お客様との晩餐
貴公子ファーガス様の弱点について。
あと、今回の内容は、結構、社会科寄りになりました。あれ?
夕食時の食事は、お客様がおいでの時には、解禁のようです。
おじいさまとアルバート様は、優雅な所作でのお食事の合間にも、人体に関するらしい、複雑な話をしておいででした。
おじいさまは、宝石学の大家としてのご自身の見識には、強固な自信をお持ちですけれども、専門外のことは謙虚に耳を傾けられるのですね。
その姿勢、是非とも私も見習わなければ!
しかし、私は二人の会話を、ろくに聞き取ることができていません。
響きからして、ラティーナ語の……医学専門用語でしょうねぇ……
やはり一級の知識人になるためには、ラテン語的な素養が必要だということなのでしょうか、この世界でも。
……頑張るしかありませんね。
お食事は、お客様もいらしているので、しっかりした晩餐。
前菜からサラダ、スープにパン、魚料理に、お口直しの甘いもの、肉料理にデザート。食後は大人がコーヒー、子どもは別の飲み物です。
カフェインには覚醒作用があるので、夕食後に飲むのは禁止されているのです。
カシスシャーベットを美味しくいただき、さて、肉料理。
「……ファーガス様、召し上がらないのですか?」
「い、いただきます……」
心なしか、お顔が引きつってらっしゃるような。
まさか、もしや、アレルギー?!
「ファーガス様、お肉が苦手でしたら、無理をなさらなくても……」
私がそう言うと、おじいさまとアルバート様が、あっはっは、と声をあげて笑い出されました。
「なんだ。解剖の話ぐらいで。怖気づいたか?」
「アルスメディカの息子が、臓物の話ぐらいでうろたえて、どうするのですか」
おじいさまと、アルバート様からの追撃に、ファーガス様はきまり悪そうに、顔を俯けてしまわれました。
わーお。食事中に、なんってお話をなさっているんですか!
私はファーガス様に同情しますよ! まったく!!
「まぁ、それはそれとして、せっかく料理人が作ってくれたのですから、いただかないと失礼だとは思いますけど」
「アリエラ、本音が出ているぞ」
おっと、うっかり。
思わず口元を押さえると、ふんっ、とファーガス様が、まるで意地を見せるかのように、お肉を口にされていました。
「……美味しいですね」
ファーガス様は、目をみはり、そしてゆっくりと咀嚼されました。
別段、意地をはったものではなく、素直な感想のようです。
ふふふ。そうでしょう、そうでしょう。
私がたくさん食べて、元気に育つようにと、この屋敷の料理人は、アルステラ家お抱えの中でも、もっとも腕が立つ人物だそうですからね!
美味しい料理をアレルギーなく食べられる幸福……!
しかし、アルスメディカ家の人間なのに、ファーガス様が化学に寄っている理由が、思わぬところで判明してしまいました。
なるほど……血が苦手でいらっしゃるのですね。
ちなみに私……もとい、ウェンディは、そういうのは平気です。流血ごときで気絶していて、長期入院はやっていられませんよ! ずっと点滴されているのですよ、ははは。
肉料理を終えると、晩餐もそろそろ終わり。デザートです。
私のデザートには、必ずリンゴが出されます。健康のためだそうな。
この歯ごたえがたまりません。これがリンゴ……と、初めて口にした時には、大いに感動したものです。
地球のリンゴの味とは違うのかもしれませんが、ウェンディの時はアレルギーで食べられませんでしたので、比較ができません。
なんでもよいのです。美味しいから。
美味しくなくても食べられますが、美味しいことは素晴らしい。
「美味しそうに召し上がるのですね」
「食べられるというのは、とても幸福なことですもの!」
毎日リンゴがデザートでも飽きませんよ、私は。
栄養分をそのまま摂るため、生のリンゴが必ず一切れはあるのですが、私はシャクシャク美味しくいただきます。
バターを使った焼き菓子の後に、リンゴを食べると、後味さっぱり!
食後、私はノンカフェインの薬草茶をいただきます。
おや? ファーガス様、それは、コーヒー?
「夜眠れなくなるから、飲んだらダメだって、私にはおっしゃるのに!」
ぷすっとふくれてみると、ファーガス様は困ったように笑われました。
「これ、タンポポの根っこですよ」
あっ、代用コーヒーですか。
たしかに、タンポポコーヒーはノンカフェインです。子どもも大丈夫。
「アリエラ嬢、私のもですよ」
「アルバート様も?」
「医者の不養生だなんて、恥ずかしいですからね」
しかし、覚えのあるコーヒーの香りは漂っています。
と、いうことは……
「年寄りには、このような嗜好品も必要なのだよ」
視線を泳がせながら、おじいさまは、そう言い訳されました。
大人って勝手ですね。体が5歳児だから言いますけど。
そういえば、コーヒーの原産地はエチオピアですっけ……この世界では、アフリカに該当するのは……ユリゼン大陸でしたっけ?
「コーヒーは、ユリゼンで採れるのですか?」
「原産地はユリゼンだが、今ではサーマス南部でも栽培されている。気候の問題で、茶と同様、アルビノア本土では栽培不可能だが」
んっ?!
「アルビノア『本土』? 外地があるのですか?」
まさか、植民地じゃないでしょうね……
いやしかし、アルビノア王国の現状は、19世紀のイギリスっぽい……
……19世紀イギリスといえば、帝国主義真っ盛り!
「我が国には、世界中に入植都市がありますよ」
アルバート様の補足説明に、私は思わず顔をしかめてしまいます。
「白い女神」の国ですが、現実はホワイトでもないようです。
「アルビノアは、人口も決して多くはないので、本国の外に広大な領土を持つ余裕はありません。そのため、重点的に資金と人材を投入した、いわば『支店』のような都市を、世界各地に配置しました。これによって、フランキアに比肩する栄光を、我が国は手に入れたのです」
私の変顔を、アルバート様は、理解できなかったからだ、と受け止められたようで、さらに詳細な説明をして下さいました。
ええ……聞いているだけでは、とても平和そうなのですが……
まぁ、5歳児が何を言っても、何かできるわけでもありませんが、頭の片隅には留めておきましょう。
というか、そもそもアルビノアは、貴族に政治的権限が、ろくにない国でしたね……ということは、植民都市の建設は、庶民院と内閣の決定?
……ああ、私はこの国のことを、何も知りません。学ばねば。
んっ? ちょっと待って……
アルバート様、さっき「フランキア」っておっしゃいました?
「フランキア? フランクスではなくて?」
「旧名は『フランクス』ですが、男性形国名は、いかめしくて武骨だというので、150年ほど前から、女性形国名になっているのです」
アルステラ家の「博物室」に、大きく掲げられている世界地図は、200年前に作られたものです。
その後の世界情勢は、あの地図からは読み取れないのですね。
つまり、私の知識レベルは……200年前のもの。アッ!
「新しい地理の本はないのでしょうか? このままだと、200年前の知識のまま、学校に上がってしまいます」
私のさりげないおねだりに、おじいさまとアルバート様が、ちょっと困ったように顔を見合わせられました。
えっ? まさか、世界地図まで国家機密指定なのですか?
お二人はしばし視線を交わし、それからおじいさまが口を開かれました。
「アリエラ……お前の今の身体では、学校へ行くのは、少し、難しいと、わしは思っている」
うっ……なんということでしょう。そんなに悪いのですか、私の病気?
たしかに、石綿を使った校舎なんて、まっぴらごめんですが。
でも、学校生活というのは、私には憧れだったのですよ。
前世では、無菌室から出ることもなく、大学に通ったとは言っても、それはつまりパソコン越しの話だったわけで……
キャンパスライフなんて、ドラマや映画の中にしかなかったので……
いえ、無菌室の外を歩き回れるようになっただけでも、私は十分に幸せレベルが上がっているのです。
いけませんね。一足飛びに贅沢になっていたのです……
「これからの状態次第では、カーマーゼンの学校は無理でも、このクライルエンの学校になら、通えるようになるかもしれませんが」
アルバート様が、先行きに、一筋の光明を見せて下さいました。
「頑張ります! 私、頑張って学校に行けるようになります!」
「そういう、特訓とかいうものは、しませんよ?」
えっ?!
……じゃあ、何をして改善するのですか?
教えて! アルバート先生!!
この世界の大陸名は、ウィリアム・ブレイクの「預言書」シリーズの命名を、拝借しています。しかし、借りているのは名前と定められた方角だけで、あのシリーズの膨大な設定については、まるごとぶん投げさせてもらっています。
ぶっちゃけ、この世界で本格的に微塵も通用しない学問って、天文学だけかもしれない。
違う銀河の惑星なので、見える星はまったく違うし、星座も神話も違います。
でも理論物理学系の内容になったら、同じ宇宙である限り、物理法則は同じという意味で、また通用するようになるんですよね……ああ、学問の世界って奥深い……