつになく爽やかな朝を迎えます。


「おはようございます、お嬢さま」

「おはよう、ばあや」


 ぱっ、とベッドから起き上がります。

 いつもと変わらない、優しいばあやの笑みが、そこにあります。


「軽く召し上がったら、朝の湯浴みですよ」

「はぁい」


 朝食は2回に分けて。たくさん食べるために、間に休みをはさむのです。

 搾り立ての牛乳、一口サイズの小さなパンを二つ、卵一つ分のスクランブルエッグ、そして一切れのリンゴ。

 前世で全てアレルゲンだったのが、今は私を満たしてくれるのです。

 ……ああ、幸せ。


 天井も低めの、小さな浴室に入ります。

 私のために造り足していただけたらしく、脱衣所や何やらも、きちんと子どもサイズになっているのですよ。なんて素晴らしい!


 浴槽は大理石マーブル。石灰岩の熱変成岩ですね。

 主成分が炭酸カルシウムのため、酸と反応すると二酸化炭素が発生して、浴槽が傷んでしまいます。入浴剤NGというやつです。


 私がお湯に浸かると、ばあやが精油を一滴、お湯に入れてくれます。

 これも呼吸器の症状を改善するためのもので、日によって変わります。今日はすっきりした木の香りです。たぶん。


 私は薬品とか病院のにおいは分かるのですが、外を知らないので、動植物にはとんと疎いのです。意識がはっきりしたのも冬になってからですしね。


「う~、いいにおい。気持ち良い~」


 早くお母さまの調査が終わらないかなぁ。

 そして、お母さまと一緒に、お風呂に入りたいなぁ。

 いや、温泉に! 元気になって、連れて行ってもらうのです!


「現実の温泉は、卵が腐ったような悪臭がいたしますけどもね」


 硫化水素の特徴、腐卵臭ですね。知識としては知っていますが、嗅いだことはありません。

 非常に不快なにおいだそうですが、何事も体験ですよね。


「それも含めて、楽しみなのです!」

「好奇心は、お嬢さまの最大の美点の一つですね……」


 そうなんですよ! 好奇心が新たな学問分野を切り開くのです!


 体を十分に温めたら、乾いた布でしっかり拭いて、髪を乾かします。

 とはいえ、私は立つか座っているだけで、全部お任せなのですが。




「はい、それでは、朝食の続きをいただきましょう」


 ぽん、と両肩をたたかれて、終了の合図。

 うっすら湿った髪を流しっぱなしにすると、冷えやすくて危険です。

 なので、ばあやはお風呂上がりの私の髪の毛は、だいたい軽くまとめます。お団子スタイルというやつです。


 鏡に、まだ湯気の立つお団子を頭に載せた、私の顔が映ります。

 何の変哲もない西洋顔です。ウェンディは母親がイギリス系でしたので、何かこう、いまいち、色が抜けたな、としか思いません。

 色素はすごく減りました。赤っぽい金髪に、青緑の目です。あと、お肌がすごく白い。前世も病院生活だったので白かったですが、それよりも白い。


 これはメラニン色素の差ですね。指で強く押した後、その下の血管の血がのけられて、お肌の地色が見えるのですが、びっくりするほど真っ白。

 フィールドワークの時は、紫外線対策必須ですね。


 朝食の後半戦のため、部屋に戻ろうとすると、今度はこちらです、と、いつもとは違うお部屋に引っ張られてしまいました。

 何故? と思った答えは、爽やかな挨拶で雲散霧消。


「おはようございます、アリエラ嬢」

「おはようございます、ファーガス様」


 なるほど。お客様がいらしている時には、朝食もおしゃべりできる、と。

 引かれた椅子に、よいしょっとのぼります。まだ小さいので。


 温野菜に、しっとり焼き上げたベーコン。温かいスープに、パン。

 カリカリのベーコンというやつに、憧れはありますが、幼児の噛む力では手に(歯に?)負えないらしく、私には出されたことはありません。

 やった。ファーガス様もしっとりベーコンですよ。子ども仲間です!


「少なくありませんか?」

「私は、お風呂の前に、一度軽くいただいているのです」

「ああ……間をおいて、食べられる量を増やすため、ですか」


 そのとおり。食べないと元気になれませんからね。

 そして、食べることに支障のないこの体。食を堪能せずしてどうするのか。


「うー、美味しい……」


 温かなスープで、身も心も解れますよ。元から凝っていませんけど。

 今日はカボチャのポタージュスープ。

 前世でも、カボチャは食べることができたので、これは間違いありません。


「私も、食べ慣れたもののはずなのに、いつもよりも美味しく感じます。アリエラ嬢と一緒に食べるせいでしょうか?」


 それは、うちの料理人コックの腕が良いからですよ!


「このお屋敷の食事を作ってくれるのは、アルステラ家で、いちばんの料理上手なのですよ。おかげで私は、毎日幸せなのです」


 汗をかいた体に、塩気が心地よくしみてゆきます。


 後半の朝食は、発汗で失われたミネラルを補給するためか、前半よりも少し塩分多めにされているのです。しかも、わざわざ岩塩を使ってくれています。

 塩化ナトリウムだけに偏らないように、という配慮ですね!

 なお、塩素とナトリウムは、この世界でも発見済みの元素です。


 あ、そうだ! ファーガス様が昨日書いて下さった周期表!

 あれの空白部分から、新しい元素の可能性を、今日は検討しましょう!





笑って活性化するとされるのは、NK細胞。人間の免疫系は実に複雑ですね。

まぁ、何より複雑なのは、生物系のネーミングではないかと思うわけですが。

サイトカインはストレス分子、サイトカイニンは植物ホルモン。ひどい。


ラノベ的には銀髪の方が虚弱少女感出ていいのかもですが、正直、先天性の銀髪なんて、色素欠乏か、その一歩手前ぐらいなので、考証的に却下。

ただでさえ考えることが多いのに、主人公の属性をこれ以上増やせるかという。


赤毛の人も、実はメラニン生成能力が金髪の人より低いので、光線過敏を発症しやすいのですけれどもね。

アリエラは、赤みがかった金色なので、まだちょっと紫外線耐性はマシな方。


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